TOA~Another Story   作:カルカロフ

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歪んでいた涙の一滴

 水陸両用の軍艦タルタロスが復旧工事中のローテル橋に接岸すると、アッシュたちは軍艦から降りそのまま陸路でグランコクマを目指す。

 

 戦争間近な今、グランコクマは海上の要塞として機能し、自国の船以外停泊を許可しない。タルタロスはマルクトの軍艦だがアクゼリュスで没した筈の軍師ジェイド・カーティスの船という怪しさ満点と言う事で近づいたら問答無用で集中砲火を喰らう可能性が高い。

 

 そこで遠回りになってしまうが陸路で行く事を余儀なくされた。

 

 イオンの手紙の件もあり、少々遅くなっても問題は無いだろう。

 

 急いで走っていると近くを辻馬車が居るのを発見してアッシュは、馬の世話をしている業者を呼び止めた。

 

 「おい、今からグランコクマまで行けるか?」

 

 「あぁ、別に構いやしないがその人数だと馬車は二台になって料金は倍になるけど」

 

 「金なら払う。出来るんだったらグランコクマまで頼みたい」

 

 アッシュの切迫した声に業者もぎこちなく頷き、別の業者を呼んで事情を説明する。

 

 組み分けとしては、単純に男女に別れ辻馬車に乗る。

 

 だが導師イオンだけが女子の辻馬車に同席する事となった。別にイオンが女の子に見える訳ではなく、守護役のアニスがイオンが男子の辻馬車に乗るなら自分も乗ると言って聞かなかったからだ。

 

 その時ガイが、一人女の子に囲まれるイオンに同情の眼差しを向けていたが、辻馬車内で特に方の狭い思いをする事は無かったそうだ。誰が予想しただろう。女子に混じっても違和感の無い男子が居た事を。

 

 男共も辻馬車に乗り込み、ガイは他二人を見てそっと呟いた。

 

 「華がないな……」

 

 しかし狭い辻馬車。その囁きは、はっきりと二人に聞こえアッシュとジェイドは同時に断じる。

 

 「お前が居るからだろう」

 

 「貴方が女性嫌いだからでしょう」

 

 ジェイドのあまり関心の無い言葉よりも、アッシュのどこか不機嫌な声にガイは縮こまった。

 

 本当ならナタリアと同じ辻馬車に乗りたかったのだろうが、ガイという女性恐怖症が女性と狭い辻馬車内に一日近く共にするなど狂気沙汰だ。人数も考慮して、アッシュは個人的な思いを封じたに違いない。

 

 他人を気遣う事が出来るくせにどこか不器用なところが、なんとなくルークに似ていてガイは不意に泣きたくなった。

 

 もうどうやっても戻らない時を感じながらガイは、そっと瞳を閉じる。

 

 そうするといつも昔の事が思い出される。

 

 ホドから命辛々逃げ出し、ファブレ家に復讐を誓い、そこで出会った最初のルークは将来有望な貴族の子だった。いつかは王位を継ぐことを期待され、その期待に応え前だけ真っ直ぐ見詰めた少年は、誕生日に誘拐され発見された時は、全ての記憶を失い戻ってきた。

 

 思えばこれが二度目のルークとの出会いだったのだろう。

 

 そうして二人目のルークと一緒に暮らしているうちに、ルークの言葉が切っ掛けで自分がしようと強く望んでいた復讐意識が薄れていくのを感じた。あそこで救われたのだ。

 

 それからというと、ファブレ家の中に居てもそれほど息苦しいとは感じなくなった。ルークを心配して見舞いに来たナタリアと言葉を多く交わせるようになり、その会話が楽しかった。ペールが育てる花が純粋に美しいと思えるようにもなった。血で血を洗うしかなかった未来のビジョンが、不確定であったがでも光りある風景に変わったのをガイは今でもはっきりと覚えている。

 

 そしてなにより、懐いてきたルークを素直に受け止められる自分になった事にガイは心から救われた。いつかこの首を絞めて、殺してやりたいと願う自分から解放され、ささくれた心が漸くホドに居た頃のように戻っていたことに、嬉しくて密かに泣いた事もある。

 

 思えば長い七年だった。

 

 その長い七年間を共にした主であり親友のルークが、もういない。たった一つの過ちがやり直しの出来ない惨事になる事を預言だけが知っていた。

 

 悔しいと素直にガイは思う。

 

 預言を知っていれば、あの悲劇を回避できたのではないだろうか。家族が殺されたときも、ルークが死んでしまったときも。

 

 「なぁジェイド、預言(スコア)ってなんなんだ?」

 

 「……そうですね。私もそちらの専門ではないので、何とも言えませんが未来で起こることが記された石、と言うのが一般的会見でしょう」

 

ガイの突然の質問にジェイドは、ただ淡々と答えた。

 

 確かにそれは、世界に流布する普遍的な認識だ。

 

 預言(スコア)とは、未来に自分が起こす行動であり、自分に降りかかる事象が書かれた石や、第七音素から直接未来を読むことを示す。

 

 それに従わなければならないと、預言は言わないが人はなぜかそれに従う。そう、なんとも言えない不思議な強制力がそこにあるのだ。まるで目に見えない鎖が自分を雁字搦めにして、世界の流れに縛り付けているような妙な息苦しさ。この違和感に一体どれだけの人が気づいているのだろう。

 

 いや、ガイ自身もつい最近気になりだした違和感だ。そのことを思えば、世界の人間は今も違和感なく預言により健やかに過ごしているのかもしれない。自分の死が詠まれているとも考えずに。

 

 深まっていく思考に囚われそうになっているガイの精神を見抜いたのかジェイドは、咄嗟にアッシュに話題を振った。

 

 「まぁ、預言についてでしたら私よりもアッシュの方が詳しいのでは? 神託の盾(オラクル)騎士団でも高位の官僚ですし」

 

 「厄介ごとを勝手に押し付けるんじゃね! 預言を本格的に扱うのは教団側だ。それについてならあの導師守護役(フォンマスタ―ガーディアン)か導師にでも聞くんだな」

 

 「ふむ、貴方もお勉強嫌いですか。こうして騎士団の官僚も預言についてよく知らないみたいですしガイ、自分に無い力や知識について悩むと碌なことは無いですよ」

 

 ジェイドの嫌味の効いた忠告にガイも苦笑いしながら了解の意を示す。

 

 その訳は、ジェイドの挑発とも取れる発言にアッシュの低い怒りの沸点が振り切れてしまったからだ。ジェイドとアッシュのやり取りを一歩離れた所から、ガイはそっと見守る。

 

 まだアッシュと距離を測りかねているガイとナタリアは、積極的に彼と話すことが出来なかった。

 

 あまりにも、その声がルークであるから。話すだけで、心が痛くなってしまう。

 

 どこか疲れ切ったガイの表情を、ジェイドはアッシュの怒号を受け流しながら盗み見る。

 

 誰もが大きな傷を抱え、誰もが誰にも言えない悩みを抱え、複雑で触れると壊れてしまいそうな心の闇を見透かすジェイドは、ため息を付きたくなった。

 

 世界の情勢よりも肉親への復讐を誓ったティアの精神の不安定さ。

 

 大切な親友を亡くし、その顔と瓜二つであるアッシュに戸惑うガイ。

 

 過去の過ちでルークを殺してしまったと何処か塞ぎ込んでしまったナタリア。

 

 大きく上げるならこの三人が重傷だろう。

 

 アッシュの猛攻をようやく押し留めたジェイドは、座り心地の良くないソファに全身を預け、瞳を閉じる。

 

 目が覚めたらグランコクマの近くである事を願いながら、浅い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝息が聞こえ始めた馬車の中、ナタリアは備え付けられている毛布を取り出し、お互いに寄りかかるようにして眠っているアニスとイオンに、そっと掛けた。

 

 イオンの目の下には、薄っすらと隈が出来ている。ここ数日、自身がダアトから抜けても問題ないようにトリトハイムにある程度、仕事を引き継がせ、二国に書を送ったり彼は、きっと生まれて初めて目が回るような忙しさに追われたのではないだろうか。

 

 政治の一部を請け負ったことのあるナタリアは、イオンの疲労が自身の事の様にも思え、少し苦く笑った。

 

 ナタリアの微笑みに何が面白いのか分からないティアは、小首を傾げる。

 

 「どうしたのナタリア?」

 

 「えぇ、ちょっと昔を思い出しまして。国務を終えて疲れてソファで寝てしまったとき、こうしてお父様が毛布を掛けて下さいましたの」

 

 昔の温かい思いでを、本当に宝物のように語るナタリアは、その後痛みを堪える様に眉を顰めた。

 

 理由は、考えるよりも明らかだ。

 

 そんな大好きな父が、預言に詠まれていたからとルークを見殺しにし、戦争に踏み切る冷徹さを見せたのだ。きっとインゴベルトも苦悩しただろうが、犠牲やむなしと切り捨てられる精神は、確かに一国の主として必要な物だろう。

 

 だからこそ、一層理不尽であり、人でなしという印象を強く与える。

 

 愛している父であるからこそ、ナタリアは二重に苦しんでいた。

 

 ルークが死んだ苦しみと父である国王の無慈悲な判断。

 

 しかしナタリアは、胸が苦しくなる悲しみを飲み込み、一切弱さを見せなかった。

 

 まるで、弱さを見せる事は、死んでも許されない罰と言わんばかりの後ろ姿が、ティアにとって、とても印象的だった。

 

 「ナタリア、貴女も休んだら?」

 

 「いいえ、眠れそうにないので……」

 

 実はあまり顔色の良くないナタリアは、化粧で誤魔化しているが目敏いジェイドは気付き、それをそっと教えて貰ったティアは、ナタリアの事が心配だった。

 

 不安定だったティアを一番近くで支えてくれたのが、ナタリアだ。

 

 その恩を返したいと思っていたティアは、ここで一つ目の恩を返せるだろうかと悩みながら声を掛けた。

 

 「なら、私に悩みでも言ってもいいのよ? 最近ナタリア眠れてないじゃない」

 

 「……そうですわね。でも、もう少し待ってください。この感情をどう表現するか、私には分からないのです」

 

 様々な苦悩がせめぎ合う心情を言葉として伝える事さへ今のナタリアには、出来なかった。

 

 ルーク対する自責の念と父親の無慈悲な判断。

 

 そして何より、アッシュと言う七年前の、大切な約束を交わしたルークの存在がどうしてもナタリアの心に重く蓋をする。

 

 一体、自分はどうアッシュと接すればいいのか。七年前と同じようにすべきではないと言う事しか分からない。今のアッシュは、昔のルークとして扱われるのを極端に嫌っている。

 

 その理由は、レプリカに存在もその意義も奪われ七年前のルークは死んだと彼の中で決定付けられているからだろう。

 

 アッシュの七年間を思うと心苦しく、ルークの七年間を思うと後悔の念に駆られナタリアは、呼吸が止まりそうになった。

 

 「ねぇティア、どうして貴方は前を見ていられるのです? 私は、時間が経つにつれて息苦しくなって考えも纏まっていかなくなります。でも、貴女は立ち直れましたわ。何が貴女を奮い立たせるのですか?」

 

 今まで支えてくれたナタリアが、自分を頼ってくれた事が嬉しくてティアは、つい微笑んでこう答えた。

 

 「それは、私には明確な目的があるからよ。私は、絶対に兄をこの手で殺すまで止まるつもりもない。ルークを殺したことを正当であると言ったあの人を、許すつもりも生かすつもりもない。兄の目的が預言を順守することなら私の第二の目的は、預言を徹底的に覆すこと」

 

 背筋を駆け抜ける悪寒を与える話の内容と、優しく微笑む温かいティアの表情は、どこまでも合致する事無く歪で恐怖でしかなかった。

 

 身体からありったけの血を抜かれたように顔色がさらに悪くなったナタリアに驚いたティアは、そっと頬に手を当てる。その手に温度を感じなかったのは、きっとナタリアの気のせいではないのだろう。

 

 「本当に大丈夫? 身体に影響が出るほど無理をしていたのね。ほら、ちょっとでいいからナタリアは休んで」

 

 「……は、はい。それでは、グランコクマに付いたら教えて下さい」

 

 見え隠れするティアの危うさに恐怖したナタリアは、大人しく言う事に従い毛布を掛けて目を閉じる。

 

 しかし、身体の芯を凍えさせる狂気に彼女が眠れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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