森林公園を抜け、いよいよ峠までやってきた。
若干駆け足ではあったが息切れはしていない。
問題なく、動ける。
しかし、ここまで来ておいて俺はようやく気付いた。
「……どこ行きゃいいんだよ」
山道と言う以上はこのまま進行すれば舗装道路を外れ、本格的な山道に突入する。
しかしながら一つだけおかしい事がある。
「何で実行犯は"ここ"で朝比奈さんを殺そうとするんだ……?」
どうせ殺すのならさっさと完了した方が良い。そうに決まっている。
俺が朝倉さん(大)に言われたのは山道を行けという話だけだ。
つまり彼女がそう言った以上はそれで間違っている事はないはずなのだが。
それにしてもこれじゃあ、まるで朝比奈さんをわざわざここまで移動させるみたいだ。
原作での騒動はそんな感じだった――カーチェイスだっけ――かも知れないが、今回は"抹殺"だぜ?
本当に腑に落ちないな、と思っていた所で俺はそろそろ異常の方に気付いた。
「……おい、気のせいであってくれよ………?」
妙ではあった。
舗装道路を外れるにはもう十分な距離歩いているはずだ。
ふとガードレールとは反対の斜面の方を見ると、そこには当然植物がある。
その中で自生していた木――木と呼ぶには余りにも細く、一本だけ突っ立っている――があるのだが。
「これを俺は、さっきも見た……」
慌てて元の道を引き返してみる。
そして数分後、再びその細木が見えてきたではないか。
間違いない。『同じ道を歩かされている』。
そして、こんな芸当をしてくる奴に俺は間違いなく一人だけ心当たりがある。
まったくもって笑えない芸風だ。出直してきてほしいね。
「――確か、"あいつ"があなたに警告したはずよ……『邪魔するな』と」
やけにハッキリと聞こえたその声。聞いたことある女の声。
ああ、間違いない、出来れば会いたくなかったが、これも因果か?
いつもの黒い制服の上には何も羽織ってはいない。
「一か月ぶり、じゃあないか」
「正確な日数が知りたいの……?」
「遠慮するよ」
「……それにしても、亀がノコノコとは……まさにこのことよ」
「随分オレ相手だと舌が回るな?」
「あなたほどは……おしゃべりじゃないわよ…」
こんな楽しそうな会話だってのに、お互い全く楽しそうじゃあないってのはどうなんだろうな?
ちょうど峠の曲線。その端と端で俺と、宇宙人周防九曜は対峙している。
そういやこれはどうでもいい情報だが、攻撃機の一種に"イントルーダー"ってのがあったな……。
とりあえず和解の方向に持っていきたいのだが。
「オレは今回君に要件はないんだけど?」
「――そう、わたしはある」
「"飴ちゃん"ならあげるからここから出してくれないかな」
「―――」
「少しは考えるポーズってのを見せてくれないか?」
「これも任務」
「まあ少し落ち着いてくれないか、周防だってこれから先のイベントは知っているだろ?」
「――?」
俺が何の話をしたいかは理解できていないようだった。
まるで"シャフ度"の如く首を傾ける。おい、制作会社が変わってやがるぞ。
そして俺が言う事なんかいつも通りの事、中身は無いし意味も無い。
俺が"スパイダーマン"ならよかったが"デッドプール"かってぐらいに俺は"ワイズクラッキング"が下手だ。
「バレンタイン、だ……」
「……もしかして、命乞い…?」
ようやく周防に表情があったと思えばそれはそれはこちらの精神が抉れるような視線だった。
馬鹿だって感じですらない、最早こいつにとって俺は正真正銘ヒト以下の扱いらしい。
ひっくり返った亀でも見てるかのような、情けない哀れみ。
「違う。君だって、谷口が居るじゃあないか」
「―――」
「まだ付き合っていたとはね」
「……それは、関係ない」
「そうか? オレと君は、分かり合える気がするんだが」
根拠はどこにもない。
「…ただの勝手……『遠慮する』……」
「そいつは残念だ。でも谷口にチョコぐらいやれよ」
「その必要はないわ」
「君たちは本当に付き合ってるのかよ」
「だから、それは、関係ない」
「前にも言ったと思うが、良い奴なんだ」
そう、本当にこれは不思議な事だ。
確かにSOS団といった括りにおいて、キョンだけが普通の、人間だ。
でもその思考はやはり偏っている。どうにか自分の普遍性を振りかざしているが、実際には普通かは怪しい。
この年であそこまで枯れた思考回路になるってのは、なかなか老け込んでいると言うか、何と言うか。
とにかくSOS団を度外視して、俺が知っている範囲で"普通の男子高校生"を挙げさせてもらうなら――
「――間違いなく、谷口だよ」
あいつぐらい開放的になれ、って意味じゃあない。
谷口はいつでもハイなわけではない。ああ見えて分別がつく。
体育祭では妥協じみた発言だってしてたが、あそこまでボロ雑巾にされれば誰しもやる気がなくなる。
つまり、あっちの方が正論だったんだ。俺のはただの、独善に基づいた意見。命令でしかなかった。
「――」
「君はどう思う? わざわざあいつまで巻き込んで、人質に取るってんなら……」
周防は確かにその時、消え入るような声で、何かを言った。
その口の動きはきっとこうだ。
『わかってるわ』
……やっぱ、誰しも人間性が欠けているんだ。
俺は亡者になんかなりたくないんだが。とにかく、素直になってやれ。
お前が知りたがっている人間ってのは、間違いなく谷口が模範解答だ。断言してやるよ。
「さあ、もう充分でしょう……?」
「オレは時間をかけてやってもいいが、そうも言ってられないらしい」
「―――」
「朝比奈さんを殺すのは、誰が、どんな指示を受けてだ?」
すると人型イントルーダーは不気味なまでの笑顔で。
「――やっぱり亀ね。あれは、誤報よ」
やっぱり"罠"だったようだ。バッドニュースもいいとこだ。
まあ、そのケースについての覚悟はしてたさ。
あの電話の主も、こいつらと繋がっている。
「……でも、明智黎を排除してからそうするのも………悪くない…」
「そりゃあ本気で言ってるのか?」
「―――」
「あの雪山の戦いで気分を悪くしたら謝るけど、オレはフェミニストなんだ」
「――」
「だから気乗りしないんだけど」
「――なら、そうすればいいわ。……わたしは別…」
周防がそう言った瞬間。
俺の身体は文字通り"硬直"した。
わかってたがどうやら本気らしい。
ゆっくりとした足取りで、車道の真ん中に立つ俺に向かって周防は歩いてくる。
まるで、この時間を楽しんでいるかのように。
「……とうとう"亀"以下。…明智黎は"ナマケモノ"……」
「………」
「終わらせてあげるわ」
「……」
文句の一つも言ってやりたかったが、どうやら口さえ動かせないらしい。
周防は右手を手刀にする。ああ、きっとあれで物が切れるんだろう。
朝倉さんのチョップもそうだった。木々が抉れていたからね。
ナイフ要らないような気がするよ。
「――さようなら」
こう、何かまだあるだろ……?
俺が主人公じゃあないにせよ、何でもいい。
この時だけでも運が無けりゃあ俺にいつ幸運があるってんだ。
じゃあいつ動くのかって言う話だ。でも、動けそうにないじゃないか――
――おや、貴方は逃げるのですか? せっかくの覚悟ができたのに」
……誰だよ。
「私の事は気にしないで下さい。名乗る必要がありませんので」
それは最近の流行色なのか?
気にするなって、じゃあ何で俺に話しかけるんだ。
マジで死ぬ三秒前だ。あんたは走馬灯ですらないだろ。
「フ。それはまだ、貴方が諦めていないからでしょう」
いいや無理だね。オーラでの防御だって限界がある。
周防の手刀を受け続けて平気でいられるほど堅くないんだ。
「人間は、誰しも何処かで絶望をします。そしてその末に逃避があるのです」
……ああ。
「私だってそうでした。かつて、今の貴方のように逃げようと……いいえ、逃げました」
偉そうに俺に語りかけるあんたがか?
「はい。……情けない話、ですが」
じゃあいいだろうさ。
生きてるか死んでいるかの違いだけだ。
俺は自分の正義のために動こうとしたんだ。
その結果、罠にまんまとかかってこのザマ。
修行の成果ってのは無かったんだ。
「……しかし、貴方はまだ折れていません」
何がだ。
「精神です。まだ、貴方は諦めていないと言ったはずですよ。貴方を待つ人が居るのでしょう?」
本当にそうかな。
「……少し、私の昔話をしてもいいですか?」
勝手にしてくれ。
俺は目の前の死をただ待つだけなんだ。
「私はかつて、人を従え、教える立場でした」
そうか。
「ですが私はその立場を放棄した。つまり、私が逃げたのですよ。生徒を、弟子を置いて」
……弟子?
「私のではありませんが、まあ、そう言っても構わないでしょう」
そうかい。
お互い様じゃあないか。
「ですが、その中の一人に勇敢な少年が居たのです。とても幼い子供とは思えませんでした」
ガキならそうだろ。
勇気と蛮勇の差が、ロクにわかっちゃいないのさ。
「いいえ。彼は違いましたよ。才能だけではありません。最終的には自分の命をかけてでも、私の分まで戦ってくれました」
なら、あんたのせいじゃないか。
何と戦ってたのかは知らないけど、いい迷惑だ。
「ええ、彼は"英雄"と言える働きをしてくれました。だからこそ、私は彼を助けるために全力を尽くしました。それだけが、唯一の誇りですよ」
……英雄だって?
おい、そいつは誰だ。
「もう既に修行の成果は出ています。貴方は……そう、得体の知れない攻撃を受けて一種の精神恐慌に陥ってるだけですよ。ただのパニックだ」
おい、もしかして。
「私が来れるのは今回だけですよ。神が、涼宮ハルヒが許した、ほんのちょっぴりだけの偶然みたいで」
なあ、あんた、まさか――
「私と似た能力ですが、その本質は"四次元"ではありません。まさに、"異次元"なのですよ――
――そう、次の瞬間に俺は"動いて"、左に回避した。
「――な」
その隙を逃さず、俺は右手にオーラを集中……。
「……あ、れ?」
で、出ない。
オーラが右手に顕在出来ない。
どういうことなんだ!?
そんな隙を見逃すはずもなく、周防は。
「……何だか知らないけど、同じことよ」
思い切り強烈な手刀による"突き"を腹に受ける。
「が、ぐ」
「死になさい」
そのままついでに蹴りまでお見舞いされ、数メートル以上後方に吹き飛ばされる。
どういう訳か腹は少々抉れた程度で貫通はしなかったが激しい裂傷を伴っている。
決定的なダメージだ。
「―――」
「ち、くしょ」
どうにかガードレールに掴まり転落は免れたが、これはきつい。
俺は金縛り状態をレジストできるようになったらしい。
そう、この状態はレジストであり、ディスペルではない。
どういう理屈か、オーラの行使、顕在が出来ない状態だ。
オーラを操れれば出血さえ一時的に止めれるのに。
この状況で万全に立ち回れるほど俺はタフガイじゃあない。
「――死、よ」
周防が歩いてくる。
どうにか車道まで戻れたが、身体強化が出来ない今の俺には相手すらできない。
いや、本当、あなたに"来てもらって"あれだけど、直ぐに死ぬことになりそう――
『……♪』
――口笛が、どこからともなく聴こえた。
いや、俺はこのメロディを知っている。
リアルタイムで見たことは無いが、聴いたことぐらいはある。
悪を倒す嵐が吹き荒ぶ、絶対的なヒーローの歌。
『……出たな! ショッカー!』
「―――」
「…え?」
それは、猛々しい、漢の声だった。
女の声ではない。
誰だ?
『少年を狙い、暴虐の限りを尽くさんとする、宇宙怪人周防!』
「――何……?」
『ショッカーの改造人間よ、俺は貴様ら悪が居る限り何度でも現れる。世界の平和のために』
……マジかよ。
えらい奴が、俺の目の前に立っていた。
どうしてだろうな、負ける気がしなくなった。
『俺は本郷猛。正義の味方、"仮面ライダー"一号だ!』
――いや、あなた、朝倉さん(大)ですよね……?