異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第四十六話

 

 

 

 

――やけに嫌な夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ような気がする。

 

 

 

俺は普段、夢の内容なんか全く覚えちゃいない。

寝てる以上は見てるんだろうけど、小さいころからそうだった。

目標としての夢ではなく、生物学的な夢ってのはよくわからなかった。

だからこんな感覚ってのはきっと初めてだ。

虚無感だけが俺を支配していた。文字通りに反吐が出る気分だった。

 

 

 

これも精神恐慌の一種だろうさ。

突然の出来事で俺は疲れていたんだ。

まさか、大人な朝倉さん……と、いうか結婚してるんなら苗字は俺の方だよな?

とにかくそんな人がやってくるだなんて、それこそ夢にも見てないって奴だ。

要するに俺は癒しを求めていた。言うまでもない現在の朝倉さんだ。

 

 

 

だが今日は火曜日。

つまり朝倉さんは俺のお弁当作り中なので、俺の登校は一人だ。

いや。

 

 

「いよう」

 

「……明智か」

 

「聞いたよ、シャミが大変なんだって?」

 

俺は常に心理戦で相手を圧倒しなければ気が済まないのだ。

だからこいつに思わせておくのさ、俺は何も知らないと。

 

 

「動物の事はよくわからんからな」

 

「おいおい、彼は大丈夫なのか?」

 

「……今日も医者に連れてく必要があるらしい」

 

「なるほど、難儀してるね。命に別状が無ければいいけど」

 

「ちょっと調子が悪いだけだと思うがな」

 

キョンの反応はどこかぎこちなかった。

これでおかしいと思わない方がおかしいと思うが。

 

 

「そういや、こんな話を聞いたことあるかな」

 

「何だ」

 

「"双子のパラドックス"って話だよ」

 

「……知らん」

 

「ならいいや」

 

「おい、説明しないのか」

 

「お前は"相対性理論"を知っているか?」

 

「名前ぐらいはな」

 

「じゃあ光速の概念は?」

 

「知るか」

 

「だろ? 相対性理論の前に"特殊相対性理論"から説明する必要があるんだが、逆に訊こうか。この話聞きたい?」

 

「……遠慮する」

 

からかっただけさ。

確か原作で、八日後から来た朝比奈さんを"双子"とか言ってたからな。

 

 

「なるべく早く部室に来てやれよ」

 

「何でだ」

 

「涼宮さんが退屈そうだったからね」

 

「俺は関係ないだろ。あいつが退屈してるのは今に始まった事じゃない」

 

「週末は三連休。いや、月曜も特別クラスの推薦入試のおかげで休みだから四連休だ」

 

「それがどうした」

 

「今が稼ぎ時だよ」

 

「お前にそっくりお返しするぜ」

 

こいつにしては中々鋭いカウンターである。精神的打撃だ。

まず俺は確実に朝倉さん(大)をしっかり見張らなくてはいけない。

彼女が何歳かは知らないが、飄々とした感じにしか見えなかった。

あれでわざとじゃないなら未来の俺がとんでもない駄目人間だと言う話になる。

きっと何年経とうが朝倉さんに勝てないのは不文律なのだ。

 

 

 

だがな、キョン。

 

 

「そうも落ち着いてられるのか?」

 

「お前が落ち着くべきだ」

 

「いやいや、まさか意識してないわけじゃあないだろ。え?」

 

「……それは、世間一般で言う所の"あの日"についてか」

 

「二月で節分はもう終わった。なら次は必然的にどうなるよ」

 

「はっ。お前はいいよな。いや、充分だぜ。俺は義理でも貰えればいいのさ。朝比奈さんから貰えればそれだけで後十年は戦える」

 

多分朝倉さんはお前と古泉相手なら十円チョコだな。

いや、この時代の彼女なら何かしらしっかり作りそうだが、朝倉さん(大)ならそうしそうだ。

まずいぞ、徐々に毒され始めている。これが大人の魅力って奴なのだろうか。

結局同じ女性なので浮気も何も無いのだがどうにも奇妙な感覚である。

 

 

「『そこにあるもので満足しろ』。ね」

 

なら朝倉さん(大)は、何故この時代に来たんだろうな?

これも既定事項の一部だと言うのだろうか。

 

 

「朝比奈さんが言うには、未来って地続きじゃないんだろ?」

 

「……さあな。俺だって聞いた話だけだ」

 

これが本当ならば、俺は手放しで朝倉さん(大)の来訪は喜べない。

未来が平和だとは限らないからだ。

 

 

「どうもこうもないさ」

 

可能性を論じたところで、"絶対"なんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだよ。

 

この時点でも俺は未来からの指令に奔走するキョンをただ哀れんでいただけに過ぎなかった。

そう。こんな考えをしている俺自身が一番哀れだったのだ。

 

 

 

何故なら。

 

 

「……」

 

日中のメールなんて珍しい。親も俺にメールは殆どしないし、スパムは弾く。

朝倉さんとの昼食という至福のひと時を終えて教室への帰りがてら男子トイレに入った。

その時、俺の携帯は振動した。メールである。

問題はその主であり、内容だった。

 

 

『明智君へ

 

今日の放課後は真っ先に光陽園駅前公園に来るように

 

SOS団は大丈夫。確かこの日、あなたは部活を休みました

 

少しは次のステップについて知ってもらう必要があります

 

涼子より

 

 

 

 

P.S.

 

来なかった場合について

 

私が未来に帰った日、夫の黎の晩御飯が白米と水になります』

 

 

 

 

 

 

 

……地味な嫌がらせをしないでくれ。未来の俺が泣いてしまう。

果たして子供が居るかどうかは知らないがもし居たら本当に泣く。

何が悲しくて子供の前で水と白米を出されなければならないのか。

わざわざ水と書く以上はお茶さえ許されないのか。せめて塩はくれ。

とにかく、どうにかする必要があるらしい。

 

 

「何でオレが……」

 

トイレの壁に吸い込まれるようにそう呟いた。

手洗い中の鏡越しの俺は、自覚できるぐらいに目が死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら今の朝倉さんは未来の朝倉さんに遭遇していないらしい。

つまり俺もキョンのようにどうにか誤魔化す必要があるのだ。

どうしてこうなった。神は死んだ、ドミネ・クォ・ヴァディス、帰ってきてくれませんか。

 

 

 

さてここで俺氏の選択肢だ。

 

 

その一、黄金の右『親戚が急逝した』を使う。

一発目からかなりな有力候補だ。正解に限りなく近い。

最大の弱点としてはこれを使うと二度目が無くなると言う点である。

こんな所で使いたくは無かった。

 

 

その二、親をダシにする。

いくらでも架空の要件を作り出せる。

が、ふとした拍子に朝倉さんが俺の親との会話で噛み合わなくなったらアウト。

神父じゃないが俺は磔刑だ。

 

 

その三、親が駄目なら兄貴を使う。

俺ながらこれは実に完璧なプランである。

まさか朝倉さんが兄貴と会話する事なんてまずないからだ。

こっちに戻って来るとは聞いてない。東京に住んでいるらしい。

よって安全牌だ、これで行こう。

 

 

「でも真底心が痛む」

 

俺は本当はポーカーフェイスが得意だ。

普段見せている動揺は"敢えて"やっているに過ぎない。

つまりフェイクを見せる事で、本命は決してバレないという算段である。

と言っても、朝倉さん相手に今回ばかりはれっきとした嘘をつく形になる。

……そうだな、未来の俺よ。朝倉さんをこの時代に送る前に謝っておこう。

 

 

 

そんなこんなで放課後、事情を説明する事にした。

 

 

「――わかったわ」

 

今日一日だけ珍しくこっちに戻って来た兄貴が俺に会いたいらしい。

俺と積もる話をした上で飯を奢ろうと思っているが、どうだろうか?

といった誘いのメールが来たので今日は休みますという苦しい説明だった。

だが朝倉さんはこんな話を信用してくれたらしい。本当に心が苦しい。

 

 

「涼宮さんにはもう言ってある」

 

「ならいいわ。でも、キョン君に続いて明智君まで休むなんて。なんて"珍しい"のかしら」

 

今すぐ抱きしめたくなるような素敵な笑顔だね。

朝倉さん(大)が未来に帰ったらそうしよう。

でもね、笑顔ってのは本来攻撃的なもんらしいよ。

だからきっと俺が今感じているのも正当な防衛本能なんだ。

俺とキョンが居なくても朝倉さんなら別に何も変わらないと思うけど。

 

 

「ボードゲームで古泉でもボコボコにしてなよ」

 

「遠慮するわ。彼、わざと手を抜いてるもの」

 

俺の軍人将棋を看破した朝倉さんがそう言うのだから間違いない。

しかも実際に俺が負け始めたのは十六戦もかかっていない。

いつぞや彼女がそう言ったのは、確実な勝利という意味なのだろう。

 

 

「……やっぱり?」

 

「こと戦略的思考に関しては私や長門さんにも劣らないわ。それでいて柔軟な発想が出来る。本当の人間離れってのは古泉君の事よ」

 

「むしろ上手に負けることに全力を出してる気がするよ」

 

「本当に食えない男ね」

 

「悪い奴じゃないだろ?」

 

「だから困るのよ」

 

そこは同感だよ。

とりあえず、さっさと公園へ向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――来たわね』

 

「……」

 

『安心してちょうだい。本当にハードな事なんかしないわよ。ちょっとしたテストだから』

 

「……」

 

『どうかしたの?』

 

いや。

朝倉さん(大)、あなた、宇宙人ですよね?

周防もきっと泣いてしまうほどの衝撃だった。

 

 

「何だよその恰好」

 

『知らないの?』

 

知ってる。

本編を見てないから詳しい事は知らないがCMか何かで見たことがある。

特徴的なヘルメット、赤いマフラー、ベルトこそ無いが。

 

 

「"仮面ライダー"じゃないか」

 

『ふふっ。これなら私の正体がバレないわよ。しかも新作の奴よ? これ』

 

「テレビじゃなくてリメイク映画の奴でしょ。……いや、いやいや。何かもっと他に変装のしようがあるよね」

 

『さっき通りすがった子供に握手を頼まれたわ』

 

普通に出歩かないでくれ。

この公園が外界から隔離されてなかったら俺が逆に怪しまれる。

 

 

「こ、こんなのとオレは修行したくない……」

 

その恰好だけでもう絶対勝てないじゃないか。

無理だよ、何をしても最後には蹴り殺されるよ。

涼宮さんと同じ次元の正義だ。その性質は『必ず勝つ』。

思えば去年の八月、"巻き戻し"の時に長門さんは縁日でお面を買っていた。

値段を取るのが可笑しいぐらいに出来の悪い特撮モノのようなお面だ。

彼女らの美的センスはそういう方向性なのか?

 

 

 

『あれ? 言ったはずよ、ただのテストだから模擬戦も何もないの』

 

「……何のテストだって?」

 

『それはね』

 

そう言ってどこからともなく朝く……らさんは何かを取り出した。

ちょっとライダーと言いかけたのは内緒だ。

 

 

『あなたには私が持つこれを狙って頑張ってもらいます』

 

「……は?」

 

小さな白い長方形……おい、まさか。

 

 

「朝倉さん、オレの勘違いじゃなけりゃそいつは――」

 

『ええ、あなたのUSBメモリよ。部屋から拝借したの』

 

「……」

 

『中身は……うん、私は嬉しいけど、本当にいつ撮ったのかしら?』

 

俺は異世界人である前に人の子であり、男子高校生だ。

キョンだってそうだ。そのキョンは原作でパソコン内に何を隠していた?

ああ、俺にもあるんだよ。その手の奴が。

 

 

『暗号化されてたけど、あなた手を抜いたわね? 直ぐに中身が見れたわ』

 

「……それを取られたところで見られないと思ってたから」

 

『これだから日本人のセキュリティ意識は甘いって言われてる。って未来のあなたは言ってたわよ』

 

「よし覚えとこう」

 

『とにかく、返してほしければ私に触れてみなさい』

 

「いや、オレより速く動ける相手にどうしろって言うんだ」

 

『私はここから一歩も動かないし、あなたを避けたりもしないわ』

 

何言ってんだ?

 

 

「どうでもいいけど、そのヘルメット外してよ」

 

『あら、私の顔が見たいの? しょうがないわねえ……』

 

普通に脱いでくれた。

あのポニーテールは中でどうなってたのだろうか。

謎の技術力はまともな変装に活用してほしかった。

 

 

「よくわからないけど、朝倉さんからUSBを奪えばいいんでしょ」

 

「どうぞ」

 

「まったく――」

 

さっきから本当に、何の意味があるんだろう。

と思って数歩前に歩いた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガン

 

 

 

「――うぇっ!?」

 

額に衝撃が走った。

一体何があったんだと思い再び歩くも見えない何かにぶつかる。

後五メートルと離れていない朝倉さん(大)の方へ進めない。

 

 

「そうそう。言い忘れてたけど、あなたと私の間には壁があるわ」

 

「……バリア―だぜ。って奴か」

 

「ふふっ」

 

思い切り頭を打ち付けてしまった。

なるほど、だからご丁寧に『私に触れてみなさい』だなんて言ったのか。

朝倉さん(大)は楽しそうな声で。

 

 

「面白かったあ。……明智君の今の顔は永久保存版ね。"トムとジェリー"みたいだったわ」

 

「いい加減にしてくれ」

 

「悔しかったらこっちに来てみなさい」

 

「言われなくてもそうするよ」

 

左手にオーラを集中させる。

"ジャジャン拳"ほどじゃあないが、周防のプロテクトは砕けた。

全力で叩き割ってやるッ!

 

 

「いっ。か、堅ぇ……」

 

「駄目ね」

 

「そうかよ。なら脚技だ」

 

昨日朝倉さん(大)に喰らわせた渾身の蹴りだ。

しかし、これも弾かれる。

 

 

「駄目駄目よ」

 

力技での破壊は不可能としか思えない。

これが彼女の実力なのか?

 

 

「断言するわ。この時代の長門さんと私が協力してもこの壁の破壊は困難ね」

 

「それをオレに壊せだって……?」

 

「修行……いいえ、LESSON1よ。妙な期待を私にしないで、自分で解決してみなさい」

 

「……あいよ」

 

基本中の基本、押してダメなら引いてみるのさ。

"ブレイド"を具現化し、俺自身を消す。

 

 

そう、1秒もせずにこの壁を突破――

 

 

 

 

 

 

 

「――がっ」

 

「あなた馬鹿なの?」

 

な、何故だ。

 

 

 

確かに俺の実体は消えていた。

だと言うのにこの先へ進むことが出来ない。

ぶつかったショックで実体化した俺に対し朝倉さん(大)は説明する。

 

 

「明智君はこの世界から消えたわけじゃないのよ? 確かに思念体となって、そこに存在するの」

 

「それが何だって言うんだ」

 

「わかってないわね、このレッスンの意義を」

 

すると朝倉さん(大)はいつもの高速詠唱を始めた。

次の瞬間には。

 

 

「う、動けない……」

 

「腕と足を固定したわ。金縛りよ」

 

「これじゃ壁も壊せないじゃあないか」

 

「同じことよ。この情報操作は私たちの戦闘の基本中の基本。空間の制圧こそが、戦闘の主体なのよ。直接攻撃は手段でしかないし、ただのオマケなの」

 

だから長門さんもバリアを使用しての接近戦がメインなのか。

 

 

「これから先の戦闘で、あなたはこうならないだなんて言い切れるのかしら?」

 

「……う」

 

「この"固定"から抜け出す方法は四つ」

 

そんなにあるのか、とは思えなかった。

何故ならそのどれもが俺にはあまり関係がなかった。

 

 

「一つ、術者が解除する事。まずないわね」

 

「周防がそんなに優しいとは思えないよ」

 

「二つ、私や長門さんがレジストする」

 

「オレ一人だと詰むね」

 

「そうよ。三つ、涼宮さんなら一瞬で解決するでしょうね」

 

「……オレに関係ないような気がするよ」

 

「だから最後の四つ目なのよ」

 

「何の話かな」

 

「あなたなら。いいえ、あなたの本来の力なら、固定も壁も壊せるわ」

 

それは重力とやらの話なのだろうか。

 

 

「そろそろ正解を頼むよ」

 

「私がするのはヒントだけ」

 

「そのヒントは漠然とすらしちゃいないよ」

 

「馬鹿もここまで来ると天才だわ」

 

呆れたようにそう言った彼女は今度は本をどこからか取り出した。

一瞬の出来事で知覚さえ出来ないのだ。気が付いたら手に持っている。

その表紙は、黒い背景に二人の人物。白髪の少年と茶髪の女――

 

 

「――何でもありだな、本当に」

 

「えーっとどこだったかしら? ああ、ここね。そう、今のあなたの力の使い方は"原始人の松明"なのよ。炎をそのまま振りかざすだけって訳ね」

 

「何でその本があるんだ……!」

 

「よってあなたは文明人が鉄を打つように炎を操る事を体得してもらう必要があるの。うん、いい例えだわ」

 

「オレはそいつをこの世界の本屋で見た覚えはない――」

 

そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある魔術の禁書目録】

 

 

 

 

「――それも、二十二巻、じゃあないか」

 

 

 

それを聞いた朝倉さん(大)は意外そうな顔で。

 

 

 

「あら。あなた、読みたいの?」

 

 

 

 

 

 

 

……久しぶりに、ね。

 

 

 

 


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