「えーっと、これとそれと、あとこれも貰おうかな」
「へい、お待ち。結構買い込むな、にーちゃん。旅支度かい?」
「あー、そんな感じかな。ここからダアトに行かなきゃならないし」
砂塵の舞う貿易の街、ケセドニア。
肌が褐色に焼けた雑貨屋のおじさんは、脳内の地図で現在地と目的地までの距離をざっと計算して少し驚きの声を上げる。
「はぁー、ここからダアトねぇ……。随分遠いじゃねぇか」
「まぁな。だから食料とか必要なわけだし。回復用のグミもあって困らないしな」
丈夫な皮袋に道具を詰て貰いながらフードを深めに被った男は財布の中身を確かめた。
フードから零れ落ちた黒い髪を鬱陶しそうにしながら、吹く風に巻き上げられる砂に嫌そうな顔をする。
顔に砂が掛からない様にフードをもっと深く被りながら照り付ける陽光に辟易した。
そして大量の人が行き交い、風が無くても砂塵は常にうっすらと幕を張っている。馴れないと目が痛くなるしくしゃみも頻繁にすることだろう。現に彼はここに来てから鼻がむずむずしてたまらないのだ。
ここはキムラスカ王国とマルクト帝国が取引をする貿易と交易の中心点。
取り仕切るのはこの両国に属さない第三の国とも取れる独立組織、ローレライ教団である。
高い関税を敷きそれで利益を得ているという構造らしく、何もしなくても設けられる教団にとってみればありがたい、両国にとってみれば仕入れの価値が増す商人や国にとってみれば一概に言えないが嫌な場所である。しかしこう言った第三者が担当することによって両国が平等な立場で取引が出来るという交渉が成り立つのだ。キムラスカは得意の譜業を、マルクトはその豊かな食料や資源を。平和取引の報酬をダアトが。
こう考えれば世界は上手く作っているのだと感心させられるところもある。
「ほれ、詰めたやったよ。5360ガルドだ」
「ありがと。5500出すからおつりよろしく」
「まいど。ダアトまでの長旅、気を付けな」
お釣りを受け取り男は砂除けの天幕の掛かった店から出る。
今まで陰に入っていたが、一歩外に出ると思わず目を極限まで細める様な強い光が降り注いだ。
口の中で熱さに文句の一つでも言いながら、男は待ち合わせの酒場に急いぐ。人込みをかき分けながら、まだ人の集まらない酒場に入ると、一人の女性が待っていた。
フードを外し、黒く長い髪が背中に掛かっている。男が気軽に片手を上げ声を掛けると、女は小さく頷いた。
「メモに書いてあった奴をちゃんと買って来たか?」
「あぁ、買ってきたぜ。言われた通りちゃんと値切って来た」
「重畳。買い物の仕方を教える羽目になるとは思わなかった」
「俺はむしろ値切りの仕方を教わるなんてこれっぽちも思わなかったんだけどな……」
安くで買ってきた品を女が確認しながらリストと照らし合わせる。漏れが無いかをきちんと把握すると満足げに頷いた。
「よし、揃っているな」
「流石に買い物もできない子供ってわけじゃないぞ」
「金銭感覚が良くないんだ。少し不安にもなるし、ヒューマンエラーは起きてしまうのもだから、二重チェックが必要になる」
小さいことでも完璧を貫く彼女の性格が良く分かる一面だと男は感じた。
レシートの方を受け取って女が帳簿に手早く書き込むのを飲み物と軽食を頼んで男は横目で見る。癖のない字が次々と書き込まれしっかりと計算された出費を覗き見ながら男はコップの氷を噛み砕く。
「そんなに金が厳しいのか?」
「もう大量の資金が湯水のように湧いて出て来る訳じゃないから、こうしてしっかり書いておかないと前のままの感覚であれこれしていたら財源難に陥るわ。もう私たちは切り崩すという手段しか取れないのだから」
そう言うもんなのか、と男は納得したようなそうでもないようなはっきりしない顔をしながら頷いた。
女は一か月の間に使った食料やその他の物品、薬などを算出し終えると帳簿を閉じる。その表情はやはり晴れ晴れとしたものより不安げであった。
「カツカツではないけど、緊急時の急な出費に対応する時には頭を抱えるわね……」
「無料で直してくれる奴も居ないしな。今度、行方を探してみるか?」
「止めて置け。あれが本気で雲隠れをすると見つけられん」
困ったものだと二人でため息をつきながらも、比較的切迫していないのでまだまだ顔色や内情は余裕だった。
女も軽食を頼んで軽い食事にしながら今後について話し合う。
「で、ここからダアトに行くんだよな? どの経路で行く?」
「素直にここケセドニアから海路の方が安定するでしょう。と言いたいけど、公的機関の方で身分証をチェックされると流石に拙い。いつも通り空路で」
「船を雇って、って出来ないんだもんな。さっき言ってた金の問題で」
二人は自分たちの脳内世界地図であれこれとダアトまでの道のりを考えたが、公的機関に提示できる身分証が無い二人は空の旅を選ぶしかなかった。
「荷物をアリエッタの友達に預けたらそのまま別の奴に乗っていくって感じでいいよな」
「その方がいい。生ものも含まれてるから、先に届けて貰いましょう」
軽食のサンドイッチを早々に食べ終わると二人は料金を払って店から出る。
「あ、それならラルゴと一緒にこの荷物届けて貰うんだった」
「確かに少し効率を間違えたな。先にラルゴに機械修理品を持って行かせたのわ」
「まぁいいか、そんな大した問題でもないし。それにラルゴはアリエッタと一緒に買い物してたら息抜きもあったわけで」
人込みに埋もれてしまう小さなアリエッタ。逆に人込みの中でも目立ってしまう巨漢のラルゴ。
手を繋ぐにしてもその身長の差がありすぎて手が届かない。結局ラルゴはアリエッタを肩車してこの大きな貿易の街をフラフラ遊びと買い物に行くことになったのだ。
言葉ではしぶしぶアリエッタの相手を受け入れたように見えるが、二人から見たラルゴは面倒見のいいお父さん、もしくは初孫を喜ぶおじいちゃんにも見えたわけで、その空間を壊すのは憚られたのだ。
「あの二人、ホント親子だよなぁ」
「アリエッタもラルゴには懐いていたからな。ラルゴも満更では無かった様子だった」
ラルゴに肩車してもらって楽し気に笑うアリエッタに嬉しそうに微笑むラルゴを思い出しながら男は、だが、と首をひねった。
「でも、普通ならあの顔子供が泣いて逃げ出すだろうに」
「アリエッタは成長過程が特殊だからな。人間の強面など、魔物のそれと同じなのだろう」
「それって暗にラルゴの顔がライガとか魔物じみてるって話になるんだけど?」
「気にするな」
何気に失礼な会話をしながら二人は街の外に出る。
まだまだ灼熱の日差しが照り付けるこの頃。南に位置する砂漠から砂が舞い上げられるのを遠目からでも確認できた。黄色い靄が街すら覆うように見えるのは、きっと砂漠の細かい砂が下に落ちることなく空気中を漂っていたからだろう。それを認めると、フードや外套で隠した衣服に砂が降りかかっているのが分かる。
それなりの距離を歩いて、砂の道が土の道に変わり草がぽつぽつと生えてきたころ、二人は外套を脱いで外套を叩いで砂を落とす。
「あー、体がざりざりする」
「服の中まで砂が入ってきてるな……。水浴びがしたい」
「……………」
切望からか、彼女が無意識につぶやいた言葉に男は少し苦虫を噛み潰したような、でも懐かしいような、少し期待を込めたかのような顔をしていて女もどう指摘していいか困った表情をする。
男から見て疑いの視線に感じたのか咄嗟に釈明をした。
「待て! 俺はなにもやましいことは考えてないぞ!?」
「いや、待て。私は何もまだ行ってない。そんな事を言うから疑われるのだ」
宥める様に女が言葉を紡いだが男にはさらに火が付いたのだった。
「嘘だ! 俺何も言ってないのに相手が急に水浴びしたいとか言い出してたまたま近くに居たら『鼻の下伸びてる』なんて言われていわれなき罪を擦り付けられたんだ! 自分から冤罪を晴らさないと誰も信じてくれないんだぞ!!」
「お前は他の歴史で何をしていたんだ?」
あまりに必死に言ってくるものだから色んな気迫に押されて女も少し押し黙る。
「ま、まぁあれだ。近くでそんな事を言われて言われない罪を擦り付けられたなら、お前を女として意識しているんだと言ってやればそんな発言も慎むだろう」
「それはツッコミ待ちか?」
「何のことだ?」
男の苦渋の表情に女がはて、と首を傾げる。
「お前はつい数分前、俺の前で水浴びしたいと言ったのにそんなこと言うのかってことだよ!」
「私は女の前に軍人だ」
「全世界お前みたいな女ばかりじゃないんだぞリグレット。最初から女子はいる」
「最初から私が女じゃないみたいな言い草だなルーク」
思わずはいそうです、と言ってしまいたくなるのを我慢してルークは黙って首を横に振った。
その時、黒い髪から砂漠の砂が舞う。銃に手を掛けていたが、煙たくてリグレットは手を離し舞った砂煙を払う。
「けほ、……全く、砂汚れが酷い」
気管を刺激してくる砂にリグレットと呼ばれた黒い髪の女性はため息をついた。
毛先を撮んで視界の前にぶら下げてみる。真っ黒の髪は埃や砂と言った汚れが目立つ色だった。ゆえに今、見てみると煤けた様子である。あまり清潔感があるとは言えない。こう言った事は軍人として経験はあるから嫌悪の感情はそう抱かないが、良い感情は決して抱かないのだ。
だから今日は早く宿に出も行きたいとため息を零す。
「この様子だと早く宿に泊まってしまいたいな」
「だな。今日はベッドで寝たい」
同じようにうっすら汚れたルークは黒い髪をかき上げる。
彼の髪もまたリグレットと同じで真っ黒だ。二人とも本来の頭髪の色ではないが変装のためにこうして髪の色を変えているのだ。服も一般市民のそれと大して差はないが、互いにお互いを見て、その顔立ちの良さからやっぱり一般人よりかは目立つものだと再確認していた。
二人とも立ち居振る舞いが一般人よりも軍人や戦士のそれであるため、先ず顔立ち以上に雰囲気から違うのもだ。
「ここに来るまで散々話し合ったが、私たちの関係は姉弟ということだ。分かったな。接し方はいつも通りでいいから」
「……分かってるけど、なんだそのここに来るまで散々聞いたけど、なんで姉弟なんだよ?」
「結局最後まで、自分で答えを出さなかったか……。それ以外、男女が共に行動する理由を思い浮かべてみろ」
そう言われてルークが瞬間思いついたワードは『夫婦』や『恋人』なのだ。
男と女が連れ添って旅をするなど、家族以外だったらこれしか当てはまらない。言われてやっと思い至ったという顔をしたルークにリグレットも少し呆れ気味だった。
「意外と、下世話とは程遠い性格のようだな」
「貴族が下世話社会だって言うのは認めるけど俺には関係ない世界だったからなぁ。……でも」
納得したという表情だったルークがそれでもなお、姉弟という関係に渋り口籠る。
「なんだ、お前はそれでいいのか?」
「………お前が何を言いたいのか大よそ見当がついたが、気にするな。それにルークは一時的と言え私との関係を夫婦や恋人として偽るのは嫌だろう」
「確かにいい気はしないけど、その姉弟って言う設定でリグレットが苦しむなら俺は別に、こ、恋人でも……」
頭を掻きながらルークが気まずそうに視線を彷徨わせる。
そんな姿にリグレット少しだけ場違いな事に考えを巡らせていた。このルークという人物は、悩む時や困った時など頭を掻く癖がある。そして相手を素直に気遣えないからそう言った時は絶対に視線を合わせないという事だ。最初は、視線をあせないことが度々あればなんだ此奴は話をしているのに真っ直ぐこちらを見ないなんて、と内心少し怒っても居たが、ルークのことを知ればそんな行動も逆に気遣ってくれているのか、と嬉しく思う。
自分がそうやって気遣われていることに喜びを感じているのを隠してリグレットはルークに諭した。
「これもダアトに行くまでのただの言い訳だ。それに変に意識されても困る。丁度いいことに歳も近いのだから姉弟でいいだろう」
「あんまし似てねぇって俺たち」
「人はそこまで気にしない」
確かによく見れば顔つきは似ていないが、相手もそこまで深く観察などしないモノだと切り捨てる。いよいよ拒否する理由が無くなって来たルークは、ぽつぽつと本音を語り始めた。
「俺はお前に一人で辛い思いをさせたくないんだ。気にしなくていいって言っても、お前は気にするんだろう」
「かもしれないが、一番穏便に済むならそのくらい」
そんな事かと、リグレットが言い切る前に、今まで視線を合わせても居なかったルークが急に視線を合わせ、言葉を遮る。
「そのくらいじゃねぇんだよ。いつまで自分をそんな蔑ろにするんだ。誰にだって抱えたトラウマがある。俺はそれを分かってて掘り返したくない。リグレットが辛そうにする姿見たことないけど、俺は見たくない」
真っ直ぐに見つめられて、そんな事を言われてリグレットは面食らってしまう。彼は本気で自分を気遣っているのだと分かったからだ。最初は姉弟という家族設定が気恥ずかしいのだと思っていた。話していくうちに自分を気遣っているのだと分かったのだが、こんなに本気だとは露ほども思わなかった。
自分たちの生存が誰にも知られないようにするためなら、例え自分のトラウマも抉る覚悟は出来ていた。
ルークはそれをあっさり打ちこわし、自分が逃げている問題に真っ直ぐ向き合ってきた。碧眼が真っ直ぐに自分を捉えて離さないことに気付いた瞬間今度はリグレットが視線を逸らした。
「分かった。あと、……すまなかった」
「なんで謝るんだよ」
「……今思えば、まるで代わりをさせているようだと思ったから。そんなつもりは無かったがきっと無意識だったんだ。……死んだ弟に重ねていたのかもしれないな」
呟くようなか細い声でリグレットはそう応えた。彼らの存在は常に誰かの代替品である。レプリカというのはそう言う物だ。自分だって今でもレプリカは誰かの何かの代替品だと思っている。そして自我を持った彼らはそんな代替品であるという立場から抜け出し自立を求めている。今しがた自分がやった行いはそんな彼らを侮辱するものだということに気付くのが遅かった。
既に彼ら自我を持った存在は代替品などではないというのに。
「そう言う意味で、私はお前に辛い思いをさせたと思う。謝るのは普通だ」
「そう思うんだったら、その言葉は受け取る。でも、俺が言った辛い思いをさせたくないって言うのは嘘じゃないから」
それから会話が無くなり恥ずかしさからかルークが後ろを向く。
「そんじゃ、とっとと行くぞダアトに」
そう言ってルークが懐から笛を取り出すと一定の間隔で吹いた。
すると大空から大きな鳥型のモンスターが数匹降りて来る。そのうちの一羽にさっき買った物資を渡してフェレス島に持って行くことを頼むと、残り二匹に二人はそれぞれ乗った。
力強い羽ばたきで大空まで舞い上がる。
大空を進みながらリグレットはそっと胸部に手を置いた。そして思い浮かべる。
もし、もしも。
あのままルークが自分の事を「姉さん」と呼んでいたのなら。少しでも姉扱いしたのなら。
自分の中で何かが音を立てて崩れたのかもしれない、と。
それは本名を捨ててリグレットと本格的に名乗る時捨てた、ジゼルの心がきっと、騒ぎ立てていたに違いない。
そうなってしまえばきっと『リグレット』という個が修復できないほどに壊れたのだろうと想像することは難しくなかったのに、自らその破滅に脚を踏み入れた。その行為がどう言った心理から来るものなのか。分かっている。なんの意味も無い自分がただ楽になりたい、もしくは
「罰が欲しかったのだろう。責めたててくれる罪を感じてくれる自分の良心が」
第七音素の秘術《リヴァイブ》の習得の時、命すら顧みなかったのもきっと同じ心理だったのだ。
自分たちはこの世界を壊すために動いていたというのに今になってこの世界を守るために動いている。このままルークの筋書き通りに行けば自分は大罪人だ。それが怖いわけではない、だが。今までの事を誰かに罰して欲しかった。世界を救ったから今までの罪が清算されますよという都合のいい夢を抱けるほど、自分が子供ではないから。
だから、きっと自分から傷つくような行為ばかりをしているのだ。この罪を抱いたまま壊れてしまえたら。そうやって逃げていたのだ。本当の罪の重さに押しつぶされてる前に。
◇◆
ルークたちがダアトに向かう頃、フェレス島に残ったヴァンとシンクは届けられた新聞や世界情勢についての情報を片っ端から調べていた。机の上には新聞の山が出来上がっており、通りがかったネビリムが怪訝そうな表情をして去っていく。
ぺらり、と薄い紙が捲られていく音がする。
細かい字を追う二人の目は真剣そのもので、誰も声を掛けようとは思わなかった。しばらくして、目の疲労が無視できなくなったころ、ヴァンがおもむろに立ち上がりキッチンで湯を沸かしコーヒーを淹れて戻ってくるとシンクも新聞を放り投げる。
「少し休憩にしよう。流石に目が疲れるな」
「まったくだ。それにしても、まさか戦争開始が遅れるとは思わなかったよ」
「他のセフィロトを閉じていないから大陸が
ヴァンは少しだけ焦燥を感じながら新聞の一面に目を止める。
「戦争が起きれば、預言通りになる。出来れば、避けたいのだが……」
「そこはルーク次第になるんじゃないの? と言っても僕はどれだけ死んでもどうでもいいんだけどさ」
熱いコーヒーを飲みながら二人はソファに深くもたれ掛かる。
シンクは仮面を外し、目頭を押さえた。相当目に疲れが溜まっているらしい。シンクが本格的に休憩に入りつつヴァンがゆっくりとしたスピードでダアトの新聞に目を通した。
そこに書かれてあったのは、大詠師モースが実権を握ろうとした時に、導師イオンが帰還し
この分なら一週間後にはたどり着くか、と頭の中で考えた。
ヴァンはどうせ預言通りルークが死に勝つことが記されているキムラスカへの御機嫌伺だろうとその行動を予測しつつ、アッシュたちが現在マルクト帝国の首都、グランコクマに居ることは把握済みである。
明日くらいには出立するだろうと計算しながらヴァンは新聞を置いた。
「シンク。私と限りなく同じ想いを抱いていたお前に聞きたい」
「なに、藪から棒に」
「私はこの世界は滅びるべきだと思っていた。自分の故郷が瘴気の泥に沈んで、私の目的は預言からの脱却という名の全世界への報復、根源を破壊することなのだと。その純粋な、言い換えれば破壊衝動はお前と変わらない」
語り始めたのは、彼がどうしてレプリカ計画を始めたのか。
その理由だった。
「この世界に復讐を。そして、預言のない世界を。私は常にそう思って来た。だが、この世界で預言のない世界にし尚且つこの世界に間接的にも大きな復讐を遂げられるなら、私はルークの策もいいと思った。………この世界の破壊その物が目的のシンクは、この世界が救われた後、生き残るつもりはあるのか?」
「……あるわけないだろう。僕は、この世界が完全に生き残るなら死ぬ。まぁ、アイツの策で世界が滅茶苦茶になって混乱するって言うならその様子を見てるのも楽しそうだし、協力はするけどね」
読み終えた新聞紙でシンクは紙飛行機を作る。
そしてこの狭い空間でそれを飛ばしたが、この紙飛行機ではこんなちっぽけな世界の端にすら到達できなかった。
机を飛び越えて崩れ落ちた紙飛行機。柔らかい紙は墜落の衝撃で歪んでいた。
「僕は、この世界で生きて行くにはあまりに不都合な存在さ。成り損ないのレプリカってみんなそんなもんだよ」
脳裏によぎったのは、ルークの言葉。
自分たちレプリカは何にだって成れる。自分が思い描くような存在に。
だが、彼はもう一個語っていた。成ろうとするのを世界が邪魔するのだと。
自分は、この紙飛行機だとシンクは思う。満足に世界を満喫するより先に世界が飛ばせない様に羽を折ってくる。そうされないように足掻けば足掻くほど、息苦しさを感じる。
自分が自分になることにシンクは憧れた。そうありたいと強く思った。だが同時に世界に既に負けていたのだ。そもそも勝てないから、全てを壊すと決めたのだ。
仮面を深く被り、この世界に勝つ姿を夢想する。
「勝ちたかったさ。でも負けたんだ。僕ら六神将はみんなそうだよ」
「……それならば私もだろう。そして私の感情や考えに最も近いシンクを最終戦力としただろうな」
「あれ、リグレットじゃないの? 随分とアンタに心酔してるじゃないか」
それを聞いてヴァンは、喉で笑う。その笑みは暗いものだった。
「シンクが見誤るとはな」
「なんでさ? 誰から見てもリグレットはアンタに想いを寄せてるでしょ」
「馬鹿を言え。あれはそんな単純な感情ではない。あれは優越感と孤独だ」
仮面の奥でシンクの瞳が怪訝に細められる。
深く座ったソファから体制を直し、胡坐をかいて頬杖をついた。
「なんでそう言い切れるのさ」
「リグレットと私の出会いは殺し合いから始まった。それからは、お前も知っている通りティアの教官になるように勧め、そしてティアへの師事が終わった時、リグレットは私に忠誠を誓った」
ヴァンはコーヒーを見ながら語り続ける。
「私の過去を知って、彼女は私に気を許したのだ。そこにあったのは、自分以上の悲惨な人生を辿った私に対する一種の優越感だったのだよ。自分より酷い道を歩んできた者を見て安堵するのは誰にだってある事だ。そして、当時の彼女は―――――」