「で、どこまでお前は"協力"したんだ?」
そう言ってデッキで外を眺める俺の隣に現れたのは、キョンだった。
何やら俺に言いたいことがあるらしい。
「やあ、名探偵の助手さん。……協力ってどういう事かな」
「とぼけなくてもいいぜ。お前はたっぷりヒントをくれたんだからな」
そう言って彼は俺に手帳を渡した。
「今日の内容でもそれに書いとけ」
「総括としては『もっと海で遊びたかった』かな」
「まとめになってねえよ」
キョンは怠い表情をしていたが、どうやらはぐらかされてはくれなかった。
なんだかんだで彼もやりづらい相手だ。
「どこまでと聞かれても、ね。答えてもいいけど、どうしてそれが気になったのか教えてくれるかな」
「サングラスだ。お前がレンズを元に戻さなかったのは、その必要が無いことを知っていたからだ」
「つまり?」
「嵐が来るって情報も古泉たち『機関』の連中から知っていたんだろ?」
古泉からそこまで聞いていたのか。
ま、サングラスはわざとああしたんだけどね。
……なら、いいとするか。
俺が回想するのは、コンピ研部長氏の事件を解決してから数日後。
この合宿からはだいたい二週間近く前の話になる。
UMAに擬態した情報生命体狩りを終え、自宅に帰宅しようと歩いていた時の事である。
「少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
懐かしき幽霊タクシーの横に立ち、俺を待ち受けていたのは古泉だった。
タクシーに乗せられた先は、隣町の高級ホテルだった。
その一室で俺を待ち受けていたのは、新川さんと森さん、そして多丸兄弟だった。
なんと全員正装である。俺なんか私服でせめて制服なら場違い感も薄れる――
とか呑気な考えは俺は一切持っていなかった。どう見てもそこは敵のフィールドである。
ホテルの一室という空間で多人数を相手にするのは不利だ、俺は今すぐにでも動けるように身構えた。
すると。
「おっと警戒しないでくれ。我々は確かに『機関』の一員だが、何も君をどうこうしようって話じゃない」
圭一氏が手を挙げながらそう言った。
そして古泉が隣に立ち。
「今回、我々はあなたにお願いがあってお呼びしました」
古泉の説明は夏休みに行う予定の合宿についてだった。
「我々があらかじめこういった場を提供することで、涼宮さんに変なことを思いつかせないようにしよう。という事です」
「何度も世界が滅びかけては困ります」
くすり。と森さんは笑ったが、とてもじゃないが俺には笑えない冗談である。
「それで? オレに何の関係があるのかな」
「あなたの能力ですよ。あれを駆使されてしまうと、我々が予定している模擬殺人事件が破綻しかねません。あなたの事を知らない涼宮さんはさておき、彼はそうもいかないでしょう」
「何もせずにただ黙っていろ。って話か」
「言葉を悪くすればそうともとれます」
「朝倉さんや長門さんはどうなのかな?」
「既に我々『機関』とコネクションのある方を通して、彼女たちにも話が行っているはずです」
なるほど、後は俺だけってわけか。
逆らうメリットもない。
「……それはいいんだけど、とりあえずそっちが予定している殺人事件とやらの詳細を聞かせてくれないかな」
その説明は原作通りのものだった。
兄弟げんかといった多丸兄弟不仲のきざしを見せておき、いよいよ事件を起こす。
圭一氏は胸の手帳ごとナイフが刺さり、心臓に達して死んだ。
けど実はそれは裕氏によって殺されたわけじゃなく、密室状態の中、意識を取り戻しかけた圭一氏がドアへ近づき――
「そこで僕やあなたによってドアが強行突破されてしまいます。その衝撃によって胸のナイフが心臓まで達する」
なんともお粗末な話である。
いまいち盛り上がりに欠けると言うか……。
「うーん。事件が起こるのはいいと思うんだけど、何ていうか、圭一さんは赤の他人だぜ? 合宿になってようやく初めて会った人がいきなり死んでも実感が湧かないんじゃあないかな?」
「ふむ。では僕も死体役をやりましょうか?」
「いいや。もっといい案がある――
「――つまり、好き勝手されたくないならオレが消えてしまえばいいって理屈だよ」
「はぁ……」
キョンはため息を吐き、手すりにもたれかかる。
「あのな、てっきり俺はお前が死んだとも思ってたんだぜ。それがまさか最初からお前もグルで、しかもこの事件がお前の"演出"だったとはな」
「大したことじゃあないさ。原案をちょっと弄っただけだからね。それに朝倉さんと長門さんも黙認してたじゃないか」
「やれやれ。道理で朝倉が大した反応をしなかったわけだ」
そんなやり取りをしながら俺は考えた。
冬の山荘イベントを前にして待ち受ける、大きな山場。
それは原作第四巻に相当する、これまた下手すると世界崩壊どころか世界末梢レベルの大事件である。
まあ、はっきり言ってどうなるかがわからない。
俺に何が出来るのかもわからない、何せ"鍵"はキョンだ。
知らない所で全部終わっててもおかしくはない。
「なあキョン、シャーロックホームズを読んだことはあるか?」
「名前ぐらいしか知らんぞ」
「だがホームズが名探偵なことぐらいは知っているだろ?」
「そりゃあな。どんな事件をどれだけ解決したかなどさっぱりだが」
「名探偵の涼宮さんがホームズだとして、君はその助手ワトスンくんだ」
「何が言いたい?」
「いや、別に。じゃあオレは一体誰なんだろうか……。ふとそう思っただけさ」
シリーズにおける彼の最大のライバルはモリアティ教授だ。
また、教授の右腕であるモラン大佐も彼に劣らないほどの悪人である。
だが俺はそんな器じゃないし、涼宮さんと張り合えるほどの立場じゃない。
そして、"鍵"であるキョン相手でもだ。
果たして俺にとって、嘘でもいい。
「世界が自分を中心に廻っている」だなんて思える日が来るのだろうか?
自分の意味すらどこにも見いだせない男に、だ。
朝倉さんを助けたのもエゴにしか過ぎない。
すると、すっかり黙った俺を見てキョンが。
「俺はホームズを読んだことが無いから言えるが。明智、お前はお前だろ。ハルヒだって、俺だってそうさ。もっとも、俺の代役が居るのなら交代してやりたいがな」
きっとこいつは、俺と特別に親しくなくてもそういう事が言える人間なんだろう。
……やっぱり、主人公にはかなわないな。
俺が女だったら間違いなく惚れてしまうような、感動的な台詞だ。
そんなんだからエラーで世界が危険になるんだけど。
「馬鹿だな。お前はそこが似合ってる。交代なんか、嘘でも言うもんじゃないよ」
「そういうもんかね……」
長門さん風に言えば、それはユニークなのだろう。
俺が無事でいられるならエラーも、まあいいのかなと思えてしまう。
……では朝倉さんは?
俺は彼女に対するまだ結論が何一つ出ちゃいない。
その回答は、他ならぬ自分自身である俺の、この世界で生きる意味が無ければきっと出せない。
いつの日か自分の意味を見つけて、朝倉さんに対しても、俺の方だけと一方的じゃなく、お互いに向き合える。
そんな希望的な日が来るのだろうか。
「希望はいいものだ」
「何だ?」
「いいものは決してなくならない。そういう意味だよ」
人間の心は素晴らしい。
だがその素晴らしさは、希望で生きていけると同時に、心が腐敗しても尚死人のように生きていけるという惰性の側面も持っている。
少なくとも、今の俺は惰性寄りだった。
「いつの日か――」
"全て"に決着がつく。
それが何なのかはわからない、ただ漠然としている。
しかし、その時が必ず来るといった確信めいた予感が俺にはあった。
キョンは肩を竦め、どこかへ消えてしまう。
俺に残されたのは書く予定のない手帳と、薄汚れたサングラスだけ。
いいさ、帰ったら今回の報酬として『機関』からそこそこのお金が出る。
お金に困っていたわけではないが、基本的に貰えるものは貰う主義だからね。
雪山やエラーよりも先に訪れる8月の懸案事項もどうにかしたいものだ。
――だが、今日ではない。