まるで俺はルパン三世みたいだった。
何かと言えばあの有名な映画を見た事ある人ならわかる。
そう、貧血状態。仮病と言って本当に体調を崩しているのだから困ったものだ。
嘘から出た誠とはまさに俺を陥れるための言葉らしい。
もっとも、二日もすれば気にならなくなった。俺は献血すら出来ないんだよ。
「結局、何だったんだろうな……」
「何の話だ」
「何でもないよ」
果たして俺は力――オーラと呼ぶのはやめた――の操作が出来なくなったわけではないらしい。
つまり一昨日の状態は受け身にならないと発動しなかった。
……ああ、何回も言ったさ。
ポーズをつけたり、かっこよく叫んでも、次元干渉は出来なかった。
「いや、そうじゃあない」
「お前はもう少し具体的に話すべきだ」
「古泉みたいにか?」
「あいつも充分抽象的だ」
「だな」
そうじゃあない。
それは、俺の力の一端について理解したんだ。
ハイドアンドシーク。それは、本来"四次元マンション"と呼ばれていた。
俺じゃあなくて、"あの人"の能力。俺はそれを真似しているにすぎない。
なら、何故真似できたんだ?
「キョン、チョコはもう食べたのか?」
「ん? ……ああ」
「あれを一日で、か?」
「おかげで夕飯は無かった」
オレも似たようなもんさ。
義理含めて四つ。いや、多いだろ。
一つでも重い思いが伝わるんだが。
「そういやお前は朝倉から貰ってるところを見なかったが、どうだったんだ?」
「……それ、オレに聞くか?」
「封印させてもらうぜ。俺も自分の口癖を封印したんだ、今日ぐらいはお前も付き合え」
「でも、"どう"と聞かれると、反射的に狩りたくなるんだよ」
「知るか」
「わかったよ。で、何が聞きたいんだ?」
「出来栄えだけでいいさ」
「十段階の十。以上」
「もっと詳細を言え」
「普通だ。ただのハートマーク、有り触れているさ」
「それで十を付けるとはお前も中々馬鹿になってきてるな」
とうとうお前にまで言われるのか俺は。
知識だけで言っても俺はお前より優れているんだがな。
でも、そうじゃあない。……だろ?
「お前だってわかってるだろ」
「何がだ」
「涼宮さんのヤツを食べたお前は、気づかなかったのか?」
「……さあな」
「ならいいさ」
「俺の意見はスルーか」
「聞きたいか? いいさ、教えてやんよ――」
そこには、『愛』がある。
そういやこれはいつぞやのニーチェ的思想の続きになる。
何故彼が虚無主義を打ち破る超人論なんてのを考え付いたのか。
その答えは簡単だ。神、即ち宗教観の崩壊を憂いだのだ。
自分から敢えて神ならぬ超人を批判的に説くことで、世の人間を批判した。
神を批判したわけじゃあないんだ。
「『神は死んだ』……も同然だ」
これが正解。
不可侵にして、不可説の不可解。
では宗教観の崩壊とは何ぞや?
それはつまり、資本主義の台頭に他ならず――
「はいはい並んだ並んだー、参加料は一人五百円ポッキリよ!」
朝比奈さんの手作りチョコのストックを、よもやクジという形で転売しようとしている涼宮さん。
彼女が行っている金儲けこそがその崩壊を招いたのだ。
おいおい、古泉お前さんはよく笑ってられるよ。
神が金儲けとは……あの世のニーチェ先生も発狂してしまう。
「実は、長門さんがほとんど作ってくれたんです……」
「大丈夫ですよ朝比奈さん。バレなきゃイカサマじゃあないんですよ」
「どこが大丈夫なんだ」
「……」
「世も末、ね」
巫女装束に着替えさせられた朝比奈さんは申し訳なさそうに独白する。
こんな放課後に中庭を不法占拠したかと思えばこのザマだ。
当然クジの当たりはオンリーワン。だのにゾンビの如く男子生徒が大挙して押し寄せてきた。
「あれ、全員もれなく異世界送りにしたいんだけど」
「いいんじゃないかしら」
「馬鹿言え。いや、お前は馬鹿だったな」
「……」
「実に爽快ですね。フロンティア精神を感じますよ」
多分使い方を間違えているぞ古泉。
しかも何故か集まった中には女子まで居る。
そういうのもあるのか? いや、朝比奈さん的にはどうなんだろうか。
知りたくもないけど。
「受け付けはこっちよ!」
整理券さばき、列の最後尾、アミダ記入、それらの雑用は全て我々が賄っている。
正確には涼宮さんとマスコットの朝比奈さん以外の全員だが。
朝倉さんはさも愉快そうに。
「私があの恰好をしたら何人くらい集まるかしら?」
「一人」
断言しよう。
「あら、何故かしら」
「その一人はオレだからだ」
「そうね」
「別にどうでもいいさ。あいつらの中に、果たして朝比奈さんの本質をわかってやれる奴は、どれだけ居るんだろうな?」
「それこそどうでもいいわ」
「言ってやるなよ」
「いいじゃない」
朝比奈さんは確かに庇護欲をかき立てる魅力がある。
彼らもきっと、そういう思い、俺みたいな『守ってやる』って感情があるんだろう。
でも、それは正解じゃあない。
「共依存かどうかは結局、誰が決めるんだろうな……」
定義をしっかりしてから話してほしい。
俺は曖昧なものは好きだが、曖昧な話をされるのは嫌いなんだ。
これも矛盾。
「明智君は結論の出てる話をするのが好きなのかしら」
「答え合わせさ。一人じゃそれも満足にできやしないだろ」
「私でよければ聞いてあげる」
「言った通り、もう決まってるさ」
それを決めるのは誰でもない。
だが確かなのは、誰か一人で決まる事じゃあないんだ。
古泉がいくら正論を並べようと、その味方が居なけりゃただの戯言。
多数決は少数意見の尊重が根幹にあるが、得てしてそうは扱われていないだろう?
そういうことだ。
「依存じゃあない」
「必要なのよ」
「強さってのは比較値でしかない。人間は何かを比べたがる、隣の芝は青いらしい」
「でも二元論に支配されているわ」
「弱さを知ってる奴だけが強さを語れるんだ。オレにはどっちも無理さ」
そう、俺は何も手にしてこなかった。
思えばマイナスでもゼロでさえない、スタートラインにすら立っていなかった。
でも、今日は違う。
いや、もう違うんだ。
「臆病者の隠れ家ってのは、もうやめだ」
「あら、名前を変えるの?」
「読み方は変えないよ。呼び方を変えるんだ」
あなたの能力、俺はそれを真似したに過ぎません。
なら、何故それが出来たのか。そこに俺の力の"鍵"がきっとある。
"役割"ってのも、まるで無関係ではないんだろ?
「四次元を超えた、そう、異次元、これからは異次元マンションさ」
「何で"マンション"なのかしら」
「部屋数が多いってのもある。実はあれ、四階建てな上にロッカールーム含めて二十一部屋もあるんだ」
「ふーん」
「でも、やっぱり一番の理由は……」
ただの当てつけだって?
そうかも知れないさ。
でも、名前なんてそんなもんでいいんだ。
名前の持つ、意味の方が大事なんだ。
「朝倉さんも、マンションに住んでるから。かな」
「………」
「……どうよ」
やがて物凄い長考の末に返事をくれた。
「3点」
「それは3点満点中だよね?」
「100点満点中の、3点よ」
「ありがとう0点だと思っていたんだ」
「残念ね。名前だけで言えばそうなのに」
「皇帝権限を行使したくなってきたよ」
「そんなものがあるの?」
あるわけがない。
方便ですらない。
「でも、あった方が楽しいだろ?」
「涼宮さんに頼めばいいと思うわ」
「何を」
「あなたの大好きなボナパルトよ」
「"宝くじ"の?」
「ええ、"フランス革命"の」
「俺はそこまで急行で強行の変革を行っても望んでもいないよ」
だが古泉に言わせれば俺は変化しているらしい。
それは俺の能力、力についてなのか?
この短期間で様々な変化があった。
そのきっかけは間違いなくあの世界での出来事だ。
あれが全ての始まりなのだろうか。
それは、最悪の破滅って奴なのか?
「"深淵を覗く時、深淵もまた、こちらを覗いている"」
「それは、何かしらね」
「わからない」
俺の敵って奴も、決着もまだわからない。
だって今日じゃないんだろ?
「でも、それでいいさ。怪物を倒すのは人間じゃあない。もっとおぞましい、怪物だ」
「ええ」
「――って、思ってた。ちょうど、数日前までは」
「……えっ?」
馬鹿野郎。
そんな荒廃的な考えじゃあ、本当に破滅するさ。
俺は人間だ。朝倉さんも、そうなんだ。
怪物じゃない。
「もしオレたちSOS団に喧嘩を売るような連中が現れたら――」
どうやらアミダクジはもうとっくに終わっている。
一番手の生徒が当てたらしい。
そしてキョンは朝比奈さんを連れて走り出す。
ああ、こんな話だったっけ。
「――全力で喧嘩しよう」
まるでスポーツでもするかのような、気持ちだった。
そんな日の夜、朝倉さんを家に送った帰り道だ。
「……出てこいよ」
一度はやりたかったが、本当にこういう台詞が言えるとはね。
まるで出来る奴みたいに、俺は後ろに振り返りそう言う。
「気づいていたようだな」
「好奇心ってのは猫を殺すらしい。お前さんのそれは、人にすら襲い掛かるほどだった」
「ふん、くだらないな」
金髪の青年。
俺より年上かもしれないし、あるいは逆かもしれない。
周防九曜と同じ、もう一つの未来人。
「で、何の用だ。昨日の今日でオレと殺し合いってか?」
「僕は無意味な事はしない。その必要がないからだ」
「どういうことかな」
「未来は既に決まっている」
「お前さんも運命論者か?」
「いいや。事実だ」
「その割には気に食わなそうにそう言うじゃあないか」
「規定事項は既定事項だ。それ以上でもそれ以下でもない。周防九曜の敗北は必然だった」
「……本当か?」
だとしたらこいつは朝倉さん(大)の事を知っていたのか?
しかし、そうではないらしい。
「どういう因果かは知らないが結果としてそうなんだ。だから、僕にどうってことはない」
「お前さんも口は達者らしい」
「お互い様だろう。口先だけでの戦いに意味はない」
「闘争は、平穏とは程遠いらしいけど」
「僕には僕の戦場がある」
「だから?」
「お前は僕が言った通り、邪魔をしなかった。これはそのお礼だ」
「どちらかと言えば邪魔をされたのはこっちだよ」
「バカバカしいが、僕の役割はまだ残っている」
「その戦場は"ここ"なのか?」
「さあ。だがお前風に言えば『今日ではない』」
「あんまりそれを人前で言った覚えはないんだけどな……」
もしかして未来でこいつと俺は接触するのだろうか。
わからないが、こいつが協力的でないのは確かだった。
「また会うことになる。面倒だが、そうなんだ」
「お土産ぐらい持ってきてくれよ」
「とにかく、お前はそのままで居ればいいんだ。くれぐれも邪魔はするな」
「交渉の余地は?」
「お前次第だ」
「立場が逆だな。オレがお願いされる方だよ」
「何とでも言えばいい。お前たちの無知には恐怖を覚えてたところなんだ。今更一人増えても変わらない」
いいや、違うな。
古泉の言うことが全部正解なら。
俺は変えれる。いや、みんな、変えられる。
「……今日はこれだけだ」
「わざわざご苦労様だ」
「こちらの台詞だ、せいぜい楽しく生きるんだな。異世界屋」
「じゃあお前は未来屋だ」
「ふん、説明の必要はない。それもやがてわかることだ――」
やがてそいつは踵を返すと歩きながら姿を消していった。
どこかで見たことある光景。こいつがいつぞやの警告者だったのだ。
あのデートの雰囲気をぶち壊した、空気の読めない野郎。
「知ってる知らない。またその手の話か? ほんと、涼宮さんじゃあないが世界はケチだな」
いつだって結論を先延ばしにするのは人間の方だ。
だけど、たまに世界の方からそうしてくる時がある。
俺の場合はそのバランスが破綻していた。
それだけ。
「でも、悪い気はしないんだよね」
それは前向きな覚悟とやらのおかげだろうか?
わからない。
わからないが、今はこれでいいのさ――
――遅かったね」
「あら、驚きだわ。それ覚えてたの?」
「いいや、何でか知らないけどそう言いたくなったんだよ」
「それにしても本当に寒かったわ」
「充分そこについては言ってたと思うんだけど」
「あら、歳だって言いたいの……?」
「お互いそういうのは無しにしようって言ったばかりだったと思うんだよ」
「ええ、だからね」
「悪意はなかった。でも謝ろう」
「よろしい」
「しかし、その恰好はどうなんだ?」
「どうって、何かしら」
「いやいやこっちは朝だろ」
「そうね」
「………」
「……冗談よ、着替えてくるわ」
――未来の事は誰にもわからないんだ。
未来人の朝比奈さんも、金髪野郎も、それはそうなんだ。
規定? 決定? そして命令?
おいおい、因果や運命が許されるなら涼宮ハルヒはどうなるよ。
三年、いや四年前から隔離された世界。
そこから前が本当に存在したのかもわからない。
それでも、今日までを忘れなければいいんだ。
そうすれば最後には全部知っていることになるだろう?
屁理屈だけどそれでいいんだ。
少なくとも俺はもう、後ろ向きじゃあないんだからさ。
【あとづけ】
いや、ここまで読んで下さり、本当に感謝しています。
今にして思えば後書きは最後に書くもの。
よってこの中間報告はあとづけとします。
多分完結まで次はありません。つまり次が本当の後書き。
陰謀までで私の中で第五章。
またまた一章分の説明は抜かせて頂きました。
そして今回はそれぞれの話の解説はしません。
きっと最後でいいんですよ、ええ。
ただ陰謀について言い訳させていただくと、今回はあえてこういう作風をとりました。
いや、色々話によって変えようとはしてるんですよ。
孤島症候群の時や文化祭のときはそれなりに結果になったと思いますが。
では何故色々な要素を詰め込んでいるのか?
ひとえにそれは本命を隠しているに他ありません。
つまり、ええ、こんな話でも核心に関わる事はかなり書いています。
ヒントの多さに比例してこうなった感があります。
申し訳ありません。
……で、今回わざわざ【あとづけ文】を付けた本題はテーマについて。
この作品の『愛』とは別の2つ目のテーマ。
それは『勇気』です。
つまり、私は今まで「愛と勇気」という王道中の王道を書いてた――
……つもりです。真面目に、です。
その割に、愛や勇気とはかけ離れた話もあるだろ、と思われるかもしれません。
それもそのはずで、愛を書く以上はその反対の無関心さを書く必要があります。
勇気についても同様で、恐怖あるいは精神的不安定さを描写する必要がありました。
何故かと言いますと、それは私が個人的に薄っぺらい強さを書きたくなかったからです。
いやいや十分今でもぺらいんですが、それでも正当な裏付けが欲しかった。
勇気や愛は人の一面でしかありません。人の心の裏は他人が決めることができないのです。
だからこそ感情、それも弱さを前面に押し出していくことをしたかった。
でも実際に弱く見えてるとは限りません。他人からどう思われているかすらもわからない。
だからこそ共依存なんて話も出しました、愛の形は多様です。
慈愛、寵愛、愛憎なんかも愛として書けるでしょう。
とにかく、私はそうしたかったからそうしてしまった。
何かに対する批判的な事を言いたいわけではありません。
私の作品がわかりやすくないのはそう書いていない以上に、単純に実力不足なのですから。
それでも最終的にはわかってもらえるような。
いつか、読み返していただけるような話を書ければいいな、と思っています。
それが私の幸せです。
では。
次は完結した時にでも。