異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第十六話

 

 

 

 

 

 

みなさんは"カマドウマ"という昆虫についてどこまでご存じだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かく言う俺も詳しくは知らないが、便所コオロギという大変ありがたくなさそうな別名を持ち、バッタ目のくせにバッタ科に属していないといったよくわからない昆虫だ。

暗くてジメジメした場所を好むらしく、それを知った時はコンピ研部長氏がまるでカマドウマみたいな根暗な人種だという事を暗示しているのだろうかと思ったね。

カマドウマはまさに雑食で、それこそ人間が食べるものであれば何でも食べるらしい。

とは言え、巨大カマドウマが俺たち人類を食べるのかと言えばそこには疑問が残るのだが。

 

 

 

 

 

……まあ、今回のケースにおいて重要だったのはカマドウマについての予備知識じゃなくて。

 

こんな"知識"がまったくもって"役に立たなかった"、という事実だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部長氏のマンション前で再集合した俺たちだが、朝比奈さんはよく状況が飲み込めていないようで。

 

 

「あの、どうかしたんですか……? 涼宮さんに見つからないように再集合って……」

 

「こいつらはさっきの部屋が気になるみたいです。……そうなんだろ?」

 

キョンが言うこいつらには俺も含まれていたのだが、俺だって閉鎖空間もどきについては何も知らない。

 

 

 

もう一度行けばわかると言う古泉により再び部長氏の自室へ俺たちは舞い戻る事となった。

開けたはずの鍵が閉じているわけもなく、俺たちは部屋の中央、ベッドの横に立ち並んだ。

こんなワンルーム、6人も居ていいような広さではない。満員どころか飽和していた。

その狭さを意識せずに長門は切り出した。

 

 

「この部屋の内部に、局地的非浸食性融合異次元空間が制限条件モードで単独発生している」

 

「…………感覚としては閉鎖空間に近いものです。あちらは涼宮さんが発生源ですが、こちらはどうも違う感じがします」

 

「お前らはいいコンビだ。付き合うといい。ついでだから長門に読書以外の趣味も教えてやれ」

 

専門用語を羅列され、理解が追い付けないキョンはそう言った。

俺だって詳しくはわからん。

 

 

「その件に関しましては後ほど検討させていただきます。それより今はする事がありそうですね。長門さん、事件の原因はその異常空間のせいですか?」

 

「そう」

 

と、一言だけ言うと長門さんは片手を挙げ、目の前の空間を撫でた。

 

 

「はひっ!?」

 

「どこだここは」

 

「侵入コードを解析した。ここは通常空間と重複している。位相が少しズレているだけ」

 

「何か気味が悪い空間ね」

 

「あのようなマンションにこのような空間が隠されていようとは。驚きです」

 

他の五人がそれぞれリアクションをとっていたと思うが、それを俺は覚えていない。

俺は絶句し、硬直していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――こんな場所、俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は何も"涼宮ハルヒの憂鬱"を何度も繰り返し観ていたわけじゃないが、それでもこの異常はわかった。

原作で巨大カマドウマが現出した異空間は、太陽が照りつけ、黄土色の地平が彼方へ広がる、まるで砂漠であった。

 

 

 

 

 

 

だが。

 

 

「ここは……森だ…………」

 

そう、遠くのあたり一面には木々が生い茂っている。砂漠とは正反対の土地だ。

俺たちは"森の広場"とでも呼ぶべきか、木が群生していない、雑草があるだけの、広い空間に立っていた。

そして何より、真っ暗な闇夜であった。

 

 

「ここは涼宮さんの閉鎖空間とは異なるようですね。さしずめ、"似て非なるもの"といったところでしょうか」

 

「空間データの一部に涼宮ハルヒが発信源らしいジャンク情報が混在している]

 

「それはどの程度です?」

 

「数字にすれば1桁もないわ。涼宮さんは引き金になっただけ」

 

「なるほど。そういうことですか……」

 

超能力者と宇宙人二名が考察をしているようだが、俺には今の状況がまるでわからなかった。

 

 

どういう事だ?

考えろ……。

 

だが、いくら考えたところで自問自答の上に焦っていては満足のいく結論が出るはずもなかった。

俺の様子に気づいたキョンが、「おい、明智」と俺に呼びかけようとした。

その瞬間――

 

 

 

 

 

 

――バチィィィ

 

 

 

 

 

 

長門さんがキョンと朝比奈さんの前に立ち、庇うように空中から飛来したナニカから二人を防御していた。

斥力場というヤツだろうか。

闇夜の襲来者は攻撃が通じなかったところを判断すると、すぐさま消え失せた。

赤い残像を残して。

 

 

「ひ、ひぇぇっ!」

 

「おい、今のは何だったんだ?」

 

「わからない」

 

「まるで姿が見えなかったぞ」

 

夜の森にあったのは精々が月明かり程度で、満足のいく視界が得られるはずもなかった。

だが、不意にあたりがぼんやりとした明かりに包まれた。

 

 

「おや。不完全ながらこの空間でも僕の力が有効化されるようです。威力は本来の十分の一かどうか。それに、僕自身も変化できません」

 

「もっと明るくする事はできないのか?」

 

キョンがそういうと、長門さんが何かを唱え、明かりは更に強まった。

 

 

「その球体から発せられる光を増幅させたのね」

 

「光源そのものを生み出すことは不可能。この空間での情報操作能力は限定されている」

 

「なるほど。あちらは奇襲が得意なようですからね」

 

この期に及んで俺はまだ動けずにいた。

何が理由でこの空間へ飛ばされたのか。少なくとも相手はカマドウマではない。

あれは――

 

 

「おい、さっきからどうしたんだ明智」

 

「……いや、ちょっと混乱してて――

 

 

 

そう言いかけた瞬間、右顎に衝撃を感じ、俺の視界は夜空へと切り替わっていた。

 

 

「がっ、げほっ」

 

むせながら背を起こす、どうやら俺は殴られたらしい。

随分と吹き飛ばされた。

にも関わらず口の中が少し切れた程度で済んだのは手加減されたからだろうか。

突然の出来事だったので、打ち身がきついが。

 

そしてその実行犯と思われる朝倉さんが、冷酷な目でこちらを見ている。

キョンと朝比奈さんは彼女の行為に対して驚いていた。

長門さんと古泉は何かを悟っているらしく沈黙のままだが。

俺はまだ思考がままならない。

 

 

 

 

「お、おい。朝倉」

 

「…………あなた、わかっているの?」

 

「はぁはぁ…………。朝倉さん。どういう、ことかな」

 

その瞬間、朝倉さんは俺の襟首をぐいっと掴んで俺を無理やり起き上がらせた。

表情は相変わらずに無表情である。その瞳には、何も映っていないようにも思えた。

 

 

「さっきの攻撃、あなたが決定的な隙を作ったのよ? それがどういうことかわかってるの? 長門さんがいなかったらキョン君達はどうなっていたかわからないわ」

 

「……」

 

「何とか言ったらどうなの?」

 

「……」

 

ふんっ。

と彼女がそう言うと、襟首をつかんだ手を放し、後ろを向いた。

 

 

「アレが何なのかはわからないけど、私と長門さんならアレを相手にしてもこの空間で生き残れるわ」

 

「……」

 

「でも、それでいいのかしら? キョン君や朝比奈さんは何もできないわ。古泉君だって超能力が使えても、結局は人間よ。もしかしたらみんな殺されるかもしれない」

 

「……」

 

「暴走しかけの私を助けてくれた異世界人なら、きっとこう考えるはずよ。『みんなで協力して、ここから生きて帰る』って」

 

「!」

 

彼女の言葉でようやく目が覚めた。

 

 

 

 

 

結局の所。俺はそこから逃げていただけに過ぎない。

あるいはどこか、わざと気づかぬフリをしていた。

原作と言う運命に"予定"はあれど"決定"はない。

その事実を証明したのは、朝倉涼子を助けた、他ならない俺自身ではなかったのか。

涼宮ハルヒという存在を言い訳に使っていただけじゃなかったのか? 俺は。

 

 

――"With great power, comes great responsibility."

 

この世界において俺が持つ"知識"は大きな力となる。

問題は、それを使うかどうかではなく、それを持つ俺がどう生きるかだったのだ。

俺は、いつの間にか、責任から逃げていた。

 

 

だが、もう『迷い』はない。

 

 

 

 

制服にまみれた土埃を払うと、俺はここに居る全員に対して、頭を下げた。

 

 

「すまなかった……! オレが取り乱していた理由は言えない。今、オレが言えるのはこれだけだ。『誰一人欠けずに、ここから出よう』」

 

「やれやれね」

 

朝倉さんはそういうと、呆れた顔で振り向いてくれた。

長門さんは無表情のままだが、他のみんなもどこか安心してくれたらしい。

 

 

「いつまた襲われるかわかりません。何か対策を立てなければ」

 

「長門、朝倉、お前たちはあの正体がわからないのか?」

 

「さあ。私にはさっぱりだわ。よく見えなかったし」

 

「交戦した情報から、180センチメートル前後の体長を持ち、高速で飛来することが可能と推測される」

 

「そんな生物、地球上に居たかしら?」

 

「……オレにはだいたいの予想がついている」

 

俺が小声にも関わらず、そう言うと全員がこちらに注目した。

 

 

「オレの予想があっていれば、の話だけど」

 

「いいから早く説明してくれ」

 

キョンに急かされ俺は説明を開始することにした。

 

 

 

 

 

「アレが世界で初めて現れたとされるのは、1995年、アメリカの海外領土、プエルトリコ島のある牧場付近でのことだ。一夜にして、そこに居た家畜の生き血が全て抜き取られ、死骸となっていた」

 

「血だと?」

 

「ああ……。被害にあった家畜の顎や首には穴が開いていた。その傷が致命傷となったのだろう。しかし、奇妙なことに、現場には一切の血痕がなかった」

 

「だから"抜き取られた"って訳ね?」

 

「そうだ。この事件を皮切りに、同様の事件や、また犯人の目撃例が相次いでいる。プエルトリコに限らず、世界中でだ」

 

「さっきのは人間だってのか」

 

「"犯人"というのは比喩さ。その正体は不明だ。ヤギやブタ、ニワトリ……ついには人間さえもアレに襲われたらしい」

 

「血がありゃ何でもいいってか…………。って、おい、まさか!?」

 

キョンは俺の説明で気が付いたらしい。

伊達に宇宙人未来人異世界人超能力者に憧れていただけはある。

SFの知識は豊富だということか。

 

 

「アレはおそらく"生き血をすするもの"…………。チュパカブラだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と、言ったところでキョン以外の全員が理解してくれたのだろうか。

古泉は頷いているが。

 

 

「ずんぐりむっくりのコミカルなイラストで描かれている事実とは裏腹に、チュパカブラは体長が1.8メートル前後と大きく、全身が産毛のような薄い体毛で覆われていて、頭から背中にかけてトゲがある。また、コウモリのような翼をもっていて、空を飛ぶことだってできる。さっきの赤い残像は目だ、チュパカブラは暗闇で発光する目を持つ」

 

「確かに条件とは一致するわね」

 

「だがチュパカブラはUMAの一種だろ? 空想上の生物じゃなかったのか?」

 

「さてな。一説には疫病で毛の抜けたコヨーテだとか、人体実験の成果だとか、あるいは異世界人だとか。でもここは現実と異なる空間だし、何が居ても不思議じゃないさ」

 

 

 

 

 

ここまで整理して、俺はこの空間が何故カマドウマが居た砂漠ではなく、チュパカブラの奇襲に適した夜の森なのかがわかった。

この世界で俺がSOS団のホームページを作ったからなのだ。

 

原作で部長氏を取り込んだとされる情報生命体は、その人が持つ畏怖の対象へと変化した。

つまりカマドウマとは一人暮らしで暗い生活を送っている自分自身の投影対象だったのだ。

SOS団のサイトを見ていたであろう部長氏は俺が用意したミステリ関連のページを見ていただろう。

そこにはチュパカブラの内容も克明に記してあった。

闇夜の吸血生物なぞ、恐怖を抱くには充分だ。それに、日本でも目撃例がある。

 

 

 

朝比奈さんはいつぞやチュパカブラについて未来に居るかどうかは『禁則事項』と言っていたが、具体的にそれが何を指すか知らなかったらしい。

今もキョンにしがみついて涙目である。チュパカブラに限らず未来のことはだいたい『禁則事項』なのだろう。

そして、長門さんが俺の情報に補足してくれた。

 

 

「アレはおそらくこの空間の創造主」

 

「チュパカブラがか?」

 

「そう」

 

「部長氏はこの空間のどこかにいるんだろ?」

 

「おそらくですが、彼はあの怪物の中でしょう。そして、アレを倒せばこの空間も崩壊する。違いますか?」

 

「その通りよ。古泉君」

 

まったく。

と呆れたキョンはやがて何かに気づいたかのようにこっちを見て「明智!」と呼んだ

 

 

「というか、俺と朝比奈さんはわざわざここに居る必要がないだろ。化け物退治の足手まといだぜ。お前の能力でどこでもいいから外へ出してくれ」

 

「それができないから困ってる……でしょ?」

 

やはりというか、いつもながらに朝倉さんは鋭い。

俺は推測を交えつつ"臆病者の隠れ家"が使えない理由を説明する。

 

 

「さっきから何度か試しているんだけどね。オレが"入口"を作るには、その場所が地面や壁のように固定されている必要があるんだけど、ここの地面はそれができない」

 

「ここは現実世界とは少々異なるようですからね。我々が立っている場所も、実際には何もないのかもしれません」

 

「勘弁してくれ……」

 

まだまだ情報はあるが、しかし、お喋りはここまでの方がいい。

人間を襲ってくるところから、あのチュパカブラは大層お腹が空いているのだろう。

まだ俺たちを警戒していると思うが、いつ再び襲われるかがわからない。

俺は全員に作戦を伝える事にした。

 

 

「オレがアレの相手をする。……と、言いたいところだがオレ一人じゃ無理だ。空飛ぶ相手に格闘は挑めない」

 

「つまり」

 

古泉が俺に先を促す。

他の全員も俺が言いたいことを理解したらしい。

 

 

 

 

 

 

「ああ。チームでチュパカブラを仕留める……!」

 

 

 

 

 

チュパカブラ討伐隊。

 

ゴーストバスターズならぬ、ゴートサッカーバスターズが今ここに結成された。

 

 

 


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