異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第二十五話

 

 

 

結局俺たちはあの庶民プールに日が暮れるまで居た。

お子様が消え失せて行くに連れて俺も泳ぐようになったが、結局は海の広々さが一番だったんだろう。

プール特有の温さというのも悪くはないのだが。心地よさは別物だ。

 

 

 

何より合宿の時の海岸は無人だったからね。

つまり自由だったのだ。

庶民プールは狭くはないが広くもない。

水も滴るいい女性である朝倉さんにはこの場所は役者不足である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び自転車で駅前まで舞い戻る事になったのだが、三人乗りをさせられたあげくに遅刻という事で奢らされているキョンは悲惨の一言に尽きた。

帰りの自転車で後ろの朝倉さんの反応が悪かったのは、さっきの俺の不甲斐なさ故なのだろうか。

 

 

 

結局、集合場所であった駅前まで戻ってきたのだ。

近くの喫茶店に入りオーダーが全て到着するや否や涼宮さんから発表が。

 

 

「夏休みの活動計画を考えてみたんだけどどうかしら。残り少ない中でどうやって過ごすかの予定表よ」

 

「誰の予定表だって?」

 

「あたしたちに決まってるじゃない。SOS団サマープログラムよ」

 

俺に言わせりゃ二週間も遊び呆けていられるなど贅沢以外の何物でもないさ。

いくら涼宮さんが美人と称されようと、その実はティーンエイジャーに過ぎない。

こんなに長く休めるのはいいことだ。だから学生の長期休暇は滅びないのだろう。

 

そして涼宮氏が考案した予定表とやらの内容はこうである。

盆踊り、花火大会、アルバイト、天体観測、バッティグ練習、昆虫採集、肝試し、etc...。

そこに書いてあったが夏季合宿とプールは既にクリアされている。これらは全て未達成の内容だ。

そして、更にそこへ朝比奈さんたっての希望で金魚すくいが内容に加えられた。

……俺の希望? 仮に思いついたとしても何も言いたくもないさ。余計に夏休みの達成が厳しくなる。

他の皆も同感らしく、これ以上の内容は付加されずに終わる。

 

 

「明日から決行よ、集合場所は同じだから。近くで明日に盆踊りやってるところあるかしら? 花火大会でもいいわ」

 

「僕が調べておきましょう」

 

同じも何も、SOS団の集まりで駅前以外に集合した覚えは合宿のフェリーくらいしかない気がする。

盆踊り云々については古泉が調べてくれるらしいが、まあ、『機関』なら架空の縁日をでっち上げても不思議じゃない。

合宿の別荘だって『機関』が用意した訳だからね。

 

 

 

 

そして晩飯前に解散となり、各々が去っていく。キョンは支払いだ。

俺は自転車を押しながら、隣を歩く朝倉さんに訊ねる。

 

 

「一つ教えてくれないかな」

 

「何?」

 

「"一回目"のオレは朝倉さんから見て、どんな感じだった?」

 

「……多分今のあなたと変わらないわ。何考えてるかわからない。いいえ、何も考えてなかったみたい」

 

なるほどね、そりゃあ多分正解だよ。

きっとSOS団で遊ぶことだけに無理矢理集中しようとしてたんだろうさ。

"人形"もいいとこ、だ。

 

 

「じゃあ、もしこの"現象"がループするようになったら……。朝倉さんは観測以外に何かするのかな?」

 

「質問は一つだけじゃなかったの? でも、そうね。もしかすると涼宮さんを殺そうとするかも」

 

冗談交じりに笑いながら言っているが、彼女ならやりかねない。

俺が彼女のその覚悟を踏みにじった末に今の光景があるのだ。

結論はまだ無理だけど、この"現象"に対してはどうやら俺にも責任があるらしい。

このまま続けば朝倉さんは退屈な思いをするだけなのだ……。

いくら察しがつこうが、俺は前回の内容を共有できない。無力だ。

朝倉さんのそれはかつての"エンドレスエイト"では無かった事だ、俺も含めて。

だから――

 

 

「……俺がさせない」

 

そう呟いた俺を見て朝倉さんは立ち止る。

 

 

「作戦なんか何もないけど、でも、オレが必ず今回で終わらせる。だから朝倉さんは……いや、何もせずに観測に集中しててくれ」

 

きっと、こんな気障な台詞は主人公が言うべきなんだろうよ。

ゲストの俺に相応しい言葉じゃない。

でも、キョンが言ってもいまいちピンと来ないけどさ。

 

ただ、それでも俺の心に嘘は無かった。

もし誰もやらないなら、誰かがやならければならないのだ。

そしてどうやら俺にはその権利だけが目の前の床に無造作に置かれている状態だ。

 

涼宮ハルヒ、知っているか。

"巻き戻し(ロールバック)"ってのは、障害が発生してからするもんなんだぜ。

お前さんが学校――SOS団以外だ――に対して関心を持てないのは同情できる、誰にでも思いうる事だからね。

でも、それで朝倉さんや長門さんが苦しむのはただの理不尽だ。

俺が決める事ではないが、涼宮ハルヒが決めていいことでもない。

明日があるから希望もあるのだ。涼宮さんは、世界から希望を奪った。

 

こんな俺の戯言を聞いてくれた朝倉さんは皮肉交じりに。

 

 

「明智君のその言葉。もし"次"があったとしても聞きたいわ」

 

「善処するよ……"覚えてたら"ね」

 

あの時俺が『守る』と言ったのは、もしかしたら自分自身なのかも知れない。

俺が朝倉さんにしているのはただのポーズでしかない。

だが、今はそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、盆踊り兼縁日である。

いつの間にか水着を用意していた朝倉さんではあったものの着物までは持ち合わせていなかったらしい。

長門さんも同様で、ショッピングモールすら普段行かないような朝比奈さんについては言うまでもない。

そんな訳で女子はまとめて着物を婦人服衣料店で購入していた。

宇宙人パワーなのかは知らないが朝倉さんと長門さんは着付けが出来ていた。他二人は女店員さんに頼んでいたが。

朝倉さんの浴衣は黒を基調としたもので、何の花が描かれているのかまでは俺にはわからない。

ホームズなら何の花かが判るんだろうな。ワトスンとの初対面の時は散々な評価をされていたが。

 

女店員さんは「だれがどの彼氏だろう」と言わんばかりにあちらとこちらに視線を動かしている。

まあ、外見だけで言えば古泉対四人で丸く収まるんだけどね……。

俺は鏡で自分を見るような趣味などない。服装は気にするが、それだけだよ。

 

 

「みくるちゃん、かわいいわ! あなたの浴衣姿に世の男の九五パーセントはメロメロよ」

 

と涼宮さんは黄色ベースにカラフルな金魚が描かれた浴衣姿の朝比奈さんを褒め称えていた。

確かに、美人であることに間違いはないが、俺はメロメロになるかと言われればそうではい。

精神的に枯れているのかもしれないと思うと軽く虚しくなってしまう。

 

 

キョンはいつも通りに朝比奈さんをいじり倒している涼宮さんを見て。

 

 

「まったく。馬子にも衣装とはこの事だな」

 

「素直に褒めてやれよ」

 

「明智、お前こそどうなんだ?」

 

「…………」

 

「いやあ、お見事ですね」

 

何でお前と古泉の前で朝倉さんを褒めなければいけないんだ。

巻き戻りについて知らなくてもいいが、常に危機感を持ってくれよ。

その後、俺が朝倉さんを褒めたかどうかは秘密だ。

 

 

 

 

 

未だ日没前の盆踊り会場ではあったものの、俺たちのような暇人どもが既に集まっており、隆盛を極めていた。

盆踊りで本当に踊ってる人種なんざだいたい子供もしくはその家族と、間抜けの二種類に大別されよう。

つまり俺は踊るわけがあるはずもない。

 

縁日は出店がそこそこあり、気分という付加価値のために値段が吊り上げられた海鮮焼きそばを俺はすすっていた。

イカが安物で腹立たしい。ホタテも貝柱程度である。これならば自作した方が精神的にいい。

みんなは自由に行動している。基本的に男子と女子で別れた感じではあったのだが。

朝比奈さんは金魚すくいが楽しみらしいが、俺はお祭りの動物と言うとカラーひよこを思い出してしまうので軽いトラウマである。

輪投げや射的も興味深いがこういうのは得てして素のポテンシャルでは厳しい設計になっている。

ダーツなら腕に自信があるんだけど。

 

フルーツ飴の出店の前を通ったので俺はキョンに気を使ってやることにした。

 

 

「キョン」

 

「ん。何だ」

 

「妹さんにおみやげぐらい買っていきなよ」

 

「そうだな……。まあ、りんごあめの一番小さいやつでいいか」

 

うろ覚えだが、原作では確か買い忘れてたんだよな。

キョンはテイクアウトということで先端のフィルムを剥がさずにビニール袋をもらっていた。

 

 

で、途中まばらに行動する組み合わせが入れ替わったものの、七八時のいい時間帯になると全員が再び集結するようになる。

涼宮氏は買ったらしいタコヤキをキョンへ差し出し、気分も上々だ。

朝比奈さんは大きなりんごあめと金魚すくいの金魚が入ったビニール袋を持っている。

クラゲといい水生生物の飼育は大切にしてやって下さい。朝比奈さんなら大丈夫だと思いますが。

朝倉さんと長門さん二人組は特に買い物をしていなかった。いや、長門さんは謎のお面を頭に乗せていたな。

謎のクオリティにもかかわらずそれに800円を出しちゃうあたり、長門さんのツボも謎である。

とにかく大所帯にも関わらず俺たちは冷やかしがメインなのさ。焼きそばで俺も打ち止めだし。

 

 

そしてその後、コンビニで適当に買いあさった花火セットに興じたのも。出費としちゃ悪くないさ。

 

 

 

ちなみに俺は前世でねずみ花火に追いかけられて三階の屋上から落ちて骨折した過去がある。

その時からビールは絶対に飲まないと思ったね。

酒は飲んでも飲まれるなとはよくぞ言ったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは怒涛の日々である。

俺が生きてきた中で、密度の濃さで言えば一番の二週間だったと思う。

 

盆踊りと縁日の次の日は虫取り。セミ限定の大会でやってて気持ちいいものじゃなかったけど。

 

 

「セミって天ぷらにできないかしら?」

 

いつか漫画で見たような気もするよ。

沖縄の方じゃセミ料理の店もあるし、中国へ行けば串焼きだってある。

案外食べれるものなのかもしれないし、前世では食糧難対策として虫を食べるなんて話も聞いたことがある。

と言っても俺たちがトライする必要性は無い。

あの朝比奈さんが確保できるほどに、セミは大量かつ容易に捕まえられた。

その後はまさか天ぷらにする訳にも持ち帰る事もなく、セミは一斉に解放される。

涼宮さんが言うにはセミが恩返しに来てくれるという。セミはもうすぐ死ぬというのに。

 

 

「ほら、帰りなさい!」

 

土に還る方が早そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

その翌日はアルバイトで、涼宮さんがどこかから日雇いのを取り付けてくれたらしい。

だがそれは倉庫の荷物運びと、間違っても暑い日にやりたいようなもんではない。

しかもあれだぜ、必然的に男がメインになるのだ。

俺はフェミニストってほどじゃないが、世界の矛盾をこの瞬間に感じている。

けれど、これで世界の平和が守られるのならばありがたいんだけど。

 

 

「キョン! みくるちゃんの分も手伝ってあげなさい」

 

ご覧の有様だよ。

長門さんと朝倉さんはおそらくインチキをしたのだろう、軽々と運んでいく。

まったく、本当にフォースが使えたらどれだけありがたいことか。

トレーニングではなかなか使わない筋肉の負担になるからいいんだけどさ。

ぜぇぜぇと息を上げながらキョンは俺に文句を言う。

 

 

「明智。お前も朝比奈さんの分を手伝いやがれ……」

 

「お前が朝比奈さんのためになるからいいんじゃあないか。喜んで遠慮するよ」

 

ちっ。と言って彼は作業を再開する。

時給としちゃ引っ越しには劣るんだが、これは遊びの一環らしいからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、アルバイトの帰りだ。長門さんがこちらをじっと見つめていた。

何やら話したいことがあるのだろうか?

近づいて聞いてみることにする。

 

 

「何か用かな?」

 

「朝倉涼子を通してあなたの話を聞いた」

 

はて、何の事を言っているんだ。噂話は北高内だけで充分である。

その様子に気づいた長門さんは俺の疑問を解消してくれた。

 

 

「あなたはこの現象を終わらせるつもり」

 

「ああ、その事ね。……まあ、これも聞いたと思うけどノープランさ。オレ一人でどこをどうまでやれるのやら」

 

すると再び長門さんは黙りこくってしまう。俺の無責任さに気を悪くしたのだろうか。

夕焼けのせいもあり、眼鏡のレンズの底は知れない。

そしてふと顔を上げると。

 

 

「あなたはどうしたい?」

 

「どうって、……こうもないよ。皆で協力して、ループを発生させないのがベストさ。涼宮さんの退屈を、俺たちが共有する必要はないんだ。良かれと思ってやってるのかも知れないけれど、少なくとも俺一人に言わせりゃ"良くない"ことだね」

 

「そう」

 

とだけ言うとさっさと踵を返して俺の前から立ち去ってしまった。

まあ、朝倉さんを送るから帰る方向は同じなんだけど。彼女は意外にも足が速いらしい。

朝倉さんは自動販売機へ飲み物を買いに行っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しかし、まさか。ね。

 

俺にとって都合がいいのか何なのか。

まあ、少なくとも意味はあったのかも知れないが。

 

 

 

 

 

この日の夜、携帯電話が鳴るとは思ってもいなかったよ。

 

 

 

 


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