異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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0011

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういえば、朝倉さん。オレからも一つお願いがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月のある日。

超弩級の閉鎖空間とやらが消滅して、世界に一時の平和が訪れた時の話だ。

 

 

不意にそう言った俺に対し、彼女は不思議そうに。

 

 

「何かしら」

 

「それは。……それは、オレがもし、死んだとしても朝倉さんは気にしないでほしい」

 

「どういうことかしら?」

 

彼女の一言は呆れて、いや怒っているかのようにも聞こえた。

 

 

「何も死にたいって訳じゃない。でも、もしオレだけが朝倉さんの目の前から消えたとしても、オレのことは顧みないでいてほしいんだ。オレが助けた君が生きてくれれば、オレは満足だ」

 

その時、俺がどんな顔をしていたのかはわからない。

自分を見るための鏡なんて無かったからね。

 

 

「わかったわ。要するに私に死ぬな、生きろって言いたいんでしょ?」

 

「そうともとれるね」

 

「はぁ……。でも、私もあなたに死なれたら困るわ。せっかくの観察対象だもの」

 

「それ、笑うとこ?」

 

「人間の感性はわからないの、任せるわ」

 

俺は乾いた笑いをした。

 

 

 

 

そんな、俺の記憶だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は消失に気づいた段階で、"その"可能性も考えてはいた。

つまり。

 

 

「朝倉さんは、オレを必要としなくなったって事か」

 

俺はこの事実をぶつけられ、泣く事も、壊れたように叫ぶ事も許されたはずだ。

だが、俺はそこまで強い人間じゃなかった。臆病者だ。

仕方がない、仕方がないんだ。認めようじゃないか。

まさに俺はフられたんだ。朝倉涼子に――

 

 

『話は終わっていない。君がどう思おうが構わないが、先ずは私の説明を全て聞いてほしいのだが』

 

ジェイは困ったようにそう言った。

最早俺は抜け殻同然だが、彼の言葉に従う。

 

 

『訂正しようか。朝倉涼子が犯人と言うのは少々語弊があった』

 

「……何?」

 

『彼女は元凶。いや、正確には君がこの現象を引き起こしたとも言える』

 

「はっ。オレはそんな覚えがないけど」

 

『そうか? 君はあの世界で運命を変えたのだよ。朝倉涼子の、死を』

 

「今更それに、何の文句があるんだ」

 

『私は事実しか述べない。そもそも君はおかしいと思わないのか? 朝倉涼子は、何故長門有希に消される必要があるのか』

 

「馬鹿言え、それは独断専行が――」

 

『やはり、思った通りだ。君は"なってない"な。彼女は異常動作、いや、異常個体として処分されるのだ』

 

「……同じ事だろ?」

 

『君の認識の問題なのだよ。彼女は既に壊れている。壊れていた、と言った方が正確だが』

 

壊れている?

何の話だ。

機能として何か不都合な事など――

 

 

『エラーだよ』

 

「まさか!?」

 

『既に春先の時点で、彼女はエラーまみれ。まあ、バグスタイルと言うヤツだ。それが君のおかげで彼女は生き延びた。朝倉涼子を保護下に置く事で、情報統合思念体すら黙らせた。よってエラーが更に増えていくのは当然の事だろう?』

 

エージェントだか諜報員だか知らないが、携帯ゲームなんぞに興じたことがあるのか。

ナビカスタマイザーでどうにかなるとは思えないね。

 

 

『エラーが蓄積する末に何があるか、君は知っているだろう』

 

「……疑似感情か」

 

『しかしそれは本来TFEI端末に存在しないもの。朝倉涼子が長門有希より人間"らしかった"のは演技だけではない。フローした末の、バグだったのだ』

 

「それが今回の件と、オレとどう関係する?」

 

『……ふむ。ところで君は、涼宮ハルヒをある種の超人と考えているそうだな』

 

何故ジェイがそれを知っているのか。

俺は文化祭のあの時以来、そんな話をした覚えがない。

あの世界の、キョン相手だけだ。

 

 

『だが、私に言わせれば彼女は超人にしては不完全だ。君もニーチェを知っているのなら、わかるだろう?』

 

「超人とは人間の克服した先にあるもの。だが、彼にとっての超人はどのような過酷な運命でも、それを受け入れ肯定する精神の持ち主。……涼宮さんとは正反対だ」

 

『そうだ』

 

「だが実際に涼宮さんは人間を超越している。おい、超越者なのは確かだぜ」

 

『それでも私からすれば、涼宮ハルヒは完璧な超人ではない』

 

「ああ、それでいいよ。だけど朝倉さんと何の関係が」

 

『朝倉涼子、彼女は既に精神的に人間のそれではなかった。一切妥協しない考え、実に素晴らしい。ニーチェとは正反対だがね』

 

俺はそんな彼女の気高さに憧れたんだからな。

妥協の連続の、俺とは違う。

純潔なる殉教者。それが朝倉涼子。

 

 

『しかし彼女は人間と言えなかった。何故か? 感情がないからだ。私に言わせれば猿同然、考えることは出来ても、その先が無いのだからな』

 

ある作者が言うには"勇気"とは"怖さ"の裏にあるらしい。

恐怖がなければ勇気は無いし、それは最早人間ではないのだ。

朝倉さんの精神は、恐怖という感情が無いからこそ成立する。

 

 

「悪口を本人の居ない所で言うのはいただけないね」

 

『落ち着きたまえ。だが、彼女はエラーに次ぐエラーでバグまみれだった。その結果――』

 

ジェイは再び立ち上がり、まるで誕生日の如く喝采を送る。

ここには居ない、彼女。朝倉涼子へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『朝倉涼子はついに、感情を手に入れたのだ! 君のせいで! そして、彼女は進化した! 人間の感情を持ち合わせ、それでも尚、妥協せずに済む絶対的な精神力!!』

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

 

『涼宮ハルヒを能力的超人と定義すれば、朝倉涼子はその反対! 精神的超人だ!! 素晴らしい!!』

 

 

 

 

 

 

 

それは、かつて俺が考えた内容。

即ち。

 

 

「朝倉涼子は長門有希の影ではなく。涼宮ハルヒの影だった……」

 

『上出来だな』

 

しかし、進化の壁を飛び越える、だ?

ミッシングリンクもいいとこだ。

いや、それよりも。

 

 

「おい! どうして朝倉さんは感情を手に入れた、だなんて言えるんだ? 何の根拠がある。そしてオレのせいってのもよくわからない」

 

『だから、回答は一つずつなのだよ。興奮するのはわかるがね。先ず、根拠については私が口にするのは野暮だ。自分で考えた方がいい。彼女のためにもなるし、君のためにもなるぞ?』

 

「……」

 

『そして君についてだが、その兆候はあっただろう?』

 

驚いた。

多分ジェイは、あの、十六日の、歯切れが悪かった朝倉さんについて言っている。

こいつは一体、どこまで何を知っている。

 

 

『まあ、彼女についてはここまででいいだろう。これは前提条件だったのだから』

 

「結論としては、超人と化した朝倉さんがついにオレを排除した。そういう事だろ?」

 

『いいや。それなら解りやすいし、ここまで回り道をする必要がない。事態は複雑でね。それでいて一部しか君に伝えられない。残念だ』

 

ジェイは涙をすするような演技をしながらしゃがむ。

まるでこいつはピエロだった。それも、出来損ないの。

俺は鏡の裏の世界を知ったような気分だ。

 

 

『つまり、朝倉涼子が超人に進化したからこそこの事件は起こった。だから彼女は犯人なのだよ』

 

「だが、その口ぶり。まるで実行犯が別に居るみたいだな?」

 

『そうだ。聞きたいかね?』

 

馬鹿野郎、あたりまえだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回の事件。全ての原因が君と朝倉涼子にあるとしたら、事件を引き起こしたのは別の二人組だ。実行犯と、計画犯』

 

「朝倉さんの存在を消そうって事か」

 

だとしたら、俺は現在進行形で彼女を守れていない。

ふっ。無様だ。生きる資格すらない。

しかしジェイはそれを否定する。

 

 

『"その逆"だ。まあ、そこら辺は君に関係ないことだ。知らない方がいい』

 

「何だよ? いいから、その二人組が実質の犯人なんだろ? さっさと説明してくれ」

 

『ふむ。……先ず計画者についてだが、私にもその正体は不明だ。だが、君をこの世界へ送り飛ばせるような人物は限られているし、かつ、それをする理由がありそうな人物は一人ぐらいだ』

 

「誰だ」

 

『"カイザー・ソゼ"と呼ばれている人物だ』

 

「おい、そいつも超人って言いたいのか?」

 

『さあな。正体が不明と言っただろう? とにかく謎なのだよ。だが、ソゼが介入した場合、必ずそこには変化がある。これは、三年前から確かな話なのだよ』

 

「三年前?」

 

『ソゼらしき人物が現れたと言われているのが、その時期なのだ』

 

「何をしたんだ?」

 

『ある日、それなりな規模の閉鎖空間が発生した。しかし急進派のTFEI端末の一つが超能力者を妨害しようとした』

 

「世界の終わりのためにか」

 

『多分な。その現場にソゼが介入した』

 

「ん? だが世界が崩壊してない以上、そいつは超能力者を助けたんだろ。いい奴じゃないか」

 

『ならば、良かったんだがな。結果から言えば、その端末と超能力者の一人が世界から文字通り"消えた"。それで事件は解決した』

 

「機関の構成員がか!?」

 

『その辺は君が知らなくてもいいだろう。ソゼが特殊な方法で世界から人間を消せる。今はその情報だけが大事なのだ』

 

「どうしてその男の名前がわかるんだ。謎じゃないのか」

 

『奴が登場した現場には、必ず白のハンカチが落ちている。黒色で"KEYSER SOZE"と刺繍されたものがな』

 

ジェイが口にする情報はどれもあてにならない。

雲を掴むような話だ。しかしそのソゼと言う人物が黒幕ならば。

 

 

「そいつが! 朝倉さんをどうこうしたってのか!?」

 

『いや、落ち着け。朝倉涼子は"君によって"完成された。喜べ。……彼女の話はもういいだろう? おそらくソゼが接触したのは実行犯の方だ。そっちは正体が割れている』

 

「さっさと言え」

 

『君にとって名前を知る必要はない。急進派のTFEI端末の一つだ。彼女とソゼが結託して君をここへ送ったのだ。正確には、彼女がソゼの協力を得た。これが我々の見解だ』

 

「何のために?」

 

『ヒントは既に言った。そして私は事実しか言わない。自分で考えたまえ』

 

それきりジェイは黙り込んだ。

俺がいくら考えようと答えは出るはずがない。

ならば建設的な話をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――オレがあの世界へ戻る方法について、教えてくれ」

 

ジェイはようやくか、と言った感じで。

 

 

『いいだろう。だが、方法はまだ言えない』

 

「どうしてだ」

 

『君は、彼女……朝倉涼子への結論、そして、あの世界で生きる意味を見出していないからだ』

 

何故こいつがそんな事を、とも思えなかった。

俺はただ、胸の虚無感の正体がようやくわかりかけてきたと言うのに。

 

 

『詳しい理論は省くが、簡単に言えば君に覚悟が無い。それでは意味がないのだ。それは朝倉涼子にあって、君にないものだ』

 

図星もいいところだ。  

まさか、見ず知らずの骸骨野郎にそう言われるとは。

するとジェイは立ち上がり。

 

 

『今日はここまでだ。リミットは明日、十二月二十日の午後十八時。君が元の世界に戻りたくて、覚悟があるなら再びここへ来い』

 

そう言うとさっさと玄関へ行ってしまう。

慌てて俺はジェイの後を追って、マンションの廊下へ出たが、既に奴の姿は無かった。

エレベーターも使っていない。

 

 

……文字通り、フッ、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションを後にしながら、俺は考える。

当然、"ジェイ"と名乗る人物についてだ。

 

 

 

奴は歩く姿すらまともに俺に観察させなかった。

つまり歩幅から奴を推測さえ出来ない。

厚手のバラクラバとコートにより襟元さえ露出させない。

はっきり言うと、性別も男か怪しい。

そして、これもなんとなくだが、ジェイは全て真実を語っているかさえ怪しかった。

 

 

 

だが、奴にとって俺との接触が意味のある事だけは確からしい。

そして、まだジェイは俺について語っていない。

明日、俺がもし"答え"を手にすることが出来ればそれも語られるのだろう。

おそらく、俺の知らない部分の俺を知っているのだ。

 

 

 

「わからないな……」

 

「明智、何がわからないだって?」

 

「わっ」

 

いつの間にか谷口が俺の後ろに居た。

どうしたんだ、急に。

 

 

「へっ、わからねえのはこっちの方だぜ。阪中んとこへ行ったのかよ? 風邪で弱ってる今が稼ぎ時だぜ」

 

「いいや……」

 

「情けねえな。俺なんかようやく春が来たんだぜ。へへっ!」

 

そう言えば光陽園学院の女子生徒と知り合っていたな。

まあ、曰く付きかも知れないのだが。

きっと、その出会いはいいことなんだろう。

 

 

「そっくりお返しするさ。……その人の事、大事にしなよ」

 

谷口は何でお前に言われなきゃいけないんだ? といった表情だ。

 

 

「おいおい、お前はどうなんだよ。阪中はもういいのか? もしかして……」

 

「よせ。告白なんかしてないよ。まだ」

 

きっと、これは俺自身に言い聞かせたのだ。

朝倉さんを、あの世界へ置いてきた、俺に。

明智はきっと、結論を出している。

 

 

「じゃあしけたツラすんなよ。さっきキョンとも話したが、お前らしくない。阪中が見たらびっくりすんぜ」

 

「そうかな」

 

「おう。今日は涼宮んとこに行かなかったみたいだしよ。まあ、クリスマス時期に情緒不安定になるのもわかるが、落ち着いてりゃいいのさ。きっとお前なら阪中とうまくやれるぜ」

 

あの谷口さえ認める男なのか。

この世界の明智は。

……。

 

 

「なあ、谷口」

 

「あん?」

 

「カイザー・ソゼ、って名前知ってるか?」

 

「何だそりゃ。どこの王族だ。俺はお前と違って勉強が苦手なんだよ。知ってるだろ?」

 

「知らないならいい」

 

こいつがソゼなんじゃないかとも思えたが、まあ、それは無いだろう。

俺がそうじゃないように。谷口は谷口だ。

 

 

「とにかく元気出せよ。じゃあな」

 

谷口は笑顔で俺と違う道へ分岐していった。

その足取りは、俺と違って軽いものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リミットは明日。午後十八時か……」

 

とにかく、考えをまとめたい。

情報をまとめて考察するのもありだ。

そして、そろそろ夕方なのだ。今日はもう帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の"敵"は、見たこともない二人組らしい。

 

 

本当に?

 

 

 

 

 

この時の俺はそれを疑っていなかった。

 

 

 

 

 

 


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