異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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――十二月、十八日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段通りなはずのこの日、俺が事態を察知し遅れたのには理由がある。

翌日の十九日から冬休み前という事で短縮授業となるのだが、短縮授業中は毎日朝倉さんのお世話になる。

正直な所、彼女は自分のペースでいてもらうのが一番だし、何よりまだ俺は二日前の雰囲気をどこか引きずっていた。

要するにこの日は朝、一緒に登校するのを遠慮したのだ。昨日の帰りにそれは伝えている。

 

本来ならば水曜日だから、俺が朝倉さんの家へ行く予定だった。

だが、決定ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、俺が柄にもなく遠慮した朝。

登校中にキョンの後姿を見かけたので声をかける。

 

 

「おはよう」

 

「ん、よう。明智か」

 

「鍋大会のいい案は思いついたかな」

 

「おい、俺が意見した所で通るとは思えないぜ。闇鍋じゃなけりゃいいさ」

 

「それに付け加えると、食べれないものは入っていない。かな」

 

「ああ。俺も使用済みだろうがパンストを食べようだなんて思わんさ」

 

「そうだね」

 

「しかし、最近は冷え込むな。地球をアイスピックでつついたとしたら、そりゃあちょうど良い感じにカチ割れるんじゃないか?」

 

「おお。キョンにしちゃ、なかなかウィットに富んだ発言だ」

 

「けっ……頭の出来について言いたいのか?」

 

「素直な感心だよ」

 

他愛もないやりとりを続けて山のような通学路を上っていく。

この時点で気づくのは、油断しまくりの俺には無理だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とキョンは一年五組の教室に入る。

すると。

 

 

「オレの後ろの席が、空いている……?」

 

キョンと涼宮さんに座席の因果があるとしたら、俺と朝倉さんにもそれはあった。

風邪か? まさか、宇宙人の彼女がそんな事で――。

 

 

「ああ。"阪中"なら昨日から調子が悪かったからな……風邪でもおかしくないだろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――は?

 

 

 

 

今。

 

キョンは。

 

 

こいつは。

 

 

 

 

何て言った?

 

 

いや。

 

 

馬鹿言え、あの席替え以来、俺の後ろはずっと朝倉さんだ。

 

 

名前を聞き間違えたのか、俺は?

 

 

 

 

 

「さ、阪…中……?」

 

「おう。お前といつも仲良くしてただろ。こんな事言っちゃいいお世話だが、クリスマスも近いしそろそろ告白してもいいと――」

 

 

 

 

 

 

 

おい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――阪中って誰だよ!! 朝倉さんは? 朝倉さんはどうした!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで悲鳴のような大声でキョンに訊いた。

いつかのように俺に視線が集中し、クラスは静かになる。

 

いや、俺だって馬鹿じゃあない。

クラスメートの阪中さんぐらいは知っているし、原作ではやがてSOS団とも絡みがある。

俺は直ぐに"その可能性"を感じた。とてもじゃないが認めたくはない。

だが、それよりも確認すべき事がある。

 

 

「おい、お前…………急にどうした。朝倉はな……」

 

「ああ。いいから、とにかくちょっと二人で話そう」

 

「ってもうそろそろHRが――」

 

「後回しだ!」

 

俺はかつての涼宮さんさながらの勢いでキョンを引っ張っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いて話をできるような精神状態ではなかったが、落ち着くには文芸部ぐらいしか考えられない。

不本意な形でHRをふける事になった俺とキョンは部室に入ると早速話を始めた。

 

 

「明智。今日のお前はやけにおかしいぞ?」

 

「……そうかも知れない」

 

「急に朝倉がどうとか言い出して。変な夢でも見たのか」

 

「……少し、オレの質問に答えてほしい」

 

「はぁ。いいぜ」

 

キョンはため息をついて椅子に座る。

 

 

「朝倉さんは、彼女は……死んだのか?」

 

「……ああ。何でそれを今聞くかは知らんが答えてやる。お前も話だけは聞いただろ、俺が襲われそうになって――」

 

ああ。

ちくしょう!

意味が解らないし笑えない。

主人公のこいつはさておき、どうして"俺"なんだ。

そして、噛み合わない会話。

この状況は間違いなく。

 

 

「――で、カナダに飛ばされたって設定だっ」

 

「"消失"じゃねえか!!」

 

「は、はあ? いいから落ち着け! 俺のでよけりゃお茶を出してやる」

 

そうだな、題名を付けるとしたら【朝倉涼子の消失】ってところか?

傑作だ、興行収入が二億は超えるね。

でも俺に言わせればちっとも面白くないシナリオだ。

 

 

 

 

数分後、どうにか思考能力をまとめるまでに持ち直した俺は、キョンが淹れたまずいお茶を飲みながら考えた。

色々と疑問点は多いし、推測可能な点もある。

奪われたのは"どちら"か。ただ一つ確かなのは、"ここ"に朝倉さんの姿がないと言う一点のみである。

 

だが、いずれにしても情報が足りない。

 

 

「なあ。オレは、SOS団の一員なのか?」

 

「どうやら錯乱はまだ続いているみたいだな。ああ、そうだぜ。もっとも文芸部部員が正確だが」

 

「涼宮ハルヒは? 居るんだろ?」

 

「当り前だろ。あいつのせいでお前はSOS団に入れさせられたんだぜ」

 

「そうか。……そうだったね」

 

これ以上二人での会話は無謀。精神疾患としか思われなくなる。

詳しい話は放課後だな。

 

 

「ああ、もう大丈夫だ。ちょっと頭がまだ回らない、昨日遅くまで起きててね」

 

「おいおい、体調はしっかり整えろ。阪中の二の舞になるなよ」

 

「! ……善処しよう」

 

結局。一時限目の途中から授業を受けることに。

ふと見ると、キョンの後ろには涼宮さんが居た。

だが、俺の後ろには誰も居ない。

俺だけが孤独。おそらく、違う時間を生きている。

呆然としたまま世界に取り残されることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある人に言わせると、見張りを見張る人が必要らしい。

そして、問題はそれが誰なのか、という話だ。

神が存在するとして、全知全能故に全てを見張る事ができる。

しかし、今の俺は神から文字通り見放されている。

 

 

 

――では、この状況では誰が困るのだろうか?

少なくとも生気のないままに部室の装飾を行っていく俺を見た団員たちは困っていただろう。

そして、作業を進めるそこには朝倉さんの姿はない。

二日前の古泉が俺に対して放った一言、今思えばとてもありがたい。

だが、彼女の存在証明さえもこの世界には無いのだ。

俺はこの日、今までの記憶が殆ど無かった。有り体に言えば死人だ。

 

 

「うーん。じゃあ今日はもう解散でいいわ」

 

と言って涼宮さんが去っていく。

まだ、鍋の案は決まっちゃいない。イブまで六日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他の皆も立ち上がり、帰ろうとするが俺は。

 

 

「みんな、待ってくれ」

 

本を閉じた長門さんがこちらを見る。彼女は眼鏡を"かけていない"。

古泉とキョンは手に持った鞄を再び机に置く。朝比奈さんも動きが止まった。

 

 

「話があるんだ」

 

「……言ってみろ」

 

今朝の俺の様子を知っているからか、キョンは落ち着いていた。

他三人は俺の様子に興味があるらしい。

 

 

「まず質問させてくれ。古泉、オレは"何者"だ?」

 

「と、言いますのは?」

 

「いや、この部活は涼宮さんに集められた異能の集団だろ? じゃあ俺は何なのかなってさ」

 

「おい明智。そのやりとりを今更するのか?」

 

「敢えて申し上げるならば、一般人としか言えません。我々が調査したところ、あなたには特異性がありませんでした。……前にお伝えしたはずですが?」

 

そうだろうな。

朝倉さんが生きているのは、俺が助けたからだ。

わざわざキョンの代わりに出向いてな。

しかし朝のキョンの説明は原作の朝倉涼子消滅の流れだった。

そして一般人と認識されている俺。

ここは間違いなく――。

 

 

「オレが居るだけで、"原作"に近い世界だ。とても」

 

「何を言ってるんだ」

 

「おや、意味深な発言ですね」

 

「明智くん。さっきから様子が変ですけど、どうしたんですか?」

 

「……」

 

いいさ。

どの道俺一人でどうにかなる訳がない。

ならば、相談だけでもしてみるものだ。

もっともこの現象の原因は未だ不明だが……。

原作通りに長門さんの仕業なのだろうか?

何故、俺が取り残されたのか。それが問題だ。

 

 

「みんな。今まで黙っていたが、オレの正体は"異世界人"だ」

 

「はぁ?」

 

「なんと」

 

「ふぇっ? 本当ですか?!」

 

「……」

 

 

 

 

「オレがこれから言う話を聞いて欲しい。オレは、"ここ"とは違う世界の明智黎だ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

末永い俺の説明と、会話交換の末に得られた情報はこうだ。

 

 

・俺は元文芸部員で涼宮さんの部室乗っ取りに巻き込まれてSOS団に居る

・俺はただの一般人らしい。何故SOS団に居たかは不明だが。

・朝倉さんについては原作そのまま。俺は話だけ後から聞いた。

・夏合宿とエンドレスエイトも原作通り。

・文化祭の映画も【朝比奈ミクルの冒険】

・この世界の俺は阪中さんと仲がいいらしい。

・俺に関する部分で、世界が改変された様子はない。

 

 

余りにも成果が得られていないが、俺について知ってもらう方に意義があった。

もしかしたら俺は狂っていた、いや、狂っているのかも知れない。

ただ、どうしようもないほど、どうもこうもあるほどに。

 

 

「朝倉さん……」

 

俺は不安で、幻でもいいから彼女の姿を見たかった。

それほどまでに惰性の生活に毒されていたのだろうか。

しかし、俺がどれだけ悔もうと結論は出せない。

何故ならばその相手である朝倉涼子が居ないからだ。

そして、この世界で生きていく意味も、見出せそうにない。

 

 

 

俺が絶望する中、部室は静寂に包まれた。

……って、そうだ。

 

 

「長門さん! 長門さんなら何か、何か知らないか? この異常について何か――」

 

「わからない。少なくとも個人というレベルにおいてあなたに変化は見られない」

 

「ええ、昨日まで我々が共にした明智さんと、容姿においては何ら変わりませんよ」

 

「この原因は!?」

 

「……」

 

長門さんは無言で首を振った。

彼女がエラーでおかしくなったとしても、俺の世界の眼鏡の長門さんとは別人だ。

まさかピンポイントで俺を呼ぶ必要があるとは思えない。

原作通りにキョンが改変世界を生きていくのだろう。

そして、与えられた情報から俺がこの状況を総合的に判断した結果。

 

 

「つまり、オレは、"また"異世界へ飛ばされたって訳か……」

 

それも二度目はご丁寧に似たような世界へ。

長門さんの話によると涼宮さんが世界を改変した様子は無いと言う。

もちろん、自分が歪めた覚えもない。

 

 

では誰が?

何の目的で、俺を、だ?

まさか俺には元の世界へ戻るアテも何もない。

元々、異世界人としてあの世界へ何故飛ばされたのかもわからないのだ。

どういう原因であれ、俺個人の許容範囲をとっくにフローしていた。

そして、この世界の俺、明智はどうなるのだろう。

彼には彼の人生があるはずだ。俺ではない、どこに居るかもわからない。

もしかしたら本当に阪中さんと付き合うつもりだったのかも知れない。

だが、俺が居る限り彼が現れる事は多分ない。なんとなくだが、そう思う。

 

 

「もう遅い時間帯です。今日のところはここまでにしましょう」

 

「あ、ああ。未だに理解しきれないが、明智、お前が大変な状況下にあることだけはわかった」

 

「……」

 

「と、とにかく諦めないで下さい。きっと元の世界にも――」

 

「無理だよ」

 

――ああ、これは世界改変なんかじゃないんだろ?

なら打つ手なしだよ。どういう理屈か知らんが、俺だけがここに居る。

仮に俺が無茶やって世界を創り変えたとしても、それはあの世界ではない。

ただのコピーだ。虚構で成り立っているに過ぎない。

そこに俺が助けた唯一無二の彼女、朝倉涼子本人は存在しないのだから。

 

 

「この世界のオレがどうなっているか、わからない。しかしオレに戻る方法が無いのは事実だ」

 

平行世界なんてifの数だけ無数に存在する。

いくら涼宮ハルヒがワームホールを開けてくれようとどうなるかわからない。

何より彼女に能力を自覚させようとすると、宇宙人未来人超能力者が黙っていない。

俺は組織を相手どれるほど強いわけが無かった。

本当に、本当に最後、心の底から俺が死にたくなったらやるさ。

今はただ、希望でもなんでもなく、俺は惰性で体と心を動かしていた。

 

キョンは怠そうに立ち上がると。

 

 

「帰る前に言っておくがな、俺の知っている明智は、そりゃあ暗い奴だった。だが、ハルヒを取り巻く環境について、泣き言を言ってた覚えだけはないぜ」

 

「また明日、話し合いましょう」

 

「あたし、勝手な事言っちゃって、すいませんでした……」

 

「……」

 

キョン、この世界の明智はよっぽど俺より強い精神だったんだろうさ。

どうやって知り合ったかは謎だが、お嬢様の阪中と仲良くなれるほどの胆力はあるらしい。

古泉、お前と涼宮さんが原作同様にこの学校に居なかったら、俺は心が折れていただろう。

いいや、今だって俺自身に覇気が無いのは自覚している。時間の問題か。

朝比奈さん、何もあなたが謝る必要はありません。

諦めているのは俺の勝手であり。その方法さえ見つからないのですから。

長門さん、もしかしたら、俺の世界の君が犯人なのかも知れないな。

だとしても、俺は長門さんを責めるつもりはない。

 

これは、朝倉涼子を助け、原作に少しでも関わろうとした俺に対する罰なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、四人は荷物を持ち、去っていく。

 

 

「やれやれ。……状況といい、"巻き戻し"現象の二回目。プールの時を思い出すよ」

 

 

 

 

 

俺は暫く部室を後にすることが出来なかった。

 

そう、俺一人だけが取り残されている。

 

 

 

 

 


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