異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第四話

 

 

 

 

 

 

 

「お前さあ、涼宮と何やってんの?まさか付き合いだしたんじゃねぇよな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SOS団結成の翌日。

いつも通り昼食を四人でとっていると、谷口がキョンにそう質問した。

万年ピンク脳内のこいつの中では、どうやらキョンと涼宮が付き合っている事になっているらしい。

確かにあんな異世界人じみた奴とまともに付き合えるのはこいつぐらいで、俺も原作を読んでいて二人がお似合いだとは思っていた。

 

 

「断じて違う。俺が一体全体何をやっているのか、俺自身が一番知りたいね。それに、涼宮に巻き込まれた被害者は俺だけじゃないぞ、明智もだ」

 

キョンは昨日の事をかいつまんで説明した。

谷口、キョンはともかく俺の事まで哀れな目で見るなよ。

 

 

「まったく、変な部活動をするのは自由だが、ほどほどにしとけよ。中坊じゃないんだ。グラウンドを使い物に出来なくなるようなことしたら悪けりゃ停学くらいにはなるぜ」

 

「あいよ」

 

「善処するよ」

 

キョンと俺は、どうせ涼宮ハルヒ相手に逆らえるわけもないので気のない返事を返した。

社会ってのは存外、こうやって成り立っているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その甲斐があってか知らないがそれから数日は涼宮ハルヒは大人しかった。

ただ、その間にSOS団本部にはどこから用意したのかわからない様々な備品が増えていた。

もしかしなくても涼宮さんが全て持ってきている。

部室の片隅に設置された移動式ハンガーラック、ここにコスプレの衣類を掛けるのかね。

給湯ポットと急須、人数分の湯飲みも常備、MDすら付いていないCDラジカセ、一層しかない冷蔵庫、カセットコンロ、土鍋、ヤカン、数々の食器、リサイクルショップさながらだ。

もしかすると、本当にリサイクルショップで買ったのかも。

涼宮氏はどこかの教室から持ち出した勉強机に座っており、あぐらをかいていたが、ふと思いついたようにこんな事を言い出した。

 

 

「コンピュータも欲しいところね」

 

「はぁ?」

 

「この情報化時代にパソコンの一つもないなんて、度し難いことだわ」

 

 

長机の向かいどうしに座っているキョンと俺は目を合わせる。

なんということはない、涼宮ハルヒが大人しいのは嵐の前の静けさだったのだ。

 

 

 

だが彼女が言っている事は一理ある。

スマートフォンなどまだ誰も思いついていないようなこの世界において、ガラパゴスケータイのサイト閲覧による情報収集など、たかが知れている。

海外に行けばPDAが流通しているはずだが、そもそも日本でPDAを知っているという人はそう多くない。

パソコンはあれば色々役に立つ。俺ぐらいか? こんな考えをするのは。

 

 

「と言うわけで、調達に行くわよ」

 

「調達? パソコンを? ……どこでだよ。電気屋でも襲うつもりか」

 

「まさか。もっと手近な所よ。みくるちゃん、こいつと一緒についてきなさい」

 

言うや否や涼宮はキョンと朝比奈さんを引き連れて部室を出ていく。

今後の展開的にも避けて通れないイベントだが、犯罪紛いの行為を知っていて放置するのも気が引ける。

 

 

長門さんに「オレもフォローしに行く」と伝え、餞別として「そう」と一言だけ頂き俺は三人の後を追う事にした。

目的地はすぐ近くだが。

 

 

「あら、明智君も来たのね」

 

部室から二軒隣のところにあるコンピュータ研究部、通称コンピ研の前に三人はいた。

涼宮の作戦は原作通りで、人の尊厳もへったくれもないごり押しである。

 

 

「辛い思いをしたくないならお前だけでも部室に引き返した方がいいぞ」

 

「確かにそうだね。だけど、そうさせないためにオレは来たのさ」

 

そんな裏方二人のやりとりなど耳に入れず、涼宮はノックもせずにコンピ研のドアを開いた。

突然の来訪者に中の部員は硬直してしまっている。

動いているのは室内の冷却ファンと、俺たちSOS団ぐらいである。

 

 

「こんにちわー! パソコン一式、頂きに来ましたー! ここの部長は誰?」

 

「僕だけど……何の用?」

 

「言ったでしょ、一台でいいからパソコンちょうだい」

 

そんな事を何の説明もなしに急に言われて、はい、と答えるのはイエスマンな会社員でもノーと言うに決まっている。

 

 

その後、コンピ研部長と涼宮との押し問答が続いたが、涼宮は痺れを切らし強硬手段に出た。

ぼんやり立っていた朝比奈さんの背を押して涼宮は部長へと歩み寄り、いきなり部長の手首を握りしめ、電光石火の早業で掌を朝比奈さんの胸に押しつけたのだ。

目のやり場に困る以前に、部長は何をされたのかよくわかっていない。

そして凍り付いた時が動き出そうとする瞬間、キョンはインスタントカメラを構え、シャッターを押してその光景を激写した。

 

 

「あんたのセクハラ現場はばっちり撮らせてもらったわ。この写真をばらまかれたくなかったら、とっととパソコンをよこしなさい」

 

「そんなバカな!」

 

と、見事にセクハラ現場を捏造したが、流石にここで放置はできないので俺が動いた。

 

 

「涼宮さん、その必要はないよ」

 

「どういう事よ明智君。まさか、こいつの味方する気?」

 

「いいやいいや、もっと平和的な交渉のカードがあるからさ」

 

思わせぶりな台詞を吐いた俺はブレザーの胸ポケットからあるものを取り出した。

白いプラスチックでコーティングされた長方形の物体。これが俺の交渉材料だ。

 

 

「部長さん。コンピューター研究会と言うぐらいだ、その活動はプログラミングやゲーム開発が主ですよね?」

 

「あ、あぁ……」

 

「今オレが持っているこのUSBメモリの中には、オレが構築したIDEが入っています。ここで使われているものより遙かにレスポンスが良く、拡張性に優れている事でしょう」

 

「何だって!? ……君一人でそんなものが?」

 

「IDEだと。う、嘘に決まってる!」

 

「もちろん一般には公開されていません。仕様書も一緒にあるので時間をあげます、今すぐに確認してみて下さい。それで満足出来るのであれば、パソコン一台と交換という事でどうですか?」

 

他の部員からの反応を気にせず、俺はUSBメモリを部長に手渡す。

確認作業のために暫しの間、俺たちは外で待たされる事となった。

 

 

「なぁ明智、お前が渡したのは一体何なんだ?」

 

「あれはプログラミングをするためのものなんだけど、色々な機能が統合されててね……。とりあえず、詳しい説明は聞きたくもないだろ。オレだって面倒だし」

 

「あたしにはよくわからないけど凄いじゃない、明智君」

 

「たまたまUSBを持ち合わせてただけだよ。それに、やる気さえあれば誰にでもできる事さ」

 

 

俺が個人で作り上げたものだというのは本当だが、たまたま持ち合わせていたというのは嘘。

そして、誰にでもできるかと言えば、少なくともコンピ研レベルの学生では不可能と言える。

何故そんなけったいなデータを作れるかと言えば、前世でIT企業で働いていたからで、そこではプログラミングやシステム設計をやっていた。

所謂SEである。

 

いくら開発の経験があるとは言え、そんなものが簡単に作れるかと言えば仮に出来ても時間が圧倒的にかかる。

暇つぶしとはいえ、かなりの手間をかけ構築した渾身の力作である。

ただ、オレの自由時間を全てこれにかけた訳じゃあない。

そもそも大部分は前世で見たオープンソースソフトウェアのパクりなんだし。

……一人でも、出来る人には出来るんじゃない?

 

 

 

やがて、コンピ研の部長が興奮した様子で廊下に出てきた。

俺の作戦は成功したみたいだ。再び俺たちはコンピ研の部室に入る。

 

 

「作っている途中の作品を君からもらったデータに移して作業してるけど、作業効率が今までとダンチだ。部員がみんな感動しているよ、自主制作とはとても思えないって」

 

「そいつはよかったですよ」

 

「一台だけでいいなら好きなのを持っていくといい」

 

「毎度あり。部のPCにコピーしましたね? USBそのものはオレ個人のものなので返してもらいます」

 

「もちろんだ。……よかったらうちの部に入らないかい? 君の方が僕よりよっぽど部長にふさわしい気がするよ」

 

俺を引き抜こうとするコンピ研部長に対して涼宮は「あぁ!?」とドスの効かせた声と射貫かんとする眼光で部長を睨み付ける。

せっかく俺が平和的に解決しようと考えたのに下手に刺激しないでくれ。

ありがたい評価だが、俺にはこの部活でやる事があるので無理ですよと断った。

 

 

「君ほどの生徒が、やりたいことって?」

 

不思議な顔で俺を見る部長に対して、俺はキザったらしくこう言い残した。

 

 

「世界を大いに盛り上げる事です」

 

 

涼宮からのウケや、事態を丸く収めた俺に対して朝比奈さんから好評価を頂いた――なんだかんだ、女子から評価される方が嬉しい――キョンからは最後の台詞で台無しだと笑われた。

見事パソコン一台獲得の権利を手にした我々SOS団は、コンピ研に置いてあった最新機種を目ざとく見つけた俺が涼宮にこっそり教えて、部長が先月購入したばかりのその最新機種と俺のデータは引き換えとなった。

その時に、部長が少しだけ悲しい表情をしたのを見なかったのは涼宮くらいだろう。

ノートパソコンではないので、ディスプレイや本体、マウスやらキーボードやら。

周辺機器を含めて俺とキョンが手分けをして、コンピ研とSOS団部室を往復して運んだ。

原作では配線、インターネット環境までコンピ研にやらせていたが、今回は俺がやると志願した。

前世では知人にこういう事もよく頼まれていたので、特別面倒だと感じることはなかった。

友人ってほどの付き合いではなかったが、わざわざ断る必要もなかったからね。

くだらない世界だったけど助け合いってのは必要だったのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてSOS団にパソコンが置かれることになった。

俺は家に自分のパソコンがあるので、わざわざこの部室で使うことはそう無い。

しかし涼宮さんやキョンのいい暇つぶしアイテムになるだろうさ。

朝比奈さんはパソコンに道具以上の興味なさそうだし、長門さんには必要ないしな。

ちなみに、俺は涼宮さんにキョンが撮った痴漢現場の写真をとっておくように言った。

これでコンピ研に対する圧力を彼らが知らないうちに我々が保持することになる。

俺に対するリスペクトはあれど、部長は個人的に涼宮さんを恨んでそうだ。

そもそもコンピ研によるゲーム対決も涼宮さんが暇つぶしとして望む事だろう。

よって俺が今日のパソコン略奪を平和的にしたとしても、本筋には影響しないってわけだ。

 

 

 

 

 

しかしながらノートパソコンを複数奪う(予定)である以上は、切り札を持っておくのも悪くないんじゃないかな。

 

 

 

 







PDA:携帯情報端末。スマホが普及する前から海外では存在していた。
   主な機能は静止画観覧、動画再生、Webサイト閲覧と個人情報の管理。
   自由なカスタマイズ、機種によっては通話機能、長時間稼働できるバッテリー、
   ソフトウェアを扱う上での高パフォーマンスが特徴。

IDE:ソフトウェアの開発環境で、その中でも開発に必要な様々な作業をこの開発環境のみで
   ある程度まかなえるよう、多くの機能を統合したもの。



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