異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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ポップ・ゴーズ・ザ・ファントム その一

 

 

 

仮に、"幽霊"が存在するとして。

 

そいつが見られる世界はどんな色なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺の"世界"は、かつて白と黒だった。

 

今は違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

是非とも幽霊いや亡霊どちらでもそうだが、とにかく霊的な感覚は皆無な俺からすれば出ない方が良い。

いや、実際には出ても出なくても判らないだろうし解らないのであって分からないから別に良いのか?

どこぞの俺を騙した電話の女はさておき、死後の世界に対して俺は否定的だ。

思うにそれはそれはつまらん世界であろうからだ。

やはり、完全なる死の忘却がそこにあるだけなのだ。そう、忘却であり虚無。

人が死ぬのは、生命活動を停止した時ではなく、人の死は、忘れられた時らしい。

……本当にいい言葉だと思うよ。

 

 

 

 

去年の十一月、SOS団自主制作映画の編集にとりかかった時の俺とキョンの会話だ。

いかにもキョンは疲れたと言わんばかりの溜息を吐き出し。

 

 

「……これ、来年もやるつもりなのか?」

 

「さあ。わからんよ」

 

「古泉の話によるとハルヒのパワーで現実世界がやばいそうじゃないか」

 

「でも、結局は大丈夫だったでしょ。フィクションなんだから」

 

「結果論で言えばそうだったがな、いつも運がいいとは限らんだろ」

 

「オレなんか幸運ってより悪運だけで生きてきてるようなもんだし、それに、いつも厄日ってわけでもないさ」

 

「……だといいがな」

 

キョンは何かを言いたげだった。

この程度の事は何回も既に話していることなのだ。

文字通り不毛な会話以外の話があるのならば聞くことにする。

 

 

「なあ、明智よ」

 

「……何かな」

 

「お前は人間が死んだらどうなると思う……?」

 

慌ててディスプレイから視線を外し、キョンの方を向く。

何が気になるわけではなく、ただ俺の話が聞きたいだけのようだった。

さて、どうすりゃいいよ。

 

 

「宗教的な話をすればいいのか?」

 

「どうでもいいさ。お前の考えが知りたいだけだからな」

 

「なるほどね。……オレは、そもそも人間が死んだとして、その先は無いと思う」

 

「天国地獄を否定するのか。それは何でだ」

 

「実際にはオレだって観てきたわけじゃあないさ。でも、ただ何となくオレはこう強く思うんだ」

 

「何を」

 

「『花も花なれ、人も人なれ』と」

 

そもそも、人が人を殺す必要なんてないんだ。

ある海外の探偵ドラマで聞いた台詞だ、『何故殺す? みんなどうせ死ぬのに』。

細かい部分は忘れたが、そんな感じの台詞だったと思う。

それが遅かれ早かれなのだ。必ず、死ぬ。

 

 

 

キョンは俺が言った言葉を聞いたことがなかったらしく。

 

 

「そりゃどういう意味だ」

 

「明智光秀さんのその娘さんの世辞の句さ。実際にはもう少し長いが、オレはこの部分だけで充分だと思ってる」

 

「で、まさかお前がその末裔なわけないよな」

 

「当り前だろ。……ようは、潮時を間違えるなって事だよ。この場合は人生についてだ」

 

「それが死後の世界にどう関係する」

 

「せっかく名誉ある死があったとしても、結局その先があったらオレは逆に馬鹿馬鹿しくなるよ。彼岸世界なんて無い方がいいんだ。無い方が、幸せなんだ」

 

「まるでお前は観てきたように言うじゃないか」

 

「だったらオレは、正真正銘の"怪物"だよ。レイ=フリークスさ」

 

「少なくとも北高において有名人、いや怪物扱いなのは確かだがな……。なら」

 

俺の根拠のない否定論を聞いたキョンは、続けざまに。

 

 

「幽霊も存在しないって言いたいのか?」

 

「うーん。どうなんでしょうねー」

 

「やけに適当になったな。主張がブレてないか」

 

「ならちょっと学説的な話をさせてもらうよ」

 

「いつも通りだ、好きにしろ」

 

「無い……とは言い切れないんだ、これが」

 

「何か理由があるのか」

 

受け売りになるが、俺だってそう思ってるからな。

話しながらだと編集がままならないので一時保存し、中断する。

いつもの長机に座り、相対する形でパイプ椅子に座した。

キョンじゃないが朝比奈さんのお茶が恋しくなるね。

 

 

「お茶が出せないのが申し訳ないね」

 

「構わんさ。お前にそれは期待してない」

 

「そいつはよかった。……キョンは、"素粒子"ってのを知ってるか?」

 

「知らん」

 

「だろうね。簡単に言えば、一番小さい物質単位さ。お前もオレも、人体を構成しているそれは素粒子だ」

 

「それで人体に対して説明がつくのか? どう考えても歯や爪は肌と違うぞ」

 

「当然だけど素粒子にも色々あるさ。キリがないからそこについては説明しないけど」

 

「で、お前は物理の教師にでもなりたいのか?」

 

「オレが今回、生物学じゃなくて物理学について語りたいってよくわかったね」

 

「お前はいつもそっちが好きそうだからな」

 

確かにそうだ。

生物学に対する知識は多少あるが、楽しいのは物理の方だからね。

でも、一番好きな科目があるとすればそれは世界史だ。

歴史の過程があって、今があるからね。

忘れるのは馬鹿がすることだ。笑えない。

 

 

「無から有は、生まれない。正確には生まれる事はあるが、人間の手でそれを駆使はできない。再現性は低い。これはこの世界の絶対法則。それが出来るのは神と呼ばれる超越的存在くらいだろうさ」

 

「ハルヒの願望を実現する能力とやらは、無から有を……お前の言うところの素粒子を発生させていると?」

 

「でも一部の方々はその意見に否定的なんだろ。オレは涼宮さんについて語りたい訳じゃあないからいいんだけど」

 

「なら何だ、幽霊も素粒子って言いたいのか」

 

「かも」

 

「それだけで幽霊を否定できなくなるってか? 目に見えないほど小さい粒になっていると」

 

「しかし実際にこんな話もある」

 

どっかの本で読んだ気がする。

実際に俺が検証したわけではないが。

 

 

「死んだ人間の身体が、ほんの少しだけ軽くなっている。と」

 

「……どういうことだ?」

 

「朽ちるにしても、それは多少の時間がかかる。でも、そうじゃあない。死んだその時から軽くなるんだ」

 

「どうして」

 

「それは所謂"魂"ってのが抜け出したから、だって考えてる連中がいる。魂は素粒子だ。人智を超える世界はまだまだある。……事実かは知らないけど」

 

「……勘弁してくれ。どうでもいいが、俺は呪われたくないんだ」

 

そりゃそうだろうな。

キョンは目頭を指で押さえている。

 

 

「『Pop goes the ghost!』 幽霊が出てきたってね」

 

「ハルヒがオカルトに傾倒してないのを願うばかりだ」

 

「でも宇宙人なら幽霊と戦えるんじゃあないの。オレは無理だけど」

 

「知らん、もういい。……そろそろ真面目に仕事するか。サボるとハルヒに怒鳴られる」

 

「アイ、アイ、サーっ」

 

とにかく幽霊が実在するとしても、俺は誰かに会いたいだなんて思ってはいなかった。

そりゃそうだろ? 別にシャーマンと呼ばれる人たちが本物だとしても、俺にはどうでもいい。

話す事など、何も無いからだ。俺は死ぬのが怖いんじゃあない、きっと、知るのが怖いんだろうな。

 

 

 

こんな話は忘れててよかったのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三月の上旬。

いや、もう中旬に差し掛かっていた。

 

 

 

わざわざ説明する必要はないが、この時期の学校のそれは"消化試合"に他ならない。

授業だってもうやる必要がないのにやっている感がある。真面目な奴からすれば時間を無駄にしたくないだろう。

だが俺は真面目というわけではない。自分の"図書館"にある本を、ただ、書き写しているだけ。

それが俺にとっての勉強であった。一度知り得た知識は全て"本"と化す、本はかけがえのない財産だ。

 

 

体育館の両脇、キャットウォークに座り込んでいると谷口が。

 

 

「つえーな、ウチは」

 

「女子だけじゃない?」

 

「国木田の言う通りだな」

 

俺もそう思うよ。

男子のパフォーマンスなんて程度が知れている。

もともと期待なんか1パーすらしちゃいなかったさ。

断言してやってもいいがこの1年5組内での男子最強は俺だろう。

だが無敵ではない。強さの比較値でしかないし、餅は餅屋だ。

それにしても体育系じゃない俺がそう思えるあたり、本当に程度が知れるだろう?

俺だって本気でやらなかったし、いや、やったらまずいでしょ。

 

 

「なあお前ら、どっちが勝つか賭けようぜ」

 

谷口が言うこの場合のお前らとは俺氏、キョン、国木田に他ならない。

ジュース一本ぐらいなら賭けてもいいが本当に不毛な賭けになる。

オッズは1:4だからな。

 

 

「きっと5組が勝つよ」

 

「俺も5組」

 

「じゃあオレは朝倉さんに」

 

「けっ。つまんねえ連中だな、賭けにならねえだろ」

 

事実女子に関しては無敵艦隊、大正義、暴虐の限りを尽くさんとする勢いで相手を屠る。

これが肉食系って奴なのか? いやいや、俺はカニバリズムに興味は無いぞ。

トマス・ハリスの【ハンニバル】は名作だけど。

 

 

「……俺だってあいつらとやりあって、生きて帰れる気がしねえ」

 

情けないが谷口の言う通りだった。特にこいつの場合は宇宙人持ちだ。

その最強チームのメンバーには涼宮ハルヒ、朝倉涼子、そして……。

 

 

「阪中佳実……」

 

さんだ。

今この瞬間に試合は決した、5組の勝ちで。

 

 

 

阪中さん、女子にしては高身長。

160cmある朝倉さんより高いだろう、周防よりも高い。

俺は体操服姿の女子を見ていて福眼じゃあ、とは言えそうになかった。

捨てたものは捨てたものであり、本来の持ち主に返すべきなのだ。

俺はそうした。まだ見ぬ俺がどうするのか、あるいはどうしたのかは知り得ない。

どっかのキテレツアニメでは、確か違う時間軸の同じ人物が出会うと世界がやばいみたいな事を言っていたな。

でもあれ嘘なんじゃあないのか? 原作では意識がないながら朝比奈さん同士が存在したシーンもあったし。

とにかく。

 

 

「……やりづらいんだろうな」

 

俺は無口キャラで行く事にしよう。

だからキョン、俺に会話を振るんじゃあないぞ。

お前に限らずキラーパスは本当に勘弁してほしい。

古泉はいつも仕掛けてくるからな。

 

 

 

因みに古泉が在籍する9組はそこそこ勝ち上がっていたが優勝ではない。

それどころか俺たち5組男子は9組に1落ちさせられたのだ。

頭脳だけが取り柄だと思っていた連中に土を付けられる。惨敗。

圧倒的屈辱であるが、俺は気にしない。

だって負けたのは俺のせいじゃあないんだから。

 

 

 

そしてこの『お前らが退屈だって言うから開いてやったぞ、感謝しろ』と言わんばかりの球技大会。

そんな事するなら休みを増やせ、授業を減らせ。

男子はサッカーで女子はバレーボール。はぁ、ドッジボールなら俺一人でも勝てるさ。

レイザーよろしく相手に死を予感させる球をぶつけていけばいいのだ。

サッカーにも言えるが、こういう時に"伸縮自在の愛"を使えると便利なんだろう。

本人の肉体スペックに依存される面はあるが、あの能力は単純だが便利だ。

ヒソカはよくあれを思いついたと思う。ピエロのくせに頭はいいんだよな。蟻と戦わないし。

 

 

 

一仕事終えた女子たちを眺めながら国木田は。

 

 

「それにしても、やっぱりすごいよね。女子は」

 

「そう言うと俺たちは悲しくなるぞ、国木田」

 

「だが実際そうだぜ。体育祭といい、あいつらハリキリガールもいいとこだ」

 

「谷口、お前は自分の彼女が大人しいからってそう言ってるんじゃあないのか?」

 

「最近俺はあれも悪くないと思い始めてんだ」

 

何故か時々やけに舌が回るけどね。

『この薬、第一の奇妙には舌のまわることが、銭独楽がはだしで逃げる』……ってな。

きっと周防は飲んでるに違いない。そのまま薬漬けで廃人になってしまえ。

二度と腹を抜き手で刺されたくはないのだ。……あいつはルイージかよ。

俺が使う"絶"とルイージさんの"絶"は別物だ。あっちは"縮地"だからな。

 

 

 

ともすれば国木田は不思議そうに。

 

 

「だけど涼宮さんも朝倉さんも、何で運動系の部活に入らないんだろ」

 

「だとよ、明智」

 

「涼宮さん担当はお前でしょ? 説明をセパレートしてもいいよ」

 

「へっ、そりゃ聞くまでもねえ。わけのわからん部活のせいだろ。そこの馬鹿のせいで朝倉まで後追いだからな」

 

「オレだって怖かった。部室に来られた時は死を覚悟したね。……やっぱりジャック・ニコルソンだよ」

 

「何が言いたいんだお前は」

 

キョン、古い作品だからわからなくていいさ。

もっと小説――この場合は映画だが――をとにかく見た方がいい。

精神の成長にも、退化にも、どちらにでもなる。それを見分けるのは本当の成長だ。

 

 

「どこに価値を見出すのか? ……結局、人生の中間点はそこにある」

 

「最終目標じゃないのか」

 

「まさか。何度も言うが、お前はそこで満足するのか」

 

そうだ、『結局のところ人間はそこにあるもので満足しなければならない』。

これ、俺が最初にお前に言った言葉だけど、元々は原作のお前の台詞なんだぜ。

キョンは涼宮さん相手に言ったんだろうか。それは俺が知らない世界だ。

 

 

でも、キョンは満足してないように言ってくれる。

 

 

「……どうだろうな。わからん」

 

「オレは違う。オレは、新しい"道"を選んだ」

 

「何の話?」

 

「国木田よ、明智の事は気にしなくていいぞ。部活じゃいつもこうだからな」

 

そう聞いた谷口は本当にどうでもよさそうな態度を見せてから。

どうでもいい自慢話を開始した。そろそろフられていいよ、お前。

 

 

「どうでもいいっつの。最近の俺の楽しみは日曜にあいつとぶらぶらする事だからな」

 

「それって例の彼女さん?」

 

「何を話すでもないんだがな、俺は後をついていくだけだしよ」

 

「けっ。どうにも俺の周りはお花畑連中が多い気がするぜ」

 

「いいことじゃあないか」

 

「どこがだよ」

 

……そう、こういうのは悪くないのさ。

何を話すでもなく、中身のない会話を続けていく。

それは余裕の裏打ちがあるんだ。平和、安寧、自由。

これこそまさに他愛もない友人との会話。

立派な青春模様さ。

 

 

 

 

 

 

 

――『ああ、そうさ、認めてやるよ』。

 

 

俺はこの時が、最後の平穏になるかも知れない事を感じていた。

 

そう、決着、あるいは戦争。

 

確実にその時は迫っている。

 

今や目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だが、今日じゃあない」

 

とりあえずワンクッション置かせてくれよ。

 

 

 

 


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