【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版) 作:矢柄
「はぁ、はぁ…」
「ふむ、ヨシュアと言ったな。まあ、あやつが認めるだけの事はあるの」
屋敷が襲撃された事件から二週間が過ぎた。エステルよりも一足先に退院した僕らは、今はティオの実家であるパーゼル農園に居候している。
国からのお金でホテル住まいも出来たのだけれど、鍛錬の出来る広い場所が欲しかったし、また少しばかり堅苦しくて窮屈な思いをしていたからだ。
エステルとエリッサの剣の師であるユン・カーファイさんとリィン君もパーゼル家に居候することになり、僕とエリッサはその間ユン先生に戦い方を色々と学ぶことにした。
僕は八葉一刀流ではないが、ユン先生の卓越した戦闘経験と知識からは多くの事を学べるし、ただ彼が放つ空気に触れるだけでも十分な鍛錬になるほどだった。
「じゃが、一撃が軽い」
「筋力が不足しているのでしょうか?」
「勘違いするな、筋力に限ればエステルよりもお主の方があるじゃろう。そして氣という要素でもない。精度の問題じゃな」
「精度…」
「技術的な問題ではない。お主の暗殺に特化した技術は、まあ、評価できよう。じゃが、一撃に込める心の精度が劣る。お主、初撃をしくじった後において、自分以上の相手に対しては手数で攻める事を信条としておるじゃろう」
「それは、確かに」
「悪くはない。お主の長所の一つはその俊敏さと反射速度じゃからの。じゃが、それ故に一撃に対する必死さが足りん。概念的なものじゃがの。じゃが、その辺りを突き詰めれば、こういう事も出来るようになる」
ユン先生が太刀を一閃し空を断つ。何の変哲もない、只の空振り。だが、次の瞬間、ユン先生と僕を結ぶ線の先、僕の背後に立っていた木が切断され、スルリと横滑りして断たれた上部が地面に落下した。
それはつまり、彼の斬撃が僕を越えて僕を一切傷つけずに通過したということ。
「これが…《剣仙》」
「鉄を斬れて半人前、鬼を斬れて一人前といったところじゃな。あやつは量子論がどうだとか言っておったが、あやつの考える事は良く分からん」
「エステルも出来るんですか?」
「うむ。あやつなりに解釈して再現しよったの。3年前は流石に実戦で使うことは出来ないと言っておったが、今はどうかの」
斬るべきモノだけを斬る。熟練すれば水を波立たせることなく泳ぐ魚を斬る事、相手の心臓だけを、あるいは病巣だけを切り取ることも出来るようになるらしい。
鬼を斬る境地に達するならば、本来ならば物理的に斬ることすらできない霊体のようなものまで斬ることができるとのこと。
物理的にそんなことが可能なのか首を傾げるが、事実目の前で為されたのだからそういうものだと納得せざるをえない。
「そうじゃな、見たところお主は少し思い切りが良すぎるのかもしれん。次に太刀を浴びせる機会など無いと常に心得よ」
「はい」
「ふむ。それにしても、リィンは相変わらずか」
ユン先生の視線を追うと、少し離れた場所でエリッサがリィン君と剣を打ちあっていた。エリッサの激しい打ち込みをリィン君がなんとか受け止めている。
リィン君の相手はローテーションで僕かエリッサが務めていて、ユン先生曰く他の八葉一刀流の使い手や、僕のような相手をこなすことも修行になるとのこと。
「ぐぅっ!?」
リィン君が大きく弾かれる。エリッサの一撃は重い。外見上パワーファイターには見えないが、彼女は攻勢においてその才能を発揮するらしく、見た目からは想像できない程の重い攻撃を得意とする。
リィン君とは純粋な技術ではそこまで差があるわけではなく、腕力においては勝っているはずなのに、それでも彼は思わず後ろに引き下がった。
見通しのない撤退は、一層の不利を招くだけだが、エリッサの剣の迫力と圧力は相手の精神を削るが故に、相手は不利になると思わず逃げたくなってしまう。
エリッサがさらに踏み込んでいく。彼女の剣はエステルやユン先生とは大きく異なり、なんというか破壊的と表現すべきだろうか。
二人の剣がどこから来るのか全く読むことが出来ないとすれば、彼女の剣はどこから打ち込んできてもおかしくないと思える、そういう剣だ。まるで業火を前にしているような。
気配が強すぎてどれが本命なのか分からない。気配だけ追えば、彼女が剣を振るっていないにもかかわらず、まるで既に斬られているかのような錯覚すら覚えるほど。
動的。
そしてもう一つ彼女の剣には特徴がある。剣から立ちのぼる炎だ。氣と呼ばれるエネルギーによって顕現された炎は酸素や燃料なくして熱を生み出し、触れるものに火傷を負わせ、そして陽炎が剣の軌道を惑わす。
なので、彼女相手に守りに回るのは不利であり、それを分かってリィン君もなんとか攻撃に出ようと動く。
「なら、こちらからっ」
「ぬるいよっ!」
剣と剣がぶつかり合う。何度かの打ち合いの後、エリッサの姿勢が崩れて隙が生じる。
リィン君はそのままその隙を突こうと袈裟切りを行うが、次の瞬間、彼女の剣がそのまま彼の剣にそえられて逸らされてしまう。
そのままエリッサに蹴りを叩き込まれ、そしてリィン君は彼女を見失った。
「どこだ…? 上っ!?」
「凰墜閃!!」
彼がエリッサを見失ったのは、彼女が彼の頭上に跳躍したからだ。
リィン君が気づいた時にはエリッサは大気を蹴り、実際には氣を足裏からロケットのように放出した反動を利用した移動方法だが、リィン君に向かって垂直に降下する瞬間だった。
火焔を纏ったエリッサの剣が火の鳥となってリィン君に向かって叩き付けられる。
交差。氣と呼ばれるエネルギーが具現化した爆炎が火球となって二人を中心に形成され、炎が翼を広げたかのように紅炎と熱風と爆風をあたりに解き放った。
ちなみに彼女が本気になると炎が黒色に変わる。エステルはそれを見て中二病乙とかジャオーエンサツケンとか呟いていたが、中二病とは何なのか。
「参りました」
勝者はエリッサだった。リィン君は弾き飛ばされ、うずくまっているところをエリッサが剣の切っ先をリィン君の眉間に突き付けた。
勝率は今の所、エリッサの全戦全勝といったところ。全力は出していないようだが、一切の容赦がないあたりが彼女の精一杯の意志表明といったところだろうか。
エリッサは紅色の太刀を鞘に納めると、踵を返してこちらに歩いてきた。相変わらず彼との試合の前後は不機嫌で憮然とした表情をしている。
敵意はないし、苦手でもないようだが、どこかそりが合わないらしい。僕がお疲れと声をかけて労うと、エリッサはつまらなそうな表情で一言。
「丁寧な剣だったわ」
「その心は?」
「つまんない。結局アイツって、誰と戦ってるんだろ?」
僕と同じ黒い髪を持つ少年は、膝をついて悔しそうな、いや、どこか思い悩み自らを責めるような表情で太刀を鞘に納めた。
僕はそんな彼を見て、エステルならどう思うだろうと何となく考え、そして頬をかいた。
◆
「第12次迎撃試験を行います」
1199年初夏、リベール王国レイストン要塞に付属する演習場において新兵器の試験が行われていた。本来ここに同席するはずの少女は入院中であるが、試験の行程を変えるというような事はない。
大型のテントの下に並べられたパイプ椅子には陸軍の士官が座っており、他に技術者たちが様々な観測機器の周りで計器を凝視している。
10アージュほど離れた場所には今回の試験の主役となる車体が鎮座している。
車体は大型のトラックで、荷台にはコンテナのような箱に板のようなレーダーを接続したものが積載されており、兵器というよりは何かの科学的な機材というような外観を呈している。
「3、2、1、榴弾砲発射」
「砲弾の発射を確認。迎撃します」
コンテナの上に設置された筒状の装置の先端にはレンズとおぼしきもの。円筒は上下左右360°に旋回できるようになっており、それはアクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーとの連動により目標を捕捉する。
そうして放たれたのは極めてコヒーレンスの高い、ビーム径10mm、波長800nm、出力1MWの光線。
光線は100セルジュ(10km)先の上空を飛翔する4つの砲弾を捉える。砲弾を捉えた光線はその焦点において砲弾の外殻を一瞬でプラズマ化させ爆発を引き起こす。
とはいえ人間の目から見れば不可視である800nmの光線は目視することが出来ず、というか光など反射か散乱したものしか見えないので、突然中空で砲弾が火をふいた後に爆発したようにしか見えない。
「全弾迎撃成功です」
「100セルジュ遠方の榴弾砲4発、全てを迎撃だと…?」
「これが光学兵器か。時代の流れは速いな」
将官たちがざわめき始める。超音速で飛翔する砲弾を迎撃するという光景はそれだけ現実味のない事象だった。
とはいえレーザー兵器による砲弾および航空機の迎撃試験は12回を数えるが、当初からこのような命中精度を実現したわけではない。
これはレーザー本体よりも火器管制システムの完成が予想以上に難航したためであり、50セルジュ以内の目標に対して100%の命中精度を得たのも第10回試験以降の事だ。
対空砲のレーダー管制は既に実現していたが、それは砲弾を迎撃するものではなく、また目標に直撃させる必要もなかったため、要する機械的な精度も桁が違ったのだ。
「導力エネルギー兵器との違いは?」
「指向性と射程ですね。導力エネルギー兵器は直進性において信頼できませんし、大気による減衰率も馬鹿になりません。しかし可視光波長域の電磁波ならばこれらの問題の多くをクリアできます。劣る点は威力でしょうか。とはいえ、砲弾やミサイルの迎撃には不足することはありません」
レーザーは電磁波である以上、運動エネルギー兵器とは違い散乱や反射によりそのエネルギー全てを対象の物質に伝達することが出来ない。
また、分厚い装甲ならばレーザーによりプラズマ化した装甲の構成物質により光が吸収されるため、装甲目標に対してレーザー兵器の威力はどうしても質量兵器に比べて劣っている。
しかし、電磁波であるため光速で着弾すること、直進するという特性、運動エネルギー兵器とは違い反動を生じない点により従来の兵器に比べて命中精度が段違いに優れている。
このため高速で飛翔する目標を迎撃するための防御兵器としては極めて優秀であり、そのような用途に限定して用いる事を目指して研究開発がなされていた。
「しかし、装置が大きすぎはしないか?」
「馬力にして1360馬力に相当するエネルギーを発振する装置の小型化に手間取っておりまして。ですが、現状における周辺国の軍備から鑑みれば、他国が亜音速機や巡航ミサイル、弾道弾の実用化に漕ぎつけるのは幾分か先になると思われるので…」
「余裕があると言う事か。ふん、どうせ空軍に優先されるのだろう?」
「まあまあ少将、落ち着かれてはどうです。一昨年に自走対空砲が配備されたばかりではないですか。当面はボース地方における列車砲弾の迎撃システムの構築ができれば良いのでは?」
憮然とした表情をする陸将を大佐の男がなだめる。リベール王国軍は内外からも空の軍隊と認識されており、政治的にも空軍が重視され陸軍は兵員数こそ最大であるものの軽視される傾向があった。
よって予算の大部分は空軍に奪われる格好となり、とはいえエレボニア帝国との戦役において戦況を覆したのは空軍であることは誰もが同意する事実だった。
だから陸軍の空軍に対する感情は複雑なものがある。
彼らは王国がエレボニア帝国などの強国と渡り合えるのが空軍の質的優位であることも理解しており、空軍の支援なしに戦術が成り立たなくなりつつあることも理解していた。
だが軍事は空軍だけではなりたたない。陸軍には陸軍のプライドがあり、空軍への羨望や確執は陸軍の質的向上という方向に転化される。
そうして王国の工業力と国力の増大に伴い、王国陸軍の機械化は急速に進んだ。
例えば昨年に配備された主力戦車ウルスはXの世界で言うところの2.5世代主力戦車(おおよそT-72相当)に相当している。
12リジュ口径の主砲は強力であり、また装甲にはガラス繊維強化プラスチック・炭化ホウ素セラミックタイル・合成ゴムなどを用いる複合装甲を採用している。
また砲は通常の導力式加速に加えて、翼安定徹甲弾においては火薬を用いた加速を併用し1700m/sの初速を実現していた。
この劣化ウラン製のAPFSDS弾は、距離にして20セルジュ先に設置された44リジュ厚の圧延鋼板装甲を貫くことができる。
これにより、ウルスは現在エレボニア帝国で開発されている重戦車の性能を上回っていると考えられた(アハツェンはM60パットン相当の第2世代主力戦車と考えられる)。
もちろん、陸軍に配備されているのは戦車や軍用飛行艇だけではない。
自走砲や自走ロケット砲、装甲兵員輸送車なども各部隊に供給されており、兵員数においてはエレボニア帝国軍の1/3弱でしかないものの、装備の質の高さによりその戦闘能力は決して劣るものではない。
「ふむ、列車砲か。エレボニアも飽きないものだな」
「80リジュ口径というのはロマンがありますな。軍事にロマンを持ち込まれても困りまずが」
「あれの初速は秒速850アージュだったか。迎撃できるのかね?」
「十分可能です」
ガレリア要塞に配備されたという80リジュ列車砲は5トリム近い重量を持つ80リジュ口径の砲弾を音速の2.5倍の速度で投射する能力を保有するらしい。
また、その砲弾はRAP弾を採用することで60kmもの長射程を実現している。もしリベール王国国境に配備されれば列車砲は王国全土を射程に収めるだろう。
だがリベール王国は10トリム近い重量を誇る地震爆弾を擁しており、これを戦略爆撃機によって運搬・投下することができる。
戦略爆撃機カラドリウスは垂直離着陸が可能で、31トリムのペイロードを誇ることから列車砲に比して圧倒的な運用上の利があった。
つまり、王国軍は列車砲を馬鹿にしていたのである。
「防衛計画では空爆による先制攻撃で対処すると決定しているが、実際に有事が生じた際に女王陛下がこちらからの先制攻撃に賛同するとは思えないからな。迎撃システムの構築は陸軍の管轄だよ」
「彼らにその勇気がありますかな?」
「次の戦争では領土を切り取ってやりましょう。金なら余っているのですから」
「はは、次の戦争などと物騒な発言はよさないか。リベールは侵略者ではないのだからな。陛下のお耳に入ってはいけない」
「しかし来年には旧ノーザンブリア大公国領を併合するとはいえ、あそこは地続きではありませんしエレボニアとも接している。我が国は国力に比して国土が狭いというのがどうにも」
「ふむ、確かに。エレボニアでは近く内戦の気配があるという。どうにか介入できないものか。国土と民が増えれば陸軍も大きくなる」
軍組織の規模が大きくなれば、それだけ予算や将官が増え、役職や肩書も増えることになる。
軍人たちにも派閥が存在し、派閥の規模は彼らが動かすことのできる予算や占有するポストの量によって決定される。
そして、時に彼らは国益よりも自分たちが属する派閥の利益を優先する傾向があった。
「しかし女王陛下の性格からすれば、内戦に乗じて国土を切り取るような行為をお許しになるとは思えん」
「次代がクローゼ姫殿下ならば、国の方針はこのまま変わらないと見ていいか。ふん。まあ、欲をかき過ぎれば良い事は無いだろう。7年前からすれば軍の規模も大きくなっているのだからな」
「ノーザンブリアの《北の猟兵》が我が軍に編入されるならば、陸軍は相対的に大きくなるはず」
「だが、向こうの将官の扱いには困るな」
「そういえば君、新型の導力砲が試作されているらしいじゃないか。陸軍にも供与されるのだと聞いたが?」
士官の一人がここにいる技術者の責任者に問う。
「はい。電磁投射砲(レールガン)と呼んでおります」
「レールガン? 論文で読んだことがあるな。だが、導力砲に比べて機械的信頼性が得られないとして廃れたのではなかったかね?」
「ブライト博士の航空機用エンジン開発で生み出された新技術がブレイクスルーになりまして」
導力を用いた実体弾の加速は、螺旋状に収束した導力エネルギーによって砲弾を押し出すというシステムを採用している。
故に基本的に砲弾が機械的に脆弱な部分に接触することはなく、副産物としての熱も発生しないためエネルギーのほとんどを運動エネルギーに変換することが可能と考えられている。
それは音響や反動、熱によって殆どのエネルギーを浪費する火薬式と比べて反動も少なく、速射性にも優れ、命中精度が高く、砲身寿命も長い。
また反動が少ないため銃や砲を軽量化することが可能で、導力システムを含めた全体の重量においては砲が巨大化するほど有利になる。
さらに薬莢を必要としないため、携行するのは砲の本体と弾丸だけで良い。このため火薬式に比べ携行できる銃弾や砲弾の数を増やすことが出来た。
もちろんすべての面において火薬式に勝るわけではない。例えば十分に研究された火薬式に比べて初速が遅く、射程や威力に劣る傾向にある。
このため一部の猟兵や遊撃士は威力に優れた火薬式の銃や砲を使用することがある。だが、大口径の火薬式の銃は反動が大きく使用者を選んだ。
レールガンは電磁力によって砲弾を加速し投射する形式の砲であり、理論上は導力砲を上回る加速度を砲弾に与えることが可能であるとされた。
構造は2本の導電性のレールと導電性の物質(導電性稼働切片)に覆われた砲弾により構成され、レール-導電性稼働切片-レールの間に大電流を流すことにより電磁場によるローレンツ力が発生し砲弾を加速する。
ただし砲弾がレールの間を移動する際に莫大な熱を生じるという欠点があり、それは電流が流れる際に発生する電熱であり、砲弾がレールに接触する際に生じる摩擦熱である。
レールと砲弾の間に電流を流すという性質上、砲弾はレールに接している必要があり、それがさらに砲身に負担をかける。
また大電流をいかにして得るかも問題となる。例えば52gの12.7mm弾を音速の8倍に加速するには単純に200kWのエネルギーを要する。
馬力に換算すれば約170馬力であり、そんな動力機関を12.8mm機銃に付けようという奇特な人間はなかなかいない。
しかしながら一定の速度までならば導力方式で加速すればよく、また電力も導力や超電磁フライホイールから得ればいい。
冷却は導力魔法の得意分野であり、高温超電導物質は既に存在する。ジェットエンジン開発で得られたタービンを空間的な場で覆う技術で断熱したり、摩擦を極小に抑えたりすることも可能だ。
電磁投射砲(レールガン)の根幹に当たる技術群は既に目星がたっていた。
「飛行艦船の艦砲や戦車砲として開発が進んでおります」
「どの程度の性能を見込んでいる?」
「秒速2400アージュの初速を、毎分20発の速射性でというのが目標ですね。今の所は試作砲の試験が行われているぐらいの進捗でしょうか」
「最新の導力砲が1700程度だったか。速いな」
「情報部によれば、エレボニア帝国の次期主力戦車は翼安定徹甲弾を採用するんだったな」
「口径は10リジュだそうで。ウルスの正面装甲を貫けないと分かり、急遽12リジュ砲の開発を始めたようですが」
「単純に砲を付け替えただけではバランスが崩れるだけだろう」
装甲に接触する弾体の速度は秒速2000アージュを超えたあたりから、運動エネルギーが装甲の侵徹に転化されにくくなっていくので、速度を追い求めるにも限界がある。
しかしレールガンの投入は列強各国の火砲開発に革命を起こす要素を十分に秘めていた。
◆
「おお、すごいねぇ。これは古代ゼムリア以来の快挙と言っていいかもしれない」
「ねぇ博士、ヨシュアはこのロケットを作ったヒトの所にいるんでしょ?」
「ん、ああ、漆黒の牙ならそうだったはずだ」
無数の導力光学素子によって映像を表示するモニターには、白い筋を残して天に昇っていくソレが映し出されていた。
それを眺めるのは二人、猫背の男とスミレ色の髪の少女。《結社》、蛇の一柱たるノバルティス博士と新たに執行者の席についたレンと呼ばれる少女だった。
リベール王国は継続的に人工衛星の打ち上げを行う予定を立てており、今回のロケットは今年2回目の発射となっている。
形式は前回と同様であり、一段目については前回使用した反重力往復輸送カタパルトとよばれる再使用型構造を使用している。
これにより使い捨てとなるのは上部構造の二段のみであり、打ち上げにかかる費用の削減が行われていた。
今回打ち上げられた《荷物》は気象衛星とされており、広域にわたる電磁波・導力波観測能力を有した3基の人工衛星が軌道に送られた。
これらの衛星は惑星を周回しながら、大気圧・気温・海水温・雲量・降雨量・海氷分布を測定し、無線によって地上に衛星写真のデータと共に送信する予定であると公表されている。
だが、裏の意図も存在する。
この衛星はグローバル・ポジショニング・システム(GPS)の試験を兼ねているのだ。GPSの精度が高まれば、この世界における軍事の常識は大きく変革する。
上機嫌に男は語り、そんな男を少女は物珍しそうに眺める。
「かつてのゼムリア文明が実現した領域に到達しようとしている訳だ。そして彼女ならば、あるいは人類を星の海に導くことが出来るかもしれない。確かに意義のある仕事だよ」
「クスクス…。博士がそんなに褒めるなんて、よっぽど頭のネジが外れたヒトなのかしら?」
映像はリベール王国が世界に中継するテレビ画像であり、《結社》が独自に撮影したものではない。
本来は飛空艇などでより詳細なデータを得たかったのだが、リベール王国において形成された電磁波と導力波を併用するレーダー網と早期警戒管制機による索敵網は精緻であり、独自の観測は目立ってしまい実行できなかった。
特に電磁波を用いたレーダーは《結社》が従来運用していた導力波を用いたレーダーに対するステルスシステムでは対応できず、飛行艇による偵察行動を事実上不可能なものにしていた。
導力波についてはかなり小型の装置によって完全に遮蔽することが可能だったが、光に分類される電磁波によるレーダーは厄介だった。
これから船体を遮蔽するにはステルス性を考慮した形状や電磁波を吸収する塗料といったものを用意するか、あるいは導力魔法による空間歪曲で光学迷彩を展開する必要がある。
とはいえ、ステルス性を考慮した形状についての研究は《結社》でさえ未開拓の分野だ。
ゼムリア文明のステルスシステムは光学迷彩に特化しており、電磁波研究は導力波研究により隅に追いやられていた廃れた研究分野だったため対応に遅れが生じている。
そして光学迷彩についても、比較的小型な戦術導力人形への程度の導入の見込みは立っているものの、有人飛空艇などの全長10アージュを超えるような大型の船体そのものに用いることは難しい。
それは星杯騎士団が運用する《天の車(メルカバ)》などの少数が実用化しているのみだ。
「その代替として潜水艦の研究が始まったというわけだが、予算があれば私もロケットを作ってみたいものだ」
「ジェットエンジンといい、あれって、どう考えても現行の技術体系からずれてるわね。いえ、思想自体がこの世界の今とはずれているのかしら」
「ああ、そうだとも。ゼムリア文明の導力を運用する技術体系から外れた、まるで異世界の文明を見ている気分だ。正に特異点と言うべきだろうね。だからこそ、盟主もまた彼女に強く興味を抱いておられる」
「へぇ。エステル・ブライトだったかしら。教授はその子の事どうするつもりなのかしらね」
「彼にも困ったものだが、福音計画は彼の担当だからね」
「でも、博士も一枚噛むんでしょ?」
「ああ、計画に、特に技術面での問題が生じ始めている。電磁波を用いたレーダーもその一つと言えるだろう。そして何より、このまま《紅の方舟》を投入した場合、下手をすれば撃沈される恐れも出てきている。パテル=マテルも例外ではない。ゴルディアス級の開発に割いていたリソースをかなりこちらにも割かなくてはならなくなったよ」
そうして話している間に、発射されたロケットが予定通りの軌道を描いて二段目の切り離しに成功し、最終的に衛星が軌道に乗ったことが《結社》の観測によっても確認される。
衛星はそれぞれスラスターを用いて各自所定の軌道に入り、世界の観測を開始するだろう。
リベール王国の科学技術の進展は異様であり、各国はそれを一種の恐れさえ抱いて注視している。
リベール王国はこの人工衛星を宇宙の平和利用として宣伝しているが、額面通り受け取る国などどこにもありはしない。
国境など無視して、迎撃不能な高度数百キロから自国の領土を観測できるなど安全保障上の脅威以外の何物でもない。
気象観測とはつまり地上の観測であり、つまり偵察衛星であると各国は受け止めており、最近では宇宙利用についてのルール作りを行うべきだと言う声が超国家的に広がりつつある。
そしてカルバード共和国では宇宙ロケットの研究開発についての法案と予算が今期の議会で通過する見通しだ。
「《結社》は人工衛星を打ち上げないの?」
「目立ってしまうからな。打ち上げにしても、存在にしてもだ。光学迷彩を四六時中展開するわけにもいかないからねぇ」
「望遠鏡で見えてしまうものね」
「今はまだ公に存在を露出するわけにはいかない。空間転移を利用した人工衛星の軌道投入については研究させているがね」
「ヨシュアも面白そうな所にいるのね。会うのが楽しみだわ」
白の少女はクスクスと笑う。
◆
「これが今回明らかになった《結社》についての報告になります」
「…予想以上に巨大な組織ですね」
「我々としても衝撃をもって受け止めています。まさか、国際政治・世界経済の裏でこのような組織が暗躍していたなどとは」
ロレントの国立病院の個室にて、私はリシャール大佐の訪問を受けていた。
軍情報部は以前から金融機関などの資本の流れについて調査しており、D∴G教団の存在を明らかにした後もその活動を継続していた。
そして彼らはとうとう《結社》あるいは《身喰らう蛇》と称される超国家組織の存在を確認するに至る。あくまでも結果的に。
「各国の有力者に食い込んでいるのはもちろんの事、多くの才能、科学者の取り込みも積極的に行っているようですね。主流から外れた、あるいは学会から冷遇されていた科学者のかなりの数が行方不明になっている事は前々から掴んでいましたが…」
「かつて業績の悪化した企業家、没落貴族、主流から外された政治家や軍人。他にも解散した猟兵団、傭兵団ですか。そして多くが再び力を得て再興に成功している」
「彼らに資金援助が行われている状況証拠は掴んでいます。他にも、突然どこからともなく有能な人材が彼らの下で活躍しだすといったことも」
多くの事例において物的な証拠はなかなか見つからない。
しかし、多くのケースにおいて不自然な事象、状況証拠を確認するに至り、一部の関係者と思われる人間に対する『誠意』ある説得が行われ、《結社》の存在を情報部は確認した。
その勢力は全ゼムリア大陸に広がっており、おそらく手が付けられていないのはアルテリア法国ぐらいではないか…というほどに。
リベール王国においてもその活動は確認されており、多くの議員や軍人、商人が資本援助や人材援助、あるいは技術供与を受けているらしい。
「幹部構成員については何か分かりましたか?」
「いえ。ただ、《執行者(レギオン)》なる代理人が現場における指揮官として活動しているようです。執行者については何らかの二つ名が与えられていること、おそらくは22人存在することぐらいしか分かっておりませんが」
「22人?」
「タロットカードの大アルカナに例えられているのだとか」
「そうですか。なるほど…」
となれば、あの少年が執行者№0《道化師》と名乗ったのは本気だったと言う事か。トリックスターといった様子だったが、確かに大アルカナの《道化師》に相応しい少年だった。
そうなれば、ノバルティス博士と会ったときに護衛をしていた女騎士もその類なのだろうか?
だとすれば、未だどこの組織に属していたのかはっきりしないヨシュアが《結社》の一員であると仮定するなら、あるいは彼は暗殺者なので、案外執行者№ⅩⅢ《死神》なんていうのが割り振られているかもしれない。
可能性は排除していない。与えるべきでない情報からは隔離している。とはいえ、本人には元の組織に帰る気など無さそうなのだけれど。
それはそれとして、現場指揮官となる人間がカンパネルラと同等の実力者であり、22人もいる事が重要になる。
カンパネルラの実力を考えれば、構成員全員が強力な戦力を持ち、そして特殊な技能を習得していると理解すべきで、それは相当の脅威と言える。
もしそれだけの戦力を一か所に集中すれば、あるいは要塞や重要な戦略的要所、例えばグランセル城だって陥落させられるかもしれない。
彼らにとって要人の誘拐などは朝飯前である可能性は高く、これに対抗するには強力な兵器や武器だけでは不可能だ。
「面倒な相手のようですね。引き続き調査を進めて下さい。彼らの目的、組織の詳細、幹部や執行者の把握、本拠地などの調査を。何より王国内での彼らの協力者の洗い出しですね。機密情報をリークしている可能性が高いです」
「…しかし、彼らを利用することはできないのでしょうか? おそらく彼らの情報網は我々を凌ぐ可能性があります」
「利用ですか? 何を目的とした組織なのかはっきりしない間は控えるべきでしょう」
「…確かに。調査は続行させていますので、何か分かればまた折を見て報告しましょう。それと、今回の事件に関してですが、まずは企業家たちについては20年ほどの懲役刑が下されたようです。賠償金は彼らの資産と共和国政府から屋敷の修繕費、治療費とは別にでる事になっています」
リベール王国の重要人物の暗殺という暴挙はカルバード共和国とリベール王国の政財界に衝撃をもたらした。
多くの証拠を王国側が提示したため、共和国側は言い逃れが出来ず、また旅客機の売買契約や王国がほとんどのシェアを握る精密部品や導力器の輸出を停止する構えを見せたために共和国の株式が暴落し、共和国政府は一刻も早い解決を行わなければならなくなった。
加えて王国の影響下にある共和国議員の活動が活発化したことで、共和国がほぼ全面的に謝罪するという流れは確定した。
「我が国に不法入国した東方移民の受け入れについて大幅な譲歩を得ることができましたよ。後は関税障壁の軽減と、資源取引に色がついたという所でしょうか。まあ、貴女に何かあった方が我が国としては痛手なんですけれどね」
「不法移民の受け入れは重要です。無秩序な移民は国を不安定にさせますから」
労働力についてはノーザンブリア自治州が今年中にリベール王国に併合される条約が発効する見通しなので、これ以上の不確定要素は欲しくない。
言語も同一で、東方移民は宗教的には空の女神の信徒であるために、かつてのXの世界のようなヨーロッパ各国でのイスラム系移民のような宗教軋轢を起こすことは無いだろう。
しかし、それでも移民政策というのは様々な問題を起こす側面がある。
文化的な刺激をもたらし、低賃金労働を支え、社会の流動性を高める効果はあるが、犯罪率は高くなるし、教育水準や思想が異なる者たちと元のリベール王国民とでは常識が若干異なるために軋轢を生じさせやすい。
また既得権益を持つリベール王国人と移民との間に所得格差が生じ、これが新たな問題を生もうとしている。
リベール王国では女王陛下が多文化主義を支持するため、法的には移民に対して寛容な姿勢を取っているが、軍と移民局は単一文化主義を維持している。
これは他国に諜報活動や内政干渉の足がかりにされることを警戒するからであり、まあこれは当然と言える。
人口増加を早め、速やかな国力への転化を狙った移民政策ではあるが、国土の増大が無い以上、これ以上の移民受け入れは規制すべきというのが大方の意見としてあった。
それに文化的にも近いエレボニア帝国に占領された自由都市からの亡命者受け入れなどもあり、東方移民の受け入れはその必要性を低下させている
まあ、ノーザンブリア開発という用途もあるため、完全には戸口を閉ざすことは無いだろうが。
これからは高等な教育を受けた者や、特殊技能を持った人材を優先して受け入れ、難民じみた東方の余剰人口受け入れは行わなくなるはず。
そういう意味で不良と判断された移民を共和国に何の非難を浴びる事もなく追い出せることは大きな利益になるだろう。
「そういえば、もうすぐ退院だとか。医師たちが予想以上に速い回復に驚いていましたが」
「氣のコントロールによるものです。大佐も出来るのでは?」
「まさか。カシウスさんならば分かりませんが、自分はそこまでの技術を修めてはいませんよ」
「どうでしょうね、大佐は実力を隠してますから」
「そんなことはないですよ。ハハハ」
「外の世界の様子はどうですか?」
「貴女の事件のせいで、しばらく緊張感が漂っていましたが、共和国との共同声明の後は平常に戻っています」
「そうですか。そういえば、シェラさん…、遊撃士の知り合いから奇妙な話を聞いたんですけど、何か知っています?」
「というと?」
「最近、猫がネズミを怖がるそうです。リベール王国中で」
「ふむ、不思議な話ですね」
「ネズミが猫に反旗を翻したとか?」
「はは、まさか」
そうして私たちはしばらく談笑を続けた。
繋ぎのお話ですね。
029話でした。
自由電子レーザー系統なんですけど、大気で使うのなら波長はどのくらいがいいんでしょうね?
大気の窓は常識的に考えるとして、レイリー拡散を考えるなら波長は長い方がいいんですけど、回折を考えれば短い方がいいし、かといって短波長で高出力だと大気のプラズマ化が起きそうですよね。