異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

75 / 182
第五十三話

 

 

というか大体からして"仮面ライダー"ではなかった。

 

そう言われたら、そうかな? 程度のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体格こそ女性のそれではないが、スーツを着込んだ黒づくめの変態。

そこに申し訳程度のプロテクターを着込んでいるに過ぎない。

公園で着ていたあれはハリボテだったのだろうか。

しかしスーツとて決して動きやすい恰好ではないだろうよ。

黒ではない部分なのはヘルメット部分と赤いマフラーだけである。

ベルトは当然ない。

 

 

 

その自称ライダーさんは俺の方へ近づくと、手をかざした。

……何だ? 少し楽になったぞ。

 

 

『完全に治すのは自分の治癒力だ。それに、失った血は戻らない』

 

「……どうも、あさ……コスプレさん」

 

どうやら傷は塞がったらしい。

いや、何でその恰好で来たんだあんた。

周防はこちらの様子を見て、明らかに警戒していた。

間違いなく俺ではなくこの朝倉さん(大)の方だろう。

 

 

「――鉄―――否、機械――?」

 

『設定上は改造人間だからな』

 

それも情報操作の応用か?

わざわざ顔を隠す以上は確かに正体が看破されては困るだろうが。

ロボット認定されたらしい。でもさ。

 

 

「……その声は…?」

 

『仮面の機能の一つ。眼も光る。欲しいか?』

 

「いらないよ」

 

とにかく、この場をどうにかするしかない。

果たして朝倉さん(大)がやって来たのはこのためだったのか?

あの電話に誘われ、俺が周防の襲撃を受けるのは既定事項だったのだろうか?

それじゃあまるで。

 

 

「"ニワトリのパラドックス"じゃあないか」

 

別に複雑な話ではない。

俗に言う『卵が先か、鶏が先か』って話だ。

思えば原作の消失もそんな感じの事を古泉が論じていた。

平行世界だの、オイラー曲線だの。

そんな俺の様子も気にせず朝倉さん(大)は。

 

 

『私では周防のフィールドは突破できない。"君がやる"んだ』

 

「修行はこのためだったのか?」

 

『さあ』

 

「わかったよ」

 

いいさ、囮になれって言いたいんだろ?

防御力自体は普段より多少あるみたいだが、力の行使は不能。

この状態でも周防のバリアーは破壊できるのだろうか。

彼女の口ぶりからすれば出来るらしいが、まあ、やるしかない。

 

 

「――高度の危険性を確認」

 

『来るぞ』

 

「今日はオレとあんたでダブルライダーだな」

 

『その台詞はこっちが言いたかった……』

 

「……侵入者の排除を申請」

 

そう言うと周防は両手を手刀にし、知覚さえ出来ない速度で朝倉さん(大)へ一直線へと向かう。

俺なんてまるで、取るに足らないみたいじゃあないか。

 

 

『ふっ』

 

「―――」

 

彼女は周防の光速の拳戟をどうにか捌いている。

だがこちらの反撃は全て部分展開されているらしい障壁に阻まれている。

元々が周防のフィールド。不利もいいとこ、だのに俺任せにするなんて。

 

 

「そりゃないよ」

 

「――邪魔」

 

こちらも見ずに周防は右方向から迫る俺へと手をかざすと、いつかのカマイタチを放った。

衝撃刃なんかより殺傷力がよっぽど高い、俺の一張羅は次第にボロボロにされていく。

あっちばかり、壁があるなんてズルい。

 

 

「これじゃ、接近も出来ない」

 

しかもじわじわ削られていく一方だ。

手足が痛い。薄皮程度で済んでいるが、これ以上近づくと八つ裂きにされかねない。

朝倉さん(大)俺なんか気にせずにやっちゃっていいですよ。

 

 

「そっちに任せたいんだけど!」

 

『駄目だ』

 

「―――」

 

「何でだ」

 

『君は既に、使い方を知っている』

 

何のだ?

と聞くまでも無かった、

その方程式だけが、俺の中に浮かんでいる。

左手を前にかざし。

 

 

「……オレの1メートル前方に局地的反重力フィールド展開を許可」

 

次の瞬間には、俺に真空波が当たらなくなっていた。

いや、何だよこれ。自分でもどうしてそうなったのかがわからないんだが。

そんな俺を置いていき、宇宙人とコスプレ宇宙人は殴り合いを続けている。

 

 

「――まさか」

 

『そういうこと』

 

「……何……"予備"の分際で…!」

 

『最早お前に勝ち目はない』

 

「――なら」

 

周防はそう言い残し、その場から消えた……。

いや。

 

 

『明智君!』

 

「――相打つまで―――」

 

これが、恐ろしく早い手刀って奴か?

さっきのように力場を展開する余裕はなかった。

なら、どうすりゃいい?

 

 

「……う…うが…」

 

「――致命傷よ」

 

「い……や、まただ…」

 

周防の手刀は俺の身体を貫こうとした。

事実、直撃したよ。意識が少し消えかけた。

確かにこのままだとやがて死ぬだろうな。

だが、お前の攻撃は完全に心臓に達していない。

俺の胸に突き刺さっている、だから。

 

 

「ま、た……入った………な……」

 

雪山と同じ"射程距離内"、だ。

お前のその細い手は放してやらん。

完全にロックしたぜ。

そして。

 

 

「斥力場情報、解除……完了……」

 

「――な」

 

インストールし直すんだな、イントルーダー。

お前は今、バリアを張れない。

 

 

『上出来』

 

「――」

 

『お休みなさい』

 

やがて朝倉さん(大)が周防の頭を掴んだかと思うと周防はその場に倒れた。

何か細工したらしい、起き上がる気配はない。

 

 

 

よくわからんが、どうにか今回も生き延びたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはそうと。

 

 

「た、頼むから……早く、治し、て……」

 

『わかってるわ』

 

どうにか出血は収まったが、貧血もいいとこだ。

今これで未来人や超能力者相手に立ち回れって言っても、無理だ。

その辺は諦めていいのかな?

 

『大丈夫よ』

 

「はぁ、は……なら、いい」

 

俺には俺の話がある。

それでいいんだ。

 

 

「……マジに、いや、朝倉さんが来なかったら、死んでた…」

 

『九曜はあと二時間以上は起きないわ。強制シャットダウンは負担になるの』

 

「そんな技、あるのか……」

 

『普通は使う意味がないからやらないわよ。情報連結解除で済むのに』

 

「そいつは"ノー"だ……」

 

『うん。あなたがそう言うからよ』

 

本当に、やれやれ、だ。

いつの間にか朝倉さん(大)の声は某俳優のそれから普段のものとなっている。

肉体もすっかり女性のそれだ。変な意味はないぞ。

相変わらずに顔は仮面だが。

 

 

「その恰好、何の意味があったんだ?」

 

『……言ってなかったけど、私は正体がバレたらまずいのよ。特に一部の相手には』

 

「オレがうるさく言う必要もなかったのか……?」

 

『とにかく、言わないとは思うけど私については秘密よ』

 

「誰にも言わなきゃ同じでしょ?」

 

『それでいいわ』

 

朝倉さん(大)は峠を降りていく。

もう帰るのだろうか?

 

 

『明日まで居るわ。とりあえず話は後よ』

 

「そうか」

 

俺のよくわからん技術の一端。無我夢中もいいとこだった。

あれは、彼女たちが操る"情報操作"じゃあないのか?

だが何でも出来るような感じではなかった。

あくまで斥力場、いや、重力についてしか俺は"何か"が出来ないらしい。

それが本当に情報操作かも怪しい。

 

 

「いいや……正確には、"異次元"、かな……」

 

『私が教える事はもう無いわ』

 

「後でUSBは返してよ」

 

『ええ。じゃあ――』

 

やけにもったいぶった感じで何かを言おうとして。

 

 

『――そうそう』

 

「ん?」

 

『九曜さんは、任せたわよ』

 

「……な」

 

何だって、と言おうとした次の瞬間には超スピードで消えていた。

パンチしかしていない、ジャンプもキックもなし。

仮面ライダーですら無かった。

 

 

「ま、い、いや、……どうしろと」

 

「―――」

 

気持ちよさそうに眠ってるんじゃないよ。

本当に、宇宙人なのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が電話をかけると、お待たせしてそいつは現れた。

 

 

「いや、まさかお前が俺に電話をかけたと思えばその要件が……」

 

「オレだって驚いたよ。彼女が寝言で『谷口ぃ』って言ってたし、制服からして、まさかとは思ったけど」

 

嘘もいいとこだ。

結局俺は貧血でまともに動かない身体にムチを入れて、周防を引きずり運んだ。

山の近くのバス停まで運ぶだけで三十分近く経過している。

そこから谷口が来た今が一時間二十分程度。

概算にして計一時間五十分以上の経過也。

俺は今直ぐにでもこの場から逃げたかった。

 

 

『はぁ? 山ん近くのバス停で女子が寝てる?』

 

「ああ」

 

『明智、とうとう脳みそまでイカれたのか?』

 

「オレはいたって正常だ」

 

『嘘つけ。だいたい何でそれで俺に電話したんだ』

 

「お前さんの知り合いかも知れない」

 

嘘だ。

俺はそれを知っているからな。

 

 

『バス停に昼寝、どっかのアニメ映画だろ』

 

「猫はやってくる気配はない。そいつはむにゃむにゃしながらお前の名を呼んでいる」

 

これも嘘だ。

ただ周防は沈黙していた。

本当に強制終了されたかのようだ。

 

 

「もしかするとお前の彼女ってのは髪が黒くてとにかく長いか?」

 

『……ああ』

 

「身長はそこそこあるか?」

 

『長門有希よりはあるんじゃねえか』

 

「休日だろうが、お構いなしに制服を着ているか?」

 

『光陽園学院だぜ』

 

「少なくともうちのセーラー服じゃあない。黒だ」

 

『……待ってろ』

 

なんてやり取りをした頃には俺は本当にくたくたになっていた。

果たして朝比奈さんはどうなったのだろうか。

このイントルーダーの発言が本当なら何も無いんだろうな。

流れは殆ど覚えていないが原作通りに行ってるんだろうさ。

朝倉さん(大)も何も言わなかった。

 

 

 

「しっかし、まさかこんな所で昼寝たあ。それにこんな所までランニングするお前もお前だぜ」

 

「は、ははははは」

 

「―――」

 

冬の一張羅は最早使い物にならなくなっていた。

仕方ないので泣く泣くロッカールーム送りに。

今はいつも学校でブレザーの中に入れていた黒のカーディガンを羽織っている

 

 

「とにかくオレはもう行くよ」

 

「あ? 俺にどうしろってんだ」

 

「いやあ、そこの眠れるプリンセスをどうにかしてあげなよ」

 

「―――」

 

「……大体、お前が起こせば良かったんじゃねえか?」

 

「稼ぎ時だと思ったのさ」

 

「そういうお前はたまの休日に、こんな昼間にランニングたあ。そんなキャラだったか?」

 

「山が、好き、なんだ」

 

嘘だ。

もう嫌だ。

来月は、いや、向こう半年、いいや一年は山と関わりたくない。

ロクな思いをしていない。

 

 

「そうかよ」

 

「じゃあ彼女に宜しく」

 

「――」

 

もう俺は宜しくされたくはないんだが。

本気で勘弁してくれ。

言っただろう? 

俺はフェミニストなんだ。

女尊男卑なのはきっと、俺の周りの女子が人外だらけだからだ。

そうに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当に大丈夫なの?』

 

「うん」

 

『まさかあなたが風邪で休むなんて、みんな驚いてたわよ』

 

「それはどういう意味かな」

 

朝倉さん、遠回しに俺を馬鹿にしてないだろうか?

 

 

『そのままよ』

 

「休み明けには学校に出れるさ。インフルエンザじゃあないらしいし、今は落ち着いている」

 

『あら、明日は何の日か忘れたの?』

 

あっ。

 

 

「……正直、今この瞬間に思い出したよ」

 

周防にバレンタインどうこうを言っておいてあれだが、日付感覚が消し飛んでいた。

やはり修行はそれほどまでに俺を追い詰めていたのか。

そうだね。ああ、そういや明日だったよ。

基本的に俺はカレンダーを見ない主義なんだ。

 

 

『残念だわ、病人にはあげれないわね』

 

「明日直ぐに食べろって?」

 

『当たり前よ』

 

「……這ってでも行こう」

 

『風邪を移さないでほしいわ』

 

「朝倉さんは地球の疫病になんかかからないじゃあないか」

 

『残念だわ、看病してあげてもよかったのに』

 

「それどころじゃあなかったんだよ、きっと」

 

『そう。じゃあ楽しみにしてて』

 

「当り前さ」

 

それは特別な話でも何でもない。

結局、俺は次のステップとやらには進めたのかも知れない。

異次元の干渉であり、そこには重力がある。

でも、それでもないんだろ? 

肝心の"エネルギー"が何なのかが不明だ。

 

 

 

朝倉さんとの通話を終了して、そいつの方を向く。

既に俺のポケットにはUSBが入っていた。

 

 

「てな訳で、一つだけオレの質問に答えてよ」

 

何故か電波が届く、俺の不法占拠された203号室。

朝倉さん(大)は十九時だと言うのにもうパジャマ姿だ。

定番すぎるピンク色。きっと未来の俺はブルーなんだろうさ。

 

 

「いいわよ」

 

「じゃあ……」

 

そうさ、今よりずっと俺と一緒に居てくれたらしい、彼女にこそ訊きたかった。

これも立派な探究心なんだ、そうなんだろ?

 

 

「結局、朝倉さんにとってオレは何なの?」

 

「……そうね」

 

まるでその質問が来ることを知ってたみたいだった。

 

 

「例えば、道路を歩いてていかにもなカップルが居るとするじゃない」

 

「何の話?」

 

「で、そいつらを見て、女の私でも思うのよ。何が楽しいんだろうって」

 

「あまり聞きたくない話だね」

 

「でもそれは立場の問題なのよ。ヒロインを救うヒーローは、結局他人からすれば寒いだけ」

 

「それにしちゃ色んな文化に触れてたみたいだけど」

 

「そう、女は自分勝手なのよ――」

 

俺なんか、もっと酷いさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あなたは私の旅の同行者………いいえ、嘘よ。私の、王子様なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そうかな。

 

 

 

独善者なんかが、それでいいのかな。

そういうのって基本、主人公の役目だろ?

俺にとってのヒロインが朝倉さんでも、俺がヒーローとは限らない。

助けたお姫様は、まだ夢見てるだけなんじゃないのか。

俺はずっと、そう思ってたんだ。

 

 

 

 

 

 

でも、未来を知らない俺でも、一つだけわかることがある。

 

 

「朝倉さん」

 

「何かしら」

 

甲斐性ってのは、ここぞで見せるから効果がある。

 

 

 

……らしいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――予言するよ。未来のオレが君に言う言葉は『遅かったね』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日の朝。

 

俺の能力、203号室はただの白空間に戻っていた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。