異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第八話

 

 

 

 

 

 

――付き合う(つきあう)。

その一、行き来したりして、その人と親しい関係をつくる。

その二、行動をともにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば、買い物に"付き合う"というのは二番目の意味である。

主によく"付き合う"という単語だけで相手を勘違いさせてしまったり、からかわれる原因はここにある。

そして、恋人として"付き合う"というのは一番目の意味から派生している表現。

 

 

さて、思考停止から何とか持ち直さなくてはいけない俺は、朝倉さんの言葉がこの場合、どちらの意味に該当するのかを必死に考えていた。

判断材料が少ないのだ。

 

 

「……は? じゃないわよ。ちゃんと聞いてたの?」

 

どうやら声に出ていたらしい。

 

 

「その、聞いてたつもりなんだけど、オレには本当に意味がわからないんだ。どこか行きたい場所でもあるのかな」

 

「あのねぇ。"自分と付き合ってください"って言われたら、普通は男女交際のお願いなの。この星の有機生命体における一般常識を基に構築された、私の知識ではそうなってるわ」

 

「…………あ、うん。それはわかったんだけど、なんていうか、その。何故、Whyの部分が抜けている気がするんだ」

 

「私じゃ不満なの?」

 

不思議そう、あるいは信じられないといった表情でこちらを見る朝倉さん。

朝倉に不満があるわけではないのだが、何かを満足した覚えもない。

つい十数分前までナイフを向けられるような仲だったのだ。

というか、俺が言いたいのはそういう事じゃない。

 

 

「まさか。でも、突然そんなこと言われたらいくらなんでも慌てるさ。だから、オレは何故朝倉さんが急にそんな事を言い出したのか、意図がわからないんだよ。オレを混乱させるためだけに、そんな条件を突きつけるのなら拒否するよ。この場合、君も解放しよう」

 

「はぁ……。キョン君もそうだけど、あなたも大概ね」

 

そう言うと朝倉はいつものにこにこ顔に戻り、話を再開させた。

 

 

「さっきも言ったけど、私が裏切ると急進派は快く思わない。何せ、私は長門さんと同じく涼宮さんに近いもの。今後は私みたいな独断専行がし辛くなる、と考えるはずよ」

 

「うん、だから朝倉さんも狙われる可能性が出てくるんだよね?」

 

「実際には急進派といえど私が裏切ったところで、独断専行と限らずに、まず何も出来ないわ。それだけ現状のパワーバランスは拮抗してるの。未来人、超能力者も含めてね。さっきああ言ったのは、私が中道派に回っても結局は涼宮ハルヒの監視だけ。何も変わらなくてつまらないからよ」

 

俺の覚悟とは何だったのか。これではただのおのぼりさんである。

面白いかどうかの二元論が彼女の大義なのだろう。

 

そんな俺の気持ちも知らずに朝倉は「だからね」と言って、話を続ける。

 

 

「あなたを監視することにしたわ」

 

無慈悲に再投下される爆弾発言に、俺は自分の分に入れたお茶がむせ返る。

朝倉さんはマジで俺の錯乱が目的なんじゃなかろうか。

 

 

「だって、涼宮さんを監視する役目は長門さんがしてるじゃない。長門さんと同じ事をしてもつまらないわ。それだったら、付き合っちゃえば身近であなたを観察できるわ。その方が面白そうだもの」

 

「すまないけど、オレはその期待に応えられるほどの面白い人間じゃないよ」

 

「あら、自分の言ったことも忘れたの?」

 

何か俺は彼女の琴線に触れるほどの発言をしたのだろうか。

やがて朝倉さんは、今日一番の笑顔でこう言った。

 

 

「私の事を守ってくれるんでしょ? 責任とってね」

 

 

今にして思えば、俺のその台詞はまるでプロポーズにでも使うような。

キザったらしい言葉だった。

 

 

 

その後は。自虐を交えてどうにか朝倉さんに諦めてもらおうと発言するオレに対し。

自分の事を悪く言う男子はデリカシーがない、だの、守るって言ったのは嘘だったのか、だの、守るなら私の傍にいないとおかしい、だのエトセトラ。

今まで明らかに俺の方が勝っていたはずだ。

しかしいつの間にか主導権が朝倉さんに奪われ、結局のところ俺は「まあ監視が目的みたいだし気にするほどでもない」と自分に言い聞かせ。

最終的には俺氏サイドが折れる形で話は決着した。

 

その認識が間違っている事に気づくのに、長い時間はかからないのだが。

 

 

 

 

交渉は成立し、湯呑もぬるくなってきたので俺は、今後について考える必要があると言った。

朝倉も派閥を寝返る手前、その必要性は感じているようだ。

 

 

「ただ、情報統合思念体さんが朝倉さんをどう判断するかわからないからね。続きはとりあえずここを出てからだ」

 

「何か狙いがあるの?」

 

「手札は多い方がいい」

 

「いいわ。で、肝心のここからの出方を教えてくれる?」

 

「簡単さ」

 

そう言ってオレは、朝倉さんの数メートル後方にあるドアを指差す。

 

 

「あそこから出るだけさ。そうすれば、一年五組の教室に戻れる。まさか、ドアの開け方ぐらいわかるよね」

 

「一発殴っていいかしら?」

 

本当に殴られました。

グーで。

右わき腹を。

 

 

 

 

 

教室に戻り、掛け時計を見ると既に六時になっていた。

この時間までなると残っている部活も限られてくる。

SOS団の女子は全員帰宅したのだろうか。

 

 

「それで、どうするのかしら」

 

「キョンと長門を交えて情報統合思念体さんにお願いするのさ。朝倉涼子も涼宮ハルヒの関係者だ、って。あの二人が居た方が確実じゃないかな」

 

「今から集まるつもり?」

 

「早い方がいいさ」

 

ブレザーの右ポケットから携帯電話を取り出し、キョンにかける。

数回のダイアルの後に『何だ』と声が聞こえた。

 

ちなみに、北高ではとくに携帯の持ち込みは禁止されていない。

北高が進学校気取りなだけあって、俺のクラスでは今のところではあるものの

授業中に携帯を弄るような不届き者はいない。

 

 

 

『お前から電話があるとは思わなかったよ、何せ初めてだからな。それで、何の用だ』

 

「薄々気づいているんじゃないの?」

 

『知らん。用があるならはっきり言え』

 

「今から長門さんが住んでいるマンションの前まで来てくれないかな」

 

『理由を教えてくれ』

 

「そろそろ聞きすぎて耳にタコができたと思うけど、涼宮さん絡みで話がある』

 

『やれやれ。また涼宮か……。しかし、どうしてあのマンションの前なんだ?』

 

「こっちにも事情があってね。長門さんも必要なんだ」

 

『……しょうがねぇ。今度俺に奢れよ』

 

「ジュースぐらいならいいよ」

 

『馬鹿言え。メシだ、メシ』そう言ってプツリと電話が切れた。

この調子でいけば七時には集合できるだろう。

 

 

「長門さんの部屋に集まるの?」

 

「アポなしでも大丈夫だと思ったからね。それに、朝倉さんの家は同じマンションでしょ?」

 

「まったく。私の家まで知られてるなんて」

 

携帯電話をしまい俺は、さぁ行こうか、と何やら不気味な笑い声を出している朝倉さんに声をかけようとした。

するとその時、なんと彼女が俺の右手に自身の左手の指を絡めてきたのだ。

 

 

「あの、朝倉さん。いったい何をしているんでしょうか」

 

「なぁに。もっと驚くかと思ったけど、とくに反応はないのね」

 

「いやぁ、驚いてるよ。うん。さっきから、もう、驚きの連続で、ついていけない」

 

「もう。私たちは仮にも付き合っているのよ。これぐらい普通でしょ。世の中の交際している男女は、移動の際に手を繋ぐと聞いたのだけど」

 

彼女のこだわりはどこから来るのだろうか、俺にはわからない。

それにその知識は正しくもなんともない。

 

 

「とにかく、困るよ。出来れば放してほしいんだけど」

 

「嫌、なの?」

 

困った表情をしながら上目づかいでこっちを見る朝倉さん。

未だに手は握ったままである。顔が近い。

 

まぁ、別に嫌じゃないんだけどね、あはは。と俺が言ったその瞬間。

ガラッと教室のドアが勢いよく開かれ、

「うぃーっす」と言いながら誰かが中に入ってきた。

 

 

「忘れ物~。……ぬぅわっ!!」

 

手を繋ぎながら見つめあっていた男女。

客観的に考えても、それはただの友達がするような行為ではなく。

教室に忘れ物を取りに来たらしい谷口も例外なくそう判断したのだろう。

 

俺たちを見て奴は口をポカンと開け、顔はこの世の絶望を見たかのような表情だった。

その後、悔しそうな顔に変化した涙目の谷口は、何とか自分を取り戻して、「すまん」とこちらに一礼すると、絶叫しながら教室を出て行った。

 

 

「彼、面白かったわね」

 

「はは、ははは……」

 

このイベントは本当に回避できない類のものだったのだろうか。

てっきり谷口は流石に帰っているものだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で朝倉まで居るんだ?」

 

七時にギリギリ間に合って到着したキョンが発した第一声だ。

微妙な顔で朝倉と俺を見る。

 

 

「それも後で説明するよ」

 

「うふふ。よろしくね、キョン君」 

 

 

かったるそうな顔をしたキョンを引き連れ、玄関口へ向かう。

朝倉さんがパスワードを打ち込み、ガラス戸を開け、エレベーターに乗って長門が住んでいる708号室の前まで来た。

 

朝倉さんがインターホンを押すと、数十秒の沈黙の後に、ガチャリと音が聞こえて長門が「入って」と顔を出した。

 

 

 

相も変わらずに殺風景な部屋の中心に置いてあるコタツに全員が座る。

座席は俺から見て左が朝倉さん。俺の利き手が左だと知っている上での着席である。

朝倉の左側が長門で、俺の右がキョンという席になっている。

 

最初に口を開いたのはキョンだった。

 

 

「で、これは何の催しだ」

 

「結論から言うとオレは異世界人。聞いたと思うけど長門さんは本当に宇宙人で、朝倉さんも宇宙人だよ」

 

「……」

 

 

長門は沈黙し、朝倉さんは恒例のにこにこ。キョンは呆れて物も言えない様子だった。

 

 

「ま、今日はキョンに俺の正体をバラすってのも目的の一つなんだけど。オレの本題は、長門さん、もっと言うと上司の方にあるんだよね」

 

「どうぞ」

 

話をして構わないという意味らしい。

俺は置いてかれているキョンを無視して話を始める。

 

 

「朝倉さんは本日付で急進派から抜けて、中道派に回りたい。彼女の任務は涼宮ハルヒの監視をする長門さんの補助と、オレの監視。その許可が欲しい」

 

「……」

 

俺の要求を耳にした長門は目をつむり、沈黙した。

おそらくだが情報統合思念体と通信しているのか。

やがて、目を開けた長門は口を開いた。会話にすると例によって長いので要約。

 

情報統合思念体は任務を与えるだけで、よほどのことが無い限りインターフェースを放置しているらしい。

つまり、どこの派閥に回ろうが知った事ではないとのこと。

いい加減な上司だな。

 

しかし、自称異世界人の俺が未だによくわからないらしく。

監視するにしても朝倉涼子を割く意味があるのか。と言われたらしい。

まるで娘に出てってほしくない父親だな。朝倉さんも不満そうな顔である。

 

つまるところ。

 

 

「イレギュラーである明智黎の必要性が知りたい」

 

ま、朝倉さんが通信を断っていた以上。教室の立ち回りを情報統合思念体は知らないのだろう。

 

 

「わかった。キョンも退屈してただろうし、眠気覚ましにはちょうどいいかな」

 

俺はそう言って立ち上がり、長門の部屋の壁に手を当てた。

すると、教室で俺と朝倉を呑みこんだ黒い渦が壁に現出する。

それは手のひらほどの大きさだったが、やがて人一人は入れるほどの細長い楕円形となった。

 

 

「な、なんだそれは」

 

「オレの後に続いてこれに入ってくれ。害はない」

 

 

先に行って待っている、とだけ言い残して俺はすっと歩くように黒い壁に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ説明してくれ」

 

最後に穴に入ったキョンは。思考を放棄したらしい。

俺たちが居るのはさっき朝倉と俺が居た部屋と同じ広さだが、黒を基調とした花柄の壁紙が貼ってあり、ダイニングチェアにテーブル、テレビ、小さな冷蔵庫。

床にはイエローベージュとブラウンのタイルカーペットが交互に敷いてある。

 

 

「あら。一番遅かったくせにその態度なの?」

 

キョンは朝倉さんと長門が続けて入ってきてから五分ほど経過してようやく入ってきた。

多分、現実逃避していたか、びびっていたのだ。煽られるのも無理はない。

 

 

「とりあえず。長門さんの横に席が空いてるだろう、そこに座ってくれ。ここは来客用の部屋だから冷蔵庫しか置いてなくてね。キッチンがない。まぁ、缶ジュース程度しか出せないが許してくれ」

 

俺はそう言うと席から立ち、冷蔵庫から缶コーラを出して

長門の横の席に着席したキョンの前に置く。

置いてあるテーブルは長い辺にして、椅子を四つは置ける長さがあるのだが、朝倉は相も変わらずに俺の左側に着席している。

キョンと長門の2名と比べて心なしか、俺と朝倉さんの席の感覚が狭い気がするのだが。

 

 

「結論から言うと、この部屋そのものがオレの力だ。オレが知る限りではこんな芸当ができる一般人はいないはずだけど」

 

「ちょっと待て、何かのトリックじゃないのか」

 

「キョン。君は今、得体の知れないモノに出会ったことで一種のパニック状態に陥っている。理解が追い付かないのも無理はない。けれどこれは現実に起きている出来事で、君が今まで受けてきた説明もおそらく本当の事さ。全部涼宮の仕業って訳だ」

 

「……信じ切っちゃいないが、ここまで口裏を合わせられたら少しは妙だと思う。お前だけならともかく、朝倉までグルらしいからな」

 

「オレ自身について語れることは、そう多くないんだ。涼宮ハルヒに呼ばれた異世界人。そうとだけ認識してくれれば結構さ」

 

「で、長門と朝倉の二人が宇宙人と」

 

「そこら辺は追々納得してくれればいいさ」

 

「長門さんは、この空間が解析できるかしら? 私じゃちっともわからないのよ」

 

「私にもわからない」

 

長門はいつも通りの無表情で朝倉さんの質問に答えた。

こいつらの個体性能差がどこまであるのかは不明だが、原作での描写では長門の方が立場は上みたいだから朝倉も尋ねたのだろう。

 

「ただし、推測は可能」

 

「俺にもわかるように聞かせてくれ」

 

「この空間は少なくとも既存の物理法則では説明できない何かで構成されている。壁紙や家具は一般に流通されているものだと思われる」

 

「それくらいは私にもわかるわ」

 

「問題はその前」

 

「どういうことだ」

 

「明智黎が私の部屋に生み出した黒い穴。視覚上では穴があるように見えたが、実際に壁の構成が改変されたわけではない。先ほどの明智黎の発言を加味すると。彼の能力は空間転移ではなく、空間そのものを生み出す力だと推測される。これが、情報統合思念体の出した結論」

 

長門のその言葉を聞いた朝倉さんも情報統合思念体と通信したのだろうか、言葉を失っていた。

 

 

「長門。それは宇宙人仲間とやらの朝倉が驚くほどの事実なのか?」

 

「我々の情報操作能力をもってしても、無から有を生み出す事は不可能」

 

「私たちにできる事は、主に現実世界の物理法則を制御することなの。例えばキョン君が今飲んでいるコーラを冷たくすることも、熱くすることも出来るし、その気になれば天気や時間も操れるわ。でも、その能力でコーラを創る事はできないの」

 

「なんとなくしかわからん」

 

そう言ってキョンが残り少ないであろうコーラを飲んだ瞬間、彼は目を大きく開いて驚愕した。

 

 

「驚いた? 今の話の最中に、コーラをただの冷水に変化させたの。でも、こんなくだらない事をするのにも情報統合思念体の許可が一々必要だから、そこまで便利なものじゃないけど」

 

「……」

 

軽い悪戯をした朝倉はキョンに「ごめんね」と謝った後、俺の方を向いて笑顔でこう訊ねた。

長門は心なしか朝倉を窘めるような視線である。

 

 

「それはそうと明智君。まだあなたからここの具体的な説明がないわよね?」 

 

「わかってるさ。結論から言うと長門さんの推測は正しい。ここは俺が作った空間で、実在する場所じゃない。ワームホールのようなものを開けてその中に居るとでも考えてくれ」

 

「ワームホールとは。異世界的なのか宇宙的なのかよくわからんな」

 

「あくまで例えだよ。実際には原理が違うけれど特に説明はしない。オレのは技術(ワザ)だ、人間には未知の部分がある。この世界で解明されていないように」

 

「ユニーク」

 

「具体的な数字は伏せさせてもらうけど、似たような空間は他にもある。ここより広いところもね。オレは能力によって出来た空間を文字通り"部屋"と読んでいる。この部屋は最初に言ったように来客用さ。オレの能力には使うにあたって、いくつかのルールがあってね。条件次第では君たちも部屋へ出入りが出来る」

 

「お前がいなくてもか?」

 

「ああ。先ず部屋に入るには、オレがさっきやったみたいに、壁や床といった固定された場所に手をかざして穴の入口を作る必要がある。どの部屋へ行くかは入口を作成した時に設定する」

 

「俺が手をかざしても壁に穴が開くとは思えんぞ」

 

「当然さ。残念ながら入口を作れるのはオレだけでね。でも、あらかじめその場所にオレが入口を設置しておけば、他の人や物も部屋の中に入れることができる」

 

「だから家具が置いてあるのか」

 

「流石にそんなものまで創れないからね。色々と置いてる方が便利だろう?入口はこの部屋に入ると同時に閉じるから、部屋を出るにはそのドアを開けて出ればいい。そうすれば元の場所に戻れる。これに関しては誰でも可能だよ」

 

「まるで隠れ家ね」

 

「その通り。オレはこの能力を"臆病者の隠れ家(ハイド・&・シーク)"と呼んでいる。文字通りのかくれんぼにはうってつけさ」

 

と、ここまでは基本事項でこれからする補足事項の方が重要なのである。

今説明した内容だけでは、この能力が特別に優れた技だとは言えない。

 

 

「先ず、部屋にはそれぞれ異なる上限の数で、入口が一度に設置できる。これによって別の場所から一つの部屋に集合する事が可能だ」

 

「その場合、外に戻る時はどうなるんだ?」

 

「ドアは一つしかないが、通常通り、各々の入ってきた所へ振り分けられる」

 

「辻褄はあうな」

 

「次に出口についての説明だが。既に説明した通りに、戻る時は入った入口から外に出ていくのが原則だ。しかし、オレが部屋一つにつき一つだけその部屋の出口を設定する事ができる。つまり出口を設定した部屋から出る場合は、その人がどの入口から入ろうと、出口のある場所に行くことが可能になる」

 

「擬似的な空間転移能力」

 

「オレは出来ないと言った覚えはないよ」

 

別に説明するつもりだったのだから許してほしい。

長門は怒ってなんかいないと思うけど。

 

 

「部屋は完全に独立していて、部屋から部屋への移動は不可能だ。仮に部屋の壁を破壊できたとしても何の意味もないだろう。また、入口と出口の排除はオレだけが可能だ」

 

「どうにも、いまいちイメージができん」

 

「今すぐ覚える必要はないよ。困ったら長門さんに訊けばいい、オレが説明した内容を答えてくれるはずさ」

 

 

とは言え、一つだけ説明していない事があるが今はいいだろう。

俺が一通りの説明を終えた後、長門は再び通信を行った。

そして暫くの沈黙の後に、彼女の方で結論が出たらしい。

 

 

「明智黎の特殊性は我々の予想を超えていた。この能力は戦術的及び戦略的な観点から非常に価値のある能力」  

 

「たった今、情報統合思念体から任務が出たわ。私に涼宮さんの監視と並行して明智くんの能力の観測をしてほしいみたい」

 

何はともあれ『朝倉さんが急進派として行動しなくなる』、『俺の監視』というお互いの条件がようやく合致した。

この世界の技術でない以上、"臆病者の隠れ家"を調査しても無駄だと思うが、それ以上の興味が俺にあるらしい。

 

俺に自覚はあまりないが。

 

 

 

 

「なんだかよくわからん一日だったよ。最後には変な場所へ飛ばされた」

 

今のは長門の部屋を出たキョンの第一声だ。

俺の話が終わり、こちらの要望も通ったので今日の集まりが解散という事になった。

朝倉さんが言った通り、急進派がわざわざ狙いに来る事はないだろうが、万一の時は長門も協力してくれるらしい。

ようは、オレは中道派と同盟を組んだようなものだ。

 

 

時刻は午後八時三十分を過ぎており、家に着く頃には九時を超えているのだろう。

そろそろ両親への言い訳も尽きつつある。門限という制限や意識はないのだが、いかんせん年頃の男子高校生がふらつくのは風紀が乱れていると考えられる。

 

 

「昼間は、古泉のよくわからん話でうんざりさせられたからな。だが涼宮が体調不良で部活に出なかったおかげで、癒しの一日になると思ってた数時間前の俺は何だったんだ」 

 

「どうせ説明するなら、人数は多い方がいいだろ。古泉はバイトで、朝比奈さんは長門さんが苦手みたいだし」

 

「……そうかい」

 

正直なところ、説明の手間というのは嘘ではない。

しかし、キョンは情報統合思念体との交渉材料として来てもらったというのが本当だ。

その点は長門も朝倉さんも織り込み済みだと思うが。

 

 

「だが、朝倉まで居たのは何だ?お前らで勝手に落ち着いたみたいだが、俺には何の話かわけがわからん」

 

そう言われたので分かりやすく俺が説明しようとしたところ、朝倉さんに遮られた。

 

 

「私はもともと急進派だったの。でも、任務は観察するだけ、毎日に嫌気が差したわ。そんな時に明智君が来て、長門さんが居る勢力の主流である中道派に回らないか。って言ったの。急進派は物騒だから私に危険な真似はしてほしくないって」

 

何やら違う気もするが、俺とキョンは黙って朝倉さんの説明を聞く。

 

 

「確かに今まで通りに涼宮さんを見てるよりは、異世界人の明智君に注目した方が発見があるかもしれない。それじゃなくても今日の今日まで私たちは明智君が異世界人だって知らなかったもの」

 

「なるほどな。古泉や朝比奈さんは明智に何か感じていたらしいが、結局正体までは知らなかったみたいだからな」

 

「でもそれをしちゃうと裏切り者として他の急進派に狙われるかも知れない。ただでさえ現状の各勢力のパワーバランスは平行線のギリギリを保っている。だから無理だって断ったの。そしたら『俺が一生守ってあげる』って言ってくれたわ」

 

「…………明智、お前」

 

何やらとてつもなく脚色されている気がしてならない。

俺を見るキョンの目が死んでいる。

 

 

「だから、その責任を取ってもらうために付き合うことにしたの。私が明智君に守ってもらうには傍にいる必要があるもの」

 

「……」

 

はたしてそれを言う必要があったのだろうか。

キョンは何かを悟ったような表情で。

 

 

「その、何だ。宇宙人とか異世界人とかよくわかんないけどな。お前らお似合いだと思うぞ。うん」

 

とだけ残して一人でさっさと消えてしまった。

分譲マンションの廊下で、俺と朝倉さんの二人だけが残される。

 

 

 

 

キョンが一人でエレベータに乗ってしまったため。

必然的にエレベーターが来るのを待つことになる。 

俺が誤解の生みの親である朝倉さんを見ると、いつもの笑顔で。

 

 

「本当の事を話しただけよ?」

 

「うん、だいたいあってた。……とりあえず、家まで送るよ」

 

やれやれ、この調子で俺の精神力はどこまで持つのだろうか。

 

 

 

 

 








"臆病者の隠れ家(ハイド・&・シーク)"

隠れ家のような部屋を異空間に創り出す技術。
具体的な数は不明だが、部屋は同時に複数、別の場所に存在できる。
部屋への出入りにはルールがあり、条件が合えば誰でも出入りが可能。
ハイド・&・シークとは、英訳で、"かくれんぼ"のこと。


入室時のルール

・この能力を持つ者は、壁や床のような、固定された場所へ手をかざし、入りたい部屋の"入口"を設置する。
・部屋へ入室をするにはその"入口"へ侵入すればよい。"原則"これ以外の方法での入室は不可能
・入室時は部屋の天井から"入口"が開き、部屋の内部へ落下する。
・その際に外界に設置した"入口"は存在し続けるが、部屋の天井に空いた"入口"は入室と同時に閉鎖される。
・なお、"入口"は同じ部屋についても複数設置することができ、部屋によってその上限が異なる。
・外界に設置した"入口"は設置した人間の意志でのみ開閉が可能。ある程度の距離であれば開閉の遠隔操作も可能
・"入口"が閉じていれば入室はできない。
・人間以外に、物質も部屋へ運ぶことができ、大きさの上限は部屋にあるドアよりやや大きい程度が限界。


退室時のルール

・部屋に一つだけあるドアを開けて、外へ出ると外界への退室が可能。
・その場合に出る場所は、入室した人が使用した"入口"がそのまま出口となる。
・仮に他の人が退室しようとした時に、同じタイミングで外へ出ようが、その人が入室した"入口"へ飛ばされる。
・一つの部屋につき、一つだけ、どの"入口"から入室してもそこへ退室できる"出口"を設置することができる。
・"出口"の設置には特別な魔方陣のような術式を刻印する必要がある。
・"原則"として、部屋から部屋への移動は不可能。各部屋はそれぞれ独立している。


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