アストライアとキスし終わった後は大変だった。アイドスが、「お姉様にやったんだから私にも!」と言って、返事云々は関係なく、彼女ともすることになった。
俺としても、こんなに綺麗な人とするのには抵抗はない。だから今キスをしようとしているのだが、それがいけなかったらしい。アイドスは姉とは違い、ディープな方をしてきたからだ。
「…んん、ごちそうさまでした」
クスクスと、そして妖艶に笑いながらそう言ってくるアイドス。その後ろで、何やらとてつもないオーラを放っている赤毛の女神がいた。
「ぜ、ゼアノス。私にも、もう一回だけお願いしてもいい?」
「「だめ」」
アストライアの懇願を、俺とアイドスが同時に否定した。
上目で語りかけてくるが、絶対に了承しない。彼女はあれで諦めると言ったのだから、諦めてもらわなくては非常に困る。主に原作的な意味で。
「お姉様、諦めるって言ったんだから、もうキスとかしちゃダメだよ?」
「う、うぅ〜。私には慈悲の『じ』すらないの? アイドス、貴女は慈悲の女神でしょ?」
「これは慈悲とかじゃなくて、当たり前のことを言ってるの」
恨めし気に妹を睨むアストライア。睨むと言っても全然怖くなく、アイドスも結構余裕の表情をしている。
……何度見てもよく似ているが、やはり違いがある。最初は気付けなかったのに、1年も共に生活していたからか、今ではその違いがよくわかる。
「どうしたの? こっちをじっと見てるけど」
「いや、姉妹揃って綺麗だなと思ってな」
「そう? ありがとう」
しばらくの間、このような他愛もない会話を続けていたら、ふと気が付けば夜になっていた。おかしいな。話し始めたのは昼頃だった気がするんだが、いつの間に夕方を過ぎていたんだ?
「もう夜なのね……。なんだか貴方がここに来てからというもの、一日がとても早くかんじるわ。アイドス、そう思わない?」
「うん、確かにお姉様の言う通りね」
俺と同じく、夜になったことに気付いたアストライアがアイドスに聞く。アイドスはそれに笑いながら肯定する。
そこに俺も、「楽しい時間って過ぎるのが速すぎるよなあ」と呟くと、どうやら姉妹に聞こえていたらしく、頷いた。
「ゼアノス、あと五日以内に出るんでしょう? いつにするの?」
脈絡なくアイドスがそう聞いてくる。アストライアも気になっていたらしく、俺のことを見ている。
「そうだな……今日はこんなことがあったし、区切りをよくするために明日にでも行こうかな」
「そう、なんだ……なんとなく予想してたけど、やっぱり辛いなあ」
それはさっきまでの微笑みとは違い、辛さを押し込んでる顔だった。
いつかまた会える。そう思っていても、実際に会えるかどうかはわからない。俺達が今いるのは、それだけ広い大陸だから。
それがわかっているからか、彼女らの表情は幾分か暗い。だがそれでも、アストライアは気丈に振る舞ってこう言った。
「いつか、貴方よりもいい人を見つける。その時に、後悔しないでね?」
……これは未来予知か?
「ははは、少しは後悔するかもな。でもお前はやっぱり俺とは釣り合わない。……そうだな、意外に人間と結ばれるかもな、お前」
「え〜、それはないわよ。でも、もしそうなったら面白そうね」
俺の言葉にアイドスが否定的な言葉を発する。
だが、これは予知ではなく確定したことだ。
「ふふ、そうね。もしそうなったら、面白いかもしれないね」
またしても笑顔が戻る。
やっぱ、この二人は笑ってる顔が綺麗だ。
翌日、俺は朝早くから遠出も支度をしていた。支度とはいっても、せいぜい使ってた部屋を片付けるくらいだが。
俺の私物と呼べる物は一応あるが、それは旅には不要なので置きっぱなしにするつもりだ。それと、再開を祈ってのプレゼント。赤毛女神姉妹に一つずつ渡すものがある。
「ゼアノス、朝だよ〜…って、もう起きてたのね。……うわ、随分と綺麗に片づけたのね」
「まあな、『立つ鳥跡を濁さず』ってやつだ」
「あ、それ知ってる! 人間のことわざでしょ?」
「正解」
いつもとあまり変わりない会話をして、いつもと同じように朝食を食べ終わる。ここで俺を含めた全員が揃うので、今の内にプレゼントを渡そうと思った。
「アストライア。ほれ、これやる」
「え? なにを…うわぁ、可愛い帽子…」
突拍子もなく投げたので取り損なったが、彼女にあげた物は帽子だ。【戦女神ZERO】で、アストライアが着用しているのと全く同じデザインの帽子である。
「それは俺が作ってみたんだが、なんとなくお前に似合う気がしてな。再会を願ってのプレゼントだ」
「そうなんだ……ありがとう」
ギュウっと、とても嬉しそうに帽子に抱きついた。そんな姿はまさに見た目相応の女の子で、いつものような雰囲気ではなかった。
彼女は普段大人のように振る舞っているが、少しでも子供っぽくしても罰は当たらないだろうと思い、この帽子を作ってみたんだが、どうやらうまくいったようだ。
「……ん?」
「……………」 — じぃぃぃぃぃぃぃ —
「……」
後ろを見てみると、『私、不機嫌です!』と顔に書いてある赤毛の女神。
……わかりやすい娘だな、いやマジで。
「ほれ、お前にはこれだ」
「………」 — パァァァァァ! —
俺があるものを渡すと、さっきまでの顔がめまぐるしく変容し、一瞬で笑顔になった。
ちなみに、俺が何を上げたかというと、
「えっと、何? これ。指輪?」
そう、指輪である。
彼女はどうやら、人間の知識に疎いらしい。俺は
「ねえ、何で指輪なの?」
「……それはな、人間の慣習を真似してみたんだよ」
「人間の慣習?」
「そ。今ではどうか知らないが、昔の人間はな? 伴侶になって欲しい異性に指輪をプレゼントして、プロポーズするっていうのがあったんだ」
全員がそういうわけじゃないが、と付け加えるのも忘れない。
「…そ、それじゃ、私に指輪をくれたってことは……?」
「ああ。いつかは不明だが、未来で再会できて、まだお前の気持ちが変わってなかったら、俺のパートナーになってほしい。いいか?」
「も、もちろん!」
その言葉と同時に出るのは、先程の笑顔以上に眩しい笑顔。
俺も彼女だったら、毎日を楽しく過ごせそうな気がした。
俺達はその後も二人の世界(命名アストライア)に入っていたようで、やたらと不機嫌な女神が一柱いたことを追記しておく。
そしてとうとう来た、旅立ちの時間。
朝食を食べてプレゼントも渡し終えたので、もう出ることにしたのだ。
目の前にいる姉妹は涙目だが、俺も悲しい。だが俺は決めた。この日に外の世界を回ることを。
「それじゃあね。いつになるかわからないけど、また会おうね?」
「さようなら、私の初恋の人。でも、また会いましょう」
俺は、そう言って笑いながら泣いている二人の手を握り、こう言った。
「この手を離せば、しばらくはお前らと会えない。でも俺は笑顔で別れたい。だからいうよ、また会おう」
その言葉を聞き、すぐに笑顔になる二人。
最後にもう一度「またね」と言い合い、手を離したと同時に闇の回廊を展開する。闇の回廊のことは事前に話してあるので、変な誤解をされることはないだろう。
どこに行くかはランダムにしてあるので、どこに行くのかはわからない。とはいっても、ラウルバーシュ大陸なのは間違いない。そこ以外にはいく気がないからな。
—————————————☆
俺があの家を出てから、すでに3年の年月が経っていた。ん? 飛んだ? 一体何が飛んだんだ? 俺は何も知らんぞ。
どうやらここはオウスト内海の北方にある、レスペレント地方という場所らしい。ここに来てすぐに魔族に聞いたから間違いない。ちなみに俺が3年前にいたあの場所は、オウスト内海の南方にあるケレース地方だ。
どうやって聞き出したかだって? 簡単さ、常に『腕』を出しておけば、ちょっと話しかけただけで色々な情報が手に入る。というよりも勝手に話してくるからいらない情報も入ってくる。これはいらない、必要ない。
一回だけ、俺が凶腕の偽物だと決めつけて攻撃してきた馬鹿がいたが、右の『腕』を、つまり恐腕の裏拳の一撃で消滅させたことがある。
しかもそれがここら一帯のボス的存在の魔神だったらしく、それをたった一撃で消し去ったもんだから、俺が噂の凶腕だということは瞬く間に広がっていき、逆らう者はいなくなった。というわけだ。
だが一つだけ誤算があった。少し考えれば当たり前の話だが、俺の伝説は人間にも伝わっている。しかも魔族や古神側からしたら俺は英雄だが、人間達、光の陣営側からしてみれば俺は完全な恐怖の対象だ。
だから俺が町に入ると、こちらを怯えた目で見てくるんだよ。非常に居心地が悪いです。
今も俺は町……というよりも都を歩いている。名前は知らないが、近くに城があることから、どうやらここは王都のようだ。耳を澄ませば、「何でこんな辺境の地に来るんだよ」とか、「誰でもいいからあいつを追っ払ってよ」だとか、「あれ女だろ、男とか信じねえぞ。つか襲うぞゴルァ!」等が聞こえてくる。
まず一人目。それはランダムで決めたから、何でと聞かれても『たまたま』としか言えん。許せ。
二人目。誰でもいいならお前が来い。勇気があるやつは嫌いじゃない。
三人目は死ね。あ、すまん。もう俺が埋めたんだったな。
特にやることもなく適当に歩いているのだが、人間にとっては多大なストレスだろう。何せ俺は、自分らが信仰している神に勝利した存在だ。恐れないわけがない。
ふと、一人の女が俺と目が合ったが、顔を青くして視線を逸らした。
そこで俺の悪戯心に火が付く。
光速でその女のところへ行き、目の前、つまり逸らした方向に現れる。
「何で目を逸らした?」
「っ!?」
これ以上ないくらいに顔を青くして後ずさる。それを見て、さらに火が付く。
「おいおい、今度は下がるのか? 傷つくなあ、おい」
嘘だけど。
じりじりと後ろに下がる女を、追いかけるように同等のスピードで歩み寄っていく。そしてついに限界がきて、その女はもう下がれなくなった。後ろに壁があるからだ。
「!?」
「行き止まり、だな」
彼女は、まるでそれが死刑宣告のように聞き入れる。目を見れば、そこには恐怖と諦めの感情しかない。周りも似たようなもので、誰も助けにこようとしない。
まあ俺は危害を加える気は全くないが、そんなことは知らない人間は、自分が巻き込まれたくないから遠まわしに見てるだけ。「助けてあげなさいよ」「な、何で俺が」等の言葉だらけ。誰も自分から助けに来ようとはしない。
と、そこに一つの気配。俺の真後ろから、俺に気が付かれないように、ゆっくりと近づいてきている。もう気が付いてるけど。
俺の目の前にいる女の目にも、さっきとは違う色。希望や焦りなどが入っていた。理由はいうまでもないだろう。
すぐ後ろまで来て、そして———
——グサ——
俺の腹から、尖った鋼が、つまり剣先が飛び出た。
この女はもちろん、介入しようとしなかった村人が歓声をあげる。どうやら俺を殺せたと思ってるようだが、俺は魔神。魔神には神核があるので、それを壊さない限りは死なない。そんなことも知らないのだろうか?
とりあえず、どんな人物が俺を刺したのかと興味が湧いたので、左の『腕』、狂腕で後ろにいるであろう人間を掴みあげる。その時の悲鳴で、周囲はまた絶望したような顔に変わる。
……これ、見てて結構おもしれえ。性格が悪い? 多分魔神になったからだろう。
「で、どんな奴が……って、子供?」
掴んだのは、まだ10程度の女の子だった。ただかなり高そうな服装で、装飾品なども多数身に着けていることから、かなり高貴な出だということがわかる。
「く、離しなさい魔族! 殺したと思ったのに、何故生きているのですか!?」
随分と威勢がいいな、おい。
「俺は魔神だからな。魔神には神核というものがあり、それを壊さない限りは死なん」
「くう! やはり化け物ですか!」
「なら現神も化け物だな。あいつらも神核を壊さないと死なないし」
「神を馬鹿にするとは!!」
いつ殺されてもおかしくない状況でこの態度。かなり勇気があるな……
「なあお前、この人間を助けたいか?」
「当たり前です!」
「ならお前の名前を教えろ。そうすれば、お前も含めて何も手出しはしない」
少し考える仕草をする少女。
名前を聞こうと思ったのはほんの気紛れだが、手出しする気は元々ない。
「……すです」
「ん? 聞こえんぞ」
「ですから! 私の名前は
………………。
———はぁぁぁぁああああああ!?
このことに、声を出さずに驚いたことは自慢できるはずだ。
何故かって? まあ近いうちにわかるだろ。