—星月が舞う夜の出来事—
セリカと会合してから数日が経った。やはりというか、ここはセリカが住んでいる街らしい。マクルという名前だった。
神官戦士に見つからないようにしているわけだが、どうにもそれは性に合わない。その苛立ちを紛らわすために色々と歩き回っていると、セリカとカヤが話をしている場面が見えた。
「そうだ姉さん、あの神器はどこの神のものなんだ? 関わりのある神殿を訪ねてはどうだろう?」
「残念ながら、どの神に縁ある神器かは不明なの」
……神器? え〜っと、あの屋敷の名前がたしかノヒアだったよな? じゃあ、その次にあるのは……って、うん?
ちょっとした違和感を持った俺は、それを解消するためにセリカに詰め寄る。
「神器がどうのこうのって、面白い話をしているな」
「「っ!!」」
突然現れた俺に驚いたのか、いつもの癖で剣を構えようとするセリカ。だが神殿から出てきたばかりの様で、武器を持ち込んでいるはずもなく、手ぶらだった。
「落ち着け、何も誰かを殺そうなんて思っちゃいない。話し合いは大事だぜ? バリハルトの戦士、セリカ君?」
「……本当に、話すだけか?」
「ちょ、ちょっとセリカ!?」
冷静に俺を見極めようとするセリカと、慌て気味のカヤ。姉弟でもここまで違うのか。
「もし俺が戦うだけの脳しかないのなら、お前らはノヒアで既に死んでいる」
「確かにそうだな。……何であの時、俺たちを助けた?」
「だから言ったろ、面白いものを見せてくれた褒美だって。というかお前……」
セリカに更に近づいて、頭を触る。とはいっても撫でるように、ではなく、掴むようにだ。何やら懐かしい気配がするのだが……
「セ、セリカ! 離れて!」
「大丈夫だよ、こいつに敵意はない」
二人の言葉を無視して、さらに強く掴む。
「っ、いたっ!」
「ん? あ、すまん」
どうやら強すぎたようで、涙が出ている。害を与える気は無かったので、ここは素直に謝っておく。
しかしこの気配は……ああ、そうか。アイツか。
「なるほど……納得した」
「何が?」
「何でもない、こちらの話だ。そうそう、お前らにもう一つ面白いことを教えてやる」
「……」
「これは嘘じゃないぞ? ……俺は男だ」
「「……は? 男?」」
「そう、男。さっきも言ったが嘘じゃない。こんな顔だが、男だ。じゃあな」
驚愕の声が出るのはわかりきっていたので、煩くなる前に転移する。
その後、遠くに移動したのに二人の叫び声が聞こえ、俺まで驚いたのは秘密だ。
—————————————◇
……あの時セリカに近づいたのには、とある理由がある。
あいつから懐かしい気配を感じたからだ。触れてやっとわかった。あれはアイドスだ。
遥か昔に出会った古神、アイドス。俺がセアール地方に来たのも、実はアイドスの気配を僅かに感じたからだ。
しかしそれ以上に、今まで以上にセリカからアイドスを感じた。もう原作知識、というか原作の記憶なんぞ「無限の彼方へさあ行くぞ!」的な感じで吹っ飛んだが、これが良くないことだというのはなんとなくわかる。無限の彼方を目指した彼のように、途中で
そして夜である現在、アイドスではなく、その姉であるアストライアの気配。
だから俺は、あの屋敷の地下に通じていた湖、ノヒア湖にいる。イオと一緒に、会いに行くためだ。
空を見れば、様々な星が光っている美しい夜空だった。
その中でも一際目立ち、綺麗に輝いているのは青い月だった。
「青き月、か。……何回も見たけど、何度見ても綺麗な色だな……そうは思わないか? イオ」
「……そう、ですね。綺麗、だと思います」
……歯切りが悪いな。どうし……あ、そっか。
「お前の妹の月だろ。そこは素直に褒めておけよ。魔神とはいえ、俺に遠慮なんかいらんぞ」
「な……!?」
「現神リューシオン。現神と古神の娘で、姉は古神、妹は現神としている。その姉がお前だってことくらい、知ってるさ」
驚愕に染めているイオの顔が、さらに変化する。どうやら本気で俺が知っているとは思わなかったらしい。
「現神だけど、あんな綺麗なものを司っている神で、お前の妹……話ができれば好きになれるだろうな」
もちろんそれだけが理由ではなく、あの立場で俺に頼みごとができるその勇気もまた高評価できる。
「……ありがとう、ございます」
良く見ると、理由はわからないがイオの頬は濡れていた。
あえて何かしようとは思わないので、そのまましばらく待っている。
そろそろ進もうと、歩くのを再開する。獣の声も、虫の羽音も聞こえない。俺とイオも声を発していないので、静寂だけが周りを支配した。
しばらく歩き続けると、真正面から聞こえてくる話し声。さらに進んでみると、横になっているセリカが見えた。どうやらあの水竜の子を探していたようだ。
そしてその近くには、赤い髪をした青い瞳の女性がいた。その腕の中に、セリカの探していた水竜の子が見える。
「……運命という言葉、信じる?」
「……俺は、あまり信じない」
「そう……」
互いに見つめ合いながら、言葉を紡いでいる二人。盗み見しているので、俺らには気付いてない様子。
その後セリカが、ようやく腕の中の水竜の子に気が付いた。「この子を探していたの?」 という女性の疑問に、セリカは肯定。その返事に、彼女はこう言った。
「だったら、この子は私を呼んだのかもしれない。私と貴方が出会えるように」
と。
そしてそのまま、強い確信を持った声で告げる。
「私は……運命を信じるわ」
「……何故?」
「貴方と、会えたから……」
セリカの質問に、彼女は簡単に答えた。
「俺と会えたからって……前は信じてなかったのか?」
「信じたくなかった。人が殺し合うのは運命ではない……人は自ら運命に立ち向かい、運命を切り開く力を持っている。……その力の使い方を知らないだけ」
そう言うと、今度はセリカに聞いた。「貴方はどう思う?」と。
セリカはその答えとして、「自分の力の使い方はわからない。だが、この両手は大切な人を守るためにありたい」と答える。
そして言葉を続けた。
「君は……この力の使い方を知っているのか?」
そう尋ねるが、彼女の返答は少し違ったものだった。
「サティア」
「えっ?」
「私の名前は、サティア・セイルーン」
そう、サティア。セリカと話をしているのは、かつて俺を助けてくれた女神の一人、アストライア。アイドスの姉神だった。
咄嗟にセリカも自己紹介をする。
「あ、俺はセリカだ。バリハルトの戦士、セリカ」
「そう、セリカ、貴方の力の使い方は貴方にしか見つけ出せないわ」
「俺にしか……」
それはそうだ。『運命を切り開く力』は人間だけが持ち得る力。それも扱えるのは極僅かだけ。それは人に教えてもらうものではない。
アストライアはそれを、
「長い旅路の果てで自ら見極めるもの」
という言葉で表現した。まさにその通りかもしれない。その後も二言三言話し、アストライアは……サティアでいいか。サティアはその手を、セリカへと伸ばした。
「一緒に行こう」
「どこへ?」
「どこかへ……いいえ、どこへでも。貴方と共に、どこへでも行くわ。だから連れて行って……貴方の望む場所へ」
「……行こう、どこへでも」
セリカはそのままサティアの手を握り、立ち上がった。
それからもその二人は、話し合いを続けている。それこそ夜が明けるまで話すんじゃないかという具合に。
するとセリカが、突然何かを思い出したように声を荒げた。
「そうだ、サティア! すぐに街に行こう! マクルの街なら神殿がある分、まだ安全だ!」
「せ、セリカ? どうしたの?」
サティアの手を取り、いきなり走り出すセリカ。
「この付近に魔神がいるんだ! ゼアノスっていう魔神が!」
「……え?」
俺、セリカに名乗ったか? ……あ、カヤが教えたのか。それなら納得がいく。
というかここ、出ても不自然でもなんでもなくね? というかむしろ空気呼んで出なきりゃダメだろ。噂をすれば何とやらってのが
ってなわけで、セリカの走る先へ転移。
「……俺のこと、呼んだか? セリカ」
セリカは俺が目の前に出てきたので驚き、しかしすぐに構える。
今度はちゃんと剣を持ってきているようだ。関心関心。
「っ!! ゼアノス……」
「……あ、あ」
こちらを見て構えるセリカと、俺を見て困惑しているサティア。
サティアが震えているのを恐怖からだと勘違いしたのか、セリカがサティアを庇うように前に出る。
まあ取り敢えず、サティアと顔を合わせて、驚いたように演技する。セリカの顔を見、もう一回サティアを見る。そうすれば、さっきから見ていたとは思わないだろう。
「……ふ〜ん」
光速で動いて、サティアの背後に移動。そして
「久しぶりだな、サティア」
「きゃあ!」
セリカに聞こえないくらい小さな声で、そう言う。サティアは突然のことに驚き、悲鳴を漏らす。
「サティア!」
サティアを自分の後ろへ回し、その勢いで俺に斬りかかってくる。
— 身妖舞 —
範囲は広くないが、飛燕剣の初歩技であり、一瞬で複数回攻撃する技だ。
咄嗟に剣を出して受け止める。
「おっと、危ないな。折角この前は助けってやったのに。……それに、サティアだっけ? 君も悲鳴上げるって、ひどくない?」
「あ、その、ごめんなさい」
「サティア、襲われかけたんだから謝る必要はない」
確かに魔神が今の行動を起こしたら普通はそう思うわな。あと、俺がサティアと知り合いってのは隠しておいた方が良いよなぁ。言ったらサティアが可哀そうだ。
「襲うって、そんなつもりはないんだが……まあいい。セリカ、人間であるお前に一つ聞きたいことがあるんだが……聞いてくれるか? 答えてくれたら、今のお詫びとして俺はここから去るよ」
「……本当か?」
「今まで嘘は吐いてないし、何より俺から敵意を感じるか?」
「……わかった、聞く」
よし。俺としても、さっさとこっからいなくなりたかったので丁度いい。サティアとはまた今度話せばいいだろう。
しかしセリカ、こう言うのは何だが……甘いな、お前。いつかこの甘さを利用されるぞ。
指を鳴らして、イオをここに呼び出す。やっぱ演出は大事だろ。
「っ!?」
「あー、彼女は俺の使徒だ。戦わないから構えを解け」
軽く紹介すると、イオは優雅にお辞儀をした。お嬢様という言葉がとても似合いそうだ。
「さて、俺には古神の友が二柱に魔神の友が九……いや、七柱いるんだが、全員この答えはわからなかった。だから人間であるお前に聞こうと思う」
魔神は七柱だな……ラーシェナとパイモンはちょっと違うから。
ルシファー達はもういないからノーカン。イオも使徒だから数に入れない。
「随分と恐ろしい交友関係だな」
セリカ、そうは言ってもその中の一柱はお前の後ろにいる女だぞコラ。
……その本人も何苦笑してんだオイ。
「褒め言葉として受け取っておく。さて、それでは聞くが……何で生き物は争うんだ?」
「……は?」
セリカの顔が驚きに染まる。……って待てこら、
何でお前らまでそんな顔で俺を見るんだよ。
「俺は常々思っているんだが……星は集まれば集まるほどに輝きを増し、美しくなる。なのに、人も、魔族も、神も、なぜ集まれば集まるほどに、醜く争うのだろうな? 俺は、その答えが知りたい」
少しだけ区切り、再度問う。
「セリカ、その答えをお前は知っているか?」
「……」
唖然としているな……ま、普通の反応か。
「……くっく、魔神の俺が言うのはおかしいか? だが人間に色々な性格があるように、魔神だって様々だ。戦うのを避ける魔神だっているぞ? ……自分で言うのもなんだが、俺は戦いを避けはしないものの、比較的平和好きな魔神だ。戦いも好きな方だが、命の奪い合いは好きではない。とはいえ別に嫌いでもないがな」
ちなみにこれは本当だ。殺し合いは好きでも嫌いでもない。たまに本能の所為で嫌いな奴を殺したくなるけど、基本は殺さないよ、俺。 馬鹿は殺すけどな。
……あれ? そうだよね? 言った手前だけど、ちょ〜っと自信無くなってきたぞ。
それは置いといて、俺の言葉に考えるような仕草をしていたセリカが、言葉を発した。
「お前のような魔族が増えれば、この前のようなことは起きずにすんだのにな……」
「……おい、真剣に考えているところ悪いんだが、俺が嘘を吐いてお前を騙そうとしている、なんてことは考えないのか?」
「確かに最初は疑ったけど、そう言ってくれる相手を信じないわけにはいかない。戦う必要が無いのなら、それが一番だ」
……何この人間、真面目に面白い。流石は主人公というべきか? いや、それはセリカに失礼だな。何より、今ではここはリアルだ。二次元ではない。
「……本気でお前という人間に興味が出た。ほれ、これ受け取れ」
そう言って、俺の魔力で創った腕輪を渡す。
「これは?」
「召喚効果を持つ腕輪、【影詠の腕輪】だ。何かあった時にはそれに魔力を込めろ。俺が何かしら助けてやる」
「なっ!? ほ、本当か!?」
「ああ、本当だ。本当に俺の力が必要なときにだけ、それを使え。あ、魔力を込めるだけでなく俺の名前も呼べ。微量な魔力で反応するから」
実はデメリットもあるが、それを今言う必要はないだろう。
えーと、後は……
「一応、神殿の人間には見つからないようにするんだな。お前のような考えを持つ人間は少ない。気を付けとけ」
アストライアを一瞥し、俺とイオの場所に空間の歪みを展開してここから去る。次に会うのは、あいつに呼ばれたらかね? どっちにしてもこれからが楽しみ……って、あ”。
「ゼアノス様、どうかいたしましたか?」
セリカからの答え、聞かずに去っちまった。
鬱だorz
何かありましたら、感想等よろしくお願いします。