異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第九話

 

 

俺が朝倉さん及び情報統合思念体と激闘した次の日、当然に平日なので学校がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キョンには本当の事を言わなかったが、古泉と朝比奈さんをあの場に呼ばなかったのは呼ぶ必要がそもそも無いからである。

 

――どういう事か?

それは古泉が所属する『機関』は宇宙人、未来人とパイプがあり、俺が情報統合思念体に異世界人だ、という事が知れた以上は全てのインターフェースにその事が伝わるのだ。

つまり必然的に『機関』と未来人にも俺の正体が知れ渡る。

ただ、その場合は全ての端末がリアルタイムで自由に情報を共有できるわけではなく、原作であったように同期方式らしい。

その辺の事は事前に朝倉さんに確認してあり、俺の"臆病者の隠れ家"についての情報は中道派と穏健派の一部にしか知れていないとの事だ。

ただ、万が一を考えて何点かまだ話していない事はある。

いずれその手札も使う時が来るのだろうか。

 

 

 

――朝倉さんを彼女の自宅である505号室に送った後の話になる。

そのついでにお邪魔する事になった。

神と涼宮ハルヒに誓っていいが変な事は一切してない。

もっとも涼宮さんに誓ったところで信用されないのがオチなのは言うまでもない。

何故朝倉さんの家に入ったかと言えば話は簡単だ。

有事の際を想定して彼女の部屋の壁に"入口"を設置するために他ならない。

朝倉さんの戦闘能力は高い上に、自宅に関しても恐らく情報制御下とやらだ。

正直ここまでする必要があるかと言われれば何とも言えないさ。

備えあれば憂いなし、憂鬱ではあるけど大事をとっておいて損はない。

更に、万が一"入口"に朝倉さん以外の人物――要するに俺たちに敵対する輩――の侵入に備え、朝倉さんの家に設置した部屋は一番広く何もないただの空間。

つまり最悪の場合にそこで戦闘さえ可能な広さだ。

そしてその部屋の"出口"はあらかじめ自宅の俺の部屋の壁に設置してある。

最後に部屋を利用する場合に入る前、もしくは入ってからは出来るだけ俺に早急な連絡をお願いした。

……という徹底ぶりである。

しかしながら連絡先として朝倉さんのメールアドレスと携帯番号をゲットしたのだが、何やら深みにはまっている気がしてならないのは、どうしてだ。

 

 

「どうもこうもない、か」

 

その後。

もう九時が近いので、お腹が空いたしそろそろ帰りますんで、とその旨を伝えたところ。

 

 

「私もお腹が空いたのよ。一緒に食べればいいじゃない」

 

こう言われてしまい。

俺はもうどうとでもなれとの思いで朝倉の家で、白米と味噌汁と白身魚ときゅうりの浅漬けを頂いた。

エイリアンとは名ばかりで和風だった。

ようやく帰宅した俺を待っていたのは両親の質問という名の尋問である。

曰く「帰りが遅くなるのは構わないが、せめてきちんとした理由を教えてほしい」

との事で、容姿といい家庭の方針といい前世の両親となんら変わらなかった。

さてどうしたものかと考えた俺は仕方なしに半分だけ真実の説明をした。

 

――ええ、つまり。

俺の下駄箱に放課後の教室での呼び出し文が入っていた。

部活終わりに「どうせ誰かのイタズラだと」とタカをくくっていた俺を待ち受けていたのは、クラスの男子女子両方から人気がある麗しい委員長。

なんと彼女に告白された俺は、なし崩し的にOKし、その後は彼女の家で晩御飯を頂いてきた。

当然の如く健全なお付き合いをさせてもらっています。

遅くなったのは何度か帰ろうとした俺が引き止められたから。

……だという非常に苦しい言い訳だった。

それでも両親は俺に一応の理解をしてくれたようで「今度紹介してね」と言われ。

元々朝倉さんの気まぐれみたいな話だろうし、紹介する日は永遠に来ないだろうと思い就寝。

激動の一日はこうして終了したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして今日に至る訳である。

この日は確かキョンが朝比奈さん(大)と遭遇する程度で、俺など脇役に過ぎない。

朝に顔を合わせた谷口は俺の存在にすら気づかず、ただただうわのそら。

キョンに関してはいかにも「……頑張れよ」と言わんばかりの生暖かい視線である。

だが、特に俺と朝倉さんについてのうわさが広まっている様子もないので、配慮はできる二人だ。

昨日は色々あったが、今日一日はのんびりできるな。

と、またタカをくくっていた俺の、まるで世の中を馬鹿にした態度は文字通り打ち砕かれることになった。

この日、母が俺の弁当を用意していなかった。

決してストライキではない。たまにはパンが食べたいだろうという俺への配慮だ。

今日は購買で昼飯を調達しようと思い立ったが吉日。

さっさと教室を後にしようと席を立ちあがった俺を止めたのは、他でもなく俺の後ろの座席の。

 

 

「明智君。私、お弁当作ってきたの。一緒に食べましょ」

 

満面の笑顔とともに朝倉さんの急降下爆撃が俺に叩き付けられた。

いつも通り朝倉さんと昼食を食べていたであろうグループの女子が、今にも朝倉さんを誘おうとして彼女の隣に居たにも関わらず。だ。 

 

――俺も凍り付く。

その女子生徒も凍り付く。

先に動き出したのは俺ではなく、女子生徒の方だった。

 

 

「朝倉さん。アタシの聞き間違いじゃなきゃ、明智君とお昼食べようって聞こえたんだけど」

 

決して彼女の声は大きくないのだが、生憎と女子生徒の声はよく通る声だった。

その結果、教室に居るクラスメートほぼ全員がこちらに視線を向けた。

こっちを向いていないのは俺と朝倉さん以外には、元々生気がない谷口だけだ。

涼宮でさえ不思議な表情でこっちを見ている。

ちなみにキョンは絶賛朝比奈さんイベント中だ。

あいつはいつの間にいなくなりやがったんだ。

俺も迅速に行動していればこうはならなかったのか。

そんな事が頭によぎり、この段階でようやく俺は言葉を出すことができるようになった。

 

 

「何かの間違いでしょ。そんな、大げさな。ね。君とオレを間違えたんじゃあないかな」

 

俺に残された選択肢など、無言で立ち去る以外になかったのだ。

この返し手は悪手に他ならなかった。

 

 

「あら。ちゃんと聞こえるように言ったつもりだけど。明智君、まさか惚けるつもりかしら? 薄情者ね。昨日私の家で晩御飯を食べた時、味噌汁がおいしいって褒めてくれたじゃない」

 

俺はそんな事言ったような気がするが言ってない。

信じられるのはいつの時代も自分自身なのだと必死に自分へ言い聞かせる。

 

 

「それに、お昼がなくてこれから購買部に行くつもりだったんでしょ? もしかして私が作ったお弁当より、購買のパンの方がいいのかしら」

 

わざとらしく悲しげな表情をする朝倉を尻目に教室の中は騒然としている。

すると、さっきとは別の女子生徒が朝倉さんに訊ねた。

 

 

「手作りお弁当に晩御飯って、二人はどういう関係なの?」

 

「明智君と付き合ってるのよ」

 

「ええっ! 嘘!?」

 

悲鳴のような女子生徒の嬌声とほぼ同時に、教室も静寂から一転して狂気が訪れた。

うそー、だの、キャーだの嬌声を上げる女子生徒と、泣き声や叫び声が上がるのは男子生徒。

この一連の流れによって、俺の昨日から持て余していたフラストレーションが、とうとう破裂してしまった。 

 

 

 

――ドン!

 

と、渾身の力を込めて机に叩き付けた左拳の轟音により再び教室は鎮まる。

台パンならぬ台ドンである。

そして、その腕も振り上げずに俺は勢いのまま言い放つ。

 

 

「何かあるなら! ……直接オレに言ってくれ。話くらいは聞いてあげるよ」

 

最大限の威圧を込めたその一言に対し、特に反応はなかった。

男子生徒すら萎縮している。

 

 

「行こう、朝倉さん」

 

「はいはい」

 

教室の連中が復活する前にとっとと中庭へ退散する事にした。

 

――結論から言うと朝倉さんの手作り弁当は非常においしかった。

最近冷凍食品が増えてきたような気がする母の弁当との差を、あまり言いたくないがそこそこ感じられる。

弁当の良し悪しは卵焼きで7割以上決まると言っても過言ではない。

朝倉さんの卵焼きは、作られて数時間が経過しているはずだが味に一切の劣化がなかった。

卵焼き以外の内容に関しても完璧だった。

これが宇宙人の成せる業なのだろうか。 

 

 

 

 

  

そんな一件を経て、ようやく放課後である。 

昼休みの終わりに我に返った俺だが、特にクラスの雰囲気に異常はなかった。

男子は知らぬ存ぜぬで、女子は何人か俺の前に来て、俺に何かしら質問したかったみたいだ。

しかし俺は予鈴に助けられ無駄な労力を費やすことはなかった。

 

 

「国木田から聞いたぞ。朝倉の無茶がたたったそうだな」

 

「同情ならよしてくれ……この気持ちはお前にはわからないよ」

 

部室で机に顔をうずめている俺の横で、キョンは俺を慰めているつもりらしい。

ええい、今日のあれは黒歴史だ。

正気じゃなかったんだ。

更に驚いたことに部室には俺とキョンの他に誰もいない。

長門さんさえ。

 

 

「俺にはよくわからんが、甲斐性を見せるのが彼氏の役割なんだそうだ」

 

「オレは悪くない」

 

朝倉さんはきっと、とっくに家だろう。

 

 

「お前がその調子でどうする。朝倉を守るんだろ。しっかりしろよ」

 

「……失言なんだ」

 

「やれやれ」

 

朝倉さん以外なら誰でもいいからこの停滞をどうにかしてほしい。

そんな俺の思いに答えたのは、出来れば朝倉さんの次に来てほしくない人物だった。

SOS団の長、涼宮さんだ。

 

 

「遅れてごめーん。学校中を探したんだけど、朝倉さんが見つからなくって。あら、この二人だけ?」

 

「何故かは知らん」

 

「まあいいわ。明智君に訊きたい事があるし」

 

「後にしてやれ。こいつは今、会話ができるような状態じゃない」

 

「ふーん、さっきはあんなにかっこよく啖呵切ってたのに」

 

悪気があって言ってるようにしか思えない。

だが、キョンが言うようにここでぐだぐだ腐っていても何も解決しない。

こういう時だけは主人公らしいんだよな、こいつ。

顔を上げ、制服の乱れを整える。虚勢ぐらいは張れる程度に持ち直した。

 

 

「涼宮さん、すまないが質問はまたの機会にしてくれないか。おそらくオレと朝倉さんについてだろ? ……自分の不甲斐なさに呆れててね。今日のあれだって、オレが変に誤魔化そうとしなきゃよかっただけなんだ」

 

「別に明智君を責めるつもりはないわ。私には恋愛なんてさっぱりだけど、そんな調子じゃ朝倉さんに失礼よ。SOS団員なるもの、常に自信を持ちなさい!」

 

涼宮さんがまさかこんなにまともな事を言うとは思わなかった。

恋愛をある種の精神病と考えている彼女でも大人な言葉をかけたくなる程度に、今日の俺は覇気がなかったのだろう。

キョンも驚いている。

そういえば、昼休みから今までの記憶がすっかりあやふやだったが俺はある事を思い出した。

 

「今まで忘れてたけど、帰り際に朝倉さんが言ってたよ。部活が終わったら相談したいことがあるから家に来て。って」

 

「どうせ俺ら三人でやることもないだろ。明智、お前は帰っていいぞ」

 

「ちょっとキョン。下っ端のあんたが何勝手に決めてるわけ!?」

 

「ここは俺に任せてさっさと行け」

 

何やら死亡フラグにしか聞こえない台詞を吐いたキョンは金切り声の涼宮さんと漫才を始めた。

別に彼女も俺を引き止める気はないらしく、俺はさっさと用事を済ませる事にする。

"臆病者の隠れ家"のまだ誰にも説明していない荒業を使えば、朝倉さんの部屋まで直に行く事すら可能だ。

それをしなかったのは俺の技術が制限の強いものという印象を植え付けておきたいという理由もある。

しかしながら、今はとにかく頭を冷やす時間が欲しかった。

 

 

「ここに来るまで色々考えてたんだけど。そもそも何で朝倉さんは俺が今日昼飯を用意してないってわかったのかな」

 

木製テーブル越しに俺の正面に座る朝倉さんが、相談とやらを始める前に俺が訊ねた質問だ。

何となく予想はついてているのだが、本人に答える気があるのかどうかの確認である。

 

 

「ふふふ。乙女の勘よ」

 

はぐらかされてしまったが、俺も人の事をとやかく言えないので追及はしない。

彼女たちのテクノロジーなら透明な監視装置的なナニカを用意するくらい"わけない"。

 

 

「そんな事より、私に言う事があるんじゃないの?」

 

「すいませんでしたーっ」

 

椅子から立ち上がり、机の横で土下座する。

誰に謝ってるのかと訊かれると、朝倉さんではなく自分に対してなのかもしれない。

 

 

「うん、いいわ」

 

何とも満足そうな声である。

これから暫く俺は強く生きなければならないのだろうか。向こう一か月は。 

そんな自覚はまだないが、お付き合いをしている以上は振り回されるのが世の常だ。

しかし俺は涼宮さんのご機嫌取りとしてこの世界に来たんじゃないのか?

つくづくいい加減な女神様である。 

その後、土下座を解いた俺は、宇宙人の相談とやらに乗ろうと思って身構えた。

しかし朝倉さんの「明智君の顔を見たら解決したわ」などとよくわからない事を言われ。

結局そのまま家に帰宅する事になった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、自宅に戻ろうとする俺を出迎えたその輩は母ではなく、家の前に止まっているタクシーの横に立っていた。

SOS団一のトッポイ野郎、超能力者の古泉一樹だ。

 

 

「少しばかりお時間を借りていいでしょうか。本来は一人だけの予定でしたが、もののついでです。明智さんに案内したいところがあるんですよ」

 

「どうやら。マジックショーに招待されるのはオレだけじゃあないようだね」

 

「ええ、彼もご一緒ですよ」

 

左後部座席に乗り込んだ俺の右隣には、案の定キョンが座っていた。

どうやら彼も気力がかなり削がれているらしい。

俺が居なくなってからほどなくして部活を終了して涼宮さんと一緒に下校していたらしい。が、愚痴を延々と聞かせられたあげく、しまいには彼女一人でさっさといなくなってしまったそうだ。 

この車は県外へと向かっているようで、わざわざタクシーで行くという徹底ぶり。

タクシーと運転手にも『機関』の息がかかっているのは容易に判る。

 

 

「超能力者としての証拠をお見せできる、ちょうどいい機会が到来しましてね。二人にはお付き合い願おうと思いまして」

 

「わざわざ遠出しないと駄目なのか?」

 

「面倒ですが、僕が力を発揮するには、とある場所、とある条件下でないと無理でして。今日これから向かう場所が、いい具合に条件を満たしているというわけです」

 

「知りたくもないような話だな」

 

昨日一日のやりとりを思い出してうんざりしているのか、キョンはいつにも増して無気力である。

助手席に座る古泉はいつも通りのニタニタ顔で、こいつも宇宙人じゃないのかと思えてくる。

 

 

「それにしても、明智さんには驚かされましたよ」

 

「……その口ぶりだと、やっぱり知ってるみたいだね」

 

「ええ、詳しくは話せませんが我々『機関』は長門さんのようなTFEI端末との接触に成功しています。基本的に相互不干渉ではありますが、情報の共有は我々からすれば重要事項でして。もっとも、我々もあなたが異世界人だという事しか知り得ていませんが」

 

「どうでもいいけど、その"端末"って表現は気に入らないな」

 

「すみません。気分を悪くさせるつもりはありませんでしたが、これが『機関』による通称でして。とにかく、異世界人という事実よりも急進派である朝倉涼子の暴走を阻止して、ついにはこちら側へ引き入れてしまったのですから……。この事実の方が驚きです」

 

「ある程度は情報を掴んでいて、それを止めなかったのはお前さんたち『機関』だろ? オレには誰も死んでほしくなかっただけだよ。深い意味はない」

 

「これはお恥ずかしい話ですが、放課後になってからの朝倉涼子の足取りは我々にも掴めませんでした。ようやく判明した時には一年五組の教室の中に居ましたが、中の様子は監視できません。何かしらの妨害工作が行われていたのでしょう。だからこそあなたが教室の前に現れた時は我々も肝を冷やしたんですよ」

 

「仮に、朝倉さんの予定通りにキョンの方が呼び出しに応じていたらどうするつもりだったのかな?」

 

俺は低い声を出し、威圧する。

古泉個人に非がある訳ではないのだが、原作では『機関』は明らかな静観の立場であった。

どうせ『機関』の要請で長門さんがキョンを助けるという筋書きなんだろうよ。

 

 

「その時は応援を送る予定でしたよ。我々のエージェントの一人が急いで教室に向かった時は既に蛻の殻でして。やむなく実働隊は撤収しました」

 

「おい。さっきから黙ってたら、暴走だの監視だの。いったい何の話だ?」

 

俺と古泉の会話に入ったのはキョンである。

そういえば昨日は朝倉さんのでっちあげの説明しか聞いてなかったな、こいつ。

別に隠す必要もないし、危機感を持ってほしいので俺は説明することにした。

 

 

「キョン。君は長門さんに、過激な行動によって情報の変動を望む連中が居るって、言われたはずだよ。少なくともオレはそう警告されたからね」

 

「それは昨日の、急進派がどうのこうのとかいう話か?」

 

「うん。要約すると昨日朝倉さんがお前を殺そうとしてたから、オレがそれを止めたのさ。どうしてああなったのかはオレにもわからないけど」

 

「はぁ? 朝倉が俺を殺す?いったい何のために」

 

「あなたのせいですよ。涼宮さんに妙なことを思いつかせなければ、我々は今もまだ彼女を遠目から観察するだけで済んでいたはずです」

 

キョンを責めるのもかわいそうな気がする。

しかし古泉の発言も間違ってはいない。

 

 

「俺がどうしたって言うんだ」

 

「怪しげなクラブを作るよう彼女に吹き込んだのはあなたです」

 

「あいつが勝手に言い出した事だぞ」

 

「しかしながら涼宮さんはあなたとの会話がきっかけとなって彼女は奇妙な人間ばかりを集めたクラブを作る気になったのだから責任のありかはあなたに帰結します」

 

ともすれば暴論だ。

 

 

「そして、その結果として涼宮ハルヒに関心を抱く三つの勢力の末端が一堂に会することになってしまった。そもそもの原因であるあなたが注目されるのは当然のことですよ」

 

「そいつを認めてやってもいいが、何が目的で俺を殺したがるんだ。どっかから金が出るのか」

 

「オレが聞いた限りでは、涼宮さんの監視がつまらないからだそうだよ。急進派みんながキョンを殺そうと考えてるわけじゃないけれど、身近な人が死ねば何らかの反応があるでしょ? それが涼宮さんだったらどうなると思う? ただ宇宙人未来人異世界人超能力者と遊びたいってだけで、ここまで話を大きくできる人だ。間違っても精神恐慌なんて起こしてほしくないね」

 

「……そんなもんかね」

 

「まあ、それだけが理由ではないのですが」

 

それだけ言って古泉は口を閉ざした。

その発言に対してキョンが何か言おうとしていたが、タクシーはどうやら目的地に到着したらしく。

運転手が「着きました」と言うと車は停止し、ドアが開かれた。

当然のようにタクシーは料金を受け取らずに、俺たち三人が降りると去って行った。

 

――県外のこの都市は、周辺地域に住む人間にとっての街の象徴である。

地方都市という観点からしても日本有数であるのは窺えた。

 

 

「ここまでお連れして言うのも何ですが。今ならまだ引き返せますよ」

 

青信号のスクランブル交差点。雑踏の中を古泉が先導しながらそう言った。

本当に今更だね。

 

 

「オレはできれば今日の昼休みまで引き返したいんだけど」

 

「今更だな」

 

キョンは俺と古泉のどちらに対してそう発言したのだろうか。

すると不意に古泉が立ち止り、俺の右手とキョンの左手を握った。

 

 

「すみませんがお二方、しばし目を閉じていただけませんか。すぐ済みますよ。ほんの数秒です」

 

古泉なりの配慮で俺とキョンの利き手じゃない方を握ったと思われる。

しかしながら必要な行為だとわかっていても野郎に手を握られるのは快くない。

俺の利き手である左手をもし握られていたら奥の手を使ってでも古泉をバラバラにしていたかもしれない。

そんな事を古泉本人は知らない。

俺とキョンは目をつむり、街の喧騒をバックに、古泉に手を引かれて数歩。

 

 

「けっこうですよ」

 

目を開くとそこは異世界だった。

そこにあるもの全てが灰色で塗りつぶされており、太陽は消え失せ、空一面は暗灰色の雲にもれなく埋め尽くされている。

雲なのかすら怪しいが。

太陽の光が無い代わりに、その空からボンヤリとした光が放たれていて、白という概念はそこに存在していなかった。

何か、嫌な光景を思い出してしまうね……。

 

 

「次元断層の隙間にある我々の世界とは隔絶された、通称"閉鎖空間"です」

 

古泉の声がやけに大きく響く。

それもそのはずで、この空間には俺とキョンと古泉の三人しか姿が見えない。

さっきまで居たはずの、地方都市のスクランブル交差点を縦横無尽する人混みはとうに消え、一帯には静寂だけが残されている。

 

 

「ここの半径はおよそ五キロメートル。通常の物理的な手段では出入り出来ません。僕の持つ力の一つが、この空間に侵入することですよ」

 

「……最近はこういうのが流行してるのか?」

 

キョンがそう言って俺を見る。

もしかしなくても"臆病者の隠れ家"についてだろう。

 

 

「オレはお前と同様に、この空間の存在自体を今認識したからね。どうもこうも、涼宮さんがそういう風に仕立て上げたんだろ?オレは知らないよ」

 

「興味深い話ですね。機会があれば、是非、明智さんについて教えてほしいものです」

 

「考えておくよ」

 

俺は必ずしも話すとは言っていない。

その様子に納得した古泉は説明を再開する。

 

 

「ここの詳細は不明ですが、我々の住む世界とは少しだけズレたところにある違う世界……とでも言いましょうか」

 

「ふっ。みんな異世界人だね」

 

「我々は今次元断層の隙間に入り込んだ状態になっています。つまり、外では何ら変わりありません。今も人や車が往来していることでしょう。ここに迷い込むことが無い、とは断言できませんが我々もそのような事例は今まで確認していませんよ」

 

曰く、閉鎖空間はドーム状の内部のようなもので、まったくのランダムに発生する。

一日おき、何ヶ月もの間、発生しないこともある。

ただ一つだけ明らかなのは涼宮ハルヒの精神が不安定になるとこの空間が発生するという事。

閉鎖空間の現出や、場所、その時間を何故かしらないが古泉たち超能力者は察知できるらしい。

一通りの説明をした古泉は、「こちらへどうぞ」と言った。

そして四階建て雑居ビルの屋上まで俺とキョンを誘導していく。

キョンはここの何が楽しいのかわからないらしく。

 

 

「こんなものを見せるためだけに、わざわざ俺たちを連れてきたのか? なにもないじゃないか」

 

「いいえ、核心はこれからですよ。もうすぐ始まります。しかしあなたは大したお方だ。この状況に驚きが感じられません」

 

「色々あったからな」

 

それは昨日の"臆病者の隠れ家"や、朝倉さんの情報操作によるイタズラ。

そして今日に会ったであろう朝比奈さん(大)を想起しての発言だと思われた。

すると古泉はこちらを向き、俺とキョンのはるか後方に焦点を合わせた。

 

 

「始まったようですね。後ろを見て下さい」

 

遠くの高層ビルの隙間を縫って歩く、青光りした"巨人"。

しかし巨人という表現は怪しく、それは人のような形をとっているだけ。

輪郭は曖昧で、顔は穴が三つあるだけの、のっぺらぼうである。

巨人を眺めていると、それは片手らしきものを大きく振り上げ、そばのビルに対して振り下ろす。

 

 

――轟ッ

 

爆ぜるような轟音とともに、ビルは砕かれた。

あんな一撃を俺は貰いたくないね。

 

 

「あれは涼宮さんのイライラが具現化したものだと思われます。一種のストレス発散なのでしょう。現実世界でやろうものなら大惨事ですから、こうやってここで破壊活動を繰り返しているのです。なかなかどうして合理的ですね」

 

「オレには物理法則を無視しているようにしか見えないんだけど」

 

「その通りです。あの巨人はまるで重力がないかのように振る舞うんです。ビルを破壊出来るということは質量を持っているはずなんですが、自重さえ感じさせません」

 

ロボットアニメとは得てしてそういう出来栄えになっている。

 

 

「いかなる理屈もあれには通用しませんよ。たとえ軍隊を動員したとしてもあれを止めることは不可能でしょうね」

 

「じゃあ、あいつはここら一帯を破壊し尽くすまで暴れてるのか」

 

キョンはうんざりした顔でそう言う。

俺もここの色にうんざりしていた。

 

 

「いえ、僕はそれを止めるためにいるのですから。あそこを見て下さい」

 

古泉が指さす先には赤の光点がいくつも宙に浮かんでおり、それらは巨人の周囲を旋回していた。

実際に見るとますます不気味な存在である。

赤い球体に変化するのが超能力、というわけだ。

巨人はそれらの突撃によって体を貫かれているようだが、効果のほどは怪しい。

 

 

「僕の同志です。我々に与えられた役割はあの巨人を刈る事ですので。……さて、僕も参加しなければ」

 

それとほぼ同時に古泉の体も赤く発光し、ついにはその光に包み込まれる。

やがて先ほどの赤の光点の正体と思われる球体になった。 

古泉も宙に浮かぶと、目で追うのがやっとの速度で巨人目がけて飛び去った。

 

 

「なぁ……軍隊じゃあれを倒せないみたいだが。お前はどうなんだ?」

 

巨人と光点の戦闘を見ながらキョンは俺に質問した。

あの光景のどこからそんな疑問が生じるんだ、お前は。

 

 

「異世界人なんだろ。なんかこう、レーザー銃とかでビビビッと消し炭にできないのか」

 

「あんなのお手上げだよ。そんな便利な道具は一切持ってないし、仮に攻撃を試みても踏まれるのがオチさ」

 

「そりゃそうか」

 

やがて旋回していた光点の集団は、巨人の体に沿って回転を始め、その場所が切断された。

今のは片腕だろうか、巨人の肘から先が喪失している。

そのような切り刻み攻撃が繰り返された後に、巨人は身体の半分以上をバラバラにされ、ついには塵となって消滅してしまった。

任務を終えた光点たちは四方八方へ散らばってしまったが、一つだけこちらに接近してきた。

 

 

「お待たせしました」

 

何事もなくそう言ったのは古泉だった。

球体から瞬く間に普段のキザ野郎の姿に戻る。

最後に面白いものがありますよ、と彼は付け加えた。

超能力者というか、エンターティナーらしい台詞である。

古泉が上空を指さすと、そこにひびのようなものが入り、それはどんどん拡大していく。

 

 

「巨人が消滅すると、ここも消滅します。まあ、ちょっとしたスペクタクルです」

 

そう言い終わると同時に上空の亀裂は最早、亀裂を通り越して、黒一色に塗りつぶされる。

そして空が砕け散り、光が訪れた。あの空間には存在しなかった白だ。

目を閉じた覚えはないが、いつの間にか元の世界へ戻っていたらしい。

キョンは未だに困惑している。

何だかんだでそう超常現象への耐性は上がらないという事だ。

 

 

「我々はあの巨人を"神人"と呼んでいます。神人は涼宮さんの精神状態に応じて出現しますが、我々もその条件下で、閉鎖空間の内部に限り、あんな芸当ができるようになります」

 

行きと全く同じタクシーに乗り込んだ俺たちは、古泉の話を聞いていた。

キョンは黙って運転手の後頭部を眺めており、俺は外の風景を眺めている。

 

 

「なぜ我々だけにこんな力が備わったのかは不明ですが、多分、誰でもよかったんでしょう。僕が選ばれたのもたまたまですよ」

 

「さっきのはハルヒのストレス解消なんだろ? 何でそれを邪魔するんだ」

 

「あれを放置しておくわけには行きません。なぜなら神人が破壊すればするほど、閉鎖空間も拡大していくからです。さっきお見せしたあの空間はまだ小規模なものなのです」

 

規模はさておき、二度と行きたくない世界だね。

 

 

「やがてどんどん広がっていってそのうち日本全国を、それどころか全世界を覆い尽くすでしょう。あちらの灰色の世界が、我々の世界と入れ替わってしまうのですよ」

 

「なぜそんなことがお前に解る」

 

「ですから、解ってしまうのだからしょうがありません。ある日突然、涼宮さんと彼女が及ぼす世界への影響についての知識と、それから妙な能力が自分にあることを知ってしまったのです。もちろん閉鎖空間についてもね」

 

「難儀なこったい」

 

俺がそう呟くと、古泉は「困ったものです」とだけ返した。 

帰り道の都合上俺の家の方がキョンの家より近く、俺は先に降りることになった。

停車してドアを開けた時、俺は最後に古泉に訊ねた

 

 

「オレが今日、昼ご飯の用意が無いことを朝倉さんに伝えたのは、もしかして『機関』なのかな?」

 

そう言われた古泉は困ったような表情で。

 

 

「不快な思いをさせてるようで申し訳ありません。ですが、我々は日常的にあなた方の監視をしているわけではありませんよ。基本的には涼宮さんが優先ですから。しかしながら、朝倉さん本人ならそれも可能でしょう」

 

「知ってるさ……念のための確認だよ」

 

では、と言い残して幽霊タクシーは去って行った。

次の停車駅はキョンの家だろう。

 

 

 

俺は今日の晩御飯の事でも考えながら自宅に入っていった。 

 

 

 


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