TOA~Another Story   作:カルカロフ

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きっと願ってもいい幸せ

 物語の一遍を語るような口調。

 

 朗々としながら感情が籠った熱のある声。

 

 そして、希望を失わない瞳の輝きを六人は黙って見て、聞いて、感じる。

 

 世界を敵にする前準備。それに必要な事一式と、途中の目標の全てを話し終えた時、会議室には不思議な沈黙が降ってきた。

 

 「それじゃ、なんか質問がある人いるか?」

 

 一先ず、これからの行動を説明したルークは、不可解な点がないか彼らに聞く。

 

 すると、いち早くシンクが手を上げた。

 

 「作戦とは関係ないんだけどさ、アンタって今十七歳だよね?」

 

 「いや、今までのルークと混同して平均年齢になってるから二十三か二十二歳くらいだな」

 

 あっさりと暴露された新事実に誰もが押し黙る。

 

 いきなりのルークの訪問や計画の路線変更、果ては人類救済ときて六神将ならびヴァンの思考はルークの外見年齢など気にも留めていなかったが、余裕が出てきたのかシンクは、さっきから気になっていたことを尋ねてみたのだ。

 

 「いや、平均年齢と言ったが何を基準にしての平均なのだ?」

 

 「そりゃ、没年齢に決まってんだろ」

 

 ラルゴの問いにもルークはあっさり答えた。

 

 だが、今まで生きた年齢の平均と考えると彼の寿命というか生きた年数は、かなり短い事になる。

 

 「どれだけ貴様は短命なんだ」

 

 ルークの歳を超えている四人は、そんな彼に憐れみとも励ましとも判別できない眼差しでルークを見つめた。

 

 「なんだよその目! 俺だって八十まで生きて子供も孫も出来た時代があったんだぞ。全体的に考えるとお前らに同情される筋合いはねーよ!!」

 

 「しかし、八十まで生きて平均年齢が二十代という事は相当短命なのだろう? 殆ど十七・八で死んだのではないのか?」

 

 「うん。そうだけど、あんまり言わないでくれ。怒涛の一年間を文字通り命かけて生きてきたんだから」

 

 ヴァンの容赦ない指摘に返す言葉も見つからない。

 

 そう、殆ど彼の運命は死に繋がっていた。片手で数えられるくらいしか、彼は長生きしていない。

 

 あとの全ては、十七歳か十八歳の時に死んでいるのだ。不幸と言う運命に縛り付けられたルークに幸福と言うのは、ほど遠い存在である。

 

 そんな少年とも言うべき時代、彼が必死に願ったのは、人々が自分の意志で生きる事。星の記憶に踊らされることのない不確定な未来。

 

 数多のルークが望んだこと、彼は成し遂げたいのだ。

 

 ルークの一人として。

 

 「そんな話は置いといて、俺としては魔王ローレライとその部下としては、お前らには火力と言うか力が足りないんだよな。ついでに人数も。だから、六神将の面々には力量を高めて貰う」

 

 そのためにはどう足掻いても力が必要になる。故に彼は、世界を敵に回す前準備として六神将各自に戦力としての力を高めることを決定した。

 

 そこで次の質問をしてきたのは、ディストだった。

 

 「それでは、私はどうすればいいんです?」

 

 「ぶっちゃけお前いらないから好きにしていいぜ」

 

 「な、なんですかその態度! この天才ディスト様を蔑ろにして戦力増強などありえません!」

 

 「確かにディストの譜業は、強いし、かっこいいし、すっげーし使いたいけどよ兵器が出しゃばると魔王の威厳とか半減して胡散臭さ倍増だからな。有能なディストが封じられるのは、かなりの痛手だがきっと後から見せ場あるって真打は最後だしな」

 

 力を籠めて有能とか真打だとかディストを褒め殺しす。

 

 「分かってるじゃありませんか! そうですこの天才にしてあのジェイドよりも有能な私の役は、真打!! ふふふ、どのようにして私を輝かせるのか期待していますよ」

 

 「おー、任しとけー」

 

 ルークに褒められたことで有頂天になったディストは胸を張る。そうして彼は、気を良くして座り心地のよさそうな空飛ぶ椅子に座りなおした。

 

 どうやらあの椅子は、普通の使い方も出来るらしい。

 

 「それで天才・薔薇のディストが抜けた大穴を埋める人材が必要になって来る訳だが」

 

 「このディスト様に取って代わる人材がいるのですか?」

 

 「あーうん。戦力としては、ここに居る誰よりも強い奴を一人知ってるんだ」

 

 褒めて褒めた結果、ディストがうざい。

 

 そんな弊害を生んでしまったが、この男のヒステッリクを放って置くと後が面倒になりそうなので敢えてそうしない。

 

 六神将達は、鼻を高くしているディストを視界から排除し、ルークの次の言葉を待つ。

 

 彼の言った、この場に居る誰よりも強い人物。それを警戒しているのか各々の表情は真剣身を帯びている。

 

 「そう身構えんなよ。俺としては、レプリカネビリムを採用したいんだ」

 

 「なんですって!?」

 

 「なんだと!?」

 

 三人の声が重なり、同じように腰を浮かせ椅子から立ち上がる。

 

 その三人は、ディストとヴァン、それにリグレットだった。

 

 ディストとヴァンが過剰に反応するのは理解できるが、まさか意気消沈としていたリグレットまでも反応してくるとは思っておらず、ルークは内心びくびくしながら頷いた。

 

 「お、おう。戦力としてならあそこまで優れた個人なんて早々居ないしな。仲間に出来る内にしときたいってのが本音だ」

 

 「まさかネビリム先生の復活を」

 

 「意味が分かっているのか!? あれは目覚めさせてはいけないモノなのだぞ!」

 

 「別に悪いもんじゃないんだし、大丈夫だって」

 

 ディストの狂喜の声を遮ってヴァンが恐ろしい剣幕で問い詰める。

 

 ここまで猛反対するからには、ヴァンはネビリムの状態について何かしら知っているのだろう。

 

 正直いくら力を求めるからと言って、手を出してはいけない部類だとルークも分かっているのだが、ルーク個人として彼女、レプリカネビリムにしてやりたいことがあるのだ。

 

 シンク同様にネビリムもレプリカらしいレプリカなのだから。

 

 「《魔将ネビリム》だっけ? ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団時代の二つ名。譜術や第七音素の扱いに長けた超人って聞いてる。あと創世暦時代の惑星譜術復活を前導師と進めてたらしいな」

 

 オリジナルネビリムの歴史の一端。それに触れて語るルークにリグレットは、苦い表情をする。

 

 「どこまで知っているんだ?」

 

 「あとは、ロニール雪山で惑星譜術の実験の際、事故が起きてネビリムは教団を辞退。それからは、故郷のケテルブルクに戻っての私塾を開いて、まぁご存じの通りってわけだ」

 

 「なるほど。……正直に言ってあまり勧めないぞ。下手をすると惑星譜術の構築を頭の中に秘めている。それだけでも危険因子だと言うのに、それを解き放っては、二千年前の歴史をなぞるだけだ」

 

 ルークの説明に納得したリグレット。

 

 そしてその反論にまたルークも納得した。

 

 二千年前に起きた譜術戦争(フォニック・ウォー)

 

 始まりが一つの音素(フォニム)の発見からだった巨大な戦争だ。世界大戦といっても差し支えはないだろう。

 

 新種の音素である第七音素と今のアブソーブゲートを巡って各国々が戦ったかつてない規模の戦争は、開戦たった一カ月で人類の半分を死滅させたと言われてる。

 

 その際、他国を滅ぼそうと考案された譜術が惑星譜術。創世暦時代、今より遥かに進んだ譜術と譜業の結晶である術を今の世の中に復活させてしまえばどうなるか。

 

 マルクトとキムラスカが戦争間近な今、そんな技術を内包している可能性のある化け物を復活させてはいけない。こんな事だれにだって分かることだ。もし復活して、技術が漏れ出すようならば二千年前と同じく人類の半数を失うことになる筈だ。

 

 なにせ、国の殲滅を視野に入れた譜術なのだから。

 

 「戦力増強であっても、今からと言うのは短絡的だ。せめて終戦まで待て」

 

 「アイツは誰それ構わず暴れる奴じゃねえよ。話し合いくらいは出来るし、ネビリムにとっても悪い商談にはならないしな」

 

 ルークの不敵な発言にヴァンが眉を寄せた。

 

 「彼女を知っている口ぶりだな」

 

 「まーな。記憶の中で何回か戦ったことあるし。それに、生体レプリカ第一号なだけあってネビリムは、どんなレプリカよりもレプリカらしい奴だったよ本当に」

 

 憂いを帯びた声音に誰もが閉口する。

 

 それはディストも同じだった。

 

 大胆に不敵にそして、誰よりも希望を宿した彼の瞳が一瞬でも翳ったのだ。思わず言葉を失うくらいの衝撃があった。

 

 「おっと、なんかしみったれた空気になったな。取り敢えず、ネビリムの所に行くのは三日後だ。封印を解くために『鍵』を造らないといけないし」

 

 「それでは私はレプリカ施設でもあるベルケンドに行って荷物の整理でもしてこよう。長く放置するには危険な書類が多いからな」

 

 「そっか。それじゃ仕方ないな。ならヴァン抜きでネビリム訪問団を選抜するか。取り敢えずシンク決定だからよろしく」

 

 最大戦力となるヴァンを今手放すのは色々と心配になるが、ルークは了承する。

 

 そして勝手にネビリムと対峙するであろうメンバーを決めた。もちろん黙っているシンクではない。

 

 「はぁ!? 何勝手に決めてんの? なにレプリカ同士で傷のなめ合いでもさせたいわけ?」

 

 「いや、純粋に近距離戦が欲しいだけなんだけどなぁ。もしかしたらラルゴは、キムラスカに近々行く可能性もあるし、記憶にある確率だと今の時期シンク暇そうだし」

 

 「ニートみたいに言うのやめてよ。それに僕は絶対に行かないからね」

 

 勝手に決められた怒りか、シンクは椅子を蹴って立ち上がると、もう用は無いと言わんばかりに荒々しく扉を閉めて退室した。

 

 ただ見送った後でルークは、あとで謝っておくか、と呟くとリグレットに向き直る。

 

 「と言う訳で、リグレットも訪問団に入れとくから」

 

 「どんな訳だ。別に構わんが戦闘になる可能性などはあるのか?」

 

 「あぁ、はっきり言うと無傷で説得できる可能性は少ないぞ。それなりの覚悟はしておけよ」

 

 楽天的な見方を最初からしていなかったのかリグレットは特に驚く素振りを見せなかった。

 

 「殺されないよう努力しよう。別にお前は死んでくれても構わないが?」

 

 「ひでー。滅茶苦茶だぞ」

 

 「私も失礼する。それでは閣下、気を付けて下さい」

 

 ヴァンに事務的でありながら、それでいて柔らかい声を掛けてからリグレットは会議室から出て行った。三日後の訪問に向けて彼女も何かしら準備するのだろうか。

 

 そんな事を考えていると、視界の端に桃色がちらつく。気になってその方を見てみるとアリエッタが人形で口元を隠しながら近づいてきた。殺気を放ちながら。

 

 「よ、ようアリエッタ?」

 

 「貴方はルーク、じゃないの?」

 

 アリエッタが何を言おうとしているか理解したルークは、愛想笑いを引っ込めて無表情になる。

 

 「俺はルークだ。ただ一概にアリエッタの母親を殺したルークだとは、断言できない。断言できるのは、そのルークは確かにアクゼリュスと共に死んで俺の記憶の一部だって事だ」

 

 「なら、貴方はアリエッタのママを殺したルークです! アリエッタは、貴方を殺します!!」

 

 必死に下から睨み付けてくるアリエッタの宣言に、その場にいた誰もが予想通りという表情でいた。

 

 ラルゴは、そのやり取りを不安げに見ているだけだった。

 

 「俺は死んでやれない。だから復讐は諦めろアリエッタ」

 

 「いや、です。ママの仇を取るんだもん!」

 

 「なら、明日の朝まで待ってくれ。殺し合いをするにしても武器を調達しないと」

 

 ルークの提案にアリエッタは疑惑の眼差しを向ける。

 

 「逃げたりしたら、アリエッタは貴方を探し出して、殺します!」

 

 「逃げたりしねーよ。まだ俺の計画は始まってもいないんだからな」

 

 気怠い声で言いながらルークの表情は真剣そのもので、アリエッタも一応信用したのか小さく頷く。

 

 だがその小さい体からにじみ出る殺気は変わらない。例え親を殺したルークだと断言できなくとも、その因子を持った彼は仇に相当する相手なのだ。寧ろ今まで襲い掛からなかったアリエッタは我慢強い子なのではないだろうか。

 

 「それじゃ、ダアトの平原で殺し合いだ。分かってんだろ? 負けたらどうなるかって」

 

 「はい。でも、それはルークも一緒です」

 

 「それもそうか。じゃ明日の朝な」

 

 アリエッタは不気味なぬいぐるみを抱きかかえたまま、ドアの近くまで行くとヴァンやラルゴに一礼して出て行った。また一人、会議室から人が出ていき静かになる。

 

 「小僧、いいのか?」

 

 「他にどうしろって? 俺は殺す気はねーからアリエッタの心配はしなくてもいいだろ」

 

 「それは見ていれば分かる。だが、アリエッタは本気だぞ」

 

 厳しい視線をぶつけてくるラルゴは、同時に心配そうにルークを見つめていた。

 

 殺意のない殺し合いを演じなければならない彼の心境を想っているからなのか、まだ小さなアリエッタに殺し合いをさせる罪悪感か。ルークにはどちらか分からないが、彼がお人好しの部類に入るのは良く分かった。

 

 「本気を出しても敵わない相手がいる。それを教えてやるだけだよ。復讐なんて、終われば下らないものでしかない。それよりも怨める対象がいる事に意味がある。そうだろ? 六神将の奴なんて大抵そうじゃねーか。預言破壊したら自害しか待ってない運命を選んだくせに」

 

 どこか責めるような口調の彼に圧されラルゴは、小さく唸ると黙って腕を組んだ。

 

 もとよりルークの言う通り、預言を破壊しレプリカで人類を代用した後、六神将たちは自害する道を決めていた。復讐のあとに待つのは、死だけ。

 

 例え人類をレプリカにした所で、それは何かを生み出した結果とは言い辛い。元あった者を崩して新しく組み立てたにすぎないのだから。

 

 殺した数と、生み出した数が均衡するのだ。結局はゼロ。それでもいいから、若しくはその現実から目を背けてただ預言廃絶のためと動いてきた。人類を救う手前に行われる人類の滅亡。結局それでは、預言に従っているのではないだろうかと、ラルゴは思ってしまった。

 

 「小僧、この世界は本当に預言に縛られているのだな」

 

 「なんだよ藪から棒に。ま、そうだよ。悔しいけど、星の記憶って強いんだよな」

 

 誰が言うよりもルークの言葉には、重みがあった。

 

 誰よりも多く戦ってきたのだ。例え記録でしかなくとも、ルークは多くの運命的な死を目の当たりにし、それでいて精神面を病まず希望に満ちている。

 

 「だが、相手が星であっても負ける訳にはいかんのだろう? お前の野望のために」

 

 「もちろんだ。その為にはヴァンにも働いて貰うからな」

 

 ルークの不敵な笑みにヴァンも同じ顔で返す。

 

 「忙しさに目を回すなよ?」

 

 「気を付けますよ。それじゃ、俺はどっか空き部屋に間借でもしようかな。どっか良い部屋あるか?」

 

 「アッシュの部屋が丁度開いているぞ」

 

 ヴァンの返答にルークが露骨に嫌そうな顔をする。

 

 「お前わざとだろ? なんの嫌がらせだよ。本当に他に部屋ないのか?」

 

 「無い。容姿を考慮してアッシュの部屋なのだからな」

 

 ヴァンの指摘にルークも大きくため息をついた。ここではファブレ家の御曹司ではなく、六神将の《鮮血のアッシュ》として認識される。下手にどこかの部屋をかりるよりは、素直にアッシュの部屋に泊まった方が変に思われる心配も無いという事だ。

 

 諦めの境地に立ったルークは、重たい足取りでアッシュの部屋に向かう。

 

 こうして会議は無事に終了した。誰もが己の胸の内に野望を抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、一人の青年がダアトの平原の真ん中でアクアマリンと見間違う輝きを放つ剣を振っていた。向こう側が透けて見える剣からは第四音素が滲み出ていた。冷気の白い靄が下に流れ落ちる。それは流水にも見え、彼が剣技を放つ度に美しく弧を描く。

 

 赤く染まった紅葉色の世界に氷冷色の光が、不思議な景観をもたらした。青い光がまるで蒼い炎のようである。

 

 平原の真ん中で、世界と同じ色の長い髪を揺らし、青年が座り込む。

 

 持参した水筒の中身を枯渇させる勢いで水を飲む。豪快に喉を鳴らし、彼は水を飲み干すと漸く一息つく。

 

 「明日か……」

 

 無意識に吐き出された呟きを耳にする者は誰も居ない。

 

 ただ、少し離れた所には、小さな正方形の石柱が地面から突き出していた。青年ルークは、その墓標にも見える石柱に向かって話しかける。

 

 「なぁ、アンタのアリエッタを明日ここに連れて来るけどいいよな?」

 

 もちろんそれに応える声などない。ただ草原に吹く風がルークの髪を舞い上げる。

 

 「俺は沢山のイオンに世話になったからな。この世界では出来るだけ恩返しをするって決めてんだ。世話になった中にお前も居るんだよ。だからさ、どうやって今からお前に恩返しをするかって考えたんだけど、お前が大好きなアリエッタを幸せにするってしか思いつかなかったんだ。なぁ、いいだろ? そろそろ真実ってやつを教えても」

 

 最後まで墓標に一瞥する事無く、ルークは話す。その背中は、土の下に埋まったとある少年と会えなかったことを悲しんでいるようにも見えた。

 

 「それじゃ、また明日な」

 

 紅く染まった草原から腰を上げたルークは、持ってきた水筒と剣を担いで、記憶の中だけに存在する親友とも悪友とも他人とも取れる少年に黙祷する。

 

 どうか安らかに。ただそれだけを願ってルークは、静かに目を開けると遠くに見えるダアトの街に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お、なんだ今から飯か?」

 

 「人の事を言えるのか? というより髪をちゃんと乾かせ」

 

 夜の教団の食堂に一人の女性がトレーを持っていた。

 

 既に出来上がっているおかずなどを乗せていくセルフ式なので時間帯を気にせず好きに利用できる手軽さがあるのが魅力が売りだそうだ。

 

 すっかり人気のない時間にばったり出くわしたリグレットとルークは、適当にメニューを決めるとそれを乗せて、同じテーブルに座る。

 

 「タオルを貸してやるから、早く頭を拭きなさい」

 

 「別にその内乾くって。リグレットも風呂上がりなのか?」

 

 タオルを持って来ていた彼女の髪を見れば、少し濡れているのが分かる。ほんのりと桃色に色づいた白い肌がなんとも魅惑的で、ルークは視線を逸らす。

 

 だが、ルークの濡れている髪が気になるリグレットは、ルークがタオルを受け取らないので半ば強行策に出た。

 

 椅子から立ち上がり、持っていたタオルを頭に被せると、丁重に拭きはじめる。

 

 「お、おい!」

 

 もちろん抵抗しようと身動ぎをしたのだが、その拍子にリグレットからシャンプーの香りが漂い、思わず動きが制限された。

 

 大人しくなったのをいいことにリグレットはルークの髪を軽く叩くようにしながら拭いていく。その感覚は彼女にしてみれば大型の犬を拭いているみたいで、ちょっと楽しいものだった。

 

 ルークは項を擽るリグレットの指と、時折耳元を掠める吐息に体が硬直してそれどころではない。この心臓の音が後ろに居る彼女に聞こえてしまうのではないだろうかと心配で堪らなかった。

 

 早く終わってくれとルークが願っていると、不意にリグレットが離れる。

 

 「こんなものだろう。部屋に帰ったら念入りに拭いておけ。タオルは貸してやる」

 

 「俺を犬扱いしてないか?」

 

 最後に頭を撫でて席に着いたリグレットに恨みがましい視線を送るが、彼女はどこ吹く風と言う顔をしていた。

 

 「手のかかる子供程度だ。それに明日、体調を崩して死んだら笑えんぞ。今日くらい乾かしてから寝なさい」

 

 聞き分けのない子供を叱る口調で釘を刺され、ルークも小さく頷いた。二十歳を過ぎたというのに、なんだか情けない。

 

 「分かったよ。リグレットは明日のこと知ってるのか?」

 

 「あぁ、アリエッタから聞いた。それで近距離戦での対応の仕方を教えて食事の時間がこれだけ遅くなったのだがな」

 

 「アリエッタに師事した後、自分の仕事やって風呂入ってたら遅くもなるわな。そんでアリエッタは、どうだった?」

 

 唐揚げを口に放り込みながら尋ねると、リグレットは箸を動かす手を止めて語りだす。

 

 「家族を殺されたせいかしら、鬼気迫るものがあの子にはあったわ。昔見た野獣のような目をしてたわね」

 

 「すげぇ怨まれてるな俺って。これから上手くやれるのかなぁ……」

 

 「どうだろうな。……ただ言えるのは、上手くやるならお前は生きなければならない。死んでしまえば、もう何も残らないのだから」

 

 達観して語るリグレットにルークは思わず失笑が漏れた。

 

 「よく言うぜ。全部殺して、結局は自分まで死ぬ運命を選んだくせに」

 

 「そうだな。私は何も残さない道を選んだ。お前と違って」

 

 それ以降、お互いが口を開くことなく、ただ黙々と食事をする。

 

 認識の大きな差を感じて、これ以上の話し合いは不可能と理解したのだ。今ここで話し合ったとして変えられるものなど無い。無理に考えを押し付け合ったとしても待っている結末は、すれ違いだ。

 

 円滑な関係を望むルークは、それを良しとしない。

 

 「それじゃ、これ借りるな」

 

 「後で返してくれればそれでいい。おやすみなさい」

 

 「え? あ、うん。おやすみ」

 

 最後の最後で会話を挟んできたリグレットに驚きながらルークは返事をする。

 

 頷くだけの返事でもくれば御の字だと思っていたが、意外なことにリグレットの口から返事以上のことが返って来て、どこか嬉しさが勝った。

 

 食器とトレーを返却口に返し、ルークは一足先に食堂を後にした。

 

 リグレットから借りたチーグル柄のタオルを見ながらルークは、また一つ決意する。

 

 彼女の未来に幸せを、そして生きる希望を。本当は心優しい彼女の為に。





 アビス再プレイなう。

それにあたり、ネットでアビスの年代表みたり細かい公式設定を探したり。
そんな時に見逃せない一文を発見しました。

 北米版では、リグレット教官の没カットインで水着バージョンがあったそうな。

……ガイとなっちゃんの没カットインは、しっかりガイドブックに載っているのになんで教官のはないんですか?そこは載せるべきでしょう!


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