俺は今、ハイシェラを追いかけている。意識していなかったとしても、あいつは俺に攻撃を当てた。それだけで、追うのに充分な理由だ。ほぼ八つ当たりだけど。
でも参った、ここ広すぎ。
その所為でハイシェラの魔力を追っても行き止まりにぶち当たるんですけど。壁を壊しながら進んでいるけど、建物全体が壊れないか心配だ。
ずっと迷いながら進んでいくと、巨大な蛇の像がある広場に着いた。だが幸いなことに近くにはハイシェラの気配。ここで待っていれば、いずれ来るだろう。
中心部ではセリカたちがナーガ族と相対しているので、見つからない内に姿を消して隠れる。もちろん魔力と気配も、見つからないように消している。
セリカたちはここに神器の浄化方法を聞きに来ている。あいつはその方法を聞きたいのだが、セリカとサティア以外の人間がナーガ族を殺す気満々なので、聞く聞かない以前の問題だった。
ナーガ族は古神の眷属。現神に仕える戦士からしたら、その存在は許されるものではないのだろう。
だがそれでもセリカが必死に説得する。リ・クティナはその心を知るために、戦いを挑んだ。セリカの『殺したくない』という思いが、憶病からくるものなのか、もしくは守るためのものなのか。それを、見極めるために。
結果、セリカたちが勝利した。ナーガ族の操る連接剣という特殊な武器に苦戦したが、それでも彼らは勝った。
セリカが素直に浄化方法を聞こうとすると、カヤが反対意見を出した。仇を討っても足りないほど大勢の仲間が犠牲になったのに、と。
それでもセリカの想いは変わらず、リ・クティナから聞き出した。
汚れた神器、“ウツロノウツワ”。【雨露の器】が本当の名だが、今では邪気によってその本質を変えてしまっている。時代によって言い方は変わるらしいが、ナーガ族の長であるリ・クティナは、【虚ろの器】だと言っていた。あながち間違いではないかもしれない。
異様な邪気が戦士たちを覆っている。その邪気こそ、“ウツワ” が放っているものだ。その所為か、気性が荒くなっている。
その神器は古神のものだと、
そしてそれを浄化するには、器と同質の力。すなわち古神の力が必要だ、とも言った。
古神の“聖なる裁きの炎”だけが、唯一の方法だと。
カヤがまたしても反対意見を言うが、セリカはその古神の所在を尋ねる。
「リ・クティナよ。古神の所在を教えてはくれないか?」
「それは出来ぬ。古の神は数多の戦いの中で身を隠し、或いは封じられた。姿を現さぬのは故あってのこと。神の意に反し答えることはできぬ」
当たり前のことだが、彼女はそれを拒否する。しかし彼女は、そのまま言葉を続けた。
「――だが、御主が古神は邪神に非ずと信ずるならば、いずれの後に姿を現そう」
この言葉を言い終わったその直後、圧倒的な力を持つ者の声が聞こえた。
「いずれとは……待っておれぬの」
暗い迷宮に響き渡る、悠然とした靴音。
ナーガ族の戦士が一瞬にして殺気を放ち、現れた者の周囲を大きく取り囲む。だが、声の主は全く動じる事無く、むしろ軽い笑みを浮かべながら近づいて来る。
来たのは、ハイシェラだった。
その出現により、何やら言い争いを始める面々。聞き取れるのだが、今の俺には聞こえなかった。テンションがヤバイ方向で上がっていたからだ。
どんな方法で仕返ししてやろうと考えていると、ほんの少しだけ会話の内容が頭に入ってきた。
「力あるものならば、
……なんだと?
会話の流れからして、【力あるもの】=【例の神器】。【我】=【ハイシェラ】。そして、その神器は……この原作知識が正しければ、アイドスのものだ。
つまり、ハイシェラはアイドスの核を自分の糧にしようとしている……だと? ははは。
……ふざけんなよこの野郎。女だから野郎じゃないけど。
あいつを使うと言うのなら、仕返しではなく、本格的に殺すぞコラ。
とはいえ、ここで殺しては未来に支障が出る。それにここで俺が凶腕だとバラすつもりもない。となれば……
「……レイ=ルーン」
今の俺で、さっきまで考えてた通りの仕返しで済ましてやろう。だが次はマジで考える。
「勅封の斜宮に眠る力を得ようにも、頑強な結界に阻まれ面白くなく思っておったところよ。ナーガの一族が封じにかかわっているならば、長の首でも捕まえ、解かせようかと……ッ!」
俺の放った純粋魔術は、会話中だったハイシェラめがけて飛んだ。しかし命中はせず、寸前で躱された。
「……話の途中で攻撃してくるとは、随分と嘗めた真似をしてくれる。何奴だ」
【レイ=ルーン】は一直線に魔力を放つので、どこから攻撃されたのかすぐにわかってしまう。まあそれが目的だったんだけど。
ハイシェラだけでなく、バリハルトとナーガの戦士も此方を向く。攻撃する直前に姿は出していたので、俺はすぐに見つかった。ちなみに魔力はまだ隠したままだ。
あ、セリカたち随分と驚いている。
蛇足になるが、俺は傷を治してない。つまり魔力弾や瓦礫が当たった場所は傷になったままだ。今も頭からダラダラと流血している。
「……我に攻撃を、それも不意打ちなぞするとは、余程命が惜しくないと見える」
さっき俺も、自業自得かもしれんがお前に不意に攻撃されてたからな?
「それで一体我に何用だの、人間」
どうやら魔力を消したままなので、俺のことを人間だと思っているらしい。
勘違いしてるのならそれで構わないが……いや、やっぱいいや。
「何用だ、だと? ……俺はさっきからこの迷宮にいたんだがな? 貴様が無差別に魔力を放ったせいで俺に当たったんだよ。それと、俺は魔神だこのクソ
言い切ると同時に、魔力を解放。もちろん本気ではなく、深凌の楔魔だった頃と同じくらいの魔力だ。
「くっ、この地に二柱もの魔神が来るとは……」
リ・クティナがそう言うが、知ったことではない。とにかく、ハイシェラを殴ってやらねば気が済まん。そしてそれはどうやら相手方も同じらしい。ナーガやセリカ等の方を見ずに、俺のことを見ている。
「ほぅ、どうやらそれなりにやるらしい。神器の前に、まずは貴様から我の糧にしてくれる!」
瞬間、俺は双剣を出して駆ける。ハイシェラもそれに反応し、剣を振りまわしてくる。
— 気合突き —
— 玄武の鎌撃 —
今使った気合突きは、名の通り気合というか闘気を込めた強力な突き技だ。対するハイシェラは、剣を大きく振り回すことで発生する、剣圧による斬撃を繰り出してきた。
二つの斬撃はぶつかり合い、相殺する。予想通りだったので駆け続け、相殺した影響で発生した煙へと突っ込む。ハイシェラもこちらへ来たので、勢いはそのままに、大きく斬りつける。
ガキンッ! という金属音。互いの剣が交わる度に、そんな鋭い音が鳴り響く。
「思っていた以上に、よくやるだの!」
「それはお互い様だ!」
剣を振り、防ぎ、躱す。魔術を使う暇などない。
「ハァッ!」
「セイッ!」
ハイシェラは剣を両手で持ち、振り下ろす。それに反応した俺は、X型に斬りつける。そして再び鳴る金属音。
力は拮抗し合い、どちらも押し負かすことができず、引くつもりもない。
互いに押し合っているので、位置的に自然と顔が見える。相手の顔を窺って見ると、笑っている。それも非常に機嫌が良さそうだ。
「……楽しそうだな、お前」
「当たり前だの。この地でこのような強者と出会えたこと、愉しめずにおれるかっ!」
どうやら強い者、ここで言えば俺と戦えることが嬉しいらしい。生粋の戦闘狂だな。
「そういえば名前を聞いていなかったな。俺はゼアノス、お前は?」
「ハイシェラだの。魔神ゼアノス、その名はしかと覚えたぞっ!」
そして再開される剣劇。たまに蹴りや殴りが入るが、それは大体回避している。
そのように、楽しみながらも戦い続けていたのだが、ふと魔力のうねりを感じた。そちらを見ると、リ・クティナが躍るような腕の動きで印を結んでいる。そしてそれに反応するかのように、床の魔法陣が微かに光った。何らかの魔術を仕掛ける気だ。
「余所見をするとは、随分と余裕だのっ!」
「しまっ…」
それに気付いていないらしいハイシェラの、凄まじい上段蹴り。見事に腹に命中し、身体が浮いた。そのまま拳の追撃を顔に喰らい、吹き飛ばされた。
「いった……」
壁にぶつかった背中より、殴られた顔の方が痛いって……どんな拳だよ。それにさっきからずっと頭からダラダラと出血してるのに顔を殴るって、鬼畜すぎるだろ。
「なるほど。あやつが何を見たのかと思えば、何やら小細工を施しておったか。笑止……御主らが我らの身体に、指一本でも触れられると思うてか?」
ようやくハイシェラは気付いたようだ。というか、我らの身体って俺もその中に入っているのか? 我『ら』って。
「御主らの力は驚異的だ。触れる瞬間に千の肉塊にされよう……だが……触れずとも、この地よりはじき出すことは可能!」
「馬鹿め、詠唱の間があると思ってか!?」
リ・クティナの言葉にそう返して、魔術で飛ばされる前に攻撃しようとするハイシェラ。
あ、ちょうどいいな、これ。
「余所見するとは、随分と余裕だな」
「な、御主……っ!」
「そらっ!」
お返しだと言わんばかりに、さっき俺が言われたのと同じ言葉を言ってから、剣を持ったままの右手で殴打する。もちろん顔を。目には目を、歯には歯を……ってな。
ナーガ族は助けられたと思って驚いているが、あいつらを助けたわけじゃない。気を取られている内にやられたから、やり返しただけだ。
「……やってくれる」
「つまらん小細工は後回しだ、あの雑多はどうにでもなる。まずはお前をもう一発ぶん殴る。借りをまだ、返し切っていないのでな」
【最初に喰らった魔力弾】+【瓦礫分】はまだ返していない。もっと、更に重い一撃をプレゼントする予定だ。
「面白い、ならばこれでどうだの!」
— エル=アウエラ —
それは、現神をも震撼させたメギドの炎と同等とされる純粋爆発。
そんな魔術を建物の中で使って大丈夫なのか? という質問は受け付けないのであしからず。ご都合主義って便利だよね、とだけ。
俺はそんな大層な魔術を受けたがるマゾではないので、歪の回廊で移動して回避する。そして反撃。
— アウエラの裁き —
これは高純粋の物質破壊球と言われるほどの魔術だ。とはいえ、【エル=アウエラ】程の威力はない。上位魔術であることに変わりはないが。
頭上から降るその純粋魔術はハイシェラに見事命中。だからと言って、これで勝てるとは思っていない。凶腕状態ならまだしも、今の俺の力では無理だろう。
「本当にやってくれるだの。ここまで傷を負わされるのは久しぶりだ! さあ我と共に、より血肉湧き踊る戦いをしようではないかっ!!」
あーらら、より高揚させちまったらしい。これだから
…………。
……動けない。
ハイシェラが何かしたのかと思い、視線を向ける。ハイシェラも同じ考えだったのか、俺の方に困惑気味の視線を向けてくる。互いの仕掛けで無いことはそれで理解し、次の候補を探して……同時に横を振り向く。
そこには、いつの間に回復したのか知らないが、瀕死状態だったバリハルトとナーガ族の戦士たちが、セリカとサティア、そしてリ・クティナを中心に、魔法陣に魔力を必死に送っていた。床の魔法陣が、光を放ってくる。
この魔法陣は……転移陣か!?
「こんの、空気の読めねぇ奴らが……」
「は! ははははっ! これは愉快よ。よもやナーガ族と人間族が手を組むとは! よかろう、見逃してやろうぞ!」
呆れていた俺とは対照的に、ハイシェラは敵対していた者同士が手を組んだことを愉快と言い、ご機嫌になった。
だが戦いを中断されたこと自体にはイラついたらしく、溜めた魔力をナーガ族に向けて放つ。運悪く当たってしまった者は瞬く間に石となり、砕けてしまった。
「次に相対し時、御主ら同士で斬り合っておらぬならば、我が刃の露としてくれようぞ―――」
そこまで言い、ハイシェラは俺を見る。
「――そしてゼアノスよ、いずれは決着を付けさせてもらう。その時こそ、御主を我の糧としてくれる」
そこまで言い切ると、転移の魔術に取り込まれ、急激な光の縮小と共に掻き消えた。
俺はまだ気力で持ちこたえてるけど。
「はあああああああああああああああああああああああッ!!!!」
俺を取り込まんとする光が、更に高速になった。ハイシェラがいなくなったからだろう。
だが速くなったものの、それだけだ。俺を取り込もうとする力自体は弱くなっている。何故だ?
「一方の魔神だけに、魔力を使い過ぎたか……」
聞いてもいないのに、リ・クティナが勝手に教えてくれた。どうやらそういうことらしい。見れば他の面々も、苦しげな顔だ。だけど俺としても、どこに飛ぶのかわからない転移魔術に捕まる訳にはいかない。魔力をさらに解放し、より激しく抵抗する。
「まだこのような力が……くっ!」
つーかさ、俺のことを知らない奴等が俺を必死に飛ばそうとする理由はわかる。魔神をこの地に残すわけにはいかないし、殺されたくないだろうしな。
だけどセリカとサティア、貴様らは何故に俺を飛ばそうとする?
そういう意味を含めて二人を睨むと、セリカは必死になっていて気付いていない様子。サティアは俺と目が合うと、苦笑した。……余裕だなコラ。
「はあっ!」
ちょっとムカついたので一瞬だけ、サティア以外には気付かれないほど短い間、魔力を全開に。それによって俺を転移させようとした魔術は失敗し、発動を停止した。
溜息を吐いて相手側の様子を窺うと、九割が絶望感漂う表情。残りの一割、セリカとサティアの苦笑い。……さらにムカついたし、不完全燃焼もあるので八つ当たりを決行。
大丈夫、殺しはしないさ。
ハイシェラが放つような魔弾ではなく、針状に
自分以外には見えない場所だが、『腕』と腕の付け根からそれを発生させて数本放った。
急所に当たらなければ、死ぬことはまずない。貫通するので痛みは凄まじいが、早い内に治療すれば後遺症も残らないはずだ。余程運が悪くない限り。
【魔針】は何人、何体かの戦士に当たる。俺のことを知っている二人は驚く顔をするが、今の俺の顔は『不機嫌だ』と告げていることだろう。
その後は何もせずに歪の回廊を展開。他の大陸に行って、ストレス発散でもしようかな。そう思った俺であった。