異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第六十四話

 

 

 

いくらこの日が楽しかったとは言え、それでお休みなさいする程に俺も平和ボケはしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅し、夕飯を済ませると早速朝倉さんの家へ向かう事にした。

あまり使いたくはないのだが、"異次元マンション"の直飛びである。

"マスターキー"を使い、彼女の家の寝室の壁にある、"入口"へ出た。

そしてそのまま居間まで向かう。

 

 

「……来たわね」

 

わざわざ椅子に座って待っててくれていたようだ。

俺としても、もっと楽しい会話をしたいんだけどね。

 

 

「作戦会議と行こうか」

 

「じゃ、明智君は彼女たちについてどこまで知っているのかしら」

 

「佐々木さんも涼宮さんに近い能力があるって事ぐらいかな。そして各々の目的は不明」

 

俺が読んだ範囲でそんな確信めいたことがあれば覚えているはずだ。

やはりさっさと刊行してほしかったね。

"驚愕"に続くらしいけど、確か進展がありそうな終わり方だった気がする。

実際に謎が全部解き明かされるなんて事はないだろうけどさ。

 

 

「と言うか、朝倉さんも佐々木さんについては知ってるんじゃあないの?」

 

「ええ。といってもその辺の話は私たちには興味がなかったのよ。任務は涼宮ハルヒが中心で、彼女についてお熱なのはむしろ超能力者の方」

 

「神としての威光を保たせたいって事か……やっぱり宗教ってのは火種なのかな」

 

「巻き込まれる方はいい迷惑じゃない」

 

「仮に許されるならオレも逃げ出したいさ」

 

だけど、朝倉さん(大)が言うには、これからカッコいいとこ見せなきゃいけないんだろ?

いや、そもそもあんな連中に好き勝手させたくない。男女平等だ、泣かしてやる。

知らないのは罪かも知れないが、知ってる奴が偉いとは限らないね。

その理屈なら犯罪者以外は全員偉大になってしまう。谷口でもそうだ。

俺にとって少なくともあいつらは偉大に見えなかった。

 

 

「気に食わない。オレは自分の役割だとか、忘れている事だとか、やっぱりどうでもいい。きっと知るチャンスが来てもオレはそれを放棄する」

 

それを知りたくない訳では無い。

ただあいつらから聞かされるのだけは勘弁だね。

自分の事だ、自分で確かめる必要がある。

いつの日か思い出せばいいってぐらいさ。それに。

 

 

「オレはきっと変わらないさ」

 

「そうかしら。……私にはそう思えないのよ」

 

「何でだ?」

 

「あなたと言う個体は謎だらけ。もしかしたら、本当は最初から色んな事が出来たかもしれない」

 

彼女の"色んな事"と言うのは、多分、俺の能力についてだけではない。

秘めた可能性。原作知識に基づく行動。その脅威についてだろう。

だけど結局俺がした事なんて、自主的に文芸部に関わった事と、朝倉さんを助けた事だけ。

そこから先は"おまけ"みたいなもんさ。

でも、簡単な事さ。

 

 

「色々? ……ふっ。好きな女の子一人助けられないで、世界を救えるかよ。色なんて、白か黒だけさ」

 

きっとあいつらは、全てを奪いに来る。

最早個人の問題ではない。時が来ようとしているのだ、全員が力を合わせる時が。

もしかすると、それは明日の出来事かも知れない。

ともすれば急に朝倉さんはニコニコし始めた。

朝の時とは違って恐ろしさはないんだけど、俺のセリフはそんなにキザったらしかったかな。

……なんだか恥ずかしくなり始めてきた。半年以上前の俺に聞かせてやりたいね。

 

 

「なんだか最近わかった気がするの」

 

「もしかして、オレについて?」

 

「うん。……昔の私はあなたがオチてくれれば、切り捨てるつもりでいたわ」

 

この話をする時の朝倉さんは、決まって悲しそうな顔をする。

そんな顔は見たくはない。だから、俺は昔の話なんて聞きたくなかった。

 

 

「いいよ。オレは別にそれでも良かったんだ。何度も言うけど、朝倉さんが生きてれば、それで」

 

「でもわかったのよ。それが何故出来なかったのか」

 

「……それは、何でかな」

 

するとさっきまでの悲しみが、まるで演技だったかのように彼女は再び笑顔で。

 

 

「あなたは最初から、私にオトされてたのよ。きっと、私という存在を知った時から」

 

「さあ、どうだろうね………」

 

俺はついそっぽを向いてしまう。

古泉は俺が勝っていたとか言うけど、やっぱり俺が負けてたのさ。

それが恋心かどうかはともかく、話を読んでいく内に朝倉涼子が魅力的なキャラクターに観えたのは確かだ。

【涼宮ハルヒの憂鬱】が面白いのは言うまでもない。ただ、好きなキャラクターは特に居なかった。

あるいはそれだけ完成度が高い作品とも言える。でも俺にとって、朝倉さんのそれは違った。

 

 

「やっぱり最初は"憧れ"だったよ。いや、絵に描いた委員長キャラに対してじゃあない。あの作品はキョン視点でしか書かれないから、それだとキョンに対する憧れになるしね」

 

キョンに憧れた事もあるが、今言いたいのは違う。

 

 

「言ったと思うけど昔のオレは、それはそれは自分勝手な人間だった。それだけ世界がつまらなかったんだ」

 

「私には想像もできないけど、信じるわ」

 

「そんなオレが創作という、箱の世界に逃げ込むのは当然の流れだったのかもしれない」

 

「だけどある日急に、それを止めた……で、逆に作品を観る側に回ったのよね?」

 

「何故かは思い出せない。考え方が変わったのかも。けれど、それでも世界はつまらなかった。現実は何も変わらない」

 

「……じゃあ、もし」

 

「もし?」

 

「もしこの世界が、あなたの読んだ本とは少し違う世界だったら? 例えば、みんな普通の人間なの。私を含めて」

 

随分意地が悪い質問だね。

でもきっと、俺にこう答えてほしくて君は訊いたんだろ。

珍しく愚問だ。今日ぐらいは俺が馬鹿じゃあなくてもいいのさ。

 

 

「オレは朝倉涼子そのものに憧れたんだ。きっと、どんな世界でも朝倉さんは、光り輝いている。……オレとは違う」

 

「それは違うわ」

 

「否定ばっかじゃ、そのうち"賛成の反対"になるよ」

 

「私が涼宮さんに憧れたのは、人の上に立つことじゃないの。誰かを惹きつける何かがあるからよ」

 

「あいまいな話だ」

 

「だけど私にそれはないわ。いくらあなたに魅力的だ、なんて言われても、涼宮さんのそれとは本質的に違う」

 

「自分を貶すのは人間の悪いクセさ。朝倉さんも立派な人間だ。オレが保障する」

 

「そう、あなたの方なのよ。人を惹きつける何かがあるのは」

 

こんな話を古泉にも言われたな。

と、言われても俺には自覚が無い。ある訳ない。

何故なら。

 

 

「オレは昔から、何かを否定する事しか出来なかった。ようは現実を否定し続けたんだ」

 

「なら、あなたにとってこの世界はどうなの……現実じゃ、ないの……?」

 

「もちろん、現実さ。だからオレは否定する。オレの気に食わない物は否定させてもらう。"皇帝"は簡単に"肯定"しないのさ」

 

「………えっ…?」

 

どうしてそこで微妙な表情をされるんだろう。

話してた内容は真面目だったのに。

これは方針を考える必要があるんじゃあないのか。

今後の会話の方針である。

 

 

「とにかく。朝倉さんを否定する事はしないよって事だ。あいつらに負けてやる気もしない」

 

「殺しは無し。でしょ?」

 

「どうしてもって言うんなら、オレを殺してからそうしてくれ。オレが生きている間に朝倉さんが誰かの命を奪う所なんか、見たくはない」

 

「……私があなたを好きになる前から、不思議に思っていた事があるの」

 

「答えられる範囲なら」

 

「何であなたは、人の死を怖がるの? でも、自分が死ぬのはそこまで恐れていないわ」

 

「それ、オレにも、わからないんだ。ただ、本当になんとなく眼の前で人が死ぬのが嫌なんだ。きっと、とてつもない後悔に襲われる」

 

ああ、まるで、オレが誰かを殺したのを、後悔してるみたいだよ。

もちろんわかってるさ。朝倉さんは俺を殺そうとしない。

いや、してくれない。

 

 

「……安心して。あなたが私を裏切らないように、私もあなたを裏切らない。痛い目にはあってもらうけど、誰も殺さないわ」

 

「ありがとう、朝倉さん……」

 

「ううん……」

 

なんだか、これ、いい雰囲気じゃあないか。

元々そうだけどこういうのをムードって言うんだろうな。

そのまま俺は立ち上がって、座りながらこちらを見つめる朝倉さんの顔を――

 

 

 

――とは行かなかった。

やかましい、携帯の着信音のせいだ。

いつも通りに間が悪いな。

 

 

「……そういや、前もあったよこんな流れがさ」

 

「あの時なら、私きっとキスされても受け入れてたわよ」

 

「電話の後でお願いするよ。今ならいつでもオッケーなんだよね」

 

相手はキョンだった。

とりあえず少し彼女から離れて応じる事に。

 

 

「どうしたよ。空気が読めない奴め」

 

『……何の用件かはわかってるだろ』

 

「オレの予想が正しいとは限らんさ。だいたいいつも外れるんだよね」

 

『今日の出来事……いや、明日についてだ』

 

「うん……?」

 

周防について何か言われたら俺はこれ以上説明のしようがなかった。

橋の下に住んでいると思うよとしか引き出しがないのだから。

しかしながら、明日とは何だ。今ではないのは確かだ。

 

 

『俺は明日、あの連中から呼び出しを受けてな』

 

「……おいおい、お前一人で行く気か?」

 

そんな無茶もいいとこだろ。

最前線、銃弾の嵐の中を全裸で塹壕から飛び出すようなもんだ。

1秒とせずに撃ち抜かれてしまう。

 

 

『だからな、お前もだ』

 

なるほどなるほど、どうやら一人じゃあないらしい。

俺が居ればマシになるよな、一人よりは安全性があるよ。

……あれ。

 

 

「……オレ?」

 

『そうだ。佐々木が言うには、お前にも来てもらう必要があるんだとよ』

 

都合がいいと言えば都合がいいのだが、普通はキョン一人の方が狙いやすいのではないか。

誘拐犯だってこう言う『返してほしければ警察には絶対連絡するな』と。

実際にキョンは俺に連絡してきたわけで、その辺はさておき警察もいきなり犯人を押さえようとはしないだろう。

これが余裕から来る対応だけでないのは確かだ。つまり。

 

 

「オレと話したい奴がいる。とか言われたんだろ、どうせ」

 

『よくわかったな。とにかく、そういう事で来てほしい。平和主義者とか言ってるが、どこまで信用できるんだろうな』

 

「最悪の場合に殺されるような危険地帯へわざわざ行くのか。言っておくがオレ一人増えても多分変わらないよ……」

 

ふと朝倉さんの方を見ると、とてつもないジト目だった。

俺の発言からおおよそを察したのだろう。

 

 

「……だから、もう一人援軍を要請してもいいと思うんだよね」

 

『俺が言われたのは"二人"で、それも"必ず"だそうだ』

 

「オーライ。……で、場所は?」

 

『今日と同じ流れだ』

 

「ネタを真似されたって訳か」

 

『俺もあの女……超能力者とか言う橘はとくに腹が立っている』

 

「オレはイントルーダーが怖くてたまらない。宿命なんだろうか」

 

頼むから寝ててくれればいいのに。

いつも眠そうな顔してるし、今日なんか珍しくだんまりだった。

やはり周防のおしゃべりモードの条件は謎である。

 

 

『だから、俺たちが自重するしかないらしい。……不本意なんだがな』

 

「オレは元々そのつもりだよ。とにかくオレが話したいことなんてないからね。呼ばれたのが謎なんだ」

 

つまり俺を呼んだのは佐藤だろう。

だんだん腹が立ってきた。あれはきっと美人である事を鼻にかけるタイプだ。

少しは朝倉さんを見習ってくれ。こうも美しく謙虚な女性は他に知らない。

 

 

『とにかく頼むぜ。今のところの頼みはお前ぐらいだ』

 

「オレは定時で上がるからな? キッカリ一時間だけ。明日はデートする気だった」

 

『勝手にしろ。話が終わってくれれば、な』

 

「じゃあキョンはもう寝ろ。今日みたいな奇跡は続かないって」

 

『起きてほしくない奇跡だったな……』

 

そうして通話は終了した。

俺の辞書は"迷惑"の二文字が多い気がしてならない。

間違いなく三分の一以上を支配されている。

 

 

「……明日の朝九時に、出向命令を出されたよ」

 

「あら、あなたはプログラマーだったはずよね?」

 

「今はただの高校生だし、正確にはシステムエンジニアさ。二十も半ばの駆け出しだったけど」

 

「ふーん。……で、私の出番は?」

 

「……サ店の外で待機、かな」

 

困ったら救援要請するぐらいは俺にも許されるはずだ。

だいたい何で俺がアウェーに行かなければいけないんだ。

いつも俺には不利な状況ばかりな気がする。ピンチはチャンスにならないって。

 

 

「つまんないわね。イントルーダーの頭にフォークを突き刺したかったのに」

 

もしかしてあれだろうか、掛け算を間違えるとやられるあの攻撃か。

とにかくそのまま殺し合いに発展しかねないのでやっぱり待機が安全だ。

最悪、戦闘になっても俺一人で時間は稼げる。

 

 

「ちょっとは"成長"したからね」

 

「本当に、あなたのはよくわからない能力ね」

 

「使いたくはないさ。多分オレのは、この世に"あってはならない"力だから」

 

徐々に俺は理解していた。

この根源、エネルギーについて。

それは"重力"なんかじゃあない。

同列ではあるが、もっと恐ろしい力。

 

 

「ついには自分を否定するのかしら」

 

「必要とあればそれもするのさ。朝倉さんに助けをお願いする事が無い方がいいのは確かだよ」

 

……さて、そろそろ自分の部屋に戻った方がいいだろう。

でもさ、最後にさ。

 

 

「ふふっ。わかってるじゃない」

 

事あるごとに言われたら俺もそれに対応するさ。

そもそも最初に言われた事なんだから。

キスをする時は、黙ってする。んだよね?

この日に関してだが、俺は馬鹿と呼ばれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして翌日、日曜日。

 

 

 

俺は自分の能力についての探究だけは怠っていなかった。

ついぞ何かを知り得た訳ではないが、出来る事は増えた。

いや、正確にはその方法を知らなかっただけなのだろうさ。

とにかく俺をご指名した以上は、何らかの意図があるに違いない。

ジェイ……彼女は本当に俺の友人なのだろうか。

俺が存在を忘れている、居たはずの友人。それが彼女なのか?

それなら俺に対してもっと友好的に行けばいいはずだ。

友人だとは思えない、因縁や確執を敢えて作っているようにも思えた。

 

 

「誰かオレに教えてくれ……」

 

それは佐藤から聞きたい話ではなかった。

他でもない、俺自身からそれを聞ければいいのに。

と、この時の俺は思ってしまっていた。

実に"いい傾向"ではなかったらしい。

気持ちのいい陽射しも、何だかいい気分にはなれなかった。

 

 

 







"次元干渉"

明智が使う大半の能力の大元。
つまり、これを応用している形になる。

重力でもなく、無限回転でもない、次元の壁を超えれる何かがエネルギー。
本人は"あってはならない"ものだと感じている。

次元干渉そのものをするには、自分による"許可"が必要。
なぜ無意識の内にリミッターをかけているのか。
本人には未だわからない。



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