……『知らない天井だ』。ってやつだった。
と言うか、何だ……布団の中にいるぞ。
とりあえず起きよう、むくりと上体を上げる。
謎だ、ここは和室っぽいんだけど、どこなんだろう。
「まさか拉致なんて物騒なことはないよね」
って思いながら布団から抜け出す。
ここは俺の部屋じゃなかったけど俺の服装は寝る時にいつも着ているスウェットだ。
起きた覚えなんてないからここまで連れてこられたのだろう。
畳の上を歩き、襖を開けると――。
「おや。みなさん、お目覚めのようですよ」
「明智!」
「ふぇっ? 異世界人さんの方ですか?!」
「わからない」
「いや、きっと、あいつはもう戻りましたよ……」
「ええ。僕もそれを願っています」
「……」
「そうですよね」
SOS団のみんなが――涼宮さんはいないみたいだけど――そこに居た。
見たことあるこたつの周りを4人で囲むように座っている。
「ここは、長門さんの家……?」
「どうしてって聞きたそうな顔してるな」
「まあ、僕たちにも詳しくはわからないのですが」
「あなたは私の家の前で倒れていた」
「長門さんに呼ばれて、あたしたち急いで来たんです」
よくわからないんだけど。
長門さんの家の前で倒れてたって?
俺は間違いなく自分の家で寝ていたんだけど。
するとキョンが。
「ま、お前が居なかった間に会った記念すべき7人目の団員、異世界人について教えてやるよ」
みんなから一通りの話を聞いた俺は驚いた。
確かにキョンの携帯電話の日付は十二月二十日。
壮大なドッキリじゃない限りは……まあ、信じる他ない。
今まで散々不思議体験なんて経験してきたさ。
本当に愉快な一年だったね。
「平行世界のオレ、異世界人ね……。面白い」
「お前ならそう言うと思ったぜ」
「記憶障害だとは思いませんが、どうです? 『機関』なら病院を手配しても構いませんが」
「遠慮するよ」
しかし、三日近くも経過したのか。
……そうだ。
「阪中さんの様子はどうだった?」
「しらん。阪中は今日も風邪で休んでるからな。まあ、インフルエンザじゃないらしいが」
俺が最後に見た時の彼女は調子が悪そうだった。
三日も休めば大丈夫だと思うけど、でも、心配だな――
――と、俺が黙り込んでいるとみんなも黙っている。
何だ? と思いみんなを見ると何故か笑っていた。長門さんは無表情だけど。
「どうかしたの?」
「いや、お前らしいっつーか」
「すいません。ですが、やはりと言いますか」
「ふふ。明智くん、さっそく阪中さんの事を気にしてます」
「興味深い」
な、何だよみんな。
俺はただ心配してるだけじゃないか、クラスメートとして。
「そう言えば、あっちの明智からお前に伝言があるぜ」
「キョン。そりゃ本当か?」
「ああ。『次はお前の番だ』だとよ」
「明言はしませんでしたが、彼には恐らく意中の女性が居るようで」
「あいつの世界には朝倉が居るらしい。とにかく、こっちに朝倉が居ないって知って、死人みたいだったぜ」
「ふふ。きっとあの明智くんは、朝倉さんが好きなんです」
「何があったかは知らないが、元の世界へ戻れるって知った時のあいつは、俺たちに対して別れを惜しんでくれたがやっぱり嬉しそうだったぜ」
「またお会いしたいものです」
「彼が本物の異世界人だとすれば、とてもユニーク」
まさか、いつの間にか居なくなってた朝倉さんが、ね。
その異世界人はどんな人なんだろう。
会って話してみたい。けど。
「余計なお世話じゃない?」
「馬鹿野郎。お前が悪いんだよ」
「ええ。SOS団のクリスマスパーティもよろしいですが、あなたには気にするべき相手がいるはずです」
「あり得ないとは思うがな、阪中がもし誰か他の野郎とクリスマスを――」
そんな笑えない話を聞いた瞬間。
俺は何かが吹っ切れてしまった。
全速力でその場を後にする。
「お、おい! まさか阪中の家まで行くつもりかあいつは?」
「おや。あなたが心にも無いことを言うからですよ」
「馬鹿言え、お見舞いにも行かない野郎にはちょうどいい機会だ」
「……」
「ほんと、二人とも、羨ましいなあ」
珍しく、俺は我を忘れていた。
いつの間にか自宅に戻っていたらしく私服に着替えていた俺は、現在ローカル電車に揺られている。
腕時計を見ると、八時も三十分を超えていた。
多分阪中さんの家に着くころには九時を超えてしまう。
更に電車を乗り換える必要があるからだ。
俺が顔見知りとは言え、家族からすればいい迷惑だろう
――それでも。
「阪中さん……!」
どうしようもなく、俺は彼女に会いたかった。
こんな気持ちは多分初めてだ。
ひょっとして、"君"のおかげなのか?
"異世界人"。
「――なあ、谷口」
「なんだ明智、どうしたよ」
「君さ、この前美的ランクがどうこう言ってたよね」
「ああ」
「つまり、女子に詳しいんでしょ?」
「調べがつく範囲だがな」
「うちのクラスだよね? 彼女」
俺はそう言って校庭の一角にあるベンチに座る女子の一人を指差す。
今は体育の授業であり、俺たち男子(一部)は現在遠くから女子の様子を眺めていた。
そのやりとりを聞いたキョンが。
「どうしたんだ明智? 気になる奴でもいんのか」
「さあ。何となく、彼女はどっか行きそうな雰囲気だなって」
「……ありゃ阪中だな」
「阪中?」
「おいおい、女子の名前も知らないで、しかもクラスメートだぜ? そんな初期段階は三日で全工程は完了したね」
谷口は何をおっぱじめると言うのだろう。
俺が指さした先の女性――阪中さんと言うらしい――は、とにかく存在感が薄かった。
いや、噂の涼宮さんと同じでマイペースなのだろう。
座高の割に、目立つ様子がない。
「ま、お前にしちゃなかなかの逸材に目を付けたぜ。Aは堅い。だが性格がいまいちつかめないのがマイナスだな」
「そんな事言う割には高評価なんだな」
「おまえら知らないようだな。阪中佳実、ああ見えてお嬢さんだぜ」
「本当かそりゃ。こんなお山の高校なんかじゃなくて、光陽に行けばよかったのにな」
「……ふーん」
とにかく、これが俺の人生において、初めて阪中さんを認識した瞬間だった。
本当に、いつの頃からだろう。
俺は阪中さんを無意識の内に目で追うようになっていた。
そのうち俺がSOS団に居るようになってからもそれは続いた。
そんな五月のある日。
「今日はこれで終わりよ。そろそろ夏へ向けて作戦を練りたいわね」
涼宮さんは何の作戦を立案するのだろうか。
おおかたツチコノ捕獲とか、その辺だと思う。
団長による解散の一言を聞いたキョンは。
「やれやれ、終わりが早いのはいいがこの雨はきついぜ」
「みくるちゃん。あなた傘は持ってきてるよね? ヤローと相合傘だなんて許さないわよ」
「えっ、だ、大丈夫です。ちゃんとありますよ」
「……」
「今日の降水量ではどうしても足元は濡れてしまいます。いや、天の恵みと言いますか」
「意味がわからん」
バタン。
と長門さんが本を閉じ、各々解散していく。
この日は昼からずっと雨だった。
それも大雨で、部活が解散した今でも止む気配はない。
ま、俺は雨が降ってなくても常に折り畳み傘は用意している。
古泉が言ったように防ぎきれはしないような大雨だが、まあ、頭にかかるよかマシである。
と思いながら外へ出ようとすると。
「………」
「阪中、さん……?」
憂鬱な表情で阪中さんが雨を見つめていた。
彼女は生徒玄関で雨を凌いでいる。もしかしなくても傘がないらしい。
「阪中さん、どうしたの?」
「あっ、え~っと……」
「同じクラスの明智、明智黎って言うんだ」
「そう、明智くんね。ごめん、名前が出てこなかった」
「いや気にしなくていいよ。……で、こんなところに居るってことは」
「あははっ。そう、今日は傘がないのねあたし。いやあ、お母さんが持ってった方がいいって言ってたんだけど」
「そういう時もあるよね」
「うん。迎えに来てもらおうって思ってるけど、まだかかりそうなのね。駅まで行くにしてもちょっと辛いなー」
それが彼女の家族の誰かは知らないが、世間話もしていると都合よく来てくれるとは限らない。
……君の言葉を借りると『やれやれ』だけど、まあ、いいか。
「これ」
「ん?」
「阪中さんが、使ってよ」
青色の折り畳み傘を手渡そうとする、が。
それに気づいた瞬間押し返される。
「いやいや。受け取れないって」
「気にしなくていいよ。家、遠いの?」
「それはそうなんだけどね。じゃ、明智くんは傘あるの?」
「オレは近いから大丈夫」
ま、どこまで彼女の家が遠いかは知らないが、駅経由で帰宅する彼女よりは俺の方が早い。
嘘はついてないさ。
「とにかく、使ってやってくれ。オレに使われるより阪中さんに使われる方が傘も嬉しいよ」
「まるで傘が生きてるみたいなのね」
「そうだったら面白いさ」
しかしそんな事を涼宮さんが聞いたらお化けでも呼ぶかも知れない。
これから夏だ、それはちょっと困るかも。いや、楽しそう。
まあ、涼宮さんが呼ぶようなお化けならきっと大丈夫かな。
それに、みんな一緒なら恐くないさ。
「じゃ、さよなら」
俺はそう言ってその場を後にする。
ビチャビチャと不快な感覚がするが、こんなの、彼女が待ってた時間に比べれば軽いもんだろ?
高々ニ、三十分の苦行だぜ、俺。
「ありがと~、明智くん~」
間延びした声が後ろから聞こえた気がする。
振り返ると、彼女は逆方向へ去っていく。
ああ、あっち側にも駅ってあったな。
言うまでもなく俺はその日濡れ鼠になった。
お気に入りの靴も、新調したくなったさ。
でも、後悔はしてない。
――いつからだろう。
とにかく、そんなやりとりがきっかけで俺は阪中さんと話すようになった。
そうしているうちに、あだ名で呼ばれるようになってた。
だけど、俺は普通に接してきた。
彼女が自分に懐いているのは感じていた。
まったく、何故なんだろうな?
気付かないフリでもしてたのかな。
君なら、それがわかるのかい?
俺と同じ名前の、そっくりらしい、異世界人さんなら。
――気付けば、俺は阪中さんの家の前まで来ていた。
充分に豪華な家だ。でもこんな時間にインターフォンを押す勇気が湧いてこない。
だと言うのに、俺は彼女に会いたかった。
いや、話したいことがある。
今、わかったんだ。
俺は、最初から阪中さん。
阪中佳実に負けていた。
多分、谷口に質問するよりも前に、その姿を見た時から。
……それじゃ、気にする必要はないだろ?
どうやら、今日の俺は何故か気分がいいんだ。
何故だろうな、臆病って言葉が辞書から消えている。
インターフォンを押し、阪中さんの母親が笑いながら俺に応じてくれた。
申し訳ないです。馬鹿な知り合いで。
でも、俺にだってこういう時もあるのさ。
――そして、約三日ぶりらしい彼女。
阪中さんがやってきて。
「やあ、久しぶり。元気だった?」
彼女は笑顔で――