戦女神~転生せし凶腕の魔神   作:暁の魔

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—息抜きの観測—

 

 

 

ただいまセリカを追跡中のゼアノスです。

彼が向かっているのは、サティアがいると言われている蛮神の街道。俺はそのセリカの少し後ろを、完璧に隠れながら漂っている。先に向かうってのもありだが、肝心の場所を知らないので先行することができない。

サティアの魔力を探知して転移すればいいんじゃね? と思ったのは、全てが終わった後だった、とだけ教えておこう。

 

途中、セリカを邪魔している神官戦士がいた。神殿からの『セリカを通すな』と命令されているらしい。

 

つーかさ、あの馬鹿(サティア)は俺に言ったよな? 『セリカと共に行くと決めた』って。なのにセリカを置いて、一人で解決しようとしてる。

まあ、現神の下僕であるセリカに協力を求めづらいのはわかるが……少しは信じてやってもいいんじゃないかね? これはサティアが悪いと思う。

 

とはいえ、ズバッと言い切っちまえば、一番悪いのは現神だと俺は思っている。いくら古神が戦争の敗者でも、邪神って設定にするのはやりすぎだ。だけど現神がいなかったらセリカとサティアは出会わなかったわけだし……ちょっと複雑。

 

話しが逸れたな。

とにかくその三流臭い戦士……名前はゲーエというらしい。ゲーエは、どうしても通りたいと言うセリカに、『力ずくで通って見せろ』と攻撃。思わずセリカはそれを剣で受け止めるが、神殿からの命令を受けた戦士相手に剣を抜いたということで、反逆だと言い始めた。

 

そこにいたもう一人の戦士は戸惑い、ゲーエはその戦士に喝を入れる。

セリカがその隙を見逃すはずもなく、一気に間合いを詰め、鳩尾に重い一撃を与えた。上から見ているだけじゃわからないが、優しいセリカの事だ。たぶん刃のない箇所を使ったのだろう。

 

セリカの一撃を貰ったゲーエは、呻き声をあげ、泡を吐きながら倒れた。

先ほど戸惑った戦士に、セリカが「君はどうする?」と確認を取る。

 

「……私は何も見ておりません。どこへなりともお行きください」

 

「ありがとう」

 

今セリカを通したあの戦士、人間としてはいいやつだな。命を受けた戦士として良いかどうかは別にして。

 

そのまま奥へとセリカは走っていく。俺もそれを見失わないように追いかける。森の中に入り、そのさきにある橋を進むと山岳に出た。足元がジャラジャラして走り難そうだ。

そしてその途中、何者かが現れた。あれはダルノスだな。雰囲気がかなり変わっている。

ダルノスはほんの少しだけ言葉を交わしたあと、突然セリカを攻撃した。セリカはそれを何とか受けとめる。

 

サティアは邪教徒と思われており、セリカはそのサティアの恋人。神殿にとっては、そしてダルノスにとっては邪教そのものが敵であり、サティアを助けたいとするセリカもまた邪教徒だと認識されてしまったからだ。

セリカは何度も防いでいるが、攻撃しようとはしない。仲間とは戦えないからだろう。だがダルノスにとって、セリカは敵。容赦なく剣を振るい、セリカは勢いよく宙に舞って谷底へ落ちてしまった。

 

さすがにこのままでは可哀想なので、流木に引っかかるようにさせる。セリカはそのまま流されていき、なんとか地面に漂着した。

 

セリカはいつのまにか気を取り戻していたらしく、起き上がって走り出した。俺も感じるが、”ウツワ”の邪気が渦巻いている。セリカもそれを感知したのだろう。

俺がセリカの行く道を先回りしてみると、神官戦士が徘徊している。ちょっとしたお節介として、魔針を放って戦闘不能にしておく。

 

現神との約束? ……前にも言った。ばれなければ問題ないと!

 

戦士が道の途中で倒れているのも変なので、見つからないように木の陰に隠しておく。案の定セリカはサティアを心配しているので、気付く暇などあるはずもなく、道を突っ走って行く。そしていくつかの天幕がある広場へたどり着くと、サティアのセリカを呼ぶ悲鳴が聞こえた。

 

「サティア!」

 

一つの天幕へ走り、入り口の垂れ幕をはね上げる……と同時に漏れ出す、凄まじい邪気。魔神である俺ですらこうなのだから、人間の身では吐き気すら覚えるはずだ。それなのにセリカは天幕の中へ迷わず入っていく。

少しの間喧騒が聞こえた後、セリカとダルノスが外へ出てきた。互いに牽制し合いながら対峙している。

 

「”ウツワ”はお前が持っていたのか」

 

「何を言う。あの女が盗んだんだ」

 

「違うわ、私じゃない!」

 

服を整えながらおぼつかない足元で、サティアは悲痛にそう叫んだ。

 

「わかっている。俺はサティアを……信じる」

 

「セリカ……」

 

セリカの信じるという言葉に、サティアは涙を流す。

俺もあそこまで人を信じる人間なんて、他には知らない。もし俺が当事者だったら、嬉しさで泣いてしまうのは決定的だ。

 

「ふんっ、邪教徒と姦通して自らの道を見失ったな」

 

そう言うダルノスからは、半端ないほどの強烈な邪気が漂っている。言うまでもなく、”ウツワ”に穢されたに違いない。

 

「お前こそ力に振り回されている……ずっと俺を諭してくれた……なのに、どうして!」

 

「俺の生きる意味はただ一つだ。さあ、決着を付けようじゃないか。今の俺には勝てんがな!」

 

邪気を孕んだダルノスの気迫が、濁流のようにセリカに押し寄せる。それに加え、仲間であったダルノスと戦うという事実にセリカは怯むが、サティアが名前呼んだことによって決心を固めたようだ。

 

「サティアを辱めた奴を俺は許さない。ダルノス、お前を止める」

 

「坊やがよく言った! では……行くぞ!」

 

ダルノスがセリカに双剣で斬りつけ、セリカは片手剣で受け止める。互いにバリハルトの戦士であり、同じ剣技、飛燕剣の使い手。実力は拮抗しているが、ダルノスは邪気によって力が上昇している。だがその所為で技の一つ一つに切れがない。セリカはその逆で、力は弱いが技が洗礼されている。ダルノスに比べてなので、実際には力もあるが。

 

何度か打ち合っていた二人だが、とうとう決着がついた。セリカが大きくダルノスの胸部を薙ぎ、ダルノスの胸から大量の血が溢れた。その量からして、明らかに致命傷。この勝負は、セリカの勝利だ。

 

まだ死んでいないのか、セリカと会話を交わしている。少しは正気を取り戻したらしい。邪教徒を憎み過ぎて、それを”ウツワ”に利用されてしまった。そしてその結果がこれだ。なんとも痛まれない。ただ、哀れには思えないところが、俺は魔神なんだなと自覚してしまう。

 

ダルノスはセリカに、神殿に戻るなと言い放ち、地に伏した。

これ以上の被害を出さないためにも”ウツワ”を神殿に持ち帰ろうとセリカは言うが、サティアは反対する。自分が持っていくと、そう言った。

その言葉にセリカは一瞬だけ怪しむが、サティアを信じたらしい。神殿兵の追っ手から、サティアの手を引いて逃げ出した。

 

「待って、”器”がっ……」

 

「ここで君が捕まったら全てが終わってしまう!」

 

これではっきりしたが、セリカは神殿を捨てた。神殿よりもサティアを優先したようだ。真実を知るためというのもあるだろうが……サティアは本当にいい男を見つけたな。

 

二人は森の中を走り、山岳の橋を渡った。セリカはその橋を斬り、進路を絶つ。そして今度はサティアがセリカの手を取り、奥へと消えた。

魔神の俺が言うのもなんだが、無粋だと思ったので傍観するのはこれまでにした。後でまた会いに行こうとは思うが、今はまだいい。

 

 

 

そしてその翌日。例の二人は、森から出てきてどこかへ向かおうとしている。あいつらが今求めているのは、”聖なる裁きの炎”だろう。あの力はここから南方のディジェネール地方にある。地を足で歩いていくのは不可能ではないが、非常に厳しい道のりだ。となると、前のセリカたちのように船で行くしかない。そしてマルクの街へは行くことが出来ない。神殿から逃げたのだから当然だ。そうなると船を用意できるのは……サティアに恩のある、スティンルーラ人だな。

 

そこで、周囲を警戒している二人の眼前に歪の回廊を展開。転移した。

 

「愛の逃避行中に失礼」

 

「……いきなり出てこないで。本当にお願い」

 

呆れながら懇願された。いつもと同じように脈絡なく現れたので、気分を害してしまったらしい。特に今は追われている身だから、余計に神経を使うのだろう。というか愛の逃避行には突っ込まないんだな。

 

「だから言っただろ? “失礼”って」

 

「……はぁ。なんだかゼアノスのことが、わかってきた気がする」

 

「まあ、冗談はこれでやめにしておく。それで本題だが、昨日はお疲れ様だな、セリカ」

 

「……何で知っている? いや、何を知っているんだ?」

 

驚いた顔で聞いてきたセリカに、俺は答えた。昨日の一部始終の九割は見ていたことを。

残りの一割は、二人が森の奥へ走ってからのことだ。あれからは見てないから、何をしていたのか知らない。予想は簡単にできるけどな。

 

「それじゃ、その……見てないのよね?」

 

「サティアがセリカの手を引いて、森の中へ入ってからは見ていない。だから何をしていたのかは知らん」

 

その言葉に、ホッと息を吐く二人。これのせいでバレバレだと思うのは俺だけか?

……んん?

 

「お前の左手の薬指、結婚指輪か?」

 

サティアの手に指輪があったので、俺はそれを指摘した。

 

「え? ……知ってるの?」

 

「ああ、知ってる。俺はその世界の出身者だからな。今では古くなってしまった風習の一つ、だったか? かつてはそれを付けている人間で溢れかえっていたのをよく覚えている」

 

「そう……」

 

悲しげに、懐かしげにそう呟くサティア。

古神なだけに、懐かしくもあり悲しいのだろう。段々と昔の習慣が廃れていくことが。

 

それからも少し話をしようとしたが、切羽詰まったようなセリカによって止められた。

まあ、逃げている途中に敵か味方か不明の魔神と出会い、話し続けるってのもアレだよな。そう思ったので、警告しておくことにした。

 

「最後に一つ言っておく。……ロミオとジュリエットみたくならないよう、注意するんだな」

 

セリカには意味不明だろうが、サティアなら……古神であるアストライアなら、たぶんわかるだろう。規模は全くもって異なるが、少し似ている。現神の徒と古神。本来なら愛し合う事は不可能な立ち位置にいる二人。

 

「絶対に、あのような悲劇は起こさない。私たちは幸せになるわ」

 

やはり知っていたらしい。神も人間の創作物を読むのかね?

俺はサティアのその声を背後に、声には出さずに笑い、再び転移してこの場を去った。

 

 

 

 


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