Side・イオ
ゼアノス様がラヴィーヌを使徒にしてから、数日が経ちました。アイドスという、レアの妹神は未だに目覚めていません。ゼアノス様はずっと、彼女のことを心配そうに見ています。時たま、頭を撫でたり髪に触ったりしておられますが、今までに見たことのないお顔をしておられました。
それを一言で表せば、優しいお顔です。
その表情は、私が使徒となって以来一度も見たこともないほど、慈愛に満ちていました。
胸がズキンと痛む。
わたくしには向けてくださったことのない、ゼアノス様の優しい表情。
優しいお顔だけならば、何度も拝見したことがあります。しかし、あれほどではありませんでした。
わかってはいます。
わたくしは、ゼアノス様の使徒。すなわちこのような感情は、分不相応であることも。
そして、わたくしは前に誓いました。『貴方様のものです』と。ですから……
「これからも、お傍にいさせてください」
それがわたくしの、ただ一つの願いです。
Side・ゼアノス
ラヴィーヌを連れて神殿から帰還してから、数日が経過した。アイドスは未だに、覚醒する予兆すらない。
「ご主人様、その御方は?」
今まで空気を呼んでいたのか、アイドスのことを聞いてこなかったのだ、彼女は。それを、今日ようやく聞く気になったらしい。
「お前も聞いたことがあると思うが、慈悲の女神アイドスだ。お前らの仲間だったレアの、妹神でもある」
ラヴィーヌにそう返すが、基本無表情なのでどう思っているのかさっぱりわからない。イオが言うには、あれで結構驚いているらしい。
閑話休題。
とりあえず、アイドスが目を覚まさない。そのことが心配だ。
「……イオ、ラヴィーヌ。彼女が起きるまで、頼んだ」
歪の回廊の先にある異空間に、3人を送る。
イオは渋っていたものの、主である俺の頼みを聞かないわけにもいかず、ラヴィーヌと共に面倒を見てもらう事になった。
そして、ノワールに心話を繋げる。
(今度の用事は何? 主様)
(任務だ。それも、今までのとは比較できないほど高い難易度の、な)
(ほんと!? どんな!?)
(お前、確かディジェネールで勢力を集めているんだよな? ついでに国を作っとけ)
(……へ? 国?)
(そう、国だ。それも凶腕の国だ。現神に目を付けられるかもしれないが……それは放っといていいだろう。どうせお前、凶腕の眷属だというネームバリューで勢力集めてんだろ? 丁度いい。場所はディジェネールの北方だ。城っぽいもん造っとけ)
(わかったけど、でもそれのどこが高難易度なの? みんな簡単に従うから、簡単だと思うよ?)
(………あのな。現神の信徒や眷属が、堕天使や魔族の国が新しく建設されるのを黙って見ていると思うか?)
(あ、そうか。わかった、頑張るよ主様! ……あと、忘れていたけどちょっと言いにくい報告。堕天使は隠れていたのを結構見つけて仲間にできたんだけど、魔族はどうも仲間になりそうにないよ。私が主様の眷属だって、あいつら信じないから)
(そうか……じゃあそいつらは放っとけ。そいつらの気持ちもわかるが、信じないのならば仲間にしても後々面倒なだけだ)
今の俺は使徒がいるとはいえ、はぐれ魔神状態だ。その評価が定着してしまうのは流石に嫌なので、国を造ってそこに住めばいい。そうすれば、アイドスもそこで療養できる。
できれば深凌の楔魔も仲間に入れたいのだが……それはまた今度考えよう。
ラーシェナとパイモンはすぐに従ってくれるだろうが、他の魔神は……特にディアーネとゼフィラは来ないだろう。性格的に。
ノワールとの心話を切り、今度はブランシェに繋げる。
(何用でございましょうか、主様?)
……ブランシェとノワール、何でこんなにも違うんだろ?
(ああ、忙しかったらすまん。いきなりで悪いが、お前の仲間に現神を嫌っている天使はいないか? ほら、元々は古神に従っていた天使で、今は仕方なく現神に従っているやつとか。そういうのがいたら、俺の部下にならないか説得してほしいんだが……頼まれてくれるか?)
(今は丁度任務中ではないので、大丈夫です。それと、そう命令なさると以前から予想していた故、既に済んであります。主様が魔神であることも教えましたが、古神の英雄とされていましたので、説得するどころか是非にと言い寄ってくる天使もいたほどでございます)
……もう一度言おう。ブランシェとノワール、何でこんなにも違うんだろ?
というかブランシェ、手際良すぎ。それに天使も何やってんだか。俺って、一応種族的には魔族だから天使の敵なんだけど? 敵の敵は味方ってやつか?
(……そうか、よくやった。褒美として、何か欲しいものはあるか?)
(そうですね……それならば、主様と同じような『腕』をくださいませんか?)
(あ、それ私も欲しい!)
ノワールがまたしても心話してきた。というか今までの聞いていたのか。
しっかし、褒美に『腕』と来たか……結構予想外。
(ノワール! 今は私と主様の会話途中で……)
(だって私も欲しいもの!)
う〜ん、俺の『腕』自体はあげられないからな。さて、どうするか………。
(……わかった。今度お前らにやるよ。ただ俺とは違って片腕ずつだけで、しかも劣化版だけどそれでいいか?)
これでいいだろう。流石に俺のと同じ能力を付けるわけにもいかないし。
(うん! 楽しみにしてるね! 今ちょうど忙しくて……心話、切るね!)
(相変わらずノワールは……言葉遣いを直せというのにまったく。はい、私もそれで構いません。それではよろしくお願い致します)
各々がそう言って、やっとこの会話が終わった。というかノワール、いきなり心話をぶち切りやがった。そんなに忙しかったのか?
ノワールに造らせる国は、なにも魔族国というわけではない。天使もいるわけだし。
光も闇も受け入れるが、闇の勢力の方が強くなるだろう。光に属する者なんて、それこそブランシェに誘われてくる天使しかいないと思うし。でも、もちろん差別は許さない。
天使の堕天? させないよ? 魔族の作った国にいても、それぐらいでは堕天しないだろ。原作でも、神殺しの使い魔になった天使がいたほどだし。というか闇夜の眷属の王と性行為をした天使もいたし。
ちなみに人間を入れる気は一切ない。魔族や天使から見れば人間は短命。短命だと色々面倒なので、人間は入国させない。
っと、この話はこれで終わりにして、そろそろセリカたちの所へ行くとしますか。あれから何日か経ったけど、今は何をしてるんだろうね、彼らは。昨日はスティンルーラっていう部族の領域で、あいつらの魔力を感知出来たけど……何をしてたんだ? 異世界に棲む混沌の魔物の気配がしたんだが。
まあいい。とりあえずセリカ、もしくはサティアの魔力を探る。
街にはいない。付近の平原にもいない。森にもいない。山脈にもいない。
「おい、一体どこに……見つけた」
見つからなかったことにちょっとイラついたが、見つかったのでよしとする。あいつらがいる場所は、ブレニア内海。どうやら船で渡っているらしい。向かっているのは……ディジェネール地方。今ノワールが近くにいるんだけど。
あいつらと出会わなければいいが……出会ったら死ぬぞ、実力的に。ヤバ、真面目にどうしよう。
………俺も行くか。あの地方にノワールの勢力とは違う、かなり強い魔力を感じる。
ノワールも気が付いているのだろうが、そういうのは放っておくように命令してある。だからその魔力の源には近づかないだろう。俺が確かめに行くとする。
ついでにセリカ達にちょっかいを出しに行こっと。
……別にそれが本当の目的ってわけじゃないからな!
—————————————☆
セリカたちのいたセアール地方と、魔族や亜人族の領域であるディジェネール地方。その二つの合間にあるブレニア内海の真中に、俺はいる。空に浮かびながら、姿は見えない様にしている。
バリハルトの戦士が乗っている船が見え、無意識の内に顔が綻ぶ。何か楽しいことが起こると、俺はそうなるらしい。前にノワールから教えてもらった。
曰く、『玩具を渡された子供みたい』だそうだ。すぐに納得できた。
神官戦士達と遊んでやろうと、手に魔力を集めて凝縮させる。球体となったそれに暗黒魔術を加え、自我を持たせて船へ放つ。つまりは、純粋な闇の魔力の塊を放ったわけだ。
結構使えるかもしれないので、以後使う時のために【ダークマター】と名付けた。それを複数個作り、殺さない程度に加減して攻撃させる。
……『ダークマター』とは言っても未元物質でないので、そこんとこよろしく。漢字なら、むしろ暗黒物質の方だ。
「な! 何だこれは!?」
「これは……魔力の塊?」
突然のダークマターの出現に、一向は驚く。その隙に放たれた暗黒魔術で攻撃されて、何人か負傷者が出ているようだ。サティアはいち早く正体に気付いたようだけど、対応しきれていない。
おかしい。こいつらはかなり弱く設定したはずなのだが……かなり多くの数を作っちまったのは失敗だったか?
と思っていた時がありました。
「はぁぁああ!」
「せいっ!」
セリカとダルノスの飛燕剣と、サティアとカヤの神聖魔術が炸裂する。
あれは、文字通り純粋な闇と言っていい。打撃や斬撃はともかく、光の魔術とは相性が悪い。だから神聖魔術が当たると、あっという間に消滅してしまう。サティアがそれにいち早く気づき、物理攻撃で怯ませてから魔術でとどめの追撃。そんな戦術で倒している。どうやら俺の心配は杞憂で終わるようだ。襲っといて何言ってやがるとかは言わないでほしい。
ダークマターが殲滅されたのを見て、もう襲うつもりのない俺は、ディジェネールへと転移した。それを知らないバリハルトの戦士達は、今まで以上に警戒を強めたらしい。哀れ。
こんなことをして、『現神とのこと忘れてない?』と思う方もいるだろう。うん、実際忘れていたよ。
でも
それに結局はバレなきゃいんだよ! よく言うだろ? 『犯罪はバレなければ罪にならない』ってさ!
注※ 言いません。決して犯罪はしないでください。バレてもバレなくても犯罪は犯罪です。
そして現在、セリカやサティア達が到着した。
どうやらここに棲む亜人族に、神器浄化の方法を聞きに来たらしい。俺なら一発、『腕』で触ってはい終了、だけどね。
亜人……ここら一帯にいるのは、古神の眷属であるナーガ族だ。しかしこの近辺に、それとは全く関係のない強大な魔力の気配がする。ここに来てわかったが、これは魔神だ。ナーガ族の強固な結界を壊そうとしている。
これは一筋縄ではいかない。リミッター付きの今の俺では、戦ったら負けるかもしれない。正直、『腕』を解放するかどうか迷う。
……言っておくが、俺の『腕』はいつも外に出しているからな? 凶腕じゃない時は、肩から手にかけて巻き付けているだけ。だから普段は
魔神の存在を感知したが、自分から行くつもりはない。セリカたちを追跡し、面白いことは無いかと、基本的には観察するだけだ。そこ、ストーカーとか言うな。
後を追っていると、リ・クティナという偉そうなナーガ族と話し始めた。すぐにいなくなってしまったが。というかダルノス、瞳孔が開きっぱなしだ。血走ってもいる。どうかしたのか?
そこからさらに進むと、多数のナーガ族の死体が床に落ちていた。
ここでは何が起きたっけ? と思い出そうとしていると、バリハルトの戦士が近くの部屋から飛び出て、一斉に出口に向かって走り出した。俺は浮かんでいたのでぶつからなかったが、危なかった。逃げなかった他の戦士は先へと進んでいったが、セリカたちがいない。ダルノスはいたけど。
セリカはどこだと姿を消したまま探すと、すぐに見つかった。俺が察知した魔神と見合っており、その足元には無数のナーガ族の死体。殺された後だな、これは。
セリカとその魔神が少しだけ話をして、戦闘が始まった。とはいっても、戦いとは言えぬ一方的なものだったが。
魔神の一撃を受け、それでもセリカは倒れない。魔神はそれに素直に驚き、褒美をとらすという言葉を放つ。セリカは名前を聞き、魔神はそれに答えた。
ハイシェラ、と。そう答えた。
そこで俺は思い出す、ハイシェラの存在を。三神戦争を生き延びた魔神で、原作の全てに登場している。顔が見えなかったので、誰なのかわからなかった。ストーリー構成もほとんど忘れたし。
というかセリカ、そこまでヤバいなら俺を召喚すればいいのに。腕輪、まだ持っているだろ? まさか忘れているのか?
セリカたちを見続けていると、セリカ等が突然走り出した。ハイシェラから逃げる為だろう。ハイシェラはそれを面白がり、魔力を放ちながら追いかける。
俺がいることも知らずに。
何が言いたいのかって? 放たれた魔力の塊が、俺に命中したんだよ。それも三回。
しかも無差別に投げているから建物の天井が一部崩落して、俺はそれの下敷きに。痛い。それに重い。
よく響く笑い声と共に、気配が消えてゆく。
周りに誰もいないことを確認、瓦礫を持ち上げてから『腕』を一瞬だけ解放して瓦礫を破壊。そして深呼吸。
わかってはいる、あれはわざとではないと。姿を消して気配も消していた俺も悪い。
自分で言うのもあれだが、俺は色々と恐れられているほど強い。その自覚はある。だから人間程度では、俺に傷を付けることなど不可能。
だけどな、それは普通の人間だったらの話だ。今の俺は凶腕ではないから、全力の本気状態ではない。
もし『腕』を出し、全力で本気を出そうとすれば、抑えていた魔力が一気に噴き出して、その余波で周囲が吹き飛ぶ。抑えていた魔力を解放するだけで、だ。
しかも常に魔力を放出するようになるので、敵からの攻撃がほとんど効かなくなるというメリットがある。逆に回復も効きにくくなるというデメリットもあるけど。
でだ。かなり遠回しになったけど、今の俺では魔神の攻撃でも簡単に怪我をするんだよ。
それにハイシェラは、魔神の中でも上位クラス。そいつの魔力弾が当たったんだ。かなり痛い。
結局俺が何を言いたいのかというと、うん、キレた。久々に切れた。八つ当たり? 知るか。とてつもなく痛かったんだよ!
ハイシェラ、今からそっちに向かってやる。首を洗って待っているがいい!