異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第五十九話

 

 

小説のジャンルなど、得てして多数のものが複合されている。

 

最近はどうもキマイラじみている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり涼宮さんのくじによってジャンルが設定されたと言えど、それ一つだけではない。

アクションものを書いたとして、ラブロマンスだってあった方がわかりやすいだろう?

映画なんかはとくにそうだし、小説においてもそこまで差は無い。

いかに文字を活かすか。それだけである。

 

 

「……いやね、うん、いいと思うよ朝倉さん」

 

「わざわざ難解に書くのは疲れたわ」

 

「初めて書いたとは考えられない、"ピカレスク"を実に理解していると思うよ」

 

「わざわざ調べたもの」

 

「でも、さ、これさ……」

 

やっぱり俺が出てるだろ。

知らない人が見たらわからないと思うけど、俺にはわかった。

 

 

「いいじゃない。涼宮さんは何も気にしてなかったわよ」

 

「単に悪役を描けばいいわけじゃあない。モノローグに挿話を加え、社会や世界に立ち向かっていく……。そうだよ、それがピカレスクさ。とくに日本人は明るい話が好きなんだ、単に暗い話にすればいいわけじゃあない」

 

「問題はないわよね」

 

「……オレがどうこう言ってもしょうがないさ」

 

印刷された原稿用紙を朝倉さんに返す。

今日は土曜日だが、どうやら団員の作品に関しては問題ないらしい。

キョンもズバッと書き始めている。

 

 

 

明日は休みだといいんだが、な。

その辺はお前さん次第なんだよキョン。

 

 

「ようやく出発進行か。そのまま機関車の如く突き進んでくれよ」

 

「……お前は来なくても良かっただろ」

 

「それはノルマの話だろ? キョンだってこの前みんなで製本作業にかかればいいとか言ってたでしょ」

 

「なら放っておいてくれ。……それに今日終わるとは限らん」

 

「オレに散々ヘルプを希望しといてその扱いたあ、泣けるよ」

 

「感謝はしてるがそれはそれだ」

 

さいですか。

古泉はいつも通り気味の悪い笑みを浮かべ。

 

 

「どうやら無事に完了しそうですね。涼宮さんたちが戻ってくるまでには終わればいいのですが」

 

「古泉。そりゃ厳しいな。あることないこと書くのはこんなに辛いなんて思ってもいなかった」

 

「いい人生経験だろ」

 

「だったら俺はこの一年間でどれだけレベルアップしたんだろうな」

 

「……十三ぐらい?」

 

「世知辛いじゃねえか」

 

世の中そんなもんだよ。

現在朝倉さんを除く女子三人娘は、なんと土曜にも関わらず各方面の自宅を廻り、成果物を回収している。

下手な借金取りより恐ろしくて仕方がない。これで朝比奈さんが居なかったら谷口はショック死するな。

ただ、コンピ研の連中に関して言えば昨日の段階で既にゲームレビューを提出していた。

ちなみに、ヤらしいゲームについては取り扱っていないぞ。

俺にはよくわからないテーマのアクションとか、シューティングとか、シュミレーターとか。

自分で買ってやろうとは思わないが、それらソフトに関してはしっかり書いてあった。と思う。

 

 

「嗚呼、俺は朝比奈さんのお茶が恋しい……」

 

「僕でよければ淹れましょうか?」

 

「それを飲んだ瞬間に俺の執筆は永遠に停滞するだろうな」

 

「では遠慮しましょう」

 

「それ俺がする方だろ」

 

ちなみに俺だって古泉のお茶は飲みたくない。

コーヒー派の俺でもお茶に興味を持てるぐらいには朝比奈さんは凄い。

キョンの場合はただの現実逃避でしかないのだが。

 

 

「しかしながら、こういうのも実に面白いものですね」

 

「次はもうやらなくていいからな」

 

「ですが年に一回は機関誌を発行した方がいいでしょう。会長ではありませんが伝統は重んじたいものです」

 

「それは長門と明智に任せる。俺はもういい。少なくとも恋愛小説だけはごめんだ」

 

「ふざけんな」

 

「ぶざけてねえよ」

 

朝倉さんはこっちの会話に入るつもりは無いみたいだ。

ミネラルウォータを飲みながら他の団員が出した原稿を読んでいた。

暇つぶしのつもりらしい。

 

 

「涼宮さんはあなたの過去に興味があるのですよ」

 

「俺の過去なんか何もないぞ」

 

「そうかもしれません、ですが、そうじゃないかもしれません。あなたの価値観と涼宮さんのそれが違う事はご存じかと」

 

「とっくにな」

 

「別に後ろめたくなけりゃいいんじゃない? この勢いで覚えてる事全部書きなよ」

 

「馬鹿が。誰も得しねえよ」

 

「では僕の過去はどうでしょうか」

 

「……意味がわからん」

 

さも得意げに古泉はそう言った。

個人的に気になる方ではあるが、別にいいよ。

 

 

「こう見えて僕にも色々あるのですよ。超能力者とは関係なしに、常人とは違う日常を過ごしてきました」

 

「お前が常人だったら俺の方が異常者になっちまうからな」

 

「その僕が味わってきたものの片鱗を知りたいとは思いませんか?」

 

「面白そうだね」

 

「そりゃ、どっちかと言えば知りたいが」

 

「残念ながらこの場に相応しい面白可笑しいエピソードはありません。『機関』に関してもそうですよ。内部では本当に色々あります」

 

「そうかい。なら寂しくなったら聞いてやるさ」

 

「いつか自叙伝でも書こうかと思ってるぐらいです……。明智さんはどうですか?」

 

最初から俺を狙っていたかのようなキラーパスだな。

まるで俺が話す空気になったとでも勘違いしてないかお前さんは。

 

 

「どうもこうもないさ。オレだって普通だ」

 

「嘘つけ。普通の奴が異空間に部屋を造ったり、UMAや宇宙人をボコボコにできるかよ」

 

「あの時の偽者は例外として、周防九曜はマジできついって。タイマンだったらまず負ける」

 

本当に朝倉さん(大)が居なかったら詰んでいた。

一張羅もそうだけど、中のシャツだって使いものにならなくなったんだ。

裂けるわ穴は開くわ血がべっとり付くわ。もう二度と御免だ。

でも、二度ある事は三度あるらしい。正確にはファーストコンタクトを入れると四度目。

本当に来ないでくれ。谷口、お前の彼女だろ、何とかしろ。

 

 

「互いの全てを知り得るなど、それはとても稀有な事なのです。仮に過去を知り合ったとしても、現在進行形の感情までは無理でしょう」

 

「そうかしら?」

 

視線は原稿用紙に向けながら朝倉さんが古泉の言葉に反応した。

どうでもいいから変な事は言わないでくれよ。

 

 

「はて、どういうことでしょうか」

 

「それはあくまで稀有なだけに過ぎないって事よ」

 

「なるほど。我々は確かにそう言える存在でしょう。それに、朝倉さんであれば猶更」

 

「一応言っておくけど、オレは読唇術は出来ても読心のほうはてんで無理だ」

 

「僕なんかそのどちらも出来ませんよ。ですが、言葉が不要な時というのもあるのは確かかもしれません」

 

「そうね」

 

「……続きにかかるとする」

 

それから暫くして涼宮さんと他二名は戻って来た。

俺からすれば機関誌の表紙など、適当なタイトルだけが印刷されていればそれでいい。

しかし肝心の鬼編集長はそれを許すはずもなく、挿絵のみならず表紙まで書いてもらってきたらしい。

谷口と国木田のノルマこそ引き伸ばしがあったが、月曜には無事に全ての内容が出揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『11月15日 

 

 

自分が何を書けばいいのか

 

それはわからない

 

いや、こうして何か書くことできっと自分は否定しているのだ

 

現実から逃げているに過ぎない

 

11日の出来事について、今更後戻りしようとは考えていない

 

それは彼女からの逃避でもなく、妥協でもなく、侮辱にしかすぎない

 

 

 

……わかっている

 

今自分が行っている行為すら、実際はただの侮辱

 

最低限の思考能力を回復するまで

 

 

 

2日分だ、かかった

 

そう11月13日、この日を決して忘れないだろう

 

死んでも

 

 

 

肝心の11日についてを忘れていた自分だったが、悔やんでもキリがない

 

 

 

……ああ、そうさ、認めてやるよ

 

今でもひょっこり顔を出すんじゃあないか、そう思っている

 

死人に口が無いどころか、実体のない、ただの亡霊だというのに

 

今更、だな

 

 

 

 

だが一つだけ確かな事は

 

花は花なれ、人は人なれ

 

 

 

僕はもう

 

 

 

創作活動なんか、二度と、しないって事――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて、ここからは後日談とやらになる。

 

 

 

問題なく機関誌は完成した。

特別性能がいいわけではないコピー機で印刷した紙切れどもを、巨大ステープラーで纏め上げる。

因みにあれと打ち込み式のは本当に危険だ。後者に至っては数メートル以内なら充分人体に針が刺さる。

昔放送室の壁に向けて撃って遊んでいた記憶がある。危ないので絶対に人に向けてはいけない。

 

 

 

内容に関して触れさせてもらうと、歴代のそれと比較できないから何とも言えない。

だがこの機関誌単体だけで言うならば、俺の中では73点をくれてやってもいい出来栄えだった。

ちなみに基本的に辛口評価な俺にとって70点台は充分通用するレベルだと言う事になる。

見た目は度外視している、と言っても俺は80点より上はなかなか出してやらない。

俺の中での94点は良くも悪くも、【ハックルベリー・フィンの冒険】だ。

100点を出した事はない。俺がジーヴスに抱くそれは文化的かどうかという観点だけなのだ。

 

 

 

 

即日配布完了を確認したキョンは。

 

 

「一生分の文章力をそこに使った気がする」

 

「キョン、本気かよ」

 

「あたしは楽しかったな」

 

「そうですよね、朝比奈さん。俺も何か書ければいいとは常々考えていたのですが、如何せん……」

 

白々しい奴だな。

その様子を古泉と長門さんは無言で見ている。

しかし古泉は俺の方に何か言いたいことがあるらしい。

 

 

「どったの、センセー」

 

「………」

 

「これはちょっとした思いつきなのですが、修学旅行の件で」

 

はあ?

いくら何でも気が早すぎるだろう。

まだ三月で、しかもホワイトデーその手前なんだ。

春休みが待ち遠しい時期であり、修学旅行は半年以上後である。

 

 

「何せ、一日二日ではありません。そして合宿と違い『機関』が全部関わる訳にはいかないのですよ」

 

「本気で言ってる?」

 

「不可能だ、とは言いませんが。そんな事をしたら後が無くなりかねません。カネがどこからともなく湧いてくるのであれば別ですが」

 

本来ならば笑いながらイベントを考えるのだろう。

しかし古泉のそれは真剣な表情である。わかってるさ。

 

 

「お前さんはつまり、涼宮さんを楽しませるイベントについて俺に話しているわけじゃあない」

 

「ええ。その機会に便乗して『機関』の穴をついて涼宮さん……いえ、我々を狙う輩が動かないとは言い切れません」

 

「………」

 

「今の内から作戦でも練るのか? まだタイムスケジュールも出ちゃいな――」

 

「そう言うと思いまして、既に用意しました」

 

「――え?」

 

古泉の手には、極秘とハンコを押された白い小冊子。

ぱらぱらっと読むが、これはどうやらプログラムらしい。

修学旅行の。2007年度版の。

 

 

「こっちにカネ使うかよ……?」

 

「費用対効果ですよ。当然、『機関』とて日程中は動きます」

 

「でも、限界がある」

 

「よってあなたと朝倉さんにも協力して頂きたいのですよ」

 

「陰ながら、か?」

 

「大ごとにはしたくありませんので」

 

「……あいよ」

 

どうせそれは無理だと思うけどね。

うまくいった試しがないからだ。

 

 

そして今からこんな懸案事項を抱えるのか?

半年以上も後なのに?

 

 

まだ二年生にもなってないんだがな。

どうもこうもないじゃないか。

 

 

 

 

そして各方面へのあいさつ回りを済ませ、遅れてやって来た涼宮さん。

彼女は置かれていた文芸誌がきれいさっぱり消え去った長机を見て、満足そうに。

 

 

「……うん。じゃあみんな、あのヘボノッポの所へ行きましょう。ぎゃふんと言わせてやるのよ!」

 

生徒会に報告しにいくようだ。

それもわざわざSOS団全員で。

会長殿は悔しがらないと思うけども。

 

 

「この話はまた後程に」

 

「聞かなかった事にはしないでおいてやるさ」

 

「これも、世界平和のためですから」

 

「いいや違うね。SOS団のため。それでいいだろ?」

 

「はい」

 

 

 

 

 

――だけど、いつも通りに。

 

 

「それも今日じゃあないのさ」

 

 

 

 

 

 

 

当面はホワイトデーのお返しが、俺の課題だった。

 

 

 

 

 








【没タイトル】



・編集長★滅多刺し!
物騒すぎる。
これではまるでハルヒが刺されるみたいである。


・異世界人こと俺氏の残業
世界観が違う、何よりもとの憤慨が二話収録なので没。


・俺氏とユカイな文芸部員たち
多分こっちでよかった
 


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