戦女神~転生せし凶腕の魔神   作:暁の魔

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—神殺しの戦地図—

 

 

 

時は流れ、マクルのバリハルト神殿崩壊より五十数年が過ぎた。

人間にとっては未開の地とされるケレース地方。だが広大な土地の多くにはエルフ族の森があり、他にもドワーフや多数の魔族が息づく、亜人間族の領土だ。

 

その広大な土地の一つに、ドワーフの住む場所がある。

ハイシェラはそのドワーフの、絶壁(ターペ)操竜子爵(エトフ)の名を持つ王、インドリトが率いる一族と、五十余年もの間、ずっと戦っていた。ハイシェラにとって、良き好敵手だったようだ。

 

ちなみに俺はその戦いに参戦していない。ドワーフ王と剣を交えるのが楽しかったらしく、認め合えた仲だとも言っていたので、そこに参戦するのは無粋だと思ったからだ。

 

そしてある日、その戦が終結した。ドワーフの国、ターペ=エトフ国は、インドリト王の死によって終わった。すなわち、ハイシェラが勝ったわけだ。

インドリト王に世継ぎはいなかったので、王国は消滅し、ハイシェラの支配下に入ることになった。これは相手国も同意したらしい。

 

そして今まで拠点となっていたオメール山は手狭になったので、放棄した。新たな拠点は、この数十年陥落することのなかった城になった。そう、インドリト王の城だ。

 

カーン、カーンと響き渡る荘厳な鐘の音は、弔いのもの。インドリト王の葬儀は遺臣らの手で、丁重に執り行われた。亡国の民は一人残らず嘆きを露わにして、王の死を悼んでいた。

 

俺はその死した王に会おうと、王の墓に向かう。そこにはハイシェラがいたが、もう一人、そこにはいた。互いに牽制し合い、険悪な空気が流れている。一介の魔物がいたとしたら、瞬く間に絶命するほどだ。

 

「貴様のように暴れるだけでは、価値あるものが簡単に失われてしまうのだ」

 

「価値あるもの、とな? それは果敢なる戦士の命か…我が肌を温める男の精か?」

 

「ふっ、これだから戦狂いは……貴様は美を愛でる心など、まるで持ち合わせていないようだな。お前もそう思わぬか? ゼアノスよ」

 

俺が近づいていることに気が付いていた、ハイシェラと言い合っていた女がこちらを見る。ハイシェラも、既に気が付いているだろう。全く、二人の言い合いに俺を巻き込まないでほしい。とはいえ、まあ……

 

「美しいものは俺も好きだ。特に次世代以降にも残る代物なら、是非とも俺の部屋に飾りたいものだ」

 

これは本当だ。昔っから、絵や彫像などは結構好きな部類に入る。骨董品を眺めるのも大好きだった。資金的な問題で、集めたことはないけどな。

 

「ふ、よくわかっているではないか。ゼアノスならわかるだろうが、ハイシェラ、貴様にはわからぬだろう。王の趣向は実に優れていたものよ」

 

そう言う彼女は、とても綺麗な指輪を見せつけてくる。

 

「お、何とも綺麗な装飾がされているな、その指輪は。それに、その石碑もいい」

 

「うむうむ。やはり貴様とは気が合う。これは、王の形見よ。美しいだろう」

 

紹介が遅れたが、特に『美』に関しては人一倍うるさいこの女は、アムドシアスという。

ソロモン72柱の一柱で、古神にも分類される古き魔神だ。別称があり、『一角公』とも呼ばれている。

 

ハイシェラと非常に仲が悪いが、彼女の言う通り、俺とは気が合う。何度か仲間にならないかと誘われたが、彼女の未来を知っているので、断った。俺がハイシェラといるのは、単なる気分だ。気紛れにお前の所に行くかもな、と言って。

それからは誘われなくなった。

 

「それがどうした? そんなものが戦いの優劣に関わりがあるというのか?」

 

美術というものに全く関心のないハイシェラは、俺たちの言葉を切って捨てる。わざとだろうが、嘲笑うかのように言っている。

 

美を馬鹿にされたことによりアムドシアスが憤慨し、ハイシェラがその激昂に対して冷静に言い返す。会う度に思っていることだが、アムドシアスは永い時を生きている割に、かなり感情的な魔神だ。人間的、と言ってもいい程に。

 

その後、長いようで短かった言い争いが終わり、アムドシアスは再度墓へと視線を向け、一通りの弔辞を述べてから去って行った。その弔辞の内容の八割がハイシェラの悪口だったが、一応本当のことだったので突っ込まなかった。

 

「ヒヒッ、今のがアムドシアス公ですかい。なかなか恐ろしい魔力を持った方ですなぁ」

 

そう言うのは、影に潜んでいた奇抜な格好をした魔族の男だ。名は、シュタイフェ・ギダル。かつてはインドリト王に従っていたが、今はハイシェラの下で参謀として活躍している。

 

「ふん、身の程を思い知らせてくれる」

 

「身の程とは言っても、彼女はあのソロモン72柱なんだがな。それとシュタイフェ、報告か?」

 

「これはこれはゼアノス様、さいです。この国を占領した後の、各地の情報が入ってきますぜ。もう何処も彼処も慌ててやがる、ハッハー!!」

 

「くく、よいぞ。謁見の間で詳しく聞こう」

 

テンションが高いシュタイフェの報告を聞いて機嫌のよくなったハイシェラが、その参謀を連れて歩き出した。こちらを振り向いて、御主も来い、という意味の籠った目線を向けてきたので、苦笑して追いかけた。

 

そして謁見の間で、シュタイフェが中心となり、打倒アムドシアスの策を練っていた。

アムドシアスは、今俺らのいるターペ=エトフの北東に拠点を構え、さらに結界も張っている。その周囲を囲んでしまえば外に出られなくなるというので、アムドシアスの前にその周りを攻略する、という流れになった。

 

やろうと思えばハイシェラがその結界を壊せると言っていたが、彼女曰く、『雌狐(めぎつね)を巣穴に追い詰めて、驚かしてやるのも一興ではないか』とのこと。

 

攻略する場所は、全部で三カ所。一つはアムドシアスの拠点のさらに北東にある人間の国、イソラ王国。軍事的には弱小で、とても小さい国らしい。二つ目は、珊瑚森(トラスメイル)という名前の森。エルフの住まう地で、ターペ=エトフの南東にある。

 

そして最後が”冥き途”。冥界に至る死者の門がある。読みにくいがこれは『くらきみち』と読む。ハイシェラの友がいるらしい。確か……ナベリウス、だったか? さっきのアムドシアスや深凌の楔魔のパイモンと同じ、ソロモン72柱の一柱で、冥界の門番だったはずだ。

 

色々と話し合い、取り敢えず最初は偵察に行くこととなった。遅すぎるとアムドシアスも動くので、早々に動かなければならないとのこと。ハイシェラは、東の冥き途へ行くと言っている。

 

「そしてゼアノス。御主は動くのか?」

 

「ん? ああ、お前がそこに行くなら、俺はイソラに行こうと思ってる」

 

「ヒヒッ、ハイシェラ様に匹敵する力を持つゼアノス様が直々に? そのまま陥落させた方が早いんじゃないんですかねぇ?」

 

「何を言っている。それだとハイシェラの楽しみが減るだろう」

 

「ほぅ、良くわかっているではないか。御主はそこまで我を優先する男であったかの? 我の記憶が正しければ、御主は最初、我の敵であったはずじゃ。だのに、なぜ今は我の楽しみを取っておくような真似をする? 我に惚れたか?」

 

「最後のそれは無いな。単に、俺はお前から住む場所を与えられている。そのお返しに、俺はお前に戦いを残しているだけだ」

 

ハイシェラの言葉に呆れながら答える。それにもしこいつに惚れた者がいるとしても、それはハイシェラではなくアストライアに惚れたことになるんじゃないか? だってこいつの容姿、アストライアだもの。もちろん内面は別として。

 

ついでに、俺が国を攻撃しないのには理由がある。俺が他国を攻撃するとしても、その国は必ず現神を信仰している。となれば、俺から攻撃することはできない。という訳だ。

 

 

 

—————————————○

 

 

 

俺が今いるイソラ王国は、オウスト内海に面する小さな国だ。内海に面する国は他にも多々あるが、そのほとんどが海上貿易を行っている。この国も貿易をしているが、比較的に規模が小さい。街道が近くにあり、北と南を繋ぐ地でありながら、貿易国としては発展できずにいる。

 

それは、この地がケレース地方だからという理由が大きい。人の手が回らない未開の地であることと、この地方で暴れまわる魔族や蛮族の影響に他ならない。

 

俺はシュタイフェを連れてここに来ている。どのようにしてイソラ王国に行くかを告げたら、面白そうだと言って着いてきたのだ。そして、俺はすでに城の中にいる。盾の間という、話し合いをするための部屋に。

 

「一同、楽に……そなたたちが、魔神からの使者か」

 

この国の王には、ハイシェラから使者を送ると伝えてある。だから俺とシュタイフェに、使者かと問うた。だが、俺は使者ではないんだな。使者とは、文字通り使われる者だ。俺は同盟者であって、使われる立場ではないからな。

 

「いかにも。しかし厳密には魔神の使者ではありませんぞ」

 

イソラ国王の言葉に、シュタイフェが答える。だが、俺と違ってお前は使者だろう。

 

「こちらにおわす御方は、地の魔神ハイシェラ様の同盟者――魔神ゼアノス様です!!」

 

盾の間に集まった人間たちは凍り付いた。魔神の使いと知らされていたのに、来たのも魔神。ハイシェラ本人ではないが、同盟者ということはハイシェラと同等の力を持っているというのは、容易に理解できる――否、俺の体から発せられる威圧と魔力により、理解してしまう。

 

「初めまして、だな。イソラの国王と王女。今こいつが言ったが、俺は魔神ゼアノスだ。ハイシェラもここに来ようとしていたのだがな。あいつは違う場所へ赴いた。だから俺が来たのだ」

 

「くっ……。ごほっ……水を……」

 

突然の出来事に王の喉は渇ききり、何も喋れなくなってしまったようだ。極度の緊張のせいか?

 

「喉が涸れたか? 案ずるな、長い挨拶をするつもりはない。ハイシェラからの要求を、そのまま伝える。『イソラ王国よ、我が軍門に下れ』……とのことだ」

 

俺が魔神だと認知されたとき以上に、大きなざわめきが広がっていく。

 

「ば、馬鹿な……。そ、そんなことを言いに……わざわざ?」

 

「むしろこんな宣言。使者ごときに言わせることなぞできないだろ?」

 

「ぐっ……ごほっ、ごほっ!」

 

緊張と恐怖で喉を引きつらせてしまった王に、侍従たちが介抱に進み出た。そんな王を見かねたのか、王女が進み出て話を引き継いだ。

 

「もし、要求を拒否すれば……攻め込んでくると仰るのですか」

 

「イヒヒっ、察しがいいねお姫様。あんたもターペ=エトフ国が滅んだのを知ってるだろ?」

 

「……では、軍門に下った場合、どうなるのですか」

 

シュタイフェの反応を見て青ざめた表情の王女に、俺は薄く笑った。

 

「我々に敵対しないこと、我々の要求は全て飲むこと。ただ、それだけだ。俺たちは外面ばかり取り繕った言葉は好まない。魔神アムドシアスがどうなのかは知らないがな」

 

実際にアムドシアスがイソラに対してどう動くのはわからない。だがここで彼女の名前を出せば、ここにいるにいる人間たちは自分の置かれた状況に気付き、目の前の脅威に冷静さを失う。そうなれば、こちらに有利になる状況を作り出せる。

 

どこかでくしゃみをしているかもしれない一角公に、勝手に名前を使って悪い。と、心の中で謝っておく。反省はしないけど。

 

「もし軍門に下ったとしても……全て貴方の仰るままになるとは限りません。わたくしたちが認めても、民の中には反発して抵抗する者も出て来るでしょう」

 

「そうだな。では、姫、お前が我らの下へ来るがいい。そうすれば民は嫌でも付き従うだろう」

 

脅し半分で笑ってみせると、彼女は身体を震わせた。

……今更だけど、俺ってこんな悪役だっけ? あ、魔神だから絶対に悪だよな、人間側からしてみれば。

 

「……魔神よ。そなたの意思はわかった。だが事は重要、即答できぬ。家臣らと相談して決めたい……」

 

「それも良いだろう。返答は、ハイシェラがここに来るまでに決めておけ。あいつが、いつここに来るのかは知らないがな」

 

「聞きましたか、王様? ハイシェラ様が来たときが、決断の時ですよ。ゼアノス様の言う通り、それが明日か明後日か、一年後か十年後が百年後かは知らないよ!」

 

シュタイフェの言葉が終わり、俺は王に背を向けて歩き出した。

 

「いいですか! ハイシェラ様が来たら、ですよ! ヒヒヒっ!」

 

……ハイシェラ。こいつ、めちゃうぜぇ。嫌いじゃないけど。

 

 

 

 

 

城から出て国からも出ようとすると、シュタイフェが聞いてきた。

 

「この国はどうかな、ゼアノス様? ヒヒッ」

 

「ハイシェラにとってはつまらないだろうな。王に覇気は感じないし、他の者共も同様だ。今なら一瞬で終わらせることが出来る」

 

「でも、料理するなら時間を置かずに、さっさとした方がいいだろうねぇ」

 

その意見に異は無い。他の偵察場所に問題がなければ、ここを優先するかもしれない。そうすれば後が楽だ。おそらくハイシェラは、真っ先にここを攻め入るだろう。

 

「ま、後の事はハイシェラに任すさ」

 

最後にイソラ王国を一瞥し、俺たちは去った。ハイシェラに目を付けられたのは不憫だが、それにどう対応するのか。それが今から楽しみだ。

 

 

 

 


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