TOA~Another Story   作:カルカロフ

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レプリカの存在意義

 何かを得るためには、何かを差し出さなければならない。知識を得るなら、勉学に費やす時間を。金を得るためには、様々な手段で何かを手放す。

 

 なら、最大戦力を得るためには、何を差し出すのか。それは、おそらく血だろう。

 

 彼女もそれを望んでいるのだから。

 

 「ふふふ。言った通り殺しはしないわ。精々足掻きなさい。そしてどこまで出来るか見せて貰うわ。六神将に名を連ねるのだから、楽しみにしてるわよ」

 

 「頑張れよ。期待されてるみたいだぜ?」

 

 ネビリムからの熱烈な期待に、六神将の誰もが閉口する。上司であるヴァンも人間の領域を飛び越えて自分たちの手の届かない所にいたと思っていた。それを遥かに凌駕する化け物に期待されても、応えられる自信がない。それ以前に、殺されないかが気がかりだ。

 

 彼女は殺さないと言っているけれど、力加減を誤ってうっかり殺されそうである。

 

 「初めて六神将である事を怨んだよ……」

 

 「うぅ、怖いです」

 

 泣き言を言いながらもシンクは拳を握り、前に出る。アリエッタは純粋な後衛なので下がって、いつでも譜術を撃てるように構える。

 

 横に並んできたシンクにルークは、そっと耳打ちした。

 

 「作戦としては、リグレットやアリエッタに譜術をバンバン撃ってもらう。俺たちは囮だ。なるだけ相手の攻撃を食らわないようにしろよ。一発がくそ重たいぞ」

 

 「……嫌になるね。接近戦がまるで通用しないってのは」

 

 「全くって訳じゃないけど、食らったら死ねるからな。出来れば安全に行きたい」

 

 中空を漂う無数の武器を従えたネビリムは、ルーク達の話し合いが終わると、背中の羽らしき物をふわりと広げる。

 

 それは、戦いの合図だった。ネビリムは高速とも言える速さで譜を紡ぎ、術として完成させる。

 

 「サンダーブレード!」

 

 「速いッ!?」

 

 彼我の距離を詰める間もなく放たれる風の上級譜術。第三音素に特化しているシンクでもこの短時間で高火力のサンダーブレードの構築は不可能。故にその異常性に仮面の下で瞠目する。

 

 辺りに紫電をまき散らす雷の剣を避け、ルークとシンクは己が磨いてきた技を放つ。

 

 シンクの両手から繰り出される掌底。それは重たい衝撃破を相手に叩き付け本来なら吹き飛ばす事も可能だが、化け物であるネビリムは、それを受けてもよろめくのみ。

 

 あまりの力の差に絶望すら感じられない。何もかもが可笑しくて笑い出してしまいそうになる。

 

 目の前の化け物が大勢を立て直す寸前、ルークの剣技が舞う。

 

 「雷神剣!」

 

 「くっ!」

 

 瞬迅剣にも似た動作で突き出された剣から迸ったのは、先ほどネビリムが放ったサンダーブレードよりも小さい電撃。小さながら第三音素のFOFを作り出し、ルークはアルバート流の奥義を放つ。

 

 「翔破裂光閃!」

 

 繰り出される連撃。そして強烈な光の本流にネビリムは大きく打ち上げられる。

 

 シンクは、目の前で起こった事に、心が震えた。

 

 自分の打撃など、苦にもしなかった化け物が吹き飛ばされた。本当なら悔しい筈なのに、ルークがやってのけたことに、もしかすればこの化け物に勝てるのではないかと微かな希望が見える。ルークは囮でいいと言った。だが、勝利をより確実にするためには、どうすべきか。シンクはそれを考える。

 

 ならば、する事など決まっている。

 

 誰にも負けないと自負するスピードで相手に反撃を与えない。よろめかせる事しか出来ないが、その拳で相手の隙を作る。

 

 その為にも、着地する地点に先に陣取って迎撃するほかない。

 

 そんなシンクと同じ考えをしていた人物は、既に手を打っていた。

 

 ネビリムが着地する地点。そこに青い輝きが爆発する。

 

 「セイントバブル!」

 

 リグレットの放った水の上級譜術は見事にネビリムを飲み込み、蹂躙する。それに追随する小さな影があった。

 

 「メイルシュトローム!」

 

 声を張り上げ、術を放つのはアリエッタ。

 

 セイントバブルから生まれたFOF変化を使い、ブラッディハウリングは全てを破壊する水塊の渦へと形を変える。

 

 膨大な水の渦が消える直前、緑色の雷光が奔る。

 

 「連撃、行くよ!」

 

 まだ碌に体制を立て直していないネビリムに容赦なく打撃を与えるのは、シンク。

 

 凄まじい速さで蹴り、重たい拳で殴り、それはまさに烈風の名に恥じない嵐のような技。

 

 「疾風雷閃舞! これで止めだ!」

 

 最後に全力を籠めた一撃で殴りつけ、ネビリムは今度こそ弾かれたように吹き飛ぶ。

 

 重ねられた攻撃。反撃を与えないチームプレイ。

 

 だが、時として、それが通用しない相手とは、存在するものである。

 

 ネビリムはまるで、あの嵐の一撃など食らっていないと言わんばかりに立ち上がった。服の埃を払い、受けたダメージを調べる様にして体を動かす。

 

 手を握り、体を伸ばし、時々ちょっと顔を顰め、それから優雅に微笑んで見せた。

 

 「なるほどね。六神将と言われるだけはあるわ。まだまだ伸びしろがある上に、ここまで出来上がってるのだから褒めるべきよね?」

 

 「それにしちゃ、随分元気そうじゃねーか?」

 

 あれだけ攻撃して元気そうにしているネビリムに褒められても何故だが達成感がない。流石のルークも苦笑交じりに尋ねれば、ネビリムはさも当然そうに答える。

 

 「元から力量に差があり過ぎるのよ。もっと強くなれるみたいだし、及第点ね。特に最後の一撃は痛かったわ」

 

 「それじゃ、もう終わりってわけ?」

 

 ネビリムからお墨付きを頂いて、ようやく戦う意味も無くなった。力試しは、これにて終了である。

 

 「えぇ、力量は計らせても貰ったわ。次は、本気で行くわよ」

 

 「……は?」

 

 ネビリムの言葉に誰もが間抜けな声を上げた。

 

 「これだけ好き勝手にして、ただで済むと思ったら大間違い。そうでしょう?」

 

 一方的に攻撃されたことが頭に来たのか、ネビリムは冷笑しながら一本の剣を取る。

 

 彼女の言う事は、尤もなのだが元の力量の差を考えれば、目を瞑ってほしい。戦いを避けるよりも先に、ネビリムから迸る殺気を身に浴びて、戦士であり戦いに身を投じてきたルーク達は、身構えた。

 

 説得よりも戦闘を取った彼らの行動に、ネビリムも嬉しそうに微笑む。

 

 「さぁ、どこまで耐えられるかしら!」

 

 一番近くに居たシンクに、ネビリムは聖剣の一撃を繰り出す。

 

 それは首を狙った軌道で、シンクは否応なく回避を迫られた。峻烈の刃を上半身を逸らして躱す。その時、緑色の髪が数本、宙を舞う。六神将最速の彼でも、完全に避けられなかった事に、誰よりもシンク自身も驚いた。

 

 体制も崩され、対応が取れないシンクをカバーする為ルークは、捨て身の覚悟でネビリムに剣を振る。

 

 ネビリムはシンクから狙いを外し、すぐさまルークの死角を突く剣に反応して見せた。

 

 己と同じ名を持つ剣で相手を弾き、そのまま息もつかせぬ速さでネビリムは舞う。斬撃と言うには華があり、剣舞と例えるには殺伐とした鋭いそれをルークは、時に躱し、時に受け流す。

 

 二人が同時に大きく踏み込み、相手の重い一撃を外側に逸らし、行き違いになる瞬間振り向きざま、ネビリムは槍の長さを生かし、ルークの攻撃範囲の外らか刺突する。ルークは、剣腹で防ぐと今度は弾き返した。

 

 ステップ一つ間違えば、血飛沫が踊る狂気のダンス。それを躊躇なく続けるネビリムとルークの表情は恍惚であった。人の限界に到達した化け物と、記憶を引き継ぎ技術を継承した人外の協奏に、シンクとアリエッタ、そしてリグレットは目を奪われた。

 

 神速の剣筋、人間ではあり得ない膂力。それをルークは、緻密な足運び、無駄のないしなやかな動き、圧倒的な経験と技術だけで対抗する。

 

 身体能力は人のそれでしかないルーク。彼が化け物に食らいつく姿は、恐怖と同時に、身体を震わせる希望を六神将の面々に与えた。

 

 だが、武器の手数で負けるルークは、段々と劣勢に回る。

 

 少し距離を置こうとすればすぐさま槍が薙ぎ、踏み込もうとすれば細腕からは想像も出来ない怪力で押し返され無理をして入り込もうとした瞬間、首を狙う一撃が襲う。

 

 仕切り直しにルークが大きく距離を取ったのを見計らい、ネビリムは狙いを定めるのと弓を引き絞る行為を同時に終了させ、人智では想像も出来ない正確さと速さで矢がルークに向かって飛翔した。

 

 あまりの非常識さに、あの洗練された動きを見せたルークの動きもワンテンポ遅れる。二秒にも満たない時間の中でルークは、血が全て凍るような絶対的な絶望が自身を貫くことが予想できた。それも容易に避けられない腹を。

 

 ルークには、矢が遅く感じられたがそれ以上に遅い自分の体に不思議と苛立ちを覚えなかった。本能が危ないと警鐘しながら、それでも穏やかな時間だった。一瞬にも永遠にも感じられた世界を動かしたのは、六本の聖なる槍。

 

 「そんな!?」

 

 ネビリムにとって最大の好機を阻んだのは、

 

 「アリエッタ! 私は前に出る。貴女は全力で譜術を!!」

 

 リグレットが放ったホーリーランスだった。ルークとネビリムの狂喜の宴に、見惚れ撃つ事を忘れていた故に起きた奇跡の賜物。戦士として褒められたものではないが、怪我の功名と言う訳だ。

 

 ネビリムの驚異的な身体能力をルークとシンクだけでは抑えるのは不可能だと判断し、譜銃を引き抜くとリグレットは危険を承知で距離を詰める。

 

 「シンク!」

 

 「分かってるよ!!」

 

 正気を取り戻したシンクは、ルークとは違う方向から攻める。

 

 敵味方入り混じる戦場で、リグレットの援護射撃は困難を極めるが、彼女は針の穴に糸を通すように敵だけを射ぬいてみせた。

 

 いや、正確に言うならシンクを狙って振るわれたネビリムの槍を撃ち抜き、軌道を逸らした。

 

 思わぬ横やりに防衛ラインを突破され、シンクの拳がネビリムの肩口を打つ。そこから深追いをせず、あっという間に戦線から離脱。リグレットはシンクを追撃させないよう、弾丸を撃ち込む。

 

 そして入れ替わるようにルークが積極的に攻める。

 

 何度もアルバート流の奥義を放ち、相手の牙城を切り崩す。

 

 「ブラッディハウリング!」

 

 アリエッタの上級譜術は、吹き上がる咆哮の如く、ネビリムを飲み込み、戦闘中最大のダメージを与える。

 

 そして発生したFOFを逃さず、ルークとシンクが拳を振り上げた。

 

 「烈震天衝ッ!」

 

 「昴龍礫破ッ!」

 

 両者、天を貫く勢いでネビリムを打ち上げる。

 

 地の属性を纏ったルークのアッパーカットで土塊が吹き飛び、シンクの周りの土を巻き上げ打ち上げる拳が更に強化された。空中で逃げ場のないネビリムは、聖杖を握り迎え撃つ。

 

 「バニシングソロゥ!」

 

 音素を纏った拳と衝撃破のぶつかり合いは、お互いを吹き飛ばす結果になった。

 

 シンクは、受け身を取る暇なく地面に叩き付けられ、ネビリムは飾りに見えた翼で空中でバランスを取ってから危なげなく地に降り立つ。

 

 その光景を見ながら、せき込みつつシンクは毒を吐く。

 

 「くっそ、ゲホッ! こっちはそんな便利なのもってないのに……」

 

 「一旦下がれ。呼吸を整えてから来なさい。それまでの時間稼ぎくらいなら私にも出来る」

 

 無理に起き上がるシンクの背を支えつつリグレットは、交代を勧める。

 

 確かに今のシンクが前に出ても際立つ働きは出来ないだろう。地面に叩き付けられた影響で、まだ足が震えているのがその証拠でもある。

 

 意地を張って勝てる相手でもないのは、十分承知しているシンクは大人しくリグレットの提案に従い後ろに下がった。

 

 純粋な前衛が居なくなったことにルークも一抹の不安を感じる。理由は、あれだけ連携してダメージを与えたネビリムは未だに元気そうであること。しかもそれが痩せ我慢の類ではなく、本当に何ともなさそうである。三人がかりで漸く足止めとして安定した物を見せていたが、ここから一気に流れが変わるだろう。

 

 自身の自慢の剣術でもネビリムの防御を完全に砕く事が出来ない事実に、ルークは勝機が遠のいていくように感じる。

 

 いい加減、ルークも息が上がってきた。長期戦になればなるほど、不利になるのは言うまでもない。

 

 決め手に欠ける状況に、終止符を打ったのはネビリムだった。

 

 「一人くらい、落とせると思ったのだけれどやるじゃない坊や。今日はこれまでにしましょう?」

 

 空中に浮かべていた武具を降ろし、戦闘態勢を崩す。

 

 重苦しい敵意も消え去り、誰もが息を大きく吐いて安堵の表情を浮かべた。

 

 そして、ネビリムはルークに手を差し出す。握手を求めて出された手に、ルークも握り返した。

 

 「よろしく、名前は何かしら?」

 

 「そういや、まだ名乗ってなかったけ? ルークだ」

 

 彼の名前にネビリムの記憶から知識が溢れだした。

 

 オリジナルがまだ教団に居た頃、その名を預言の一節で見た覚えがある。

 

 アクゼリュス崩落の原因であり、世界を変え得る不確定要素だと前導師エベノスと話し合い、会ってみたいものだとオリジナルは思った。それが目の前の人物だと理解するのに、時間は掛からなかった。

 

 「聖なる焔の光、ね。随分と素敵な名前じゃない」

 

 「あぁ、本物から奪った名前だけど気に入ってんだ」

 

 更に、ルークの返答で彼が一体どう言った生を受けたのか、分かった。

 

 同じ存在、レプリカなのだと。同じくオリジナルの名を奪ったに等しい彼女にしか通じない、堂々とした宣言。例え、名を奪ったとしても、オリジナルとは違うのだいう想いの現れ。

 

 自身の存在意義を見つけたレプリカ。ネビリムはつい、ルークが羨ましく思えた。中途半端な答えしか見つかっていない自分とは大きく違うのだから。

 

 「……どうして貴方が私を目覚めさせたのか、分かった気がしたわ」

 

 「なら、仲良くしてくれよ? これからそれなりの間、一緒に行動するんだからな」

 

 手を放して、ルークは不敵に笑う。

 

 「歓迎するぜ『ネビリム』。ようこそ大魔王ローレライとその一団に」

 

 「歓迎されるわ『ルーク』。それにしても売れないサーカス団みたいな名前ね?」

 

 ネビリムの意地の悪い発言に、ルークは正式名所が決まってないのだと簡潔に告げ、そして疲弊している六神将の所まで行くと、手を鳴らしながら立つのを催促させた。

 

 「よし! それじゃ本初の予定通り、フェレス島に行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー、疲れた……」

 

 シンクは、ベッドに倒れこむとそう言って仮面を取る。夕食も食べ、フェレス島に建てられた建物内の部屋を私室にしているので、ここでアリエッタに顔を見られる心配はない。それに既に夜も遅く、アリエッタは深い眠りについているだろう。それこそ夢もみないような深い眠りに違いない。

 

 ただ、シンクの疲労は戦闘だけではないのだ。

 

 元より六神将並びにヴァンは、予定より早く失踪する事がルークの作戦の一つにもなっていた。突然の失踪でローレライ教団を混乱させ、教団の能力を早期低下させる。すると導師イオンが教団のトップに立てる可能性を多く出来るのと、六神将たちの謎の失踪、そして魔王ローレライの部下として急に登場することで憶測を蔓延させるのだ。

 

 ローレライに操られているのだと。

 

 勿論、ディストも今日、このフェレス島に来ていたのだ。既に島を後にしたが。

 

 その理由としては、オリジナルの記憶を継ぐレプリカネビリムが、オリジナルの代替品になる事を拒否し、到底納得出来ないディストと、ネビリムの意志を蔑ろにしたことに怒ったルークと対立したのだ。

 

 元よりディストは、レプリカ研究の為に教団に入り六神将になったのだ。レプリカ関連の事を推し進めないルークの作戦にあのエリマキトカゲが付き合うはずがない。あの男が一番利己的で、尚且つこうして裏切るのも予定通り。

 

 だがディストの憤慨ぶりを思い出して、案外本気だったのではとシンクは思う。

 

 結果、事は荒れに大荒れしてシンクとリグレットは後処理や中間管理職などに神経を費やし心身ともに既にボロボロである。

 

 ただ、最後まで平行線を辿るルークとディストの言葉のぶつけ合いの光景を、あのネビリムがただ黙って静観していたことにシンクは今でも不思議だった。

 

 一番最初に怒りだして手が付けられないんじゃないかと内心、穏やかではなかったがネビリムは特別何もしなかった。ただ、悲しそうに寂しそうに目を伏せていた。

 

 彼女の表情が何度もフラッシュバックして、どうにも寝付けないシンクは、仮面を付けないでそのまま水を飲みに行く。

 

 一階にあるキッチンに向かうと、そこにはどっからか引っ張り出したアルコール度数の高い酒を煽るネビリムがいた。

 

 「なにやってんの?」

 

 「あら、小さい坊やじゃない。お酒を飲んでたのよ」

 

 真夜中に酒を飲む女は、少しばかり顔が赤い。程よく酔いが回ってるのだろうか、無言でシンクに相席を促す。

 

 シンクとしては、ちょっと水を飲む程度で済ませるつもりだったが、ネビリムが酒を割る為に冷えた水を取り出していたので、拒否権は無かった。

 

 向かいのソファにシンクは、腰を沈め空いていたグラスに水を注ぐ。

 

 「美味しいのそれ?」

 

 「うーん。アルコールは基本毒だから美味しい筈はないわね。でも人間、特に大人なんかは、逆にそう言ったものが好きになる傾向が強いの。何故かしらね?」

 

 「知らないよ。て言うか、用があったから座らせたんじゃないの?」

 

 案にしゃべる事がないならもう行くと言うシンクに、ネビリムは、若いのにせっかちね、と呟く。

 

 「そうね。聞けば貴方もレプリカらしいじゃない?」

 

 「そうだけど。言っとくけど傷のなめ合いは趣味じゃないから」

 

 「心配しなくても私も同じよ。ただ、レプリカなら誰もが通る疑問、そして答え。貴方はまだ、自分が何なのか分かっていなさそうだからちょっと気になって」

 

 「なに、アンタもレプリカは何者にでもなれるって妄言を信じているの?」

 

 シンクの馬鹿にしたような発言にネビリムは、笑顔で頷いた。

 

 「少なくとも、そう信じてる。だって貴方もオリジナルではないでしょう? 真似しようとも、必ずどこかで綻びが出る。だから同一人物になんてなれない。故に、私たちレプリカという存在はどうしても惑うのよ。自分は何者なのか、自分は何なのか、何のために生まれ、存在理由は何なのか。普通の人間が抱かない疑問と痛みを背負って私たちはここにいるわ」

 

 最後に、グラスの中にあった酒を煽り、ネビリムはため息をつく。

 

 喉を過ぎていく冷たい酒は、最終的に熱を体に孕ませる。そんな熱に浮かされたのか、ネビリムの表情はどこかぼんやりとして、小さく苦笑した。

 

 「でもね、こんなことを言っても、私はちゃんとした答えを得たわけじゃないわ。今日、サフィールが言っていたことを聞いて、そう実感した。彼は、私にオリジナルに成ってほしい。いいえ、成らなければ生きている意味がない。そんな風に言われて、揺らいだの。こんな形でも、私を必要としている。それが歪んでいようがちょっと嬉しかった」

 

 彼女の辛そうな微笑みを見て、シンクはなにも言えなかった。

 

 存在意義や生きる事について考える事を放棄し、全人類を滅ぼすことだけを考えてきたシンクには、ネビリムの葛藤や、複雑な感情が全く分からない。駒ではなく、人形ではなく、出来損ないでもなく、ただ『人』として必要とされたのに、なぜ受け入れないのか。例えそれが誰かの代替品でも、火山の火口から突き落とされる経験に比べれば、いいのではないだろうか。

 

 きっとそれが答えを見つけたレプリカの考え方のだろうとシンクは思い至る。

 

 なぜなら時々、ネビリムとルークは重なって見えるからだ。どちらも己の存在やあり方に苦悩し、例え自身がオリジナルの変わりではないと答えを見つけても、必ずレプリカという現実に傷つけられ、それでも進んでいく。痛みの伴わない人生などない。だが、死ぬまで付いてくる痛みをどう和らげるかを、二人はそれを必死になって探しているようにシンクには見えた。

 

 つい、尋ねてみたくなった。答えを全く持ち合わせていないシンクは、自分にないものが何なのか知りたくて。

 

 「それで、アンタはオリジナルの代替品になるの?」

 

 「ならないわよ。無理に決まってるじゃない」

 

 そこだけは、呆気にとられるほど明るい声でネビリムは言った。

 

 そして、でも、と続く声はどことなく沈んでいた。

 

 「一瞬でもそんな人生でもいいかなって逃げそうになったのは、認めるわ。自分が偽物である苦痛を無視できる場所に行けたらって思ったの。でもね、オリジナルの記憶をずっと見返してきて、欲が出ちゃった。私も認めて貰いたい。私も私といて生きたいって。だからジェイドに認めさせる。私は、レプリカでもオリジナルじゃない存在なんだって」

 

 「……僕には、まだ分からないや」

 

 「いいのよそれで。答えなんていっぱいあって、好きに選べるんだから。私は、誰でもない私だって答えも多くの選択肢の中から選んだのよ」

 

 そんな生き様があるのか、素直にシンクはそう思えた。

 

 そんな風に生きられたらいい。自分もそうありたい。身近にいる二人のレプリカの影響か分からないが、シンクの中に小さな欲が生まれたのは、確かな事だった。まだ芽吹かないが、漸く種が見つかった。それがどんな花を咲かせるかまだ誰も予想できない。不確定という名の可能性が今まで空虚だったシンクの中に出来上がったことを、本人よりもネビリムは察知して、今度は気色ばんだ。

 

 意外とコロコロ変わる彼女の表情にシンクも呆れたようにため息を付く。

 

 「絶対に酔っぱらってるでしょう?」

 

 「あら、バレた? 結構きてるのよね。でも、笑い出しそうなのを堪えてるんだからまだ意識はあるのよ」

 

 「どっちも一緒だよ。それじゃもう寝るからほどほどに」

 

 「はぁい。お休みなさい『シンク』」

 

 初めて呼ばれた名前に、心臓が跳ねたのをシンクは無視して逃げる様に自分の部屋に向かう。その後ろ姿を可愛いと思いながらネビリムは見送った。

 

 それからまた、少々酒を煽り、ふと表情が暗くなる。酔っているせいかい感情の振れ幅が異常なほど大きい。

 

 ネビリムが思案する原因は、自分をこの組織に勧誘したルークについてだ。

 

 彼女から見て、ルークの存在は、自分よりも奇妙である。数多の自分の記憶を伝承し、その全てが同じ道を辿らなかったルークの精神。恐らく自分自身であるからこそ、記憶と同時に感情も継承する彼が垣間見せる狂気は、現代の化け物からしても恐怖を禁じ得ない。

 

 彼は、自分を定義する際、どうしても他の自分の記憶が邪魔をする。何をしても誰かの記憶の足跡を踏みしめてしまう。そうなると、自分とはなんなんだろうかと思うのが恐らく感情ある者の定めだ。

 

 それに則るなら彼の苦痛は計り知れない。瞬間的にどこかのルークに偏ったり、成ってしまったり。そんな状態ではいつか精神が崩壊し、本当に狂人になってしまう事がネビリムには容易に想像できた。

 

 まるで今のルークは白いキャンパスだ。

 

 時にそこに落とされる様々な色を鮮やかに見せ、そして思い出したかのように白の絵の具で塗り潰す。だがいくら白で上塗りしても、元の白いキャンパスには戻らない。そして何より、白い絵の具がいったいどれくらいあるのか誰にも分からない。突然無くなってしまう事もあるだろう。

 

 その時がルークとしての最後だ。

 

 そうなってしまう前に、強固な自分と言う存在定義を見つけられたらとネビリムは願う。

 

 





タグにもあるようにちょっと晒し中です。

 晒した先で感想を書いてくださった皆様、有難うございます。
 中には大変、勉強になる感想や、私の至らない点など改善に向けて役立つ物も多くありました。
 今後の課題としては、文章自体に大きな変化を加えるのではなく、ちょっとした心情描写を取り入れたり場面変更を、もう少し自然流れにしていきます。

 それに加えて大変失礼かと思いますが、皆様にも何か気づきがあったら感想に気軽でいいので載せて下さい。出来れば、戦闘描写と恋愛面に関して、非常に自身が無いのです。正直、戦闘なんてマンガ見てアニメ見て小説読んで、たぶんという憶測でしか書いてないので。こんなことなら剣道か柔道でも習っておけばよかったと思いながら、某笑顔動画の戦闘シーン解説を5、6回見てたりしています。それでも納得できない出来です。

 恋愛面に関しても、どういった部分に人が惹かれるのか正直、分かりません。
 特にリグレット教官、なぜそうなった。これは、特別な例なのか、それとも何なのか。アッシュとナタリアもこれは、恋愛や愛、というよりも過去への妄執なのでは? と無粋な事を思ったりしてしまう感性なので、健全な愛を感知する能力が大きく欠落していると言っても過言ではないです。

 唯一まともに理解出来たのルークとティアだけだよ! あぁ、これは愛だって思えたのこの二人だけって。あ、あとはフリングスとセシルくらいかな。フリングスさんは、まぁ、途中退場して始まる前に終わったけど。アビスは恋愛フラグ建てたり建ってたら死亡フラグと直結している。主に男性陣。どうしてこうなった。




 ベヨネッタ映画化&長編アニメ化決定!!

 観に行かなければ!! そして、円盤買わなきゃ! ファンならば新品で買うべし!
 と言う訳で、お金貯めよー

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