異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第四十五話

 

 

 

 

 

"DoS攻撃"というものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Denial of Service、サービスの拒否。

要するにオンラインサービスを妨害するための攻撃手法である。

ただDoS攻撃と言えど、それはサービス妨害攻撃の総称に過ぎない。

それぞれ説明してもいいが俺はIT専門用語を語りたい訳ではない。

どの攻撃にも共通する事は、相手の脆弱性を突き、過負荷を与えてダウンさせる。

そう、正常な機能を妨害するんだ。

 

 

 

そして何が言いたいかと言えば、俺は今まさにそのDoS攻撃を喰らったと言う訳だ。

眼の前に居る、朝倉さん(大)によって。

 

 

「――あら、どうしたの?」

 

朝倉さん(大)は俺の呆然とした表情を見てそう発言したのだろう。

だが俺の立場になってみてほしい。突っ込みどころしかないのだ。

まるで意味がわからんぞ。

 

 

「……」

 

「まったく。とりあえず落ち着いて話がしたいわね」

 

「同感だよ」

 

「じゃあ早速お願いするわ」

 

"臆病者の隠れ家"の事だろう、だがこんな往来で設置する訳にはいかない。

 

 

「とりあえず、オレの家の付近まで行きたいんだけど」

 

「私はこれでも見られるとまずいのよ」

 

「お得意の奴でいいんじゃない?」

 

「気乗りしないんだけど……」

 

そう言って数秒、どうやら不可視遮音効果が作用したらしい。

で、俺の家の外。壁にでも"入口"を設置するかと手をかざそうとした。

だが朝倉さん(大)は思い出したかのように。

 

 

「あ、部屋を指定してもらっていいかしら?」

 

「……部屋?」

 

「そうよ。四階建て全二十一部屋のマンション……だったかしら」

 

俺はまだ朝倉さんにそんな事を教えてはいない。

それに、"マンション"だって?

 

 

「オレの能力は"隠れ家"だよ」

 

「あら。そう言えばまだそんな風に呼んでたのね」

 

「……で、何処に行きたい?」

 

「二階の三号室って言えばわかるかしら」

 

「当然」

 

俺の能力だからね。

積もりたくもないのに積もる話がある以上俺は安眠できそうにない。

さっさと指定された部屋の入口を設置して、入った。

 

 

「……」

 

「やっと邪魔が入らないような場所に来れたわ」

 

「いや」

 

何処だよ。

 

 

 

ここ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくら壁紙を張ろうと、家具を置こうが、一室は一室。

広くすることは出来ても、部屋の間取りは箱型にしかならないのだ。

部屋と呼ぶには少々お粗末な出来のもの、それが俺の能力のはずだ。

 

 

 

――だが。

 

 

「ねえ」

 

「何かしら?」

 

「オレは間違いなく、入口に入ったよね?」

 

「そうよ」

 

「どう見ても、朝倉さんの部屋の505号室じゃあないか。オレが具現化した203号室は仮眠にも使えない何もない空間だよ」

 

「違うわよ。窓が無いじゃない」

 

そういう問題ではない。

俺はこんな部屋を具現化した覚えは一切ないのだ。

本当に窓が無い事以外は505号室そのままだ。

寝室の入口らしき扉や、キッチンも見える。

いや、テレビもあるけど電源は……コンセントだと?!

じゃあもしかして電源があって、水道も流れるのか? 怖すぎる。

どうやら玄関もあるらしい。

 

 

「これ、どうやって外に出るんだよ」

 

「いつも通り、この部屋から出ればいいのよ」

 

「あの分譲マンションのドアからか? トイレまであるじゃないか。ここは何なんだ!?」

 

俺が具現化しようと思ってもそもそも出来ない。

それが俺の能力の限界でもある。

部屋ってレベルじゃねーぞ。

 

 

「いやいや、本当に、どういう事なのさ」

 

「そうね。今から一週間ぐらい私はここに住むわ」

 

「は?」

 

順を追って説明してくれないだろうか。

この段階で未だ俺氏のサーバは復旧しそうにない。

とりあえずいつもの机に座る。本当にそのままだとしか思えない。

 

 

「……そろそろいいかな」

 

「どうぞ」

 

「最初に、何故ここにやって来た」

 

「あら? 随分な言い草ね」

 

「そうじゃない。まさかオレにこんなイベントがあるなんて思う方がどうかしている。そのまさかで来訪者が未来の朝倉さんときたら、オレの理解が追い付かないのは当然だよ」

 

「それはそうと、朝倉さんだなんて。いつも通り"涼子"でいいわよ、もう」

 

俺は一度もそう呼んだ覚えがないのだが。

果たしていつ最初に呼ぶんだろうな。

 

 

「真面目に頼むよ」

 

「うーん。個人的な理由もあるんだけど、一番の理由はあなたのためよ」

 

「オレだって?」

 

「そう」

 

「じゃあ何のためなんだ」

 

「一つ確かなのは、あなた――」

 

そういや昔、こんな事言う占い師もどきが居たな。

ちょうど今の朝倉さん(大)のように、オーバーアクションで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――このままだと、死ぬわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は一度も星占術の本を読んだ事はない。

 

 

「何故だよ……?」

 

「決まってるじゃない。私の予想通りにあなたが弱かったからよ」

 

「オレは自分を強いとは思わないけど、それはどういう事かな」

 

「わかってるでしょう? これから遠くない先に、戦いがある。ま、ちょっとした戦争よ」

 

「……嫌な予感って奴だったんだが」

 

「言いたくないけどさっきの私は三割かどうか怪しいぐらいね」

 

「嘘つけ。動きだけで言えばここの朝倉さんと大体同じくらいだったじゃないか」

 

"思念化"という切り札の一つを使ったとは言え、接近戦には対応できた。

あれより速い? いや、単純な腕力もきっと上がるのだろう。

ギアを上げた朝倉さんがまさにそうだった。ゴリラも泣いてしまう。

 

 

「それに追いつけるようになったのは褒めてあげるわ。あの時の私の限界近くだもの」

 

「今やその三倍も強いって?」

 

シャアの三倍速理論はどうやら機体性能ではないって説もあるんだぞ。

どうでもいいが俺の一番好きな機体はリ・ガズィだ。

唯一俺が買ったプラモデルである。今も部屋に飾っている。

 

 

「最初に言ったじゃない。あなたと私の愛のチカラよ」

 

「マジか……」

 

「マジよ」

 

どうにも朝倉さん(大)が苦手だった。相変わらず美人だけど。

いや、俺はきっと先の事なんか知りたくもないんだ。

そんなもの、きっと麻薬なんかより性質が悪い。

 

 

 

でも、彼女の言葉が正しければ。

 

 

「……オレ、結婚してるの?」

 

「そうよ」

 

「朝倉さんと?」

 

「他に誰が居るの……?」

 

うおっ!

 

 

 

何て殺気だ。間違いなく小鳥ぐらいなら殺せるぞ……。

極寒の地で全裸で凍えながらなぜ"辛い"のかわかっていないあの感覚だ。

心臓を握りつぶされたかと思った。額や脇汗がやばい、頭痛や眩暈もしてきたぞ。

……確かに、周防よりは強いかもしれない。

笑いながらも目に光が無いのだ。とりあえず言い訳しよう。

 

 

「い、いや。嬉しくてね……。他の相手なんか居る訳ないじゃあないか」

 

「ふふっ。私は幸せよ」

 

ならいいんだけどさ。

俺だって朝倉さんと結婚できたら幸せだ。

 

 

「それにしても、弱いって。オレをからかいに来たのか?」

 

「違うわよ。……そうね、懐かしいわ、修行のためよ」

 

「おいおいおいおいおい。『懐かしい』だって? 思えばオレは十二月の山籠もり、そして先月の地獄スパー、激闘の日々だったんだ。それがまた今月も修行? ジャンプでもここまでゴリ押ししないよ!」

 

「あなたの大好きな漫画ならそうじゃない。全部読んだけど」

 

【HUNTER×HUNTER】の事だろうがどこから調達したんだ。

いや、そんな事は気にしないでおこう。

 

 

「そうかい。漫画と現実を一緒にしないでおくれ」

 

「でも、あなたのためなのよ?」

 

「……その心は」

 

「私はあなたの事を全て知ってるわ」

 

そりゃそうだろうよ。

未来から来たんなら……。

 

 

 

おい。

 

「って、どうやってこの時代に来たんだ。まさか朝比奈さん達が手伝う訳がないよね。『禁則』って感じがしないし」

 

「……黎………いや、明智君よ」

 

「オレが?」

 

「この時点でも、確かあなたは多少の時間移動が出来たはず」

 

確かに俺はあの世界からこっちに戻る時、三日ぐらいは逆行した。

その要素が成長したのだろうか。

 

 

「オレの協力って訳なのか?」

 

「そういうことよ」

 

「じゃあ、オレがオレを苛めたくて朝倉さんをこの時代に送ったってのか」

 

「苛めるだなんて、私は優しいわ」

 

嘘つけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何てことしてくれやがる。俺。

来月の春休みとか、もっといいタイミングあるはずだろ。

しかも一週間とか短期間でやるつもりらしいな、何の意味がある?

マジに俺が悩んでいると朝倉さん(大)は。

 

 

「勘違いしてるみたいだけど実際に身体を動かすわけじゃないわよ」

 

「……は? 修行なんだよね?」

 

「それもいいけど、そっちは私がやってもねえ。戦場の空気が一番なの」

 

「美味しくないのは間違いないけど」

 

「要するに、あなたの精神を鍛えに来たのよ。次のステップに進んでもらうために」

 

ステップ……?

まあ、段階や工程の事なんだろうけど、次とは。

 

 

「あなたは今、自分の能力をどこまで理解してるの?」

 

「え。ああ……"念能力"だよ。正確には違うとか言われたけど、オレには差がよくわからない」

 

「うーん。質問が悪かったわ。もっと言うと、自分の使う力の根源についてよ」

 

「……生命エネルギーの一種"オーラ"だろ?」

 

「オーラねえ。……これ、どこまで言っていいのかしら」

 

全部とは言わないがしっかり教えてほしいのだが。

そんな俺の顔を見て察したようで。

 

 

「一応注意を受けてるのよ。過去で無茶するなって」

 

「誰からだよ」

 

「未来人」

 

「"朝比奈さん"か?」

 

「その認識でいいわ」

 

他に何があるんだろうか。

気にしても結論を教えてくれそうにはない。

 

 

「ヒントならあげれるわ」

 

「某攻略本並みに安心できないね。ヒントだって?」

 

「そ。オーラだなんて考えてる限りは、次のステップは無理だもの」

 

「……じゃあ何なんだ?」

 

「正解を私が言っちゃうのはまずいのよ。理由は色々あるけど、一番はやっぱり……」

 

「やっぱり?」

 

「昔の私が、あなたのかっこいい所を見れなくなるじゃない。思い出す度に興奮するのよ」

 

それって必要なのだろうか。何とかしてやれよ、俺。

"臆病者の隠れ家"は俺に何も言ってはくれない。教えてくれ、五飛。

 

 

「だからヒントよ。あなたのそれは……一番正解に近い表現は"重力"ね」

 

「……それってあれか。今まさに働いている重力かな」

 

「何とも言えないわね」

 

「期待はしてなかったさ」

 

生命力と重力だなんて、全然似てもいないじゃあないか。

重力が正解ではないにしても、俺にはさっぱりわからない。

魔界王候補の黒い魔本に書いてある術だとか、グラビジャだとかは俺は使えんぞ。

ないないと否定ばかりではあるが。いや、もう既に精神修行って訳なのか?

 

 

「好きな漫画だからオーラって言いたくなるのはわかるけど、ヒントは忘れちゃ駄目よ」

 

「重力の方がよっぽど中二病じゃあないか」

 

「その辺の文句を私に言われても困るわよ。原因の一部が、……涼宮さんなのは確かなんだから」

 

一瞬言いよどんだのは何なんだろう。

とにかくもう他の疑問だって残っているんだ。

俺については残りの期間で色々話してくれればいい。

 

 

「とりあえず。どうして俺の203号室はこんな状態なんだ」

 

「今のあなたに出来ない事が出来る人。一人しか居ないじゃない」

 

「……オレか」

 

「その辺も意識改革よ。臆病者だとか隠れ家だとか言ってる内はこうならないでしょうね」

 

「まさか、ずっとこのまま?」

 

「私が帰れば戻るって言ってた。つまり、あなたに貸してるようなものらしいわよ」

 

即刻クーリングオフといきたい。

しかし、ノヴさんの"四次元マンション"でもこんな空間は作れない。

一部屋だけに特化すればあるいは可能だろうが、きっとそうじゃないんだろうさ。

完全な異空間、いや、異世界だとしか思えない。

 

 

「着替えなんかも用意してきたわ。食材は変装して調達すればいいし」

 

「ここ、ライフラインは通っているの?」

 

「問題なくね」

 

「頭痛によく効く薬ってないかな、なければ胃薬でいい」

 

「ないわよ。あ、私の下着見る? この時の私なんてまだまだ子供っぽかったわよね」

 

「……いい」

 

「何度も見せたじゃない。あなたはあんなのでも喜んでくれたけど」

 

「それはそれだ。朝倉さんだからだ」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃない。来た甲斐があったわ」

 

やっぱり朝倉さん(大)は俺をからかいに来たらしい。

何が悲しくてこの人と俺は今の朝倉さんについて語らなければいけないのか。

もうこんな所から出ちまおう。五臓六腑が破裂しそうだ。

だが、一つだけ確認すべきことがある。

 

 

「朝倉さん」

 

「何かしら」

 

「君は、いや、昔の朝倉さんは君と会ったか?」

 

「いいえ」

 

「他のみんなも知らなかったのかな」

 

「それはわからないわよ。私にとっては今の出来事だもの」

 

「……言わなくてもわかってるよね」

 

「私だとバレなきゃいいんでしょ? そんな事はもう散々言われたわよ」

 

「頼むよ」

 

「りょーかい」

 

気のない返事だった。

そしてこの質問は、完全な俺の興味でしかなかった。

地雷もいいとこだったのだが。

 

 

「因みに」

 

「うん?」

 

「朝倉さん、今何さ――」

 

い、って訊こうとした時点で俺はもう言葉を発せられなくなった。

椅子に座る朝倉さん(大)が手首をスナップさせ、音速で俺の右頬のすぐ横を何かが飛来した。

 

 

「今の私は主婦だから包丁だけど、ナイフでもいいのよ?」

 

「遠慮しとこう」

 

「覚えておきなさい。女性に年齢を尋ねるのは死罪よ」

 

「はい、すいませんでした」

 

「よろしい。連絡先を教えとくわ」

 

「はい」

 

未来から来たというのにガラパゴス携帯だった。

いや、未来の連絡先なんかこの時代で通用するはずがない。

その辺はどうにかしたのだろう。宇宙人なら何でもありなはずだ。

 

 

「それにしても、情報統合思念体はどう判断してるの?」

 

「えっ?」

 

「いや、朝倉さんが二人も居るって、何か匙を投げたとか言ってたけどこれは興味があるでしょ」

 

「あー……うん、情報統合思念体ね。うん……そうそう……」

 

この質問に対しては激しく動揺していた。

何があったんだろうか。

 

 

「と、とりあえず気にしなくていいわよ。今の私は申請が必要ないとだけ思っといて」

 

「わかったよ」

 

今度こそ俺は部屋を出て外に戻る。

すっかり外は暗くなっていた。

腕時計はとっくに十八時を過ぎて、十九時が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そろそろ俺はこの時点で認めるべきだったんだろうさ。

少なからず俺のせいって言えるような、そんな部分があるって事も。

そんな事をどうこう考えても何も変わらないが、少なくともステップとやらの助けにはなる。

しかしながら大好きな朝倉さん(今)に頼れない上に、他の連中に頼るのも憚られた。

俺一人でこの爆弾を背負えって言うのか? 涼宮さんの次にヤバい核弾頭じゃあないか。

真底、心からお前に同情するぜ、キョン。

 

 

 

それに彼女が言う戦い。

戦争の相手とは恐らく周防やジェイなんかについてだろう。

俺が読んだ"分裂"まででは完全な正体が不明だった。実力から何まで。

さっさと刊行してほしかったんだがな……。

とある人のためとは言ってた気がするが、ジェイがそれに協力する理由は何だ?

俺に対し、中立かと思えばすぐさま敵とも思える立場に回った。未だ姿を現さないあいつ。

あいつも古泉の持論で言うところの特異点なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが確かなのは気にする余裕が本当に俺にあったかどうかなのだ。

 

 

 

 

 

 


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