さて、今更ながら周防九曜について説明をしたい。
……と言っても俺も詳しい事は何も知らない。
朝倉さんと同業他社の宇宙人って事ぐらい。
実力については全くの未知数、長門さんかそれ以上か。
彼女は小柄な印象を与えるが、意外に身長はあるらしい。実は160近くあるのかも。
しかし一番の問題は原作において登場するのはまだまだ後だったって事だ。
だから俺はあんなに慌てていたのだが……。
い、いや、周防相手にびびってないから。本当だから。
で、何でそんな事をわざわざ言うかと言えば。
「はあ? 周防について教えろ、だって?」
「そうだ」
一月一日の夜、鶴屋家の別荘。
突然キョンが部屋に来たかと思えばそう言いだした。
「悪い事は言わないけど攻略しようだなんて考えない方が良いぞ」
お前には涼宮さんが居るじゃないか。
安心して初詣にでも行って見事にフラグを立ててくれ。
俺は日本的行事にそこまで思い入れはないんだ。知識としてはあるけど。
しかし彼はどうやら女目当てではなかったらしい。
「何言ってやがる。その宇宙人が何やらお前らと敵対している以上、俺だって無関係じゃないんだろ」
「つまり?」
「そいつかどうか判別ぐらいつかなきゃ対処しようがない」
そもそも彼女と遭遇した時点できついと思うんだよ……。
対処って、多分、諦めるのが一番早い確実な対処だ。
「でも周防についての特徴は話したと思うけど?」
「宇宙人、黒い、怖い、井戸から出てきそうな女、……これだけの情報で何がわかるんだ?」
「しょうがないなあ」
と言って俺は手帳の一角に彼女の似顔絵を描く事にした。
十分ぐらいで仕上げたそれをキョンに見せる。
「……お前、本当にこれがその周防さんなのか?」
「間違いないよ」
「俺の目が確かなら、この周防さんは今すぐにでも不老不死を求めて星を暴れまわるような宇宙の帝王にしか見えん」
「そっくりだって。53万オーラはあるんじゃないかな」
「オーラって何だ。いや、それより俺はこんな奴に会っただけでショック死する自信がある。というか女か?」
「そういうのもあるみたいだよ」
「知るか。それに黒いって言っても頭と肩ぐらいで、しかもこれ本当は紫だろ」
「オレの絵に不満があるようじゃあないか」
「上手い下手の話じゃねえよ。……朝倉を呼んでくるぞ」
そして本当にキョンは呼んできた。
朝倉さんは俺の周防絵を見るや否や、絶句。
「……」
「クリソツだろ?」
「明智。帰ったら長門にいい眼科を教えてもらえ」
「……」
無言でペンと手帳をぶん取られた。
彼女は目にも留まらぬ速さでイントルーダーを描き上げていく。
「全然下手ね。さあキョン君、これが本物のターミナル女よ」
「……なあ今度は妖怪か?」
「朝倉さん、これは女の子じゃないでしょ」
どう見ても毛を針にして飛ばす片目しか見えない妖怪だった。
間違っても宇宙人じゃないじゃないか。天蓋領域は目玉なのか?
宇宙空間に浮かぶ目玉、どっかのゲームの真ラスボスみたいじゃないか。
「あら、何言ってるの? 私のは最早生き写しよ」
「いやいやこの絵柄で制服着てるのがもうダウトだよ」
「ありがとう、お前ら二人ともアテに出来ん事だけはよくわかった。仲がいいな」
「……わかったよ」
朝倉さんこそ真面目に描かなかったじゃないか。
本当に嫌々だけど真面目に描くことにした。
手が若干震えたのは内緒だ。ただの武者震いだ。
「ほらよ」
「どれ、……中々美人だな。これのどこが怖いんだよ」
「明智君……」
なんか怨念じみたものを朝倉さんから感じる。
もしかして俺が周防にお熱だとでも勘違いしたのだろうか?
「朝倉さん、別に周防をじろじろ見てたわけじゃないよ。誤解しないでほしい」
と言うか君が真面目に描く方が俺より圧倒的に上手なはずじゃないか。
きっとモノクロ写真レベルなら余裕なはずだ。多分俺のせいだろう。
「……ふーん。まあ、でも本当にそっくりね」
「朝倉がそう言うんならそうなんだろうな。と言うか、さっきから思ってたがこいつは俺らと同世代なのか? 光陽園学院の制服だよな」
――あ、やばい。
万が一にでも谷口との絡みに気付かれるとちょっと面倒だな。
バレてもいいけど、周防が何をするかわからない以上こちらから接触の機会を増やしてはいけない。
出来れば永遠に会いたくない相手だ。会ってもいいが殺し合いはしないからな。
とりあえず誤魔化そう。朝倉さんは谷口について知らないだろうし大丈夫、多分。
「あー、そーだね、うん、そういやそうかも。へー、気付かなかったよ」
「随分気のない反応だな……?」
「そりゃあ彼女、見た目ほど女の子してないから。もし遭遇したら死んだフリをお勧めするよ」
「宇宙人相手に熊の対応かよ」
「それにしてもこの似顔絵、ほんと十割は盛ってるじゃない。ムカっ腹が立つわね」
朝倉さん、それじゃゼロになるじゃないか――
――で、これはその時の恨みなのだろうか。
だが嫉妬で片付けるにしちゃ無茶じゃないか?
脳をフル回転させて考える。
退路。後ろは木、前はナイフ。うん、ない。
解決策。俺が"臆病者の隠れ家"に入る前にブッ刺さる事は確か。
そしていくら強化しようと刃物を防げる訳がなかった。
ウボォーさんならまだしも、俺には全身の高次元強化は無理だ。
ライフル弾が直撃して無傷で済む人外と一緒にしないでくれ。
これを全部弾こうにも時間が足りずに残りをお見舞いされる。文字通りの包囲網。
まさに樽に入れられた海賊野郎だ、危機一髪どころか絶体絶命じゃないか。
間違いなく三秒後に俺はトマトかザクロと化してしまう。
――いや、うん、常識で考えてこれ無理です。
これが暫く前ならば俺も朝倉さんに殺されたところで構わなかったのだ。
しかしどうやら今の俺はそうとすら思えないぐらいに地に堕ちたらしい。
俺ながら呆れるよ。走馬灯すら浮かばないほど、彼女が好きなのか。
「欲望まみれって訳――」
らしい。
……何だ、ナイフが当たった感触がしない。
おいおいまさか。後ろを振り向くと大量のナイフは木にぶつかり落ちている。
とにかく、時間が無い。急がなくては駄目だ。
「――冗談きついよ」
朝倉さんとの距離を詰め、肩に手を触れると俺の姿は元に戻ったらしい。
ナイフ回避と思考時間も含めて計8秒。今のコンディションではあと2秒と耐えられないだろう。
当の本人は信じられない程の笑みで。
「おかえりなさい」
「なあ、殺す気だったじゃないか!」
少しショックだ。
いいやこの勢いで山から転がり落ちてもいいぐらいの気分だ。
正当な理由が欲しい。納得させてくれないだろうか。
「……ごめんなさい。でも、あれ」
「何さ」
「贋作よ?」
どういうことだ。
そしてあれとは何なのだろう。
と思い彼女が指さす先には大量のナイフ。
再び木の近くまで寄ってその内の一本拾う。
……か、軽い! ナイフの重さとは思えない。
「ちくしょう、まさか」
「ふふっ。どっきりよ。プラスチックだから刺さるわけないもの」
いや、マジで勘弁して下さい。
コントロールすら出来なかった能力の検証のために心を削る必要があるのか。
だがこれで俺はわかった。完全に理解した。
恥ずかしいから朝倉さんには絶対言わないが、この能力のトリガー。
それは、正確には生を渇望する思いではないようだ。
つまりだ、何だかんだ周防との戦いで最後に俺は朝倉さんの事を考えた。
……だからきっとそうなんだ。そういうふうにできている。
あの能力は、"想い"で発動する。らしい。
考えてて軽く鬱になってきた。満身創痍なのが更に俺のSAN値を削る。
ハーブティが飲みたい。
「おかげでもう余力が無いんだけど」
「そうね、帰りましょ」
決して俺が自宅に直行帰宅するわけじゃないのが問題なのだ。
そういう流れで俺は宇宙人によってグレイのごとく引きずられていく。
「こ、このペースじゃ無理だ……」
今ならエリア51に潜入してと頼まれても二つ返事で了承しそうだ。
そしてこの時の俺の呟きは認められる訳が無かった。
次の週末、SOS団の冬休み定期ミーティングまでオーラがロクに回復しないまま俺は修行、いや拷問を受けていた。
ちなみに休み中のミーティングは原則月曜と金曜になっている。
「……オレが全力で動けても朝倉さんと戦いたくはないんだけど?」
「じゃあ躱しなさい」
"じゃあ"って果たしてそういう使い方をするのだろうか?
今彼女が手に持っているのは本当のおもちゃのナイフ――刺さると刃が引っ込むあれ――だ。
確かにそれに当たっても痛くはないが、体術は別だ。平気で蹴りを入れてくる辺り尋常じゃない。
「くそう、くそう」
「まだまだ本気じゃないわよ?」
今日だけで既に十回近く刺されている。実際には何も刺さらないが。
現在は木曜日だが、昨日までを通して通算二百を超える回数となる。
実際、かなりの経験値にはなっているが大体からして俺が本調子でない。
……っと、どうにか右ローキックを回避。
「はいはいご褒美ご褒美、嬉しいでしょ?」
「オレはそんな趣味は無いしそれに朝倉さんはどこでそんな言葉を覚えたんだ」
「知らなかったの? 女子どうしって言っても与太話は多いのよ」
知りたくもない情報だった。
いわゆるグループって奴があるとしても俺は気に食わないタイプなんだ。
俺が気にするのは精々が俺に関してぐらいで、今となっては朝倉さんもそれに含まれる。
だが戦闘ではそんな浮ついた思考は一秒であれど命取りであり。
「――ていっ」
まともにハイキックを貰ってしまう。
しかも宇宙人テクノロジーで衝撃派のおまけ付きと来た。
俺はどうにか受け身を取ったが体中は打ちつけられているのだ。
既に限界とかそういう次元じゃない。ボロ雑巾と化している。
こんなのが毎日続いている。
「いや、きついっスわ……」
俺はその場に倒れたまま立ち上がらない。いや、起きれる訳がない。
むしろ今日までこらえた俺の方が凄いと思う。全国でも限られるはずだ。
ああ、なんだか明日休みたくなってきた。……今は冬休みなのに。
そうだな……来週は一日ぐらい休もう。甘えでデートをするかもしれない。
それは三日の遅れになるらしいが俺の成長速度的に大差ないんじゃないのか。
「だらしないわね」
「それでいいよもう」
俺より速く動いているくせに彼女は息一つ乱れていない。
化け物か。きっと周防も手を抜いてこんなもんだろう。
いや、マジでこの前のはラッキーパンチもいいとこだった。
潜在性ってのは不明だが多分これ以上俺に伸び代はありそうにない。
だからもう俺に関わらないでくれ。キョンの気持ちがわかるぞ。
そんな事を考えつつ青い空を眺めていると。
「……明智君、どうしてあなたから攻めてこないの?」
一瞬ちょっと誤解しかけたが、真面目な話らしい。
だが朝倉さんが呆れる理由がわからない。あれか、また俺が馬鹿なのか。
"馬鹿"の単語がそのうちゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。
「どういうことかな」
「いくら消耗しているとは言っても、あなたなら反撃は出来るはずよ」
恒例の過大評価じゃないのか。
古泉といい、もっと俺を評価しないでくれた方がありがたい。
根拠のない自信を産む原因の一つだからだ。
「それに何の構えも取らないなんて。意味あるの?」
「いや、構えを取っていない訳じゃない。基本的に必要としないんだよ」
皆さんは"システマ"というものをご存じだろうか。
護身術の一種だと思ってくれていい。"シラット"とは違う。
別に俺はまさか達人でもなんでもない、かじった程度だ。
俺はブレスワークが甘い。なので精神を鍛える意味ではこれもいい修行なんだけども。
「構えってのは恐怖のサイン、緊張、ってのが教えでね。取らないわけじゃなくて、攻撃までの瞬間に脱力をし続けてる」
「ふーん。でも、攻撃しないってのは否定しないのね」
「どうせ今の状態じゃ通用しないってのが3割、残りの7割は君を殴れそうにない」
「……でも、長門さんから聞いたわよ?」
何の話だ。
「私の"偽物"を叩きのめした時の話よ。容赦がなかったとか」
「うっ。あれはオレがちょっとしたステータス異常だったのもあるけど、それ以前にあんなのに引っかかるわけがない」
その程度は言うまでもないと思ってたんだけど……。
俺のその発言を聞いた朝倉さんは何やら嬉しそうだった。
こんな場面で女の子らしさを持ってこられても困るだけだよ。
……まあいい、今日はもう止めだ。
昨日は日が暮れるまでこの山で追いかけっこしてたんだ、主に俺が逃げる方で。
ちっともロマンチックじゃないので嬉しくもない。
「そういえば、言い忘れてた事があったわ」
急に朝倉さんは改まったものの言い方を始めた。
近くの木に寄りかかりながら、どうにか立ち上がるとする。
「この前の消える奴よ」
「……ああ」
そもそも俺が今日まで苦しめられたのはあれのせいなのだ。
本当に使う気になれない。
「あの時のあなたは文字通り消えてたわ。この世界から」
「そりゃそうだよ」
あれで存在してるって方が無茶だからね。
これも異世界人ってのと関係しているのだろうか。
でも、そうだとしても俺には足りない気がしてならない。
しかしながら俺が考えたところで結論が出るはずもない。
自問自答は不毛なのだ。
……だが、次の流れに関しては完全な不意打ちだった。
「でも、それは実体が、って意味なの」
「……実体? オレの身体についてかな」
「そうよ。あの時明智君の身体は消えた。でもあなたは確かに存在してた」
「それじゃ幽霊みたいだ」
「いいえ――」
なあ、それはどういう意味なんだろうな?
「――情報体、それとも、思念体ってところかしら」
俺はふと、今が冬だって事を思い出した。