ローレライ教団
場には猜疑心と疑惑と怒りと不信感に包まれてる。その中でルークは胃に穴が開くんじゃないと気が気ではない。それほど渦巻く様々な感情がルークに降り注ぐのだ。
アリエッタらかの殺気が痛い。とても痛い。食い殺すぞと言わんばかりのその視線から逃れる為にルークは視界をスライドさせる。だが、その先にあったのは、第四師詠団師団長《魔弾のリグレット》による不信感とゴミを見る冷たい眼差し。厳冬期のロニール雪山にも劣らない冷厳の顕現である
だが逃げた先にあったのは、又もや地獄。
ルークの視線が向いた先に居たのは、険しい表情の《黒獅子ラルゴ》であった。疑惑の眼差しでルークと上司であるヴァンを交合に見る。そして視線がルークに固定され、ルークは恐怖に震えそうになる体を必死に抑える。まさしくライオンに睨まれて動けないウサギの心境だ。目を合わせたらザオ遺跡の続きをここで開始する羽目になるだろう。
ラルゴの目を見ないようにしながらルークは何度目かの視界を移動させた。
先に居たのはシンク。彼が仮面をしているので、どんな顔をしているか分からない。普段なら顔が見えないことは不安材料になるのだが、今だけは安心してしまう。そういえば、緑という色は人の心を落ち着かせる色でもあるらしい。自然に満ち溢れている色なので自然体でいられるのかもしれない。この重い空気の中だけ、シンクだけを見ていようかと思っていると。
「なに見てんの? 殺すよ」
「ごめんなさい」
怒られた。むしろ殺されそうになった。
隠すことない殺気からまた逃げるように視線を変える。先に居るのは猜疑心を秘めた瞳でみつめてくるディスト。
彼は、別段なにを言うわけでなくただルークの発言について考えているのかもしれない。ルークが六神将とまではいかずとも、この人類皆殺し同盟に加わる本当の意思。それを探るかのような雰囲気。普段からの粘着質ぶりからルークはディストの事を爬虫類に似ていると思っていたが、その慎重な動きに加え鋭い目にディストは蛇だと確信した。そう勝手に決め付けたとたん、なにやら蛇に睨まれた気分に陥り、ついにはディストからもルーク視線を逸らし、アリエッタに帰ってきた。
未だに食い殺すと目が言っている。
なぜ態々円卓なのかとルークは心の中で絶叫する。これではどこに視線を移しても人の顔が入ってくるではないか。
「ふむ、なにやら空気が重いが、計画の重要な変更があるからな話しておこう」
ルークの参入を簡潔に語ったあと、ヴァンが何年も試行錯誤して練ってきた計画の変更と聞いて、五人の六神将はすぐさま意識をヴァンに切り替える。
「今まで
ヴァンの発言にアリエッタ以外の六神将たちは目を見開いたり、驚愕の表情を浮かべていたが誰も声を荒げすに静かにヴァンの次の言葉を待つ。
なんと統制の取れた組織だろうか。ルークが感心しているうちにもヴァンは話を進める。
「星の記憶について話していると思うが、世界の過去と未来を記したものだ。第七音素は
「……へぇ、だからローレライを消す事を目標にしてたのか。で、そいつを消したら預言も消えるんじゃないの?」
「そうだ。総長の言葉を借りるなら星の記憶が人の未来を決定し、逃れられぬ運命に縛り付ける。その根源であるローレライを消せば終わるのではないのか?」
シンクとラルゴの質問にヴァンも頷いてみせた。
「そうだ。だが、ルークの経験則上、それでも人類に死は訪れた。ローレライと地核を一度消し去らなければ星は滅びの運命を人に押し付ける」
ヴァンの発した言葉にまたルークに視線が集中した。
鋭さも相まって緊張で下が縺れそうになるなか、ルークは出来る限り、知りうる事を話す。
「あー、結構簡単に言うと俺は様々な世界のルークの記憶を継承してるんだ。パラレルワールドの世界の記憶だ。夢や妄想だって言われればそこまでの物だけど、この記憶は確かなんだ。だから俺は、ここに居る大体の人の秘密を知ってる。内緒にしておきたい事、知られたくない事、忘れたい事、無かった事にしたい事。背負ってきたものを知ってる」
「だがやはり与太話と思えるな。そんな話が通用すると思うのか?」
「そうですね。証拠が無い分、どうしても信じれません。なんだったらここにいる人物の過去について一つ語ってください。それと本人の証言の元、貴方のパラレルワールドの記憶に真実みが検証できますしね」
リグレットのばっさりと切り捨てる発言に便乗してディストも畳み掛ける。
しかしディストの思惑としては、本当にパラレルワールドなるものが存在しているのか知りたいらしい。
「おいディストいいのかお前の知られたくない過去が暴かれるんだぞ? それに中で過去を語るとしたらラルゴにリグレット、ディストくらいしかいねぇし」
「なんだ。たった三人分しか知ないのか? どこで調べてきたか知らんが、早くもボロが出ているぞ」
「うっせぇ、二歳児じゃ歴史薄すぎて何言えばいいんだよ! 後は本人の前じゃ言えない部類の秘密だっての。実際、アリエッタ自身の秘密って言えばフェレス島出身ってくらいだし」
リグレットの侮蔑の意に反射的に声を荒げて返す。
だが、効果は抜群でアリエッタは、自分の生まれた場所を知っていた事に驚いていた。
その他の奴にとっては、効果は爆発的と言ってもいいくらいである。
シンクの殺気の質が明らかに変わったが、先ほどのように目を逸らさず、黙って迎え撃つ。ラルゴは驚いた表情で固まっていた。それから気遣うようにシンクに目配りするとシンクも無意味な殺気を沈め、気だるそうに椅子に座りなおし、リグレットとディストは眼光の鋭さが上がった。
この程度調べようと思えば調べられる。そう二人の瞳は語る。だが、同時に二人の瞳は不安げに揺れていた。なぜなら、調べようということは、ある程度シンクが導師のレプリカであると予想を付けなければならない。
そうだ、二人は分かっているのだ。そう簡単に調べられないということも、彼の旅のスケジュールではそんな機会も無い事を。可能性としては、導師イオンがルークに暴露したということ。二人はその可能性にかけていた。
「後は、本当になんて言えば良いんだ。まぁ、バダック・オークランド、サフィール・ワイヨン・ネイス、ジゼル・オスローの歴史を語る事にもなるからな。個別で話し合って俺の記憶が本物だって認めさせる手段しかない」
ルークの口から零れ出た名前にラルゴとリグレットは体を強張らせ、ディストは別段驚いた節はない。フォミクリーの権威の一人として名前ならば普く轟かせているのだから彼の名前が知れていた所で特に驚く要素はないのだろう。
他二人はほとんど一般人であったから本名が漏れ出る可能性はほとんど無いが。
「意外ですね。きっと貴方の事だらプライバシーなんて気にせずマシンガンみたいに言うものとばかり」
「よっしゃー、ディストの恥ずかしい過去暴露すんぞー。先ずはピオニー陛下から受けた悪戯偏な」
「ちょっ! 止めなさい!!」
「いいよ目に見てるし」
ディストの過去話をしようとするルークにディストが声を上げて止めに入る。だがシンクは別段興味がないのか話を流す。
正直、六神将の皆もなんとなく想像がつくのだろう。幼少期の彼の扱いなんて。
「僕らはアンタが言った事を全然信用してない。でもアンタの事を信用するに足りるとヴァンは判断した。一体、ヴァンになにを言ったのさ?」
核心だけを突くシンクの問い。仮面に隠れて顔は見えないが、怒りと疑惑の感情だけは伝わった。
シンクはこの世の全てを憎んでいる。生まれてすぐに火山に捨てられそうになったのだから、当たり前か。だからシンクはヴァンに協力しているのだ。ヴァンの計画は全てを滅ぼすもの。全てを憎むシンクにとってこれほど都合のいい復讐機会だ。
その復讐を阻む存在として現れたルークを快く歓迎する理由など無い。
「六神将でも知らない前の計画を知ってる範囲で言っただけだし。特に何を言ったわけじゃねえよ。ただ今までの記憶からすると星の滅亡はどうあっても回避不可能。数十年先に必ず滅ぶ。俺は今の人類でそれを回避したい」
「この星の人間は、ほとんど預言の奴隷だぞ小僧。あいつ等が改心して預言を捨てるとは思えんな。聞く限り未曾有の繁栄は確かに来るのだろう? 足元しか見ない大詠師のような奴らはお前の話など聞きはしない」
腕を組んでラルゴは低い声で事の難しさを指摘する。確かにそうだと、ルークも頷いてみせた。
なにせ、預言どおり戦争をする為にキムラスカはルークを送り出したのだ。多くの人が無意味に死ぬと分かっていながら、それでも栄光を掴みたくて。
そんな連中が預言廃絶など考えるはずも無い。人命よりも預言遵守である彼らとは見ている景色が全く違い、お互いが理解し合えないだろう。
だからこそルークは六神将を味方にすると決めたのだ。
「あぁ、別に預言は人類の死を詠っているんですよ。だから預言を捨てましょう、とか言いながら世界を回るためにお前らに会いに来たんじゃないんだって。はっきり言うなら六神将並びにヴァンにも人類の敵になってもらう」
「意図が分かりませんね。人類の敵になったとして、預言廃絶に繋がる分けじゃないでしょう?」
「アリエッタあまり難しい話は、分からない、です」
一生懸命、ルークの記憶が本物である検証や人類延命措置の議題についてこよう頑張っていたアリエッタがついに音を上げた。
そこで一旦、会話が途切れ誰もがこの気まずい空気をどうするかと考えていたが、リグレットが小さくため息を付きながらアリエッタを指差した。
「後で分かりやすくアリエッタに伝えておくから、貴様はとっとと用件を言え。真偽を決めるにしても、情報がないと話しにならないからな」
ルークを全く信用していないリグレットは、アリエッタにこの場で分かりやすく教えるよりも場の進行を優先した。その事でアリエッタは何がなんだか分からないままになるが効率を考えると、確かに後でリグレットからアリエッタに伝えてもらった方が良いのだろう。
「演目は、大魔王ローレライとそのお供って所かな。預言の大元であるローレライが人類の死を望んでいるけど、各国のお偉方が停戦し、人類が死なない可能性も出てきたので今からローレライが自ら人類皆殺し決定。荒いけど大まかな流れがこれ」
「無茶振りもいい加減にしろと言いたい内容だな。そもそもこの世界のために礎になる気は私は無いぞ」
「僕もリグレットの意見に賛成さ。なんで死んでやんないといけないわけ? アンタ一人で死んでよ」
「別にお前らに死ねって言ってる訳じゃねぇよ。大魔王ローレライが、そうだな六神将を操って人類に宣戦布告って感じで。大罪人になるのは、結局俺一人だし。命がけってのは変わらないけど」
二人はそれでも納得できないのか冷たい表情と挑発的な態度を崩さない。
「計画と言うにはかなりお粗末だな。ローレライ、仮にお前がその役になって世界を預言どおり人類を滅亡させようとする。これで人類は、預言を捨て、自分たちの意思を持たせる方向に持っていきたいのだろう? なんだそのふざけた信頼勝負は? 不確実な上に今まで国やダアト、個人に至るまで預言の言いなりの連中がお前を大魔王と認識するよりもローレライの名を語る馬鹿が現れたと思うのが関の山だ」
「そうかな? 俺は実際ローレライとそこまで差はないし、超振動だって使いたい放題だ。それに信頼勝負とか言っておきながら、リグレットお前が今の人たちを信用しようともしてねえじゃねーか」
「当たり前だ。改心するなどありえない。国の上層部が仮に預言を廃止する決定を出しても民衆までもその決定を受け入れる可能性は低すぎる」
今の人類が預言を捨てるとは微塵も思っていない彼女に、今の人類を信じて行動を起こす事はないだろう。
確固たる意思と言えば聞こえはいいのかもしれないが、固定された偏見とも取れるそれにルークは賛同しなかった。
「だからつって人を無意味に殺すことしなくてもいいだろ? なにもレプリカじゃねーと人類は死滅するってなら話はもっと違ってくるが、少なくとも今の人類でもやり方しだいじゃ生き残れるんだよ! なんで頑固になって信用しないんだ!?」
感情が高ぶって椅子を蹴飛ばすようにルークは立ち上がり、それに続いてリグレットも静かに立ち上がった。怒りを抑えているのか唇と握り締めた拳が僅かに戦慄いていた。
「……殺されたのに、未だに人に期待しているのか? 国はお前を捨てたんだぞ。それが答えだ。生き易くするために預言に縋り付き、悪い預言には蓋をして無かった事、不幸な事故にしてきたこの世界を救って、なんになる。信用以前に今の人類は無価値だ!」
「お前の答えだと、自分にも価値がないって言ってるようなもんだろ。そもそも誰かを生かす価値の有る無しを決められるくらいお前は偉いのかよ! 自分の匙加減で簡単に人類の生を捨てるなら預言と変わらねーよ!!」
「なっ!?」
「そうだろ! 勝手に決め付けて押し付けて、一番大事なものを奪っていく。リグレットは、ユリアの預言みたいになりたくてヴァンの計画に賛同したのか!? 他の選択肢なんて許さずにただ人類に死を押し付けるなら、本当に預言と一緒だ!!」
「違う! 私は、私は…………」
何かを言おうとして、何も言えなくなったリグレットは、小さく呻くと怒りやその他の感情がない交ぜになって震える身体を押さえつけ静かに着席をした。顔を伏せて表情が見えないが、感情を押し殺そうと必死になっているのがルークにも分かる。
アリエッタが発した言葉以上にどうしようもない雰囲気が辺りに漂う。
次の一手を封じられたルークにラルゴが助け舟を出した。
「小僧、貴様が知っている俺の知っている事について教えてくれるか? もちろん個室でだ」
「うん? おう。俺はいいけどこの会議が……」
「それくらいの時間は有る。それに一時間も語る訳ではないのだろう?」
今まで進行役をルークに任せ、彼の計画に全面的に協力する事を明確に言っていたヴァンであったが六神将の面々は、彼の言葉に従った。特に保護者的立ち位置いるリグレットが話し合いを半ば放棄する形であったり保護者その二であるラルゴからの個人会談の要望だ。誰も止められる者もいない。
ルークはラルゴを伴って近くの個室へに移動する。
何かの資料室なのだろうか、書類関連のものが多く本棚に入れられている。中には埃まで被っていて頻繁に人が入る部屋ではないのだろう。
密談するにはもってこいなのかもしれない。
「立ちっぱなしでいいか?」
「あぁ、総長も言っていたがそこまで長話はするわけじゃない。簡潔でいい、俺が辿って来た歴史を言ってくれ」
黒獅子の名に相応しい厳かな声でラルゴは言う。
ルークも黙って頷くと、たどたどしいが自分の知りえる範囲で、彼が辿ってきた様々な歴史を語り始める。ルークにとってもあまり口にするのは気分のいい話ではない。
当事者ではなくとも胸を痛める事実。それを当事者どころか被害者であるラルゴが聞く。一体ラルゴの心境はいかほどなのだろうとルークは思う。きっと辛いに違いない。きっと悲しいに違いない。
だがこの獅子は優しいのだ。現に傷ついた同僚であり仲間であるリグレットのために敢えて自らの傷をもう一度開こうと言うのだ。
だからこそルークは密かに決意した。
何が何でも彼には人並みの、彼にもあった幸せをもう一度享受させるのだと。
ルークとラルゴが居なくなった会議室でシンクは自身の苛立ちを隠すことなくヴァンに詰め寄った。
「なんでアンタ計画を途中で止めたのさ! あんな確証もない話を信じるなんて僕には理解できないね!?」
胸倉を掴み、今にも拳の一つでもヴァンの顔にぶち込もうとしているシンク。その様子に驚いて涙を浮かべるアリエッタと、興味関心のないディストはルークの言ったパラレルワールドについて頭の中で考察する。
リグレットだけは、シンクの暴走とも取れる行動に叱責した。
「シンク! 閣下に対して失礼だ。今すぐその手を離せ」
「ならコイツが勝手に計画を取り止めた事は失礼じゃないの? ま、それ以上に裏切りって言っても差し支えないけどね」
煮えたぎる怒りに身を震わせ、シンクはその見た目の細い腕からは想像も出来ない力でヴァンの首を締め上げる。
咄嗟に譜銃を引き抜いて構えるリグレットをヴァンが片手で制すると、彼は当然と言わんばかりの態度で言う。
「
「この、老け顔がっ!?」
「……。一人では達成出来ない復讐劇だからこそ、私はシンクを利用し、シンクも私を利用した。分かっているのだろう? もう決定的に進む道が違っているのが」
シンクの苦し紛れの一言にヴァンも僅かに頬を引き攣らせたが、直ぐに上司としての顔を見せる。
そして自分たちの蜘蛛の糸よりも細い繋がりは、ここで途切れたのだと断言した。この淡い関係を修復する為にはおそらくシンク自身が考えを改めて、自分を変えなければならない。
「どうするシンクここで袂を分かつか?」
「本当に、止めるのか?」
「ルークの計画が本当に預言を脱却できる物ならだ。出来ないという確信が持てたとき、もう一度レプリカ計画を再発させる。それがルークとの約束だ」
ふと、シンクはヴァンの襟から手を離した。
まだシンクが望む計画が無くなった訳ではない。安堵と歪んだ喜び。それが今、シンクの中にある感情だった。
「だが忘れるな。ルークの計画が上手くいくようなら、レプリカ計画は廃止する事を」
「それでは、もうレプリカの研究をしないのですか?」
ヴァンの言葉に食いついて来たのはディストだった。彼にとってレプリカ研究とは、かつて恩師と友と過ごした時代を取り戻すと信じて疑わない最後の手段。死んだ恩師を生き返らせる最後の道標。
その道標を研究するためヴァンの部下になったディストにしてみれば、溜まったものじゃない。研究ができるから部下になったのに、出来ないのであればヴァンの部下である事に価値など無い。
ここで一番、離別の可能性が強いのはディストだろう。
既に彼の眼は、ヴァンを冷たく見放している。
「いや、ディストには今まで通りレプリカ研究をしてもらう。ただ上辺だけでいい我々を見限ったふりをしてくれ。場所は提供しよう」
「それは、貴方の部下ではなくなるという事でしょう? それにあの青年を裏切るのでは?」
「保険は欲しいからな。ルークの計画が上手く場合でも貴様は、困らんだろう? そしてルークの計画が失敗しても困らん。もちろん私もな」
ヴァンが何を言いたいのか理解したディストは、そっとほくそ笑んだ。
上辺だけでもディストを見放す事によってルークに裏切りが露見する危険性を減らせ、いざという時にレプリカ計画に直ぐに実行できる。
ディストはヴァンがあっさりと計画を廃止する事に疑問を持っていたが、それは言わばパフォーマンス。
本気でルークに加担するヴァンと、ヴァンが掲げていた理想に準ずる六神将との対立を引き立たせるための。そうする事でルークは、反対勢力である六神将に視線が集中する。
ヴァンの狡猾さを潜めさせる舞台はこうして完成した。
時には見方を裏切ったように見せかけ、敵になるであろう人物からの信頼を獲得する豪胆さ。今の仲間にそれこそ見限られる可能性があっても決行できる決断力は確かに上の立つ人物に必要なものだろう。
冷静さを取り戻し、皮肉に歪んだ笑みがシンクから零れだす。
「じゃあ演目としてルークの味方になったヴァンに嫌々ついていく六神将でいいの?」
「そうだ。私としては、ルークの計画である地核とローレライの消滅までは共感できる。しかし今の人類が素直に預言を捨てるとは、信じられん。もし人類が頑なに預言に縋りつく場合、ルークを裏切ってレプリカ計画に移行する。移行するタイミングは、奴の言った通り地核とローレライ消滅後だ」
「いいんじゃない。僕としては、そっちでも構わないから」
ヴァンは確かに、この世界でティアが幸せになるならそれでも良いと思った。
だが、ルークの言う通り世界が預言を完全に捨てる可能性は半分。そうなれば、預言からいくら脱却できても同じ過ちを繰り返す。ホドの崩落をしても何も変わらない世界を憎んできたヴァンにとってルークの与太話以上に世界の人間の方が信用できないでいた。
つまりこれは、賭けなのだ。ルークが世界を変えたなら彼の勝ち。変えられなければ、負けである。負けた場合ヴァンと六神将たちはレプリカ計画を再度発足させ、もう一度敵対する。
そんな事など知らないルーク。いや、数多の世界を渡り歩いてる彼ならこの程度のこと、視野に入れて行動しているのかもしれない。
見えない所で始まった駆け引き。それを愉しく思いながらヴァンは、視界の端で深刻な表情で俯いてるリグレットを捉えた。
リグレットはヴァンがルークを、もしもの場合は裏切る事に罪悪感を覚えているのではい。
彼女は、ルークから言われた言葉に頭を悩ませていた。
この世で最も嫌う預言と同じだと言われ、反論できる素材がない事。預言を嫌うあまり誰よりも預言に縛られた生き様に絶望していた。
追い詰められた表情の彼女を見てヴァンは、目を伏せる。
彼女の過去を知る者として、これ以上リグレットを預言を結び付けてしまえば壊れる事を看破していた。
リグレットを半ば死の淵から救い上げたときからの不安感が、今になって再び胸の内を締め上げる。
「戻ったぞ。んで、まだ個人面談とかするか?」
「俺は……納得した。確かにこいつは、未来の記憶と俺たちの過去を知っている」
会議室に静寂が訪れたと思っていたら、ルークがラルゴと帰ってきた。
ラルゴの顔色は、あまり良くない。やはり預言の悲劇を思い起こすのは精神面にかなりの負担を掛けたようだ。
誰もが個人の面談を申し込まない。予想していたのだろうルークは、椅子に座りこれからについて更に詳しく説明する。
「それじゃ、話そうかな。世界を敵にする前の下準備だ」
うん。ヴァン師匠が簡単にレプリカ計画とか諦めるはずないよね