イオを助けた後、俺は遠くの村まで移動して宿屋で休んでいる。この時代でも冒険者は沢山いるため、イオが傷を負っていることに関して聞く者がいなかったのは幸いだ。
「凶腕様。危ういところを助けていただき、本当にありがとうございます。あのままでいたら、わたくしは封印されておりました」
そう言ってくるのは、テーブルの向かい側に座っている女神、イオ。俺が男だということはすでに教えてある。もちろんうるさかった。
そして思った通り、他の六柱の古神は既に封印されていたらしい。個人的にはアストライアとアイドスの姉神であるレアも助けたかったが、間に合わなかったようだ。
「気にするな、特に見返りを求めて助けたわけじゃない」
将来リューシオンから報酬を受け取る予定だから、とは言わない。こいつも複雑になるだろうし、わざわざ面倒になるようなことはしなくていいだろう。
「ですが、それではわたくしが納得できません。何か申してください。可能であれば、どんなことでも致しますから」
「そうは言ってもな……」
彼女にできることなら俺にもできることだろうし、謝礼はもう受け取っているも同然。だがそれは言えないからこの娘は納得できない。そうなると……こうするか。
「わかった。なら、お前にしかできないことを頼もう」
「はい。どのようなことでしょう?」
それには答えず、俺は身を乗り出してイオの顎に俺の左手を添える。
恥ずかしいらしく目を背けるが、右手で頬を抑えて無理にでも目を合わせる。
「報酬はお前自身だ。俺はお前が欲しい。俺の使徒に、俺のものになれ」
……俺、こんなキャラじゃなかったはずなんだけどなぁ。魔神に慣れ過ぎたのかね? こんなことも普通に言えるようになってしまったよ。
とはいっても今は客がいないし、営業者もいないからこそできるんだがな。もしいたとしたら、とてもこんなことはできない。
「……………はい」
数分間黙って見つめ合っていると、消えそうな声でイオはそう答えた。
目がトロンとしていて、頬に添えた俺の右手に自分の左手を重ねている。
「凶腕様、わたくしは「ゼアノスだ」…え?」
「俺の名前は 凶腕ではない。ゼアノスだ」
「!! ……はい、ゼアノス様。わたくしは今日この日から、貴方様のものです。どうぞ、お好きに使ってくださいませ」
イオは胸に手を当ててそう宣言し、何故かしゃがんだ。どうするのか見ていると、俺の足を掴み、そして……
「ちゅ…レロ……」
「っ!?」
接吻して、舐めた。
これには俺も、さすがに驚きを隠せない。
「な、何を!?」
「わたくしはゼアノス様の『モノ』だと、身体で表現させて頂きました。……お望みであれば、その、夜の方も……」
照れながらの仕草が非常に可愛いが、それは置いとこう。
こいつはこんなキャラだったのか!? 崩壊しすぎだろ!? それともこれも素なのか!? もしそうなら大歓迎だぞコラ!!
失礼。少々取り乱してしまった、申し訳ない。
少し。そう、す・こ・しだけ混乱してしまったが、取り敢えずは落ち着いた。あの後もちょっとした雑談をして、これからの方針を決めた。その候補はこれだ。
1・イオの仲間である七魔神(封印されてるのは六魔神)を救出する。
2・適当に歩き回り、見つけられたら魔神を封印から解く。
3・なるがまま、流されて行動する。簡単に言えば、考えなしに動く。
この三つだが、まず1番目は無理。封印されてる場所なんて知らない。というか覚えてない。どこら辺なのかも全く記憶にないし、イオも知らないと言うので打つ手なし。
2番目が最も現実的。3番目だとはぐれ魔神と何も変わりないので却下。
……でも2と3ってあまり変わらない気がする。
「レアはあいつらの姉だから、会ってみたいという気持ちはあるんだがなぁ」
「……ゼアノス様は、レアの妹神を知っているのですか?」
「ああ。一年という短い期間だったが、一緒に生活していたほどの仲だ」
「……そうですか」
言葉が重いな……俺なんかマズイこと言ったか?
「どうかしたのか? 機嫌が悪そうだが……」
「いいえ、なんでもありません。お気になさる程のことではございませんので」
「そうか、ならいいけど……まあいい。取り敢えず、イオのが癒えたらここを出よう。時間はあまり掛からないだろ、だからゆっくり休め」
「はい、そうさせていただきます。ですが……」
「ああ、俺も部屋に戻る。だから付いてこい」
「は、はい!」
……ほんと、キャラ崩壊しすぎだろ。
七魔神戦争から、またしても数千年の時が経った。イオは俺と夜を共にし、今では俺の使徒となっている。……使徒化する前から使徒らしかったけど。
イオは、霊体の魔物を行使する力を持っている。それどころか、死んだ者の魂を現世で具現させることもできる。前者はともかく、後者は大して害はない。例外もあるけどな。
将来にはその力を、何かに役立ててもらおうかとも思っている。まだ思いつかないけど。
それで急な話だが、俺は今、神の墓場へ一旦帰ろうと思っている。に何故神の墓場へ行こうと思ったのかというと、ここより北方、レスペレントという地方に現神がいるらしい。レスペレントは、かつて俺が言ったことのある場所だ。
しかもその現神は大の人間好きらしく、魔族が虐げられているという。ということは、そろそろ原作で最も重要な、解放戦争の幕開けだ。その戦争が始まる前に、同郷の魔神、ザハーニウに会っておこうと思ったからだ。
……最近は戦争ばっかな気がする。
「というわけで、イオ。悪いがしばらくの間、俺は故郷に一旦戻る。少しの間別行動だ」
「どういうわけですか!? いえ、そもそもわたくしは貴方様と一緒に……」
「いや。その間に、現世の情勢を詳しく調べておいてほしい。俺が行くところは、少し異質で情報が全く手に入らなそうだからな」
「そうですか……了解しました」
「すまないな」
だがこれでいい。古神である彼女を、あそこへ連れ行くわけにもいかないから。
「お早めにお帰り下さい。お待ちしています」
「ああ、もちろん。頼んだ」
—————————————☆
俺は空間の歪みで神の墓場まで転移して、当ても無く彷徨っている。
会いに行くのはいいが、問題はどこにいるのかと言うことだ。大陸ほどではないにしろ、ここは広い。相手も移動するだろうから、探すとなると面倒だ。ただ、神の墓場には基本そういった知的生命体は極僅かだというのが幸いだ。
まったく、地上に出る前にザハーニウに会っておくべきだった。
………ちっとめんどくなってきた。どっかで休もうかな
そう思い、近くの小山に座ろうとして……見つけた。
巨人族と同じくらいの巨体を持つ魔神、ザハーニウ。俺が小山だと思ったものがこいつだった。いやはや、一言言わせてもらおう。
「
「突然にして妙な言いがかりだな……」
ザハーニウはそう言って、こちらを振り向く。
……これは、なかなかの魔力。この巨体に相応しいほどの量だ。
「まさか俺以外にも魔神がいるとはな。……俺の名はゼアノス。お前は?」
お前の存在を初めて知ったと言わんばかりに、俺は自己紹介をする。もちろん『腕』は隠して、黒いコートを着ている。白地に黒いイバラ模様の方は、凶腕として行動するときに着ることにした。
それとこいつのことは原作知識により知ってるが、ほとんど覚えてないので都合がいい。
「……儂はザハーニウだ。ゼアノス、そのような魔神がいるとはな……儂も驚いている。しかし、その魔力は一体……
ん? 俺が常時付けているリミッターに気が付いたのか?
……やっぱこいつはかなりの実力者だ。そうでなければ、これには気が付けないだろう。
「……一体何の事だかわからんな。気のせいじゃないか? 俺は中位程度の力しかない、しがない魔神だ」
「御主が中位の魔神ならば、現世の魔の者は皆人間にも劣るであろうに。……一つ聞きたい。どのようにしてここに、神の墓場に来たのだ?」
「来たも何も、俺はここ出身者だ。……恐らくお前と同じだと思うが」
「……そうか。確かに儂も御主と同じだ」
う〜ん、会話が続かない。こいつ、かなり無愛想だ。
取り敢えず何か話題を作ろうとしたところで、不可思議な現象が起きた。ザハーニウを中心に、円形の魔法陣が出現したのだ。
「ん? おい、何かしたか?」
「……いや、儂は何もしておらぬ。これは召喚の陣だな」
「召喚ということは……お前、誰かに召喚されてるってことか?」
「どうやらそのようだ。この儂を召喚するとは、余程の技能と魔力を持つ者と思える」
ということは始まるのか。原作に最も関係のある戦争が。現神と人間による戦争が。
まあとにかく、その前にザハーニウに会えてよかった。ギリギリだったようだからな。
向こうへ呼ばれたのか、完璧に姿が見えなくなった。ここにいても意味がないので、地上に戻ろうと歪の回廊を使おうとして、違和感に気付く。
ふと足元を見てみると
「…………オイ、俺もか?」
さっきと同じ魔法陣があった。どうやら俺も召喚されるらしい。
……なんでさ。
一瞬だけ何も見えなくなり、次に見えた光景は、まず目の前にザハーニウ。……目が合った。うん、驚くな。俺も充分驚いてるから。
そして……懐かしいな。パイモンとラーシェナがいる。
そして他の見知らぬ魔神×六柱と、人間なのに人間に見えない人間。魔人ブレアード。大魔術師とも呼ばれているな。しかしまだどことなく人間の面影がある。
魔神のほとんどは混乱しているようだ。そりゃいきなり呼ばれるだけならともかく、十柱もの魔神を同時に召喚するなんぞ、人間にしてはやりすぎだ。混乱する気持ちもわかる。だが、これだけは自信を持って言える。一番混乱しているのは、間違いなく俺だ。
……俺はこれからどうすればいいんだよ!?