イソラ王国からターペ=エトフの城へと帰り、早速シュタイフェにハイシェラへの報告を任せた。
俺が言ってもいいのだが、シュタイフェは参謀だ。あいつに報告させた方が、詳しく知ることが出来るだろう。俺は説明が苦手だからな。
とはいえ何もしないのは暇なので、謁見の間に足を向けた。そこにはハイシェラとシュタイフェがいる。それは見慣れた光景だが、他にも面白い面々がいた。
一人は以前会ったことがある、リ・クティナ。ディジェネール地方のニアクールという土地に棲む、ナーガ族の長だ。
ニアクールで散々暴れたハイシェラのことを快く思っていないが、俺は誰も殺してはいないので、悪くは思われていない。とはいえ良く思われているわけでもないが。
人間だった時のセリカのことを話しあうこともたまにあり、女神の身体を持ってしまってからのセリカを一番知っているようなので、その軌跡を聞いたりもした。
二人目はペルル。いつの間にかセリカの使い魔になっていた鳥人で、元々は『お師範様』とかいう人間の使い魔だったらしい。そのお師範様とやらの名前が、アビルース・カッサレだと聞いた時には驚いた。それは原作の九割を忘れているので、その人物が頭から抜けていたからという理由もあるが、一番の理由はその人間の名字だ。カッサレということは、あのブレアードの子孫ということだ。
この娘もリ・クティナと同じように昔のセリカのことを話したら、心を開いてくれた。
全くもってちょろい鳥娘である。リ・クティナは心を開いてくれたわけではないからな。
そして最後は、リタ・セミフ。その身は霊体の、暗黒槍を操る少女だ。今は壊滅してしまったマクルの街の近くにある森に住んでいて、悲劇が起こったがセリカたちによって助けられたらしい。そしてセリカにその恩を返すため、自らセリカの使い魔になった、という経緯だ。そんな彼女は話し合うまでもなく、ただ淡々と事実を教えてくれた。
リ・クティナとペルルは嫌々ハイシェラに従っているが、リタだけは違った。本当の主が目覚めるまで、主の体を守り抜くために従っているようだ。
その三人はハイシェラと言葉を交わしていたが、すぐに召喚石に戻ってしまった。またあとで話し合いたいものだ。
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俺の帰還から翌日。驚くことに、もうイソラを攻めに行くらしい。ハイシェラが軍を率いて、北東へと向かった……のが数時間前。既に眼前には、イソラ王国の城壁がある。
国の人々は、俺らが近づいていたのを今まで知らなかったらしい。今頃になって、ようやく慌て始めた。
現在の時間は早朝。つまり朝霧が漂っており、さらに極めて統率の取れたハイシェラの軍勢。加えて街道を外れての直進。しまいには、国の警備はそれを報告する前に全滅を強いられた。こんな朝早くに、いくら雑兵とはいえ魔族の群れを相手にするのは、さすがに無理だったようだ。
そんな都合の悪すぎる条件が重なり、王国が魔族の軍勢に気が付いたのは、軍が目視できるまでに近づいてからだった。
「ふふ、ここまでは上手くいったの」
「近々参上するって言っていたのに、人間族というのは間抜けだねぇ。後は城壁を超えていけば、あたしらの好物が山ほどあるってことさね!」
「近々参上すると言ったその翌日の早朝に攻めて来るなんざ、普通は思わねぇよ」
やたらとテンションの高いシュタイフェの言葉に、俺は思わず小声で突っ込む。聞こえていないようなので誰も反応を示さなかったが、聞こえていたならこう言ってくるだろう。『ハイシェラ様は普通じゃねぇさ!』等々。俺も大概普通とは掛け離れているが。
そもそも宣戦布告すらせずに侵攻の準備を始めているというだけで、イソラ王国にとっては驚きだろう。だがそれは人間同士での話。こっちは魔族なので、人間の規則に縛られる必要はない。横暴だ、とか言われるかもしれないがな。
……いや。闇夜の眷属からにも、横暴だと言われるかもしれないな。あいつらは規律を重んじる、珍しい魔族の集団だから。
そしてその肝心なハイシェラは、いつの間にか飛龍に跨り、城壁の奥へと消えて行った。
なので、ここにいるのは俺とシュタイフェの二人だけ。
「ご武運をお祈りしてやすよぉ〜」
「はっ、思っていないことをよく言えるな。誰に祈るつもりだ? マーズテリアか?」
「まさかそんな訳ないでしょうっ! ハイシェラ様に、ですよっ! ハッハー!」
「うん、わかった。俺から話し掛けておいて悪いが黙ってろ。うるせぇ」
俺の冗談に対して、本気なのかどうなのかよくわからないテンションでそう言ってくるシュタイフェ。いやほんとマジで煩い。喧しい。ハイシェラへの忠誠心は素直に凄いと言えるが、これだけはキモイ。
よくこんなのを近くに置いておけるよな、今噂の地の魔神様は。
そしてその数日後。ハイシェラは犠牲の一つもなく、国を手に入れた。
飛龍に乗って行き、早々に戦争をするか王女を明け渡すかを選択させたらしい。それも、考える時間を与えずに。
……鬼だ。魔神だけど、鬼だ。鬼畜だ。
「……なんぞ失礼なことを考えていないかの、ゼアノス?」
「お前の気のせいだ。それで、俺をここに呼び出した理由は?」
今いるここは、ターペ=エトフではない。ハイシェラに呼ばれたので、イソラの城へ態々出向いたのだ。これでどうでもいい用事、とかだったら殴り飛ばす。殴り返されるだろうがただでは済まさん。
「そのような目を我に向けるな。くだらぬ事ではない故、我が呼ぶまで待っていろ」
俺が何かを言うまでもなく、俺の視線で察したらしい。俺のいる部屋から廊下へ行く、ハイシェラとシュタイフェ。同じ場にいるであろうもう一人と話をしている。案の定、そのもう一人の声が全く聞こえない。声が小さいのか?
だが他の二人の声が大きいので、どんな話をしているのかはわかる。人質、とか言っていたから、イソラの重要な立場にいる人間だろう。
「――ゼアノス!」
話しの途切れに聞こえた、俺を呼ぶ声。特に意味はないが、歪の回廊で廊下へ移動する。
ノリとか演出って大事だと思うんだ、俺。
「何だ?」
「シュミネリア。此奴が御主の世話役だ。今まで世話をしていた侍女も付けるが、我のいない時は此奴に従え」
シュミネリアとは、俺も一度だけ会ったイソラの王女だ。
ん? ということは俺が王女の世話役? …………。
「……それが俺の仕事か、ハイシェラ? まあいい。また会ったな、姫よ。よろしく」
ただでさえ魔族の人質になるというだけでも恐ろしいのに、その世話役は魔族の中でも上位の存在である、魔神。シュミネリアの顔は、かなり青白い。
「当面は我の側にいることを許す。我に学ぶというのなら、好きなだけ学ぶがよい」
「は、はい……。よろしく、お願いいたします」
冴えない表情で、俺たちに頭を下げてくる。ハイシェラが言うには自ら覚悟して人質になったらしいが、望んだわけではないはず。だからだろう。
頭を下げたシュミネリアに下がれとハイシェラは言うが、直後にまた彼女の名を呼んだ。
無礼をしたのかと怯えるシュミネリアだが、ハイシェラは違うと言ってシュタイフェに合図を送る。そしてどこからともなく一枚の布切れを取り出した。
それを見てシュミネリアの動きが止まる。聞くと、これは彼女が彼女の夫との連絡役の体の一部だそうだ。
シュミネリアの夫はマーズテリアに仕えている勇者らしく、居場所を知らされずに使命を果たすために各地を飛び回っているらしい。なので、手紙など連絡の便を図るため、神殿から連絡役として神官が派遣されている……とのこと。
その連絡役の神官は、ハイシェラ曰く、殺したくても逃げられた、らしい。
いくらマーズテリアの信仰者とはいえ、人間がハイシェラから逃げ切るとは、素直にすごいと思える。
……その代わりに体の一部を、具体的には軍神の指輪が付いた指を斬られたらしいが。
それに加えてハイシェラが一つ二つ質問をしたあと、今度こそ下がらせた。俺は世話役とやらにされてしまったので、その後ろをついていく。というかハイシェラ。同盟者を他国の姫の世話役に任命するの、世界広しと言えどもお前くらいだぞ。たぶん。
「……あ、あの。私はこれから、どうなるのでしょうか」
姫の寝室に着いてからの第一声はこれだった。今日はもう夜が近いので、明日ターペ=エトフへ帰ることにした。じゃないとシュミネリアの体力が持たない。人間だもの。
歪の回廊を使ってもいいかもしれないが、こんな憔悴している精神では絶対に駄目だ。
『歪み』に飲み込まれて狂っちまうから。
「そうだな……とりあえず、俺は基本的には何もしない。お前がこちらに攻撃したり、逃げたりしようとしない限りは、だけどな」
「え……そう、なのですか?」
「俺は、な。ハイシェラが何かを命ずれば、誰かがお前にその何かをするだろう。が、俺からは何もしない」
「……貴方は、本当に魔神、ですか?」
「なんだ、殺されたいのか? それとも犯されたいのか? それを望むのなら、いくらでもやってやるぞ」
そう言うと、顔の色を変化させて否定した。だがさすがにそれは同盟相手の許可がなければできないことだ。下手をすればハイシェラの立場や計画が水の泡になる。
俺はそんなことは全く気にしないし、あいつも多少の誤差は気にしないだろうが、今のあいつの姿は、未来のセリカだ。もう悪印象だらけだが、それを最小限にまで留めておきたい。
とにかくこれでイソラへの侵攻は終わった。シュミネリアが手紙を神殿に出したと、正直に語ったおかげで、早いうちにマーズテリアの戦士が来ることは明白になった。
姫の夫である勇者も来るということも、わかりきっていることだ。
ハイシェラはこれから、ナベリウスのいる冥き途。そしてエルフ族がいるトライスメイルという名の森に行くらしい。イソラを含めたその三つの箇所を陣取れば、アムドシアスの拠点の周囲を囲むことができ、外に出られなくなるようにするのが目的だと言っていた。
ナベリウスもエルフ族も協力はしないだろうが、戦闘に干渉しないことを確認するだけでも大分違う。戦略も変わるため、それを確かめに行くという理由もあるそうだ。
アムドシアスはナベリウスと同じく、ソロモン72柱の魔神だ。それ繋がりで協力し合わないとは、確信を持っていうことは出来ないし、トライスメイルには封じられた魔物が多くいる。そしてその森に、アムドシアスが何度も足を踏み入れていることが確認されている。封印を解き、何かをするつもりなのだろう。
「そんなに怯えるな、ただの冗談だ」
「えっと、冗談……ですか?」
「そこまで恐ろしく感じたのなら謝ろう。すまなかったな、いつもハイシェラを相手にしている所為か、悪質な事を言うのが当たり前になってしまっていた。許せ」
俺がそう言うと、シュミネリアは安堵の顔をしてから、笑顔になった。笑顔とは言っても、無理をしている笑い方だ。
「それなら、よかったです。本当にされてしまったらどうしましょうかと、本気で考えていました。ですが……あの、お名前はゼアノス様、でしたよね?」
「ああ、そうだ。それで?」
「改めて言わせていただきますが、ゼアノス様は魔神なのですか? ハイシェラ様や、話に聞いていた魔神とは違うので……」
「それを言われんのは何回目だ……。ああ、変わっているかもしれんが、俺は確かに魔神だ。だが、こういうのは俺だけではないぞ。魔族も人間族と同じく、例外がいる。俺はその例外の一部だ。闇夜の眷属という奴等がいるんだが、そいつらも人間族とあまり変わりない生活をしている」
「そうなのですか……やはり、自分の目と耳で知ることが大事、なのでしょうか」
「それは人によるな。それが向いているやつと、向いていないやつがいる。お前がどうなのかは知らない。だが幸か不幸か、俺の近くにはハイシェラがいる。あいつから王としての在り方を学ぶのも、一つの手だ」
そんな俺の言葉に、シュミネリアは考え込んだ。ハイシェラが彼女をどう扱うのかはわからないが、酷くはならないようにしておこう。
賢王の子が賢いとは限らないし、愚王の娘が愚者とは限らない。
それと同じで彼女の父は優れた王ではなかったが、この娘はどうなるのか。そこんとこが個人的に、かなり興味が出てきたからな。