フェミリンス戦争。もしくは解放戦争と、後の時代に呼ばれるこの戦争の第三回戦。それが丁度今、この世界にて二番目に大きい陸地、ラウルバーシュ大陸の中原北部。詳しくすれば、レスペレント地方にて、その戦争は起こっている。
そして俺は、そんな戦争に参加している。前衛で。………何故だ?
「なぁ、何で俺はここにいるんだ? 普通こういうのは下っ端がやるんじゃねぇのか?」
「それは恐らく、ゼアノスが凶腕様の部下だと言ったためだろう。いざとなれば、あの方が参戦する、とでも思っているのではないか? ……はぁっ!」
「それって、前にパイモンお兄ちゃんが言っていた魔神のこと? ……うっざいなぁ、死んじゃえ!」
ラーシェナとエヴリーヌと俺で、姫神フェミリンスの本拠地であるフェミリンス神殿に到達し、守護者や天使を相手取っている。
エヴリーヌが死んじゃえと言ったのは、そいつらに向けてだ。口が悪いが、うざいというところは俺も同意だ。迷宮と同じくらい、敵の数が多い。
「そうだ。我はもちろん、ザハーニウすら敵ではないほどの力を持つ御方だ。フェミリンス以上に強き複数の現神を相手に、たった御一人で勝ってしまったのだからな」
それからも延々と続く凶腕への褒め言葉。それは止めてほしい、とてつもなく恥ずかしいから。というか俺の、本人の前で話さないでほしい。
「そうなの? なら、来てもらえばよかったのに……何で呼ばないの?」
「……それは、だな」
エヴリーヌの当たり前の質問に口ごもるラーシェナ。
まぁ、エヴリーヌはまだ詳しく知らないみたいだし、教えとくか。
「あのな、それは現神と約束をしているからだ」
「約束?」
「そう、約束。……ある意味契約、かな? ……ともかく、その契約の内容の一部に、『現神と戦わない』というものがある。フェミリンスも現神だから、凶腕は戦いに参加できないんだ」
「勝てるならそんな約束、しなければいいのに」
はい、ごもっともです。でもそうしないと、この
大人の事情というやつだ。わかってほしいです、はい。
「あの御方は強かったが、それと同時に優しき魔神でもあった。現神にも慈悲を与えたのだろう。とても良き御方だ」
満足げにそう言っているが、俺から一つ言わせてもらおう。美化しすぎ。違うから。
「そうなんだ……どのくらい優しいの?」
「そうだな……ゼアノスと同じくらいだ。性格もよく似ている」
「へ〜。じゃあ、とても優しいんだね」
そりゃ本人ですからね! というかラーシェナもわかって言ってるだろそれ!
—————————————◇
戦争というのは、たった一日で終わるものではない。何年も時間を掛けるのが普通だ。もちろんこの戦争もまた同じ。ブレアードが何年もの時間を掛けて準備し、それをフェミリンスが撃退してきた。つまり、今までは全部負けている。
しかし何度負けても、チェスや将棋と同じように駒が無くなろうとも、『王』が死ななき限り、戦争に終わりはない。もしくはどちらかが負けを認めるだけしか、終わる方法がない。それが戦争というものだ。
そしてフェミリンスは言うまでもなく、ブレアードも負けを認めていない。いくら駒が死のうが、結局は王が生き残っている方が勝ちなのだから。
何が言いたいのかというと、今はあの会話から結構な日数が経った。それでも毎日俺らは戦いに参加している。
本拠地である神殿に辿り着くのはいいが、敵の数が数なのでいつも途中で引き返す羽目になる。しかも一体一体の質も高く、天使までいる。その上、最後には神であるフェミリンスがいるわけだ。少しは余裕を持っておかないと、死ぬことになる。
というか、
「いつになったら帰ってくるんだよ、あいつら」
未だにグラザとディアーネが戻ってこない。つまりそれはカファルーもいないということであり、いくらブレアードが魔獣を創りだせても数には限りがあるし、あいつらと比べると弱い。天と地ほどの差とは言わないが。それに近い差がある。
とにかく、あいつらがいないだけで戦略の幅が少なくなる。まあ俺が本気を出せば、戦略も戦術も意味を成さないのだが、フェミリンスとだけは戦いたくない。守ると言う約束をしているのに、戦うというのは論外だ。今まではあいつの部下しか殺してないからギリギリセーフ。……屁理屈? アーアーキコエナーイ。
「それは私もわかりかねます。そろそろ帰ってきて頂きたいものですが……」
「無いものねだりしても仕方がない、か」
何故今頃になってこのようなことを言ったのかというと、最後の作戦が決まったからだ。
もしこれが失敗すれば、またしても戦争が長引くことになる。
その内容は、前回も今回も神殿に突入できたが、いつもそこで撤退しなければいけなくなるので、逆にこちらに誘い込もうというものだ。
いやほんと、さっさと思いついてほしかったよ。何せあの神殿、崖の上にあるのだ。しかも無駄に高い場所にあり、空を飛べない者は行くことすらできない。
「そろそろ、か?」
「はっ。作戦ではエヴリーヌが向かう模様です。……失礼、既に向かったようです」
「あいつだけで大丈夫か? …少し心配だな……パイモン!」
俺が呼ぶと、パイモンは理解したように頷き、姿を消した。
あいつの補佐をしてやってほしいと言うつもりだったのだが……言うまでもなかった。相変わらず、頭の回転が速い。おかげで助かる。
「ゼアノス様、良い知らせと悪い知らせがありますが……どちらからお聞きしますか?」
しばらくしてから戻ってきたパイモンの第一声はこれだった。
どっちも聞きたくないと言うのが本音だ。
「……良い方から頼む」
「はい、フェミリンスを誘い込むことに成功しました。現在多数の闇夜の眷属、及びザハーニウがこちらへ引きつけています」
「ザハーニウが? ……エヴリーヌはどうした」
「それが悪い知らせなのですが……私が付いた頃に、フェミリンス神殿にて封印されてしまったようです。申し訳ございません」
そう言って頭を下げるパイモン。
俺は「気にするな」と言い、皆と一緒に転移する。これから、ブレアードが姫神フェミリンスの力を奪うために戦おうとしているからだ。
約束があるので、俺は出来る限り戦わない。
姫神の先祖との『約束』と、ブレアードとの『契約』。
この二つを守るには、フェミリンス本人(この場合は本神?)とは戦わず、その部下の天使や守護者のみを相手にする。これが最低ラインだ。
そのことをラーシェナとパイモンに告げる。
するとラーシェナは余計に俺を気心があると美化し、パイモンは苦笑した。まぁ、闇の王にはいらないよな、そんな心は。
その後、静かになって敵の数も少なくなった。そろそろ終わったかと思い、決戦の地としていたヴェルニアの楼最深部に向かう。
そこにはあまりにも予想外のことが起こっていた。
ザハーニウ、ラーシェナ、パイモンが、ボロボロな体と必死の形相で巨大な女を抑えつけている。
ザハーニウも巨大だが、その女はそれすら上回る巨体だ。その名も、姫神フェミリンス。
その顔は初めて見るが、かつての弟子と少し似ている。やはり血筋だろう。
その身体はあまりにも大きいので、それに比例して胸がヤバイ。ゲームで戦ったのを瞬時に思い出したが、生で見るとヤバイ。巨乳の域を超えている。超乳というべきか?違う、それすら超える言葉が必要だ。
……極乳?
「ゼアノス そこにいるのなら手伝ってくれ! 限界が近い!」
どうでもいいことを真剣に考えていると、ラーシェナから注意された。
というか、カフラマリアとブレアードはどこ行った? それに立場的にはあいつらを助けるのが当たり前なんだが……どうしよう。
取り敢えず近くに寄ってから考えようとすると、突然大きな魔法陣が地面に現れた。
フェミリンスを中心に展開されているそれは、俺をも範囲に入れていた。それと同時に、大きな闇の力がフェミリンスに降り注ぐ。どうやらブレアードは、呪いをかける算段らしい。
「なっ、これは封印の陣!?」
「力を奪えなかった腹いせに、我らを巻き込む気か!?」
滅多に見られないパイモンの焦った顔と、ラーシェナの怒りに歪む顔。
というかあいつ、力を奪えずに逃げたんか? いやそれよりも
「あの野郎、俺が範囲に入るまで傍観してやがったな」
俺が来た途端に魔法陣が発生するなんて、タイミングが良すぎる。
「おのれブレアードめ、我らを裏切りおったな」
最後まで悪態をつきながら、ラーシェナが石と化していく。パイモンも顔まで石化しており、ザハーニウも半分近くまで石になっている。
俺? 気合で足に留めているけど何か?
「ブレアード、勝ったのに敗走か」
「力を奪えはしなかったようだからな、儂らをも封印する魂胆はわからぬが……ゼアノス、いや凶腕よ。頼む、ブレアードを殺してくれるな」
確信を持ったその言葉に、俺は驚きの表情になる。何せ、ザハーニウには一切教えていないからだ。殺すなというのは、凶腕が『やられたらやり返す』で有名だからだろう。
「その顔、どうやら正解の様だな……ラーシェナ等の対応で丸わかりだったぞ」
最後にそう言い残し、完全に石化する。
未だ驚きから戻っていなかったが、もう一つの声で覚醒した。
「そうですか、貴方が凶腕………約束を違えるとは、所詮は魔族ですか」
ふと頭上を見上げると、こちらを見下ろすフェミリンス。その持ち得る膨大な魔力のおかげか、半分近くしか石化していない。
「私の先祖の古文に、凶腕のことが載ってありました。いつ助けてもらえるのかと、少しは期待していたのですが……」
「魔族嫌いで有名な姫神が期待か。それは随分と先祖を信頼していたんだな。……ええい、鬱陶しい!!」
気合で魔力を周囲に撒き散らす。そして、ズガァン! という音と共に俺の石化が解除され、魔法陣も消え去る。だが魔法陣は効力を失ったわけではなく、フェミリンスの石化は止まらない。
「ふぅ、さてどうする? 約束通り、お前を助けてやってもいい。見てわかったと思うが、解除および解呪なら簡単にできるぞ?」
「……私は、魔族の施しなど受けません」
想像以上に頑固だな、こいつ。
期待していたと言いながら、助けてもらう気はないと。
「ですが……」
「うん?」
「ですが、私ではなく、私の子孫を助けてくれませんか?」
「は?」
今この女、何つった?
『助けてくれませんか?』だと? まさか魔族に頼みごとをするとは……。
あいつもそうだったし、やっぱり『血』なのかねぇ?
「無駄な勘違いは止めてください。私の先祖と交わした約束を、今度こそ果たしてほしいというだけです。先祖が信じたように、私も一度だけ、信じてみます」
「……俺の力は殺す力だ。守るのは不得意だから、数多くは助けられん」
「では一人でも多く、私の子孫を……その為なら、私自身を利用しても……」
そこまで言い、周りと同じく石化した。
それにしても原作と随分違う気がする。あれか? 俺が前に一回介入したからか?
しっかし、どうしようかね、こいつら。
はい、またしても選択肢。
1、原作通りにするため、放置
2、原作ブレイク。解除
3、封印された振りをして、自分自身で石化。
……前と同じく、3はないな。
さてどうしようか……と、うん?
「おいゼアノス、これは何だ? 何があった?」
「これは一体……?」
気配がして振り向けば、そこには二柱の魔神。グラザとディアーネ。今まで行方不明だった奴らだ。……ただしカファルーはいないが。
ここで起こった出来事を、簡潔に話した。もちろん最後の
「つまりブレアードは我らを裏切ったのか」
「俺からすりゃお前らもブレアードと大差無ぇよ。今まで何やってた?」
「それは素直に謝る、すまぬ。ディアーネとの喧嘩が周囲に影響して、今まで光勢力に追われていたのだ。相手がフェミリンスではなかったのが悔やまれる」
心底丁寧に謝罪の姿勢を見せるグラザ。それに引き替え、
「これはパイモンだな? ふっふ、マヌケな面だな、初めて見るぞ。そして……おぉ、これがフェミリンスか。今まで散々こけにしおって……」
など、反省の欠片もなく観察しているディアーネ。まぁ、普通は魔神が謝罪とかありえないから、あっちの方が正しいと言っちゃあ正しい。ムカツクかどうかは別として。
「それで、だ。お前らはこの先どうする?」
カファルーとカフラマリアの姿が見えないが、どうしたのだろうか。
兎にも角にも、まずは行動。全てはそこからだ。それと選択肢は1を選ぶ。あいつらはしばらく放置だ。とはいえ変なプレイではないから安心してほしい。
「ふんっ、わかりきったことを聞くな。かつて言ったはずだ、我は我の国を作る。そしていずれは、貴様を家臣として招待してやるとな」
「そういえばそんなことも言ってたか。お前はどうだ? グラザ」
「さあな、己の気の向くまま、と言った所か。何も決めてはいない。そういうお前はどうなのだ?」
「グラザと同じく、特に決まってない。ま、ディアーネの所に行くってのは除外して、ラーシェナ達が元に戻るのを待つ。そしたら考える。それまでは……気ままな旅、だな」
「我の所へは来ぬというのか、貴様」
「行かねえよ」
ディアーネの言葉を軽く流す。彼女から鋭い視線を感じるけど、無視。
思えば、こいつらは深凌の楔魔の中でも特に仲の良い奴らだったな。堕天使組を除けば。
「また会う日がいつになるかわからないが、いずれまた会おう」
「ああ。その時は互いが敵で無ければいいがな」
「そうなったとすれば、それはそれで面白そうだ。期待しておこう」
返答の声を聞いて満足した俺は、そのまま転移。
しばらくはオウスト内海の南にいようと思ってる。ディアーネとグラザはどうやらレスペレントに、つまりは北に残るようだし、同じ場所に留まる必要はないだろ。それにイオ達と合流しなきゃならんしな。