異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第三十五話

 

 

 

 

約7メートル前後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、俺と人型イントルーダー周防九曜の間にある距離だ。

何故彼女が姿を見せたのか。いや、"それより"も。

 

 

「今、"何て"言った……?」

 

「――――」

 

俺はこの女を知っている。一方的に、だが。

そして周防が言った単語だ。"予備"……だと? 俺が? 何のだ?

その思わせぶりな態度。まるで、まるで俺を待っていたみたいじゃあないか……。

 

 

 

 

すると、次の瞬間に周防は指をこちらへ向けた。

……ちっ。

 

 

「いいよ、やるってんなら――」

 

「――そこ」

 

彼女が指を向けたのは正確には俺ではないようだ。

いくら何でもミスディレクションに引っかかるほど甘くない。

しかしそれなら即時攻撃すべきである。

 

 

「あの人から……手紙…」

 

指先は、右斜め後ろに設置されたポストらしい。手紙……? なるほど。

彼女への警戒を怠らずに、ポスト上に置かれていた白い封筒を取る。

切手も貼られていないのに後ろには差出人が書かれていた。

 

 

「筆記体か。エージェント、……エージェントJだって!?」

 

「――――」

 

まさか。いや、あいつがあっちの世界に居るはずだ、とかそんな事を考えるのは後回しだ。

重要なのはジェイは何かを企んでて、周防はそれに一枚噛んでいる可能性が非常に高いって事が判明した事だ。

 

 

「読んでいいわ。……わたしはあなたに"なにもしない"」

 

「その台詞、オレは君を信用していない。けど、とりあえずそれに従うよ」

 

何もしない、だなんて、まるで吸血鬼が"サバイバー"を説明するシーンだ。フランスのロレーヌ地方になんか行ったことはないが。

そんな昔読んだ漫画の事を思い出しながら、封印を破り中身を見る。中身は日本語だった。安定しないキャラだな。

 

 

 

 

 

『拝啓、親愛なる異世界人"明智黎"。 

 

堅苦しいあいさつは抜きにして、突然の手紙に君は驚いているだろう。

 

いや、正確には君の眼の前に居る"周防九曜"にと言うべきだが。

 

彼女とはちょっとした知り合いで、持ちつ持たれつの関係なのだよ。

 

なぜ別世界に居た私が基本世界の君へ手紙を送れたのか? 

 

簡単だ、私も平行世界の移動が可能なのだよ。もっとも、君より更に精度は低い。

 

この手紙を君が見たと言う事は、私は間違いなくそっちの、基本世界に居ないのだ。

 

周防九曜を一人で送るのも心苦しい。この手紙はかなり前に、あらかじめ書かれたのだよ。

 

目的となる世界への移動には膨大な時間がかかる。ふむ。君と違い、難儀なものだよ。

 

私の話はこれくらいでいいだろう? 今、気にする必要はないのだからな。

 

さて、本題だが。中河君、と言ったかな――』

 

 

 

何故、そこで中河氏の名前が出るんだ……。

俺は周防の方を向く、それに対し。

 

 

「わたしたちは彼が持つ特異性。それを………彼を引き入れるために来た」

 

「何言ってるんだ?」

 

「その手紙にも……書かれている事…」

 

 

 

『――私は彼を、仲間として招待したいのだ。

 

彼には特殊な能力があってね。安心したまえ、君の役割は関係ない。

 

周防九曜は情報統合思念体とコミュニケーションするために作られた。

 

一方の私は彼を手駒としたい。まあ、簡単に言うと利害の一致だよ。

 

おそらく長門有希の作戦は失敗した。彼はまだ能力を失っていない、つまり――』

 

 

 

 

俺はその続きを読むのを止めた。

手紙は既に握りつぶしている。

 

 

「――君、周防九曜、だって?」

 

俺は目の前に居る女に最大限の威圧を込めて言う。

周防はどこ吹く風だが。

 

 

「今、君、一人かい?」

 

周防は見下したかのような表情で。

 

「もしかしてやる気かしら。あなたの危険性は……"取るに足らない"の。…………異世界人」

 

「オレは異世界人って名前じゃあない。明智黎だ、ジェイの先兵、周防九曜!」

 

俺はそう言うと、オーラを腿に集中、一気に接近。

周防九曜の右わき腹を思い切り蹴り飛ばそうと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめなさい。……これは警告よ」

 

「な、……くっ」

 

俺は、その場からまだ一歩も動けなかった。

 

 

見えてしまったのだ、明確な、死が。周防の周りに広がる死の忘却が。

もし一歩でも踏み出していれば、その瞬間に俺の身体は吹き飛ばされていただろう。

いや、八つ裂きかも知れないし、串刺しでもなんでもいい。彼女にとって。

今も尚臨戦態勢ですらない彼女にはそれが出来る、余裕の態度。

それに俺は気づいてしまった。

 

 

「お前……何、しやがった……」

 

「言ったはず……あなたには…なにもしないと…」

 

「ふざ、けるな」

 

「……状況から推測すると……あなたは畏縮した。…………わたしとの圧倒的差を感じて」

 

そう言われて気づいた、俺は冬だと言うのに汗をかいている。

天蓋領域が派遣した人型イントルーダー周防九曜。もう一つの宇宙人。

彼女がこの世に存在するあらゆる建造物よりも巨大だ……そうとさえ思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――どうすればいい?

 

俺は、俺は"何手"その先を行けば、周防九曜を倒せる……?

 

 

 

 

 

"マスターキー"を具現化、即座に身体強化、高機動戦に持ち込む?

いや、この7メートルすら接近する前に間違いなく俺は倒される。

仮に接近できたとして、彼女に俺が勝てる理由もなかった。

 

 

まして、俺に遠距離攻撃の手段が無いのが最大のネックだった。

今ここであちらが仕掛けてきたら、防戦を強いられるどころかやがて仕留められる。

 

 

 

どちらにしても地面にキスさせられる結果となるのだ。

 

 

 

 

 

それほどまでの、差。

生まれ持っての怪物、周防九曜と、自分自身さえわからない、俺との差。

身体、精神、実力、全てにおいて俺はこのちっぽけな一人の女性に負けている。

生かすも殺すも彼女の自由。だから俺はまだ、考える事が許されているのだ。

 

 

 

俺と言う存在そのものが、周防九曜に屈しかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

だ、駄目だ……。

 

勝てない。

 

 

 

 

 

 

気付けば半歩、俺はその場から退いていた。

周防はその様子を見ると、どこかしたり顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。それでいい――」

 

「あなた、何が楽しそうなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周防の後ろからそんな声がしたと思えば、周防は上段へ高速の後ろ回し蹴りを放った。

 

 

「危ないわね」

 

「――――」

 

この絶望的状態に変革を与えた女性。

彼女は回し蹴りをギリギリで回避している。

 

 

「……もし二人で戦っても……挟撃だろうと…負ける要素はない………」

 

「試してみる?」

 

「あなたではない……異世界人………今の状態では…三十秒と持たない」

 

「ふーん。あなた、死にたいのね?」

 

無表情でナイフを彼女は取り出した。今すぐにでも攻撃せんとしている。

だが、悔しいが、情けないが、周防の言う内容は確かな事実だった。

周防には俺の口撃が通用しない、一切の妥協が存在しない、油断もない。

まして、完全なアウェー。ホームではないので、何か策があるわけもない。

ここら一帯の情報が全て周防に支配されていてもおかしくはない。

今の俺では、俺の精神テンションでは明らかに彼女……朝倉さんの足を引っ張るだけだった。

目を見開いて、今出せる限りの声を出す。

 

 

「朝倉さん!! ……退こう」

 

「あら、いいの?」

 

「今回は打つ手がない」

 

「どうして?」

 

「"人質"が、居るかもしれない。……だろ?」

 

「――――」

 

周防は目を細め、にやりと笑った。

そう、ジェイの手紙なんて信用できない。何より他に仲間が居る可能性などいくらでもある。

俺がマックスパフォーマンスを発揮できない条件を無視しても、不確定要素が多すぎた。

中河氏の事を考えると、ここで危険な賭けをして敗北し、更に中河氏まで危険になるのは最悪。

最悪だが、これが最善手だった。

 

 

 

朝倉さんは呆れた表情でナイフを捨て、ホールドアップしながらこちらへ近づく。

その様子を見た人型イントルーダーは無言で立ち去ろうとする。

いいさ、遠吠えって奴だが、俺に一言だけ言わせてもらおう。

 

 

「待て!」

 

「……異世界人………どうかしたの」

 

「これだけは覚えておけ」

 

俺が退くのは逃げ、ではない、次の作戦への休遊時間を確保するためだ。

学習する事こそが現在の武器である。最終的に、勝てばそれでいい。

 

 

「中河氏を危険な事に巻き込んでみろ、今度こそオレが、ジェイとまとめて君を倒(コカ)す。必ず」

 

「それができると言うの………異世界人…」

 

「"汝の敵を許せ。だが、その名は決して忘れるな"、だ。周防九曜」

 

「そう。……その言葉………覚えておくわ……明智黎――」

 

少し歩いた次の瞬間には、周防の姿は消えていた。

やはり、アウェーもいいとこだったのだろう。

どうりで、動けないわけだ。彼女もとんだ詐欺師だ。

しかし、それでも俺は戦えば負けていた可能性の方が圧倒的に高い。

 

 

 

 

 

 

 

……認める他ない。

 

俺の、完全敗北だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこそこの大きさの総合病院そこへ中河氏は運ばれたらしい。

俺の不在に気づいた朝倉さんは後で合流すると言い残したそうだ。

しかしながら病院へ行き、キョンからメールで教えてもらった病室へ入るとそこには長門さんとキョンの二人しかいなかった。

ベッドに居た、動物で例えるなら熊の如き風貌の持ち主、彼こそが中河氏だろう。

 

 

「はじめまして、キョンの世話をしている明智です」

 

「おい」

 

「おおっ! 長門さんと同じ部活の人か」

 

「私は朝倉涼子。ちなみに明智君の彼女よ」

 

「ほおおお。……人は見かけによらないと、よく言うもんだな」

 

とてもじゃないが褒めているようには聴こえなかった。俺はいつもこんな扱いな気がする。

しかし、ジェイの接触があったのだろうか? 朝倉さんを見てもとくにリアクションは無い。

いくら手に負えないとは言え、情報統合思念体は朝倉さんも最低限管理しているはずだが……。

とりあえずこの場に居ない団員について聞くことにした。

 

 

「キョン、他の皆は?」

 

「ハルヒが中河の顔を見たら満足しちまってな。それに、古泉が合宿の打ち合わせをしたいと言って三人で消えた」

 

「そうか……」

 

そんな世間話をしていると中河氏が申し訳なさそうに。

 

 

「すまないが、こいつと二人にさせてくれないか。ちょっと話したいことがある」

 

こいつとはキョンの事だろう。

原作では長門さんに対して興味が湧かないだとか言ってたような気がする。どういう流れかは忘れたが

それにこちらも少し作戦会議がしたかったのだ、都合がいい。

 

 

 

 

 

キョンと氏を残し廊下へ出ると、俺はさっそく宇宙人二人に周防とジェイについて話した。

朝倉さんは不思議そうな顔で。

 

 

「明智君、何でその周防って人が人型イントルーダーってわかったのかしら?」

 

「説明だけでざっと十時間以上かかるよ」

 

「……」

 

「いつかちゃんと教えてもらうから」

 

「わかってる。ありがとう」

 

朝倉さんは本当に俺に合わないぐらい、いい女性だ。

しかしそんなやり取りは今の所いい。

問題は別にある。そう、あの手紙についてだ。

 

 

「長門さん、ジェイは君の作戦が失敗したと言っていた。どういうことなんだ?」

 

「彼は私を見ていたのではない。彼はわたしを通して情報統合思念体とアクセスできる能力を持っている。彼が見ていたのは、情報統合思念体」

 

「よくわからないけど、それが中河氏の能力なんだろ? ジェイは、彼を狙って周防を差し向けた。しかし情報統合思念体を見れるにしては、今回は反応が薄くないか? 朝倉さんだって宇宙人だぜ」

 

「明智君、彼には何重にもプロテクトがかけられているわ」

 

プロテクト?

……なるほど、周防だろう。

 

 

「わたしが彼の能力の消去を試みた時には既に、遅かった」

 

「かなり強力ね。正攻法じゃ無理よ。攻撃者を倒すのが手っ取り早いわ」

 

「周防九曜か」

 

「そうでしょうね」

 

「彼の能力は現在、封印されている。しかしそれは術者の意思によって解除が可能」

 

「…………えげつないな」

 

つまり、"いつでもいい"のだ。周防、いやジェイにとっては。

まだ接触しない。それは俺たちへの見せしめに他ならない。

 

 

「『機関』は知っているのかな? この事を」

 

「他の端末を通して既に認識している」

 

「そうか……」

 

 

 

なら、安心だ。

最低限の監視はしといてくれてるだろう。

 

 

 

「朝倉さん」

 

「何かしら」

 

俺は今回、人型イントルーダー周防九曜との邂逅を通して自覚した。

このままではとてもじゃないが彼女を護りきれない。

 

今解った。

俺の"敵"は、ジェイだったのだ。

そして、奴らは今のSOS団よりも、とても巨大な存在だ。

最悪の場合、他の"未来人"と"超能力者"そしてあの人もジェイと接触して仲間になっている。

すぐそこまで迫っている合宿でも原作では周防と思われる介入があった。

 

それを考えると、現状では力不足。

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

「これから合宿当日まで、短い間だがオレは居なくなる。行く場所が出来た」

 

「どこへ行くの?」

 

「オレは今回、文字通り手も足も出なかった。いや、マジに精神が折られかけたね」

 

「……」

 

「だから――」

 

 

 

 

 

ま、少年漫画ではよくある王道展開だ。

 

強敵が現れたら、ね……。

 

 

 

 

 

 

「――オレは修行の旅に出るよ」

 

「……はあ?」

 

「興味深い」

 

雪は降っていないが、目的地は山だ。

 

 

 

 

 

 

「付け焼刃でも、無いよりマシなんだ。じゃないと、あいつらに勝てない。オレは、何もかもを知ったようなフリをして、人を見下し続ける、あいつらに勝ちたい。あいつらから朝倉さんを、みんなを守りたい」

 

「……」

 

「……わかったわよ。でも、必ず合宿には来てね? じゃないと涼宮さんが癇癪を起しちゃうもの」

 

善処、いや約束しよう。

そしてこの日は十二月二十七日。

 

 

合宿は大晦日イブ、三十日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――タイムリミットは概算にして二日と少しだけだった。

 

 

 

 

 


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