異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第二十話

 

 

 

 

 

 

 

――そこは普通の別荘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、普通というのは語弊があるだろうな。

 

少なくとも俺が田舎に住むじーさんばーさんの家へ行く時に道すがら見かけるような、それと思わしき一戸建ての建築物が一般的な"別荘"だ。

古泉の遠い親戚さんの別荘は住居と呼ぶにはいささか大きすぎるのだが、大富豪の所有物としては際立った装飾もなく派手さに欠ける。

 

 

 

要するに金持ち基準としては多分あれが普通なのだろう。

これが俺たち庶民にとっていかにもと言える前衛的なデザインであれば館の主人に対しても身構えるのだが。

どうやらハルヒも期待していたであろう別荘が奇抜なものではなく拍子抜けみたいだ。

 

 

「思ってたのとかなり違うわね。あんたはどう思う? せっかくの孤島なのに普通に建ってるじゃない」

 

こいつは何をどう思ってたんだろうな。

どうでもいいが灰色一色だけは勘弁してくれよ。あんな光景、思い出したくもないからな。

 

 

「そうだな、何もこんな所に別荘を建てる必要があるのかと思うよ。永住するにしては手間がかかりそうだ」

 

「はあ? あたしが言ってるのは雰囲気の問題よ。あれじゃドラキュラも出やしないわ」

 

少なくとも日中にドラキュラは出ないさ。

そういや明智は本だけでなく映画も好きらしく、よく話の種にしていた。

ドラキュラで俺が思い出せるのはゲイリー・オールドマンくらいだが、あれは名作だ。

 

 

しかし、合宿ね。

今更だが何をするつもりなんだ? 

特訓なんて言っても俺たちが普段してるのは放課後に不法占拠した部室で時間を潰しているか、たまの休日に市内を探検するぐらいだろ。

もしこの島で冒険家の真似事でも始めようってんなら俺たちには火おこし程度が限界だろうよ。

 

 

「それいいわね。島の探検も日程に入れておくわ」

 

日程も何も、最初から決まってないと思うんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルーザーに乗っていた俺たちを一人の青年が孤島の波止場からこちらへ大きく手を振って歓迎してくれた。

古泉の話によると彼は館の主人の弟さんで、なんと俺たちの他にも招待客が居たということになる。

SOS団で来ておいて身内のノリに嫌気がさすのは恥知らずな気もするが、古泉曰く「主人である兄を含めてとてもいい方」らしい。

せめて俺だけでも彼らに迷惑をかけないようにしたい。

 

 

 

やがて六時間三十分の船旅を終えた俺たちを弟氏が出迎えてくれた。

 

 

「やあ一樹くん。しばらくぶりだね、元気だったかい?」

 

「ええ、おかげさまで。祐さんの方も、わざわざご苦労様です」

 

古泉の人脈はどうなってるんだろうな。少なくともハルヒより素晴らしいのは確かだ。

弟の裕さんと二三会話をした後、こちらを振り返ると古泉は俺たちの紹介に入った。

 

 

「この可憐な女性が涼宮ハルヒさん。僕の得難い友人の一人です。いつも自由闊達としていて、その行動力を見習いたいくらいですよ」

 

自由闊達なのか自分勝手なのかは知らないが、とんでもない紹介文である。

この時ばかりかハルヒも猫をかぶって普段教師にはしないであろう丁寧な一礼を見せている。

その対応が義理じゃないことを願うね。

 

ハルヒは弟さんに自己紹介をしていたが、それを聞いていた俺はとてもじゃないほどの寒気に襲われた。

その後も古泉による紹介は続き。

 

 

「こちらは朝比奈みくるさん。愛らしく美しい学園のアイドルに相応しい先輩でして、彼女が淹れてくれるお茶には僕でなくとも感服の念を抱くことでしょう」

 

だの

 

 

「長門有希さんです。読書が趣味で、あらゆることに造詣が深いお方です。やや寡黙な印象を受けますが、そこもまた魅力と言えますね」

 

とか

 

 

「彼は明智黎さんです。明智さんは分別がつく方でして、我々の部活動でも積極的に活動してくれます。いわば、影の功労者ですね」

 

しまいには

 

 

「朝倉涼子さん。見ての通り、容姿端麗で成績優秀。そしてクラスでは委員長を務めるなどとても人望が厚い方です。残念ながら彼女は明智さんとお付き合いしているので、僕には縁がありませんでしたが」

 

と、耳にするこっちが恥ずかしくなってしまうようなプロフィールをよくもまあ考え付くもんだ。

あん? 俺のプロフィールだと? 

思い出すだけで吐き気がするからやめてくれ。妹は俺が自分のついでに紹介しておいた。

俺がされたら一種の拷問かと思えるような紹介を笑顔で終始受けてくれた弟さんは

 

 

「いらっしゃい。僕は多丸裕。僕の仕事といっても兄貴の会社を手伝ってるだけなんだけどね。一樹君にいい友達ができたようで安心だよ」

 

そりゃそうだ。

超能力も『機関』も知らない人が古泉の急な転校を聞いたら心配の一つはするってもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

外は日差しがきついと言う新川さんの配慮により、俺たちは早速主人の待つ館へ向かう事にした。

別荘は崖の上にあるだけあってちょっとした運動を強いられたが、まあ北高までの道のりに比べると大したことはない。

階段を上りきって、目の前の別荘を今一度近くで見るも、何もおかしな点はなかった。

 

 

「どうぞ」

 

古泉が玄関へと招き入れる。

いよいよ主人の登場だ。整列した俺たちを見て古泉はインターフォンを押す。

 

 

「あらいらっしゃい」

 

登場したのはごく普通のオッサンだった。

水色のゴルフシャツにカーゴパンツとラフな格好だが、別荘住まいならばこんなものなのかもしれない。

館の主人は名を多丸圭一さんと言い、俺にはよくわからないがバイオ関係の仕事で一山当てたらしい。

その技術や功績について俺は知ろうとも思わなかったが明智はやはり興味がある様子だった。

またまた俺たち団員と圭一さんとの間で寒いやり取り――とくにハルヒだが――を終え。

俺たちはようやく館の中へ入ることとなったのだ。

しかし、今にして思えばどうにも割に合わない合宿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別荘は全三階建てで、俺たちが宿泊させていただく部屋は全て二階にあるらしい。

多丸兄弟は三階の客間にそれぞれ。新川さんと森さんは一階に小部屋があるとのことだ。

 

 

 

ロビーを通りぬけて、高そうな木製階段を上がるとこれまたしっかりした造りの扉が並んでいた。

部屋にはシングルとツインがあるらしく、俺たちは全員で8人ではあるものの俺はまさか妹なんぞと寝起きを共にしたくない。

どう考えても朝も早くから叩き起こされるのが目に見えているからだ。

 

 

「一人一部屋ということでいいではありませんか。どうせ部屋に居るのは就寝時ぐらいでしょう」

 

そうだな、俺も古泉の意見に便乗させてもらうよ。反対も無さそうだしな。

結局、俺の妹は朝比奈さんと同じ部屋で寝ることになった。

まあいくら愚妹と言えど朝比奈さんを相手にお転婆はしないと思いたい。

何かこいつが迷惑をかけるようでしたら俺に言ってください。おやつ抜きぐらいにはしますので、

 

 

「ふふ。大丈夫ですよ。ね?」

 

「ねー」

 

ハルヒの言葉じゃないが、こいつは緊張感のない奴である。

 

 

「血は争えない。ね」

 

そんな事を言うならな、お前にだけはマジックを見せてやらんからな、明智。

と言ってもやる予定はないけれど。

 

ちなみに部屋はオートロックじゃないが鍵をかけられるといった徹底ぶりである。

サイドボードに置かれている部屋の鍵を使う事なんざまずないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう午後に差し掛かってはいたのだが、こんなチャンスはなかなかない。

何せこんな中身のない合宿に来てやった理由そのものなんだからな。

てなわけで。

 

 

「海よ!」

 

ハルヒよ、どうしても言いたかったらしいな。

まあ気持ちはわかるが。

 

 

 

そこには海岸があった、砂浜もあった、太陽は今日も照りつけている。絶好の海日和である。

しかしながら当然ではあるものの俺たち以外に人など誰もいないし、ましてや野生生物の影も形もない。

Theが付く無人島であった。

 

ゴザを敷き、日蔭として圭一さんから借り受けたビーチパラソルを砂浜に突き刺す。

俺たち男子三人は女性陣の水着姿を目の保養としていた。

いつもはうるさいだけのハルヒもさることながら、ピンク色でフリルのついたワンピースタイプの朝比奈さんが素晴らしい。

これでこそ、海の合宿ってもんだ。

 

 

「オレは前もってどんな水着なのか聞いてなかったけど、なかなかどうして素晴らしいね」

 

再び指をL字にしてそんな事をぬかしたのは明智だ。

奴の目線の先には、リーフ柄がプリントされたブルーのビキニと花柄のパレオを着込んで準備体操をしている朝倉が居た。

いつもは朝倉なぞ心にもないようなことばかり言うくせに、こんな時だけ現金な奴である。

と、言うかお前。外なのにサングラスはどうしたんだ?

 

 

「ん。あれならレンズを交換して長門さんに渡したよ。度が入ってるやつとね」

 

言われて隣のゴザを見ると、確かにレンズの色こそさっきまでと違ったが、明智のサングラスをかけた長門が佇んでいた。

まさに無機質な長門の雰囲気に拍車がかかっており、同時にこんなところまで来て読書をする彼女に俺は呆れた。

 

 

「まあ、楽しみ方は人それぞれでしょう。せっかくの機会です、リフレッシュしなければ」

 

ビーチボールに息を吹き込みながら、それを中断して古泉は俺に話しかける。

ああ、そうだな。こういう形での非日常なら俺も構わないさ。

この反動でハルヒがしばらく落ち着いてくれれば合宿は100点満点だ。

 

 

「こらキョン! 古泉君と明智君も! 早く来なさい!」

 

普段ならハルヒの命令なぞ聞きたくもないが、無礼講だ。

俺は朝比奈さんに近づくためにも水球遊びに興じることにした。

浅瀬なら妹でも足が届くからな。

 

 

 

やがてごっこバレーに飽きたハルヒは、古泉とペアを組んで明智と朝倉に本格的なビーチバレーを挑んでいた。

残念ながらネットなどはない。

 

俺は朝比奈さんと妹の遊泳を眺めつつ遠目でちらほらその勝負を窺っていたのだが、どうやら決着はつかなかったらしい。

形としてはタイムアップということで明智サイドが折れていた。

一日目からよくもここまで動こうと思うもんだ、まったく。

 

 

しかし、こいつらのこの時の行動は正解だったんだろうな。

この日以降、海水浴は打ち止めになるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。突然だが、冗談にはやっていい冗談と悪い冗談の二種類がある。

 

俺たちを宿泊費無料で迎えてくれた圭一さんが、まさか食費までタダだと言うのに豪華絢爛な晩餐をふるまってくれたのは、悪い冗談にしたくない。

 

 

 

今回の合宿で俺にとっての悪い冗談は三つあった。

 

未成年である俺たちにワインを奨めた森さんはその一つだが、合宿における悪い冗談としては仕掛け人共々可愛い方であった。

俺の意識は朦朧としていたのだが、朝比奈さんは直ぐにダウンしてしまうし、長門は酒豪で何杯も呑むし、ハルヒは悪酔いしていた。

朝倉はワインの何がいいのかがわからないらしく終始無表情で、古泉と明智は長門程ではないもののアルコールに対する耐性があったらしい。

 

 

次の悪い冗談は、二日目に突然の大嵐が島を襲ったことだ。

これではせっかくの楽しみである海水浴など堪能できる訳もない。海は大荒れだからな。

しかしながら、インドアな合宿とやらも悪いものではなかった。

俺はフェリーで寝ていたから尚のことそう思えたのだろう。

地下一階に設けられていた遊戯室でリーグ戦のピンポン大会や、麻雀大会を楽しんだ。

もし天気が晴れていて、ハルヒが別荘の外での探検ばかり考えていたならこうは行かなかっただろう。

こればかりは天候の悪化にも容赦ができた。

 

 

――だが、最後の"やって悪い冗談"こそ、今回の合宿における懸案事項そのものだったのだ。

 

死体や殺人現場を見せつけられる。

それのどこが"いい冗談"になるってんだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日目の朝になっても島の天気は回復する見込みがなかった。

いよいよハルヒが望むクローズドサークル、嵐の孤島が完成したのだ。

 

今にして思うと、二日酔いをしていた事を度外視してもその日の朝はいい雰囲気じゃなかった。

俺たちが朝食を食べ終えた頃になっても、多丸兄弟は食堂へいよいよ姿を見せなかったのだ。

この二人が揃って遅れる朝食など今日が初めてである。

そんな呑気な考えは、俺たちの前に進み出た森さんと、神妙な面持ちの新川さんの一言で立ち消えた。

 

 

「皆様」

 

「新川さん、どうかしましたか?」

 

「はい。何か問題と呼べるようなことがあったのかもしれません」

 

話によると、弟の多丸裕氏がなかなか起きてこないので部屋へ様子を窺った森さんだが、その部屋に鍵がかかっていなかった。

この数日で弟氏が鍵をかけずに就寝したことなどなかったので、気になってドアを開けたところ、中はもぬけの殻だった。

 

 

「しかも、主人の部屋へ内線をかけたのですが応答がありません」

 

確かにこれは問題なのかもしれない。

主人である多丸圭一氏は寝起きが悪いと聞いていたが、内線を試みたのは一回二回じゃないだろう。

それに、緊急時に対応が出来てこその内線なのだから。

 

 

各部屋のスペアキーの管理は新川さんが担当しているが、圭一さんの部屋だけは特別らしい。

仕事の都合上、予備も圭一さんしか持っていないのだという。

 

 

「これから主人の部屋まで赴こうと私は考えております。よろしければ皆様もご同行願えないでしょうか」

 

俺たちは新川さんの言葉に従うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……では問題の結論から言おう。

 

 

多丸圭一氏の部屋の床には、本人のものと思わしき血にまみれた死体があった。

 

 

当然だが圭一氏の部屋は鍵がかかっていたため、俺と古泉と明智のタックルで強行突破された頑丈なドア。

そのそばで狼狽する俺たちに足を向け、仰向けに横たわる圭一氏。

いや、"それ"が圭一氏だと判断できたのは初日に見たゴルフシャツを"それ"が着ていたからに他ならない。

 

 

 

 

その死体には、首から上が喪失していた。

 

首の根元には犯行に用いられたであろう血塗れた大鉈が床に突き刺さっており、とてもじゃないが俺は反応する事ができなかった。

誰も、悲鳴すら上げられなかった。

 

 

 

 

 

そしてふとベッドが置かれている横の壁に目が行くと、そこには血のような赤い文字でこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――SCREAM!!

 

 

 

 

 

 

 

 

と。

 


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