もちろん置物状態だったパソコンの方には誰も関心などなかったし、ましてや手を触れてる人など皆無であった。
しかしながらパソコンはふいに自動で起動を始めたのかハードディスクがカリカリカリと音を鳴らしていてディスプレイも勝手に電源が付いたのか置いてある場所から光が漏れているのが見受けられる。
どうやらここまでのようだ。
「朝倉さん」
今のうちにひとつ俺は彼女にお願いすることにした。
未練がましいといわれればそれまでだが。
「もしオレがさ、世界を元に戻すのに失敗した時は……まあ、そん時はオレとよろしく頼むよ」
いったいどんな返事が返ってくるのやらと思えば。
「何言ってるのよ。私を選ばなかったんだからあなたにまた来られても困るわ」
でも、と言葉を続けてくすっと笑い。
「ま、その時はお友達からやり直しましょう」
「……うん」
やっぱり俺にはもったいないぐらいの言葉だよ、朝倉さん。
朝比奈さんをいつの間にか解放してパソコンの前で画面を覗き込んでる涼宮さんに「失礼」と避けてもらうと、一から十まで記憶しているわけではないが恐らく原作通りにモニタのブラックスクリーンを背景に白い字のコマンドプロンプトが躍り始めた。
YUKI.N>これをあなたが読んでいるのならば、わたしはわたしではないだろう。
ああ、そうさ。
まさか俺がこんな役目を引き受けるとは思わなかったけど今にしてみれば当然の帰結といえる。
キョンは素っ頓狂な様子で、
「なんだこりゃあ」
と声をあげたが彼に説明できるのは俺かあるいは朝倉さんぐらいなもので他のみんなは誰もが彼と同じ様子なのは間違いない。古泉も、いつの間にか朝比奈さんを解放していた涼宮さんも、目の端の涙をぬぐった朝比奈さんも、眼鏡をかけた普通の文学少女である長門さんも。
それからゆっくりとではあったが、確実にパソコン上の文字は紡がれていく。
栞に記されていた"鍵"はSOS団七人全員であること、本プログラムは緊急脱出プログラムであり決して成功の保証も帰還の保証も存在しないこと、一度きりであること、実行ならばエンターキーを押下して、そうでなければそれ以外を押下せよ。
「長門さん、このプログラムに覚えは?」
尋ねるもフルフルと横に首をふられた。
知ってたけど念のためというやつである。
「だったらもう、オシマイだ」
俺は画面の指示そのままにエンターキーを押そうとしたが、
「明智君」
「……なんだい」
朝倉さんの言葉に少しばかり引き留められる。
「あなたに言い忘れてたことがあったわ」
彼女は一瞬だけ"あの時"のような顔をしたが、それから無理やり笑顔に切り替えて。
「昨日のことは気にしなくていいから、心おきなく明智君は明智君のやりたいことをやって来なさい」
重ね重ね本当にありがたい。
なんだか勇気が湧いてくる、後押しってのは。
パソコンのディスプレイには点滅するReady?の文字。
そう、俺はずっと今まで保留していた。けど、もう準備ができた。
だから俺は
「うん、そうさせてもらうよ」
カタッ
Enterキーを押す。
未来人式時間遡行があまり気分のいいものではないと耳にはしていたが、いやはや想像以上にバッドな体験だったよ、貴重な体験なんだろうけど。
頭はぐわんぐわんしたし平衡感覚は持ってかれたし、おまけに耳鳴りまでついてきて最終的に視界がブラックアウトするのだから遊園地のマシンにしては欠陥品もいいとこだろ。ともすれば身体が倒れなかったのは単なる偶然かもしれないほどに。
そして次に俺が視界を取り戻した時、俺はゆっくりとあたりを見回した。
見たところ、ここが北高文芸部の部室であることにはさっきまでと変わらないのだが既にSOS団のみんなの姿はそこになかった。
うまくいったのだろうか?
携帯電話をポケットから取り出すも何故か電源がつかない。充電切れか、はたまた壊れたのか。いずれにせよ早急に現状を把握せねばなかろう。
部室にはカレンダーなど置いておらず、外の暗さから現在は夜と推測されるので教室もとっくに施錠されてしまっている。時計での確認は困難だろう、教室のドアの小窓から中の時計など覗ける明るさではない。原作通りにいくとしよう。
俺はなるべく音を立てないように部室の扉を開けて廊下に出ると、そろりそろり歩いて部室棟を後にしてゆく。万が一にでも学校関係者には見つかりたくないよ。
べつに外へ上履きで行くことなど覚悟していたものの、これまたありがたいことに俺の下駄箱には外靴らしき誰かのスニーカーが入っていたので拝借させてもらうとする。間違っても俺のじゃあない。
何事もなく生徒玄関を出た頃には流石に今の気温に耐えきれなくなり。ブレザーを脱いで上はシャツだけの姿となった。
冬の寒さはどこへやら。夜にも関わらずこんなにじっとりしているとなると必然的に現在は冬ではないということで、原作と同じならここは三年前の七月七日というわけだ。
「……だろうね」
案の定この想定は的中していた。
北高最寄りのコンビニに立ち寄って新聞紙の日付欄を見たらそう書いているのだからしょうがない、なればこそ俺はこのまま終わらせに行くだけだ。
コンピニの掛け時計を見ると時刻は午後八時も半を回ったところである。夏とはいえ夜になれば暗さは冬とそう変わらない、寒暖の差は酷いが。
冷やかしを終えた俺がコンビニを出て次に向かうのは彼にとっての因縁の地、光陽園駅前公園だ。ここからだとそれなりに距離があるので急いだ方がよかろう、確か彼も原作で走ってたような気がするし。
俺はとにかく朝比奈さん(大)に合わなければならない。この世界が三年前の時間軸であるのなら俺がバックトゥーザフューチャーするためには彼女の助けが必要だからだ。
日々の努力の甲斐あってか走り続けてもアップアップにはならないが、流石に額に汗がにじむ。これで日中の強い日差しを受けていたら俺のバイオリズムはメタメタになっていたに違いない。
そんなこんなで二十分近く走っただろうか、目的地である公園にまでやって来た。
とにかくキョンと朝比奈さんに見つかるのはマズい、気がする。笹の葉イベントを終えたあいつの口から「明智と会ったぞ」なんて聞いてない。そういう理由から俺はとりあえず雑木林に隠れてホットゾーンへと近づいていくことにする。
「……」
見つけた。それもあっさりと。
外灯に照らされたベンチに座る朝比奈さんと彼女に膝枕されながら寝ているキョン。彼は平素の陰鬱っぷりをミリ単位すら感じさせぬほど穏やかでいい寝顔をしており、朝比奈さんも聖母のような包容力を発揮させ時折彼の頭を撫でたりなんかして、満更でもなさそうだ。
やれやれって感じだ、もしこの光景を北高生が見たら谷口でなくとも発狂モンだからな。
ところであまり意識した位置取りではなかったものの俺が隠れている場所は偶然にもいい位置となっていた。隠れている俺から見て十二時の方向が二人が座るベンチというわけだ。これなら出るタイミングを逸することはないだろう。もっとも二人に俺が見つかったらアウトなので木陰に身を隠しながら"絶"で気配を絶つ。
しかしやむをえないとはいえ出歯亀もいいとこじゃないか、俺。内々忸怩たる気持ちでいっぱいだ。
それからややしばらくするとキョンが起きたようで二、三ほど朝比奈さんと会話をすると彼女は不意にくたりと力が抜けたように眠る。続いてベンチ奥の植え込みから朝比奈さん(大)が登場し、そこから先も原作そのままに進んでいる。らしい。キョンの野郎にへら顔で朝比奈さん(大)と指切りげんまんなどしやがって。
更に待つこと数分、朝比奈さん(大)は公園の外へと消えていく。俺も彼女を追跡せねば、彼女が行ったのはキョンが東中へ向かう方向とは反対の出口なはずだ。
俺は早足で雑木林を抜け、公園を出て左右を確認。朝比奈さんは路地を突き進んだ右の曲がり角に差し掛かろうとしていた。
「朝比奈さん!」
普段声を張り上げることなどめっぽうないが、この時ばかりは大きな声を出さざるをえなかった。
ピタリ、と朝比奈さんのハイヒールの動きが止まりゆっくりこちらを振り返る。
そして彼女の方から俺の方へとコツコツ歩いてきて、
「こんばんは、明智くん。あなたがこのわたしと会うのは初めてですね」
学生時代よりもいっそう輝きを増した笑顔で応じてくれた。
額に滲み出た汗を片手でぬぐいながら、
「押しかけといてなんですけど……まるでオレが来ることがわかってたみたいですね」
「さあ? どうでしょう」
問いかけるも闘牛士が持つケープの布きれに翻弄されて挙句の果てに華麗にかわされた雄牛のような気分だ。
でもね、と朝比奈さん(大)は言葉を続けて。
「ここに来るのがあなたの方かどうかまではわかりませんでした」
どういうことなんだろうか。
彼女の言葉通を俺が解釈するならば、それは本来ここにいるべきだったキョンという可能性について言及しているのではなかろうか。
「朝比奈さん、あなたはどこまで知っているんですか……?」
未来人相手にいささか愚問だったかもしれないが、それは普段俺たちが見ている小さい方の朝比奈さん同様に若干ポンコツだという先入観ゆえの質問だったんだからしょうがない。
「それも含めてわたしが話せる範囲でお話ししましょう」
彼女から情報を引き出すことに俺はあまり期待などしてはいない。
重要なのは朝比奈さん(大)がいることであって、彼女が俺に敵対するつもりはなさそうだというだけで充分お釣りが返ってくるはずだからね。
ここで彼女と会えたということは、俺は三年後の十二月十八日に戻れるというわけだ、あの世界の。
「もうキョンくんは公園にいません、ベンチに座りませんか? 立ち話では疲れますから」
従わない理由は特になかった。
最悪の場合キョンに見つかるようならどこぞのスタンド使いよろしく当て身で気絶してもらうつもりだからだ。
というわけで俺と朝比奈さん(大)そそくさと公園へと出戻りつい先ほどまでキョンがなんやかんやしてた件のベンチへと腰掛けることに。
朝比奈さんは感慨深げにかつての自分が腰かけていた場所を優しく撫でているが俺には元来縁もゆかりもない場所だ、異世界人だからね、脇に抱えてたブレザーを横にどさっと置かせてもらう。
客観的に俺たちはどのように見えるのかね、さながら夜逃げしてきた高校生と家庭教師って感じの取り合わせだぜ。
なんてことはさておいて、俺は単刀直入に問いかけることにした。
「あなたは少なくともオレについては、ほぼほぼ知っているみたいですね」
「その通りです」
やはり未来人ゆえのアドバンテージか。
と、思った俺の心を見透かすように朝比奈さんは首を振って。
「いいえ、明智くんについて知っているのはわたしがSOS団の仲間だったからです」
詳しくは禁則に触れちゃうから言えないんだけど、と彼女は付け加える。
俺は白々しく訝しげに。
「過去形ですか、まるで今は仲間じゃあない……ともとれますよ」
「わたしたちは生きる時代が違います。これだけは覆しようのない事実ですから」
ともすれば儚げな表情をちらつかせる朝比奈さん。
まったく、どうなんだろうね。
「こいつはハラの探り合いをしても時間の無駄になりそうだ。順を追って説明してくれませんか、だいたいはオレも知ってますけど」
それから彼女の口から語られた内容は俺にとってちょいとばかし意外なものであった。
「まず、あなたが認識しているこの時間軸から三年前の十二月十八日にあった異変について、あれは一種の大きな分岐点でした」
「分岐点ですか」
「昔わたしが説明したことを覚えていますか? 時間は連続していません。過去というのは人間の相対的な認識でしかないんです」
他でもない未来人が語る理屈なんだから説得力はそんじょそこらの眼鏡かけた学者サマが提唱しているそれとは比較にならないほど高かろうよ。
しかし連続してないのに"分岐点"とは面白可笑しな話である。
「時間というものは常に新鮮な状態で同時並行的に存在しているんです。連続はしてないんだけど、大きな流れみたいなものはあるんですよ」
「はあ……」
「パラパラ漫画の一コマだけを書き換えても見ている人は気づかないかもしれません。でも、突然そこに描かれているものが百八十度変わっていたらさすがに違和感を覚えますよね」
言いたいことはわからなくはないのだが、いかんせん俺の体感している範囲外のことなのでピンとはこない。
「十二月十八日はパラパラ漫画でいうところの最後のページみたいなタイミングだったの」
話の内容が異次元すぎて正直ついていくのがやっとな感はある。
自分だって相当に常識外の住人だというのに。
「人類の歴史的に大きな分岐点と"なるかもしれない"なんてことはわたしたちが知らない裏でままあるんですよ」
「なんだかぞっとしない話ですね、そんなバクチみたいな中にオレが放り込まれてるんですから」
「だから明智くんが知っているようにキョンくんがここにいたかもしれないということです」
その程度の差なら歴史的に大した違いはないんじゃないのかな。
原作通りに行っちゃったら朝倉さんは消えちゃうのかもしれないけどさ、俺は違うけど未来人からすればそんなの取るに足らない問題だと思うわけで。
「ううん。事態はあなたが考えているよりも深刻なの」
「と言いますと」
「その場合でもあなたが知っている通りになる保証はありません。可能性の数だけ未来は分岐していきますから」
ともすれば俺がいた改変後の世界とここは時間的に繋がっていないんじゃないだろうか。
原作で古泉がやれエックスがどうたら言ってたわけだし、あながち世界改変を阻止できないなんてこともあり得なくないのか。
だとしたら、
「何故オレなんですかね?」
この数日間幾度となく自分に問うてきた質問を朝比奈さん(大)に投げかけてみる。
彼女は愛想よく笑顔を浮かべて。
「あなたはもう、その答えを知ってるはずですよ」
つまり俺が考えている筋書き通りってわけか。
本当に馬鹿馬鹿しい、俺が一番馬鹿だからだ。
「……オレは未来がどうだとか言われても、べつになんとも思いませんよ」
ただ。
「この一件の犯人が彼女だとしたらオレにも責任があるってだけですから」
すっかり失念していたが俺が三年前の七夕に来たってことは俺がキョンの代わりにジョン・スミス(二回目)をやらなくっちゃあいけないんだと。
そんな役目まで負うなどご無体だ。だが現状この時間軸と未来との繋がりが曖昧な状態であり、キョンを呼ぼうにも呼べないらしく、じゃあこの時間軸にいるあいつに頼めばいいんじゃと思ったが。
「わたしと彼がこの時間軸で再び会うことは許されません。そういう決まりなんですよ」
俺にそう説明する朝比奈さんの気分がいいものでないことぐらいは察したさ。
よって俺が地上絵を描き終えて家に帰る途中の中学一年時代の涼宮さんに「ジョン・スミスをよろしく頼むぜ」なんてことを叫んだわけだが、この事実は墓まで持っていこうかという所存だ。
そうしてようやく行動を起こす時がやってきた。
「それでは、わたしがあなたを十二月十八日へと送り届けます」
ん。
べつに俺はそれでも構わないけど原作だったら確かキョンと朝比奈さん(大)は次に長門さんのとこに行ってたはずだ。
「この時点であなたの存在はまだ長門さんや朝倉さん、情報統合思念体にも知られていません。ですからあなたが彼女や他のインターフェースに遭遇すると歴史的に矛盾が生じてしまいます」
ああ、そういや俺が異世界人だってことを知られるのはそれこそ俺が朝倉さん消滅イベントを回避させるために動いたからだもんな。
他にも座標がわからないからどうとかあった気がするがそこらへんはキョンじゃなくて俺が事件解決の役割を得たことによって変わったのだろう。
となるとエラーを修正させるためのよくわからん注射器型の銃なんてものが手に入らないわけだが、まあ不要か。俺には。
ジョン・スミス役を終えて再度戻ってきた公園の一角。朝比奈さんに言われるがまま、彼女に俺は両方の手首を握られた状態で、
「目を閉じててください。すぐすみますから」
なんて甘い言葉を信じたもののさっき味わったそれよりも心なしかえげつない"酔い"が俺を襲う。通称"時間酔い"だとか。
べらぼうにきつすぎる。行きと帰りで苦しみが違うなんて嬉しくもないオプションだぜおい。ジェットコースターだとかそんな生易しいものではない、まず身体にくるGが自然界で味わうものと段違いで、かつあらゆる方向から負荷がかかる、バキの脳シェイクってこんな感じなんだろうよ、これを克服できたらバットまわり全日本一位になれる気がするね。
俺がいよいよ限界だと感じたその時、
「はい。もう大丈夫ですよ」
地獄のような旅行は終焉をとげたらしい。
目を開いて辺りを見回す。
これも原作通り、北高の近くにやってきたというわけだ。
「今は十二月十八日の午前四時十八分。このままわたしたちが干渉しなければ後五分ほどで世界は変化してしまいます」
時間合わせの仕組みが不明な腕時計を見ながら朝比奈さんはそう言った。
俺の携帯電話は未だにうんともすんともいわないし、これで充電しても電源がつかなけりゃオシャカになったのかね。
いやしかしどうにも、冷える。
「朝比奈さん……こいつを預かっててください。その格好で冬の早朝はきついでしょう、なんなら羽織ってていいですから」
俺は後生大事に抱えていたブレザーを小刻みにぶるっと震えている朝比奈さんに手渡す。
あれを着ているよりシャツの方が戦いやすいと踏んだからだ。
「すみません、ありがとうございます」
俺をこの時間に連れてきてくれたお礼にしちゃ安いものさ。
そしてリミットが近いのならば準備も早くしなければ。
北高指定のブレザーを寒風しのぎにしている朝比奈さん(大)に向かって俺は冷静に依頼する。
「預けといてあれですけど朝比奈さん、言われなくてもわかっていると思いますが、ここから離れていてください。遠くに。オレが思っている通りの人が犯人なら……どんな被害が出るか想像もつきませんから」
「はい」
「お願いします」
といっても他の一般人が巻き込まれないなんて保証はないんだけどな。
まあ、その時はその時で。
「明智くん。犯人は校門の前に現れます……気をつけてくださいね」
「善処しますよ」
それじゃあ、と朝比奈さんは足早に北高から離れていくようだ。
俺が向かう道は逆。間違っても彼女と顔を突き合わせはしないだろうよ。
ふぅ、と一息つくと俺はその場にしゃがみ込んでアスファルトに手をかざし、
「……出てこい」
見慣れた黒い渦を展開、中から現出させたのはナイフホルダーとスニーカーだ。
ナイフホルダーはお馴染みベンズナイフがセットされており、わざわざ出したスニーカーはベルトタイプのもの。脱げたりしたら話にならないから拝借してきた紐靴とは履き替えだ。
スニーカーを変えてシャツの上にナイフホルダーをコマンドーよろしく左胸にセットして、足早に向かう。
そろそろ、だな。
「……」
冬の朝は遅い。
四時だろうが平気で暗い世界なわけだから、街灯にでも照らされない限りシルエットすらはっきりしない。
でも、北高周辺の歩道にはご丁寧に等間隔で街灯が隣接されている。片田舎とはいえこういうとこはしっかりしてる。
俺は校門の前で立ち、今回の犯人こと時空改変者を待った。
そうして何十秒経過しただろうか。
「……」
毎日毎日通っている、それこそキョンに言わせればハイキング気分を味わえる急こう配な坂道の通学路からじりじりとその影を見せた人物。
その人物が坂道を登り終えて全貌が見えたころには見紛うこともないほどに、紛れもなく彼女であった。
時空改変者はいち早く俺の存在に気づき。
「あら、こんな時間にどうしたのかしら?」
偶然の遭遇とでも言わんばかりの言葉をかけてきた。
「どうしたもこうしたもないね。むしろオレが言いたいぐらいだ、何故君がここに」
「そうね……」
彼女はわざとらしく人差し指を顎に当てて考えるフリをしたが、それもすぐにやめて。
「べつに言い訳するつもりはないわ、その様子じゃあなたはとっくに知ってるみたいだしね。あっちの世界は楽しかった?」
「おかげさまで退屈はしなかったさ――」
あーあ、わかっていたけど、やるせないよな。
こんな展開は犬だって喰わないよ。
「朝倉さん。君が、犯人だね」
銀河を統括する情報統合思念体が地球へと派遣した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース。要するに宇宙人。
そんな彼女は俺の呼びかけに応じるかのように蠱惑的な笑みを浮かべた。