異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第二十一話

 

 

 

 

 

 

 

この状況下で誰が一番先に我に返れたのかは不明だ。

 

しかしながら一番先に動くことが出来たのは、それとほぼ同時に動こうとしたハルヒを制した新川さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれを動かしてはなりません。私が確認しましょう」

 

新川さんは死体まで近づき、指先で死体の右手の脈拍を計る。

まだ混乱しているが俺にだってわかる。あの状態で助かっている人間なんかこの世に居ないさ。

宇宙人未来人異世界人超能力者だって、首を切断されればどうだかわからない。

確認が終わると新川さんはいたって冷静な声で。

 

 

「亡くなられております」

 

「ひえぇぇぇええええええ」

 

初めて死体に恐怖の反応を見せたのは朝比奈さんだった。

そして叫び終わった朝比奈さんはふらっと倒れてしまうが古泉がそれを支えた。

 

ハルヒはまだ現実を受け止められないらしい。

本来ならここから今すぐ立ち去るべきだが、ハルヒの身体は徐々に前のめりになっていた。

俺だって信じられない。まさか、こんなショッキングな光景が待ち受けているとは夢にも思わなかった――

 

 

 

 

 

――その時、俺の身体。あるいは思考が停止した。

 

得体の知れぬ不安感が俺を支配し、まるで自由を奪われているかのようだった。

 

汗が止まらない、寒気もする。

 

何とか目を動かすとハルヒもガチガチに震えていた。

 

 

 

「落ち着くんだ。ここで慌ててもしょうがない。現場保存はオレたち発見者の責任だ」

 

「ええ。まずはこの部屋から出ましょう」

 

明智と古泉の言葉を聞き、何とか必死に身体を動かす。

やや時間がかかったが部屋を出るころには落ち着いたのだろうか、身体は自由に動かせた。

だが一度支配された感覚からはなかなか抜け出せなかった。

 

 

「朝比奈さんは気絶しています。彼女を運ばなくては」

 

「キョン! ……顔色が悪いな、無理もない。オレと古泉で運ぼう。あれを見た後の女子にはきつい」

 

「古泉くん、明智くん。みくるちゃんはあたしの部屋にお願い」

 

「了解しました」

 

男子二人に両脇をしっかり抱えられた朝比奈さんは二階の部屋まで運ぶ必要がある。

体力的にも精神的にも冷静でいられた古泉と明智がその役を務めるのは当然のことであった。

やっぱり、普通じゃないんだと思い知らされる瞬間でもあった。

ハルヒも未だに額に汗が流れているが、何とか気丈に振る舞っていた。

 

 

「あら、とんでもないことが起きたみたいね」

 

退屈そうな顔で呑気な事を言ったのは朝倉だ。

俺は彼女の台詞に対し我を忘れ激昂しようとしたが、それではただの八つ当たりだ。

すんでのところで自制心が働いてくれた。

 

 

「古泉君から聞いたわ。クローズドサークルって言うのね? この状況」

 

……ああ。小説なぞまともに読まないから俺も聞いただけだがな。

 

 

「嵐の孤島での事件。首なし死体に謎の文字。そして何より部屋には鍵がかかっていました」

 

「何が言いたい」

 

「別に。それに、この状況が呑みこめないのはあなたの方でしょ?」

 

悔しいが、その通りだ。

死体、それも殺人が行われた状態そのままのなんざ生まれてこのかた初めて目撃したからな。

そしてできれば永遠に体験したくなかったよ。

 

 

「なあ長門、朝倉。お前たちはあの状況を見て何かわかることはないのか」

 

「私たちに何か期待されても困るわ。見たまんまよ」

 

「……」

 

無言の長門も同様らしい。

まあ、せめてもの救いは俺の妹がこれを見ていないって事ぐらいか。

新川さんは警察へ連絡してくると言った。

俺たちはとりあえずハルヒの部屋に集まる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルヒは自分の部屋の前に立ち、ドアをノックした。

中には朝比奈さんを運んだ明智と古泉、そして妹がいる。

 

 

「誰かな?」

 

「あたしよ」

 

ドアがカチャリと開かれる。そこには明智が立っていた。

しかし中を見ても古泉の姿は見えなかった。

 

 

「古泉はどうしたんだ?」

 

「何やら新川さんと森さんの所へ行ったらしい。今後を相談するんだろうね」

 

今後、ね。

今の所の俺たちには実感がわかない言葉である。

 

 

「ここではあれだ、外で話すぞ」

 

「そうだね。朝倉さん、長門さん。こいつの妹と朝比奈さんを頼んだ」

 

まあ、女子とは言え宇宙人二人組が居れば安心だろ。

かたやバリア持ち、かたやナイフ使いだからな。

朝倉は「わかったわ」と言い、長門は無言で数ミリだが頷いた。

妹はベッドでうなされている朝比奈さんが心配そうだが、朝倉が相手してる。

 

明智とハルヒと共に俺は廊下へ出た。

 

 

 

 

そして俺の部屋で話し合う事になった。

しかし何も話すようなことはないんだかな。

 

 

「二人とも、どう思う?」

 

「何の事だ」

 

「圭一さんよ! ……もしかして、これって殺人事件なの?」

 

「少なくともオレには自殺に見えなかった。二人ともそうだろう。つまりそういうことだ」

 

この状況でも異世界人は思うところがないのだろうか。

しかしながら明智は何かを考えているらしく、時折ぶつぶつ呟いている。

 

 

「……まさか、こんなことになるなんて」

 

ハルヒはベッドにダイブした。気が紛れるならそこで飛び跳ねてくれて構わない。

俺には動く気力さえもが皆無だった。

しかし、これもお前が望んだ結果とやらじゃないのか……?

 

 

「だって本当に事件が起こるなんて思わないし、喜べるわけないじゃない」

 

まあ、ハルヒが正常な判断ができるとわかっただけでもマシだ。

発狂なんかされた日には世界がどうなるかわからない。

そういや閉鎖空間は大丈夫なのだろうか?

 

 

「二人とも。とりあえず落ち着いて状況を整理しようか」

 

SOS団の名探偵よりよっぽど探偵らしい落ち着きを持って明智がそう言った。

 

 

 

「前提として、殺人事件があった。ここまではいいよね」

 

「そうね」

 

「被害者はこの館の主人。多丸圭一さん、と"思われる"」

 

館の主人が殺される。悪い冗談としちゃベタベタな展開だぜ。

 

 

「謎は三つ。一つ目、部屋には本人以外持っていないと"言われた"鍵がかけられていた。遠目だけど窓も鍵がかかっていたみたいだ」

 

「いわゆる、密室ってやつか」

 

「そうだ。二つ目、あの壁の文字は間違っても圭一さん本人が書いたものではない。十中八九犯人によるものだろう」

 

「なんであんな字を書いたのかしら」

 

俺の脳裏によぎるのは謎の英単語と思わしき赤字、決して大きくはなかったが、それとわかる大きさで書かれていた。

 

 

「Scream。スクリーム、ね……」

 

まるでホラー映画だ。と明智は言い残した。

二つ目の謎はこれで終わりらしい。

 

 

「そして三つ目にして最大の謎だ。何故、圭一氏の死体には頭が無かったんだろう?」

 

「さあな。でも運んだのは間違いなく犯人だぜ。殺人犯の気持ちなんかわかりたくもないね」

 

「犯行に使われたであろうナタが放置されてたのも気になるけどね。"そこはいい"」

 

確かに、謎は簡単に解けそうにない。

 

 

「問題は頭なんだよ頭。生物学上、人間の成人の頭部の重さは体重比率にして10%前後。圭一氏はそこそこ恰幅の良いお方だ、60キロは超えているだろう」

 

「つまり最低でも、圭一さんの頭は6キロの重さがあるのね」

 

「更にそこに脳の重さが加わると、成人男性の場合7キロは超える。誤差を加味すれば約7.25キロってところかな」

 

「そこまで重くないんじゃないのか?」

 

「まさか。二人とも、ボーリングくらいやったことがあるだろ? 7.25キロはボールで一番重い16ポンドに相当する。確かに持てるが、オレでも満足に扱えない」

 

確かに。俺はボーリングなぞ数えるほどしか体験していない。

しかし特に鍛えてなければ重さは8~10ポンドがちょうどいいだろうな。

 

 

「人間の頭はボールと違って持ちやすくもなんともない。そして、そんな扱いに困るものを犯人は密室を作りつつ、運んだんだ。血の跡も一切外へ残さずにね。つまり、慎重に扱ったんだ。7.25キロの物体を」

 

女子には困難な芸当だろう。

 

 

「首なし死体を作るケースはいくつか考えられるけど、やはり可能性が大きいのは"顔を見られたくない"って事だろうね」

 

「どういうことなんだ?」

 

「理由は不明だけど、犯人には死体の顔を見せられない"理由"がある。"だから"首を切って運んだ。こう考えるのが自然なんだ。恐らく、死体の顔に"謎を解く鍵"がある」

 

犯人だって馬鹿じゃないだろう。

そう簡単に見つかるとは思えんがな。

 

 

「さて仕上げだ。今、この館に居る誰かが犯人なんだけど――」

 

「ちょっと待ちなさいよ! あたしはSOS団の中にこんな酷いことをする人が居るなんて、少しでも疑いたくないわ!」

 

ハルヒはベッドから立ち上がり、明智を睨む。

ふぅ。と溜息をついた奴は左手で頭をかきながら困った表情で。

 

 

「落ち着いてくれ、涼宮さん。オレは可能性を論じているだけさ。何せ今この島は外部との交通が途絶えている。嵐だからね」

 

「……」

 

「それに、キョンと涼宮さんも、だいたいの目星はついているだろう」

 

ああ、今この瞬間にもこの館から姿を消しているのは主人の圭一氏だけではない。

弟の裕氏が行方不明で、今日我々の前に姿を表していないのだから。

彼に何かがあるのは確かだろう。

 

 

「そうだ。それに"もう一人"が――」

 

そこまで言って明智は話すのを止めた。

何か考え付いたらしく、こちらに目を合わせずに下を向いてしまっている。

やがてこちらを向いた明智は。

 

 

「ちょっと気になる事が出来た。……いや、確かめたい事かな。そう長く動き回るつもりはないから何か用があったらオレの部屋へ来てくれ。一人で考えをまとめたい」

 

そう言って俺の部屋を出ようとしたが、ふと振り返ってこう言い残した。

 

 

「最後に二つ目の謎についてだけど。スクリームの意味は"悲鳴"だ。首なし死体は、悲鳴を上げることが許されない」

 

それがこの日、最後に明智の姿を見た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、このまま俺の部屋に居ても何か進展するとは思えない。

自分を持ち直した「名探偵」ハルヒは。

 

 

「そう言えば、昨日みくるちゃんが言ってたわ。圭一さんと裕さんが兄弟げんかしていたのを見たって」

 

「何だと?」

 

「それに昨日あたしが麻雀大会の途中でトイレに行ったでしょ? その時通りがかりの部屋から裕さんの声が聞こえたのよ『急いで手配してくれ』とか何とか。慌てた様子だったわ」

 

そんな大事なことはもっと早くに言ってほしかったね。

 

 

「仕方ないじゃない。わたしだって、まだ、その……」

 

「わかったわかった。俺だって現実とは思えないよ。で、どうする?」

 

「とりあえず、また現場へ行ってみましょ。何かわかるかもしれないわ」

 

口には出さなかったが、きっとハルヒはこう考えていたんだろうな。

犯人がSOS団の団員じゃないことを証明してみせるって。

 

 

 

 

三階の圭一氏の部屋まで行くと、ドアの前で新川さんが立ち尽くしていた。

ドアの隙間からはわずかに中の様子が窺えたが、詳しくはわからない。

 

 

「おや。すみませんが警察に連絡しましたところ『誰の立ち入りも許可しないように』と指示がありまして。気になるのはわかりますが、これも私の務めですので」

 

「警察はいつ来るの?」

 

「ふむ。何せこの嵐ですからな。天候が回復し次第来るとの事です。予報によると明日の午後には嵐が収まるらしいので、その頃にはお見えになるかと」

 

「そういえば、明智はここに来ませんでしたか? あいつもこの事件について調べているらしいんですが」

 

その名を聞いた新川さんは少しだけ眉を動かしたが、直ぐに無表情に戻り。

 

 

「わかりかねますな。つい先ほどまで私は警察と連絡をとっていましたが、その間は森がここに居ましたので」

 

「そうですか」

 

まあ、恐らく明智も中に入れなかったのだろうし気にするまでもないか。

 

 

 

その後のハルヒと新川さんのやりとりによると。

なんと新川さんと森さんの二人は昔から圭一氏に仕えてたわけではないらしい。

この夏の間だけの短期契約だと言うのだ。ここへ来たのもつい一週間前との事だ。

 

 

「この手の職の相場からすれば給与は高くありませんでしたが、まあ私も見た通りの歳ですからな。雇ってもらえるだけでありがたいのです」

 

 

 

 

話を聞いたハルヒは今度は外へ船を確認すると言い、俺の手をいつかのように引っ張った。

一階に降りたところ、玄関近くに森さんが居た。

 

 

「外へ出られるのですか?」

 

「うん。船があるか調べようと思うの」

 

「もしかすると、ないかもしれませんよ」

 

「どうして?」

 

「昨晩ですが、裕様の姿をお見かけしました。この嵐の中だと言うのに、私の『どちらへ?』との質問も聞かずに急いで玄関口へ向かっておられました」

 

森さんは廊下ですれちがっただけで実際に出ていく姿を見たわけではないらしい。

それは俺たちが懲りずにワインを飲んで酔っ払っていた時間帯。午前一時ごろ。

 

 

「いいわ。私は自分で確かめる。自分で直接行って、自分の目と耳で確かめたいの」

 

それに俺を巻き込まないでくれ。

 

 

 

大嵐の中、波止場は冠水していた。

それにあの大きなクルーザーも見当たらない。

思い起こせば、ロープでクルーザーを縛り付けていたのは裕さんだ。

何気ない行動が、事件の前フリだとは思えもしなかったがね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

館に戻ってタオルで水を拭いた俺とハルヒが二階へ上がると廊下に古泉が居た。

 

 

「おや、外へ出かけていたのですか? ご苦労様です」

 

「何の成果もなかったがね」

 

「それはさておき、明智さんの姿を見かけませんでしたか? 涼宮さんの部屋には戻ってないようでして、てっきりあなた方と行動していると思っていたのですが」

 

「さあな、ちょっと調べごとをしたら自分の部屋に戻ると言っていたぜ」

 

「なるほど」

 

 

 

 

それからハルヒの部屋に戻った俺たちを、古泉が深刻な表情で訪ねたのは数分後の事だった。

 

 

「明智さんの部屋に鍵がかけられていました。ドアを叩いても反応がありません」

 

おい、まさか。

 

 

「……新川さんに頼んで部屋のスペアキーを用意してもらいましょう。とにかく、何事もなければいいのですが」

 

 

 

 

そして暫くした後、明智の部屋のスペアキーを用意した新川さんがやってきた。

 

 

「主人の部屋は森に任せました。何事もないかと思いますが、万が一を考えて誰か私とご同行願えませんかな?」

 

俺とハルヒ、古泉の三人がそれに応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明智の部屋には誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、部屋の真ん中から窓にかけて血の跡が残されていた。

 

そして、窓が空いていた。

 

部屋から下を除くも何かがある様子はない。

 

 

「私が様子を見てきましょう」

 

そう言った新川さんが十分ほど後に戻ってきた時、彼の手にはあるものが握られていた。

 

 

「この部屋の下あたりの草むらに、これが落ちていました」

 

 

 

 

 

 

泥にまみれ薄汚れた果物ナイフ。

 

そしてレンズこそ長門がかけていた時のままだったが、明智のサングラスだった。

 

 

 

 

 


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