異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第三十七話

 

 

 

 

流石に俺も雪山で遭難したのは前世を含めて人生初だった。

 

 

……いや、普通は警報とかチェックするよ。

 

一応俺も今回は見てきたんだ。なのにこのザマである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっかし、さっきから歩き続けてはいるけどこれが雪山だとはとても思えないほど平坦な道のりだ。

間違いなく人型イントルーダー周防九曜の仕業だった。

 

 

「まいったわね……先が見えないわ」

 

「おかしいですね、距離からすれば我々は充分進行しています。そろそろどこかへ出てもいいころです」

 

「まるで樹海だね」

 

「……」

 

「こ、ここはどこなんですかぁ?」

 

朝比奈さんが雪風に飲まれそうな声でそう言う。

どこかと聞かれれば鶴屋さんの別荘でないことだけは確かだ。

そして今回の遭難ツアー、鶴屋さんとキョンの妹氏はいない。SOS団メンバーオンリー。

 

 

「やれやれ、だね」

 

「明智。俺が言わないからって言うんじゃねぇ」

 

「誰かが言うべき状況だろ?」

 

「知るか。……古泉、朝比奈さんがかわいそうだ。何とかしてやれ」

 

こういう準備だけはいいと言うべきか、古泉はコンパスを持っていた。

 

 

「そう言われましても、まあ、はっきり言いますと異常事態です」

 

「またか?」

 

「どうやら」

 

「おい、台風の次は暴風雪。嵐ばっかじゃないか。勘弁してくれ」

 

俺たちは決してクロスカントリーに興じたい訳ではなかった。

ボードを運ぶのも負担ではないが、面倒であることは確かだ。

長門さんは無言で進行しており、朝倉さんは何やら呆れている。どうしたのだろう。

 

 

「さっぱりだわ」

 

「何が?」

 

「脱出方法よ。でも、この空間は"似ている"わね」

 

そう、周防九曜のテリトリー。

あの時の住宅街の一部も、きっと既にそうなっていたのだ。

俺、いいや、SOS団関係者だけ入り込めるように。

 

 

「本当に本当に困ったら逃げるさ」

 

「あら、使えるの?」

 

「問題ない」

 

とっくにわかりきっていた事だ。

春先に朝倉さんと対峙したあの時、あの教室で"入口"を設置できた。

今のところの例外は涼宮さんとUMAだけだった。

 

 

「似ているってのはわかっても、脱出方法はわからない。どういう事かな」

 

「簡単よ。解析不能。私の空間把握能力じゃとてもじゃないけど理解不能ね」

 

「なるほど、いいニュースだ」

 

「悪いニュースで言えば長門さんもそう判断してるって事かしら」

 

「犯人に心当たりがあるだけ、オレたちの方がマシか……」

 

さっきまで定期的に腕時計を見ていたが、俺の目を疑ったね。

時刻がまるっきり進まない。直ぐに仕舞ったさ。

 

 

「まったく、大人しく中河氏を叩けばいいのに」

 

いくら『機関』が――実際には喜緑さんを代表する宇宙人も――中河氏を監視しているとは言え、明らかに防御が手薄なのは今なのだ。

なのにジェイは、おそらく最強の手駒の一つであろう周防九曜を俺たちにぶつけてきた。

やはりあいつは破綻している。まるで、この行為に意味が無いようにさえ思える。

 

 

「でも、あなたのハイド&シークなら一瞬だわ」

 

「そりゃそうだけどね。でも"一手"遅れるのは確かさ、不利なのはこっちだよ」

 

「馬鹿馬鹿しいわ。きっとこれがイライラね。明智君まで馬鹿にしてたもの、あの女」

 

「今回こそは何とかやるさ」

 

やがて先頭集団が騒がしくなった。

 

 

「明智くーん! 涼子ー! 建物があったわ! ついてきて」

 

涼宮さんが大きな声でそう言う。

来なくてもいい進展があったのだ。

 

 

「SOS団一行、カリフォルニアホテルにご招待ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のホテルという表現はあながち間違ってもいなかった。

城、館、とにかく洋風で、とても大きい建物だ。

 

 

「ビッグフットのお出ましかな」

 

「何を言ってるんだ」

 

「あいつ頭良かっただろ。こんな家があるかもよ」

 

「……さあな」

 

思い出すのは夏休み前のUMA討伐。

最もポピュラーな敵であり、最強だったビッグフット。

巨体にも関わらず雪山を自由に駆け回る運動能力、チュパカブラのそれとは比較にならない知性。

俺が一旦逃げるぐらいには、マジでやばい相手だった。チームだから勝てたものの、周防でも苦戦しそうだ。

 

 

 

 

 

その洋館の、扉というよりは門とでも呼ぶべき扉の前で涼宮さんが叫ぶ。

 

 

「すいませーん! 誰かいませんかー! 吹雪いてきちゃって! 少しでいいんで暖を取らせてくださいっ!」

 

反応はない。

館の窓からは光が出ており明るく、吹雪もあって幻想的ではあったが見とれるような気分ではなかった。

頑丈そうな扉を涼宮さんはタコ殴りするものの、それでも反応は無い。

 

 

「留守なのかしらね……押して開かないかしら」

 

「おすすめしないけど二階から侵入ってのがあるよ」

 

「本当に困ったらそうしましょ」

 

まだ余裕があるらしい。いや、それは団長、つまりリーダーとしての責任感だろう。

何だかんだ言っても、涼宮さんも精神的に強い面はあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を考えていると、扉が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……中はやはり明るい。

電気か? 間違いなくロウソクのそれではない、何処に電源があるんだ。

そして、空いたにも関わらず屋内には人影などいなかった。扉の裏にも。

はあ、とにかく入ろう。暑いよりは寒いだが、寒すぎていいと言った覚えはない。

ズカズカと上り込む涼宮さん同様、俺も自分勝手なやつだ。

もっとも、"準備"は忘れずにしておくけど。

 

 

「だれかーーーーっ! いないのー!? お邪魔しまーっす!!」

 

もう既にお邪魔している。

やはり内部はちょっとしたホテルのようだ。

エントランスにロビー。こんな雪山にしてはあまりにも近代的だ。

床に紅の絨毯、天井にはいかにもといった巨大シャンデリア。

 

 

「幽霊屋敷じゃないだろうな……?」

 

「この館が実在してればそれでもいいんじゃない?」

 

「アホか、呪われるのなんか御免だぜ。朝比奈さんが幽霊なんか見た日にゃそのままショックで死んでしまうかもしれん」

 

こいつの中で朝比奈さんはきっと未来人じゃなくてスペランカーか何かなんじゃないだろうか。

そうじゃなかったらキョンはたいそう過保護だ。その思いやりを妹さんにも分けてやれ。

 

 

「ちょっと緊急事態だから、あたしはここに人が居るか見てくるわ」

 

「待て。俺も行く」

 

「……うん」

 

「明智、古泉、後は任せたぞ」

 

まるで死亡フラグみたいな台詞を吐いて、主人公はとっとと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、情報統合思念体とは別の何か。そういった人外の存在であればこういった現象も引き起こせるかもしれませんね」

 

「とにかくあっちからすりゃ、こっちはフクロのネズミさ」

 

「ひぇぇ……」

 

ロビーにあるソファに座り、俺と朝倉さんを通して他三人と意見交換が行われた。

因みにキョンと涼宮さんの分もだがレンタル品のウィンターポーツ道具一式はロビーの壁に安置している。

 

 

 

しかし意見交換とは名ばかりで、朝比奈さんは言うまでもなく原因不明だと言う。

古泉も閉鎖空間以外は専門外だ。ここが涼宮さん関係じゃないのは確からしい。

 

 

「周防九曜と呼ばれる個体に関する詳細は不明だが、それが事実ならば間違いなく脱出は困難」

 

「私と長門さんでも手に負えないのよ。まあ、明智君は別みたいだけど」

 

「オレの"臆病者の隠れ家"は、本当の最終手段だと思ってくれ。わかると思うけど誤魔化しがきかない」

 

「ええ。承知してますよ」

 

誰か? それは涼宮さんに決まっている。

 

 

「みんなは時計を持っているかどうか知らないが、オレは持っている。で、ここに来るまでの間見ていたけど、時間が一切進まなかった」

 

「……」

 

「どっ、どういうことですかぁ!?」

 

「これがあの女の仕業ならそれも不思議じゃないわ。空間は時間と切っては切れない関係だもの」

 

相対性理論、時空ね……。

俺の不完全な平行世界も、そこら辺が何やら関係してそうだ。

 

 

「試しにこの屋敷の中の時間経過を確かめてみるのはどうかな。ストップウォッチぐらいは機能するはずだ」

 

俺はポケットからデジタル時計を取り出して提案する。

 

 

「これが宇宙人における別勢力の犯行ならば単独行動は危険です」

 

「わかったよ。オレが行こう。誰か一緒に行きたい人」

 

「……」

 

「あたしはここで涼宮さんをまってます」

 

「僕は遠慮しましょう」

 

……消去法で朝倉さんになってしまう。

さっさと行ってさっさと帰ろう。古泉に時計を投げ渡す。

 

 

「モードは既に切り替えてる。まあ、見ればわかるけど右下のスイッチでスタート・ストップ。左上でリセットだ」

 

「設定時間はどうしますか?」

 

「十分だ。十分もあれば、もし何か異常があればわかるだろうよ」

 

「了解しました」

 

「長門さんが居るとは言え、安心できない。気を付けてくれ」

 

周防が強襲してくるとは考えにくいが、何があるかわからない。

ただ、涼宮さんに見つかるリスクを犯すほど彼女は馬鹿じゃあないはずだ。

それに今はまだ、その段階じゃない。何せジェイが居ないんだ、そして謎の"カイザー・ソゼ"とやらもわからない。

しかしながら、今日はただで帰れないのだけは確かだった。

 

 

「そちらこそ」

 

「また十分後に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と朝倉さんは適当に一階部分を探索する事にした。

だが。

 

 

「朝倉さん、君は、……平気なのか?」

 

「……いつから気づいてたの」

 

「館に入ってから。いや、正確には吹雪に巻き込まれてからかな。明らかに様子が変わった、一瞬だけど顔色が悪くなってた」

 

「気付いてくれたのはありがたいけど、変態じみてるわ」

 

「それほどでも」

 

この空間が朝倉さんや長門さんの負担になることは織り込み済みだ。

にも関わらず普段通りに行動している。二人とも、大した精神力だよ。

 

 

「情報統合思念体と、通信が取れないわ」

 

「だから解析もままならないって訳か」

 

「それだけじゃないわ。この空間は私たちに負荷を与える。情報操作も難しいでしょうね」

 

「……そうか」

 

「ねえ」

 

ぴたりと朝倉さんは足を止めた。

不安そうな表情だ、まるで十二月十六日の、あの時のように。

 

 

「あなた……何から何まで、まるでこうなることがわかってたみたいだわ。もっと言えば、八月のだってそう」

 

「つまり?」

 

「今だからわかるわ、八月の時の私もきっと不安だったの。あなたが、明智君がわからない」

 

「……」

 

この期に及んで俺にはまだ、決定的な要素が欠けていた。

修行中に"マスターキー"を何度も具現化させたが、一向に変化は無かった。

あれがもし、俺の精神の象徴だとすれば……俺の精神は、いや、俺はまだあっちの別世界に取り残されたままだ。

 

 

まだ、『新しい道』が見えない。

 

 

それどころか、周防九曜に勝てる保証もない。

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

 

 

 

 

「オレを信用してほしい、とは言わない。言えない。だけど、待っててほしいんだ」

 

「……何を?」

 

予定変更だよ、ちくしょう。

あの時と違って、泣き出しそうな朝倉さんを見捨てるような俺よりは成長した。

 

 

いいさ、死亡フラグでもいいさ。

 

人には帰る場所の他に、帰る理由も必要なんだ。

 

俺にとっての朝倉さんは、生きる意味なんだ。

 

 

 

 

「合宿が終わったら、本当に、全部話す。だから――」

 

 

 

 

 

 

今回が最後だ。

 

黙ってついてきてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

「しょうがないわね、惚れた弱みってやつかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻った俺と朝倉さんを迎えた古泉が言うには、百二十秒だそうだ。

 

この屋敷は、周防九曜は狂っている。

 

 

 

 

 

 


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