異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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ポップ・ゴーズ・ザ・ファントム その五

 

 

それから阪中さんの家へ出戻った我々には何の成果も得られていない。

 

だと言うのに彼女の美しい母親――本当に子持ちか? 親父が見たら浮気しかねない――。

 

その阪中さん母からみんなに手作りの"お菓子"が振る舞われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段だったら俺もありがたく頂戴するだろうな。

 

それが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうだ。

俺の眼の前にあるのは見事なまでのシュークリ-ムだった。

 

 

「……"Damn it(ちくしょう)"…」

 

「私がもらってあげるわ」

 

朝倉さん、そうしてくれると助かるよ。

いくらこれが大局的に美味しいと定義されていても、俺には無理だった。

別にかまわないさ、俺は最低限コーヒー以下でもいい。麦茶があれば充分だ。

一緒に出されたアールグレイは確かに美味しかったが、俺は紅茶のそれには屈しない。

とりあえず俺は美味しそうにそれを食べるお前達の方を向かない事にするよ。

長門さんはハムスターのように両手で掴みながらもちゃもちゃそれを削り取っていく。

……女子の誰か、後で彼女の口元を拭いてあげてくれ。

 

 

 

 

そして阪中さんはとりあえず満足してくれたらしい。

この集まりに意味があったかは知らないが、俺には何となく予想がついた。

彼女の母親の対応からして、きっと友人が上り込むなんてことは先ず無かったのだろう。

それもそうだ。お嬢様なのはさておいて客観的に見て、彼女はクラスでとくに目立っては居ない。

俺も度外視した上で言うなら目立っているのは、涼宮さん、朝倉さん、谷口の三人だ。

これで"北高三天王"を名乗ってくれてもいいんだぜ?

まあ、今後はいい友人付き合いが出来るといいんじゃあないか。

後二年は高校生活が続くんだから。

 

 

 

とにかく、誰も遠慮していないので代表としてキョンが阪中さんに。

 

 

「なあ、阪中。……非常に申し訳ないのだが、こんなんで良かったのか」

 

「うん。いいよ。何にもなかったんでしょ? ならもう大丈夫そうだっていうのはわかったのね」

 

「……そうか」

 

「でも、ルソーが嫌がってたのは本当。とりあえずしばらくは散歩のコースを変えてみる」

 

その点に関してだけは我々が役に立ったと言えよう。

古泉が謎のエリアを割り出してくれたおかげだ。

こんな時ぐらいはあいつの顔を立てておくのも悪くない。

次第に長門さんの食事ペースがアップし、俺は焼き立てで運ばれてくるそれから逃れたかった。

朝比奈さんみたいにルソーの相手をしててやってくれないだろうか。

 

 

 

と、意味の解らない文を解読した以外は、この日は平和だったさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、金曜日。

 

 

 

部室に入った俺が聞いたのは驚きの報告だった。

涼宮さんの話を要約すると、とうとうルソーまで原因不明の体調不良に見舞われたらしい。

じゃあ、お前さんの意見を訊こうか。

 

 

「早急に再調査をする必要があります」

 

「お前さんは動物の病気に詳しいのか? 獣医が匙を投げたと言うそれを」

 

「実際に視てみない限りは何とも言えませんよ。思わぬ発見と言うのは予期せぬタイミングで訪れるのです」

 

古泉のそれはもしかしたら自分に対しての発言だったのだろうか。

超能力者に覚醒する前、元々のこいつが何者かは俺にもまるで見当がつかないさ。

ただ、ミステリやら天体観測が好きなのはきっと涼宮さんが望むキャラクターとは関係ない。

他人の心、その精神は、本にすることが出来ない。文字にすることが出来ない。

書いてもらわなくちゃあ無理だ。

 

 

「とにかく乗りかかった船と言うものでしょう。我々が黙ってお茶をすすっている訳にもいきません。もしかするとあの日ルソー氏を散歩させたのが無関係……とは、言いきれないのですよ」

 

「そうね、わかったわ。古泉君。……みんな、さっさと準備して阪中さんの家へ行くわよ」

 

「お犬さん、大丈夫かなあ……」

 

「……」

 

「明智、お前の意見はどうなんだ?」

 

「どうもこうもないさ」

 

俺にも何が出来る訳じゃあないが、ルソーくんの話し相手にはなってやれる。

そう言うキョンだって何だかんだ彼が気になるみたいじゃあないか。

でも今回ばかりは出なくてもいいんだぜ。幽霊? 違う。

 

 

「今日も"シュークリーム"かしらね?」

 

楽しそうにこっちを見るのは構わないけど朝倉さん、それ、言いふらさないでくれよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我々の行動は文字通り見切り発車だったのもあってか駅に着いたら駆け込み乗車でどうにか最速スタートが出来た。

普通にこれは迷惑行為だ。こんな田舎だからまだマシだが大都会じゃこの時間でもバッサリ切り捨てられる。

東京はどこからあんな人数が湧いて出るんだろうな? 昔の俺は軽く恐怖したね。

だけど今回一番恐怖してるのは怪文を送り付けられた俺よりも愛犬の異常に無力な阪中さんの方だろう。

高級住宅街の一角、数日ぶりの彼女の自宅まで行くと、インターホンに応じて出迎えてくれた。

 

 

「みんな、入って……ありがとう…わざわざ来てもらって……」

 

元気がない。そして彼女はこの日、学校を休んでいた。

ルソーくんの異常にとても心を痛めたのだろう。

それから古泉や涼宮さんによる聞き取り調査が開始された。

ただ、俺なんかが言うべき台詞じゃあないが、客観的事実を阪中佳実に突き付けるとするなら。

 

 

「……"弱い"」

 

それは別に何も悪い事ではない。

弱者には弱者の、淘汰される中でも成り立つシステムが、"世界"がある。

だからこそ彼女は今までクラスでも目立たなかった。ロクに友人も作れなかった。

愛犬に対して甘やかす事しかしてこなかった。それは、優しさなんかじゃあない。

ルソーの方もきっと彼女が本当に好きなんだろう。俺が念能力者もどきでなくてもそれはわかる。

だけど、それは共依存ですらない。かくも残酷なすれ違い。無償の愛は、毒だ。

ルソーはただ、そこにあるもので満足しようとしているだけなのだ。

少しずつ同じ時間を共有できれば、それで。

 

 

「…嗚呼……何でだろうな………?」

 

「明智君、どうしたの。何だかとても悲しそうな顔をしているわ」

 

「……今日だけ、だ」

 

もしかすると今にも俺は泣いてしまいそうだった。

彼女と彼のそれが、人間同士ならきっとこうはならない。同じ世界なら。

……なら、俺はどうなんだ? 俺が愛しているのは本当に彼女なのか?

朝倉さんが仮にずっと俺を殺すチャンスを窺うままだったとして、愛せたのか?

あいつの、ジェイの甘い言葉に乗せられただけなんじゃあないのか?

感情が永遠に理解できない朝倉涼子、それを、宇宙人を、俺は愛せるのか?

 

 

 

――おい、何迷ってやがる、答えはもう出したんだ。

 

拾って帰るな、捨てて先へ進め。

俺の朝倉さんへの愛は嘘じゃないだろ。

今でもそうさ……俺は、彼女になら殺されても構わない。

きっとこの世界の何よりも穏やかな心で死ねる。

彼女のためではない、俺だけのために。

 

 

 

やがて長門さんはゆっくりこちらに近づいてきた。

ルソーくんへの宇宙式触診は完了したらしい。

 

 

「……」

 

「長門、さん」

 

「原因がわかった」

 

ぼそりと他の人に聞こえない声でそう言う。

残念だが長門さんに対して読唇術は難しかったから、ありがたい。

どうやらそれは超常的な何かが原因らしく、涼宮さんには聞かせられない。

……ほどなくして俺たちSOS団は撤退となったのだ。

 

 

 

そう、俺の弱さとして確立すら出来ていないそれと、阪中さんのそれは違う。

 

まだ何かを獲得する必要が俺にはあるらしい。

 

やっぱり世界はケチだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼宮さんと朝比奈さんは早い話がかなりまいっていた。

よって帰り道で他のみんなとはぐれたとしても、彼女らは気にしない。

俺含む他の五人で、帰り際の会議が始まった。

 

 

症状に関しては俺もちらっと見たが本当にルソーくんはダウンしていた。

死んでいるような様子ではないのだが、その場からまるで動こうともしない。

苦しい、重い、力が湧かない……そんな感情が彼から伝わった。嘘じゃないさ。

どうして人間相手にはこうも上手く相手の気持ちを感じ取れないんだろうな、俺は。

宇宙人相手でもそれは同じだった。やっぱり、俺は泣きそうだ。

 

 

「で、長門。ルソー……いや、樋口さんの家のマイクとやらにも取り憑いているかもしれないが、何が原因なんだ?」

 

「ケイ素構造生命体共生型情報生命素子」

 

「ようは地球外生命体の一種よ。肉眼では捉えられない、情報生命体ね」

 

「……すまん、俺にはさっぱりわからん。それはいつぞやのチュパカブラと同類なのか?」

 

「違う」

 

と明らかに長門さんは否定した。

俺は会話に参加できるような精神テンションではなかった。

 

 

「つまりどういうことでしょうか」

 

「それはあまりに原始的。情報統合思念体や未だ不透明な広域帯宇宙存在、あるいはかつて遭遇した原始的情報生命体とは比較にならない」

 

「何がだ?」

 

「次元に差がありすぎるの。私たちからすれば低レベルよ。と、いってもこの地球上のあらゆる情報を凌駕するでしょうね」

 

「……そうかい」

 

「なるほど。では、何が目的なのでしょうか? かつてのUMAは自らを拡散させるのが目的でしたが。まさか、今回のターゲットが犬とは」

 

そこから先は要約になる。

ケイ素構造体とはそもそもの情報生命体さんの宿主だったらしい。

共生型というか、まあ、ようは寄生型だろう。それはやはり宇宙から来たのだと言う。

そして"悪魔の手のひら"の如く、ケイ素は隕石化してあの川のエリアに接近。

結果として隕石は大気圏突入で燃え尽きたが、やはり三次元に情報は残存するらしい。

こうしてあの土地は呪われたわけだ。

 

 

「おそらく、それがもつネットワーク構造は犬類と同類」

 

「脳の事か」

 

「そう」

 

「感染を食い止める方法は……?」

 

「ウィルスじゃないのよ、キョンくん。ただ彼らの情報量が犬のメモリを食いつぶしているだけなの、一匹じゃ補えないのよ」

 

「しかしそれは地球上に存在するすべての犬科属らを使用しても補えない。不足している」

 

はっ。

こういう時にも何かで例えたくなるもんなんだな、俺は。

まるで。

 

 

「"バッファオーバーフローアタック"、だな」

 

「……それは何だ」

 

「あら、その名の通りじゃない」

 

「それがわからん」

 

古泉、お前のところのIT業界志望の理数クラス野郎はどうなんだ。

その頭脳はきっと専門学校に進学しなくとも、充分社会に役立つさ。

 

 

「ええ、聞いたことはありますよ。それについては不明ですが、僕にも推測はできます。バッファとはコンピュータ上で確保されているメモリの領域です」

 

「そうだ。つまり犬のメモリは現在パンクさせられている。その結果にあるのはコンピュータ制御の掌握……」

 

「だから情報生命素子は今も容量を確保しようとしているの。攻撃は一回やそこらで終わるわけないじゃない。どうせやるなら徹底的にね」

 

「……」

 

「はっ。馬鹿にしやがる。……だいたいな、ケイ素って何だ。それは今回とどう関係する? もともとの宿主がそれならそっちに移せよ。それくらいは出来るだろ」

 

ケイ素。

それはシリコンであり、半導体の材料。

俺はハードウェアのエンジニアではないが、コンピュータを扱う人間としては常識だ。

まさか"シリコンバレー"も知らずにあの業界へ飛び込もうとする奴など居るはずもない。

それはコンピュータにおいて一番大事な基盤に関わるのだから。

集積回路を構築する上で、欠かせない。

 

 

「地球上にある限りは、今回同様のケースは免れないでしょう。宇宙に送り返したいところではありますが……」

 

「古泉、お前さんの『機関』でも、金がいくらあっても足りないんじゃあないのか?」

 

「はい。残念ながら実現はほぼ不可能です。空から大金が一日中降り注ぐのを祈るばかりです」

 

期待してないさ。

だがやはり俺もルソーは心配だ。

そしてキョンもどうにかしたいようで。

 

 

「……他に方法はないのか?」

 

「あるわよ」

 

「ならさっさとそいつを消してくれ。それで終わりだ」

 

「消去は不可能。許可が下りない」

 

「おい、それは宇宙人のパトロンの命令か? ……ふざけやがって」

 

「タテ社会よねえ。他のプランはあるわよ」

 

どうやら情報統合思念体はその生命体をかつての俺のように、有益と判断したらしい。

……何だか俺も気に食わないな。いかにも偉そうじゃあないか。

ルソーくんや、まだ見ぬマイキーが可愛そうだとは思わないのか?

人間とコンタクトするなら、歩み寄るべきなんだ。

"一歩"が無理でもお互いが"半歩"なら、それは一歩分になる。

俺と朝倉さんは、二人で二歩だった。もう距離はゼロだ。

理不尽ってのは結局、ものの見方でしかないのかもしれない。

これだけは覚えておけよ、情報統合思念体。いつか、わからせてやる。

 

 

「物事の、片面だけで全てを判断するんじゃあない」

 

「同感だな」

 

「……」

 

「さて、どうしたものでしょうか。とりあえず朝倉さんが仰ったプランについて検討しましょうか」

 

「……やれやれだわ。私たちにも"出世"って制度があればいいのに。単純な利権関係しかないのよ」

 

今にもどうにかしてやりたい、そんな気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そうさ、この時の俺の感情はまったくもって正解だった。

 

何故なら俺が嫌いなら、あっちも嫌いになるのが感情ってものなのだから。

 

出来ればずっと覚えていた方が良かったんだろうな。

 

それに気付くチャンス、ヒントはいくらでもあったのだ。

 

何より、そのための"補助輪"だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……だけど、今日の話ではない。

 

"まだ"、ね。

 

 

 

 

 


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