そうして、俺氏二度目の高校生活はあっという間に過ぎて行った。
何もかもを置き去りにしたような気がするがどう考えても得た"もの"の方が多い。
それにしても三年寝太郎が羨ましい。理想の主人公像だよ。
表向きは北高での俺の印象など一睡もせずに暴れまわるイカれ太郎だったんだろうさ。
台風一過。
もう卒業だ。
これから少し静かになってしまうな。
なんて、甘かった。
……さて、高校生活最後の大騒動について語る前に重要な事をさらっと言いたいと思う。
まず、たかだか事件が頻発している程度で"激動"の一年だとか言っちゃうほどではSOS団としてやってけない。
多分入団ペーパーテストの段階で十中八九ハズレとしか判断されないだろうね。
と、まあ、何が言いたいのかと言えば俺以外の団員をもってしても。
『激動の一年だった』
と振り返らざるを得ないような変化があったというわけだ。
思うに、俺が宇宙人の組織を仮面ライダーよろしく壊滅状態に持ち込んだのはこのためだったのだろう。
そうでなければ激動で止まらずにそのまま地球が真っ二つに割れてしまいかねなかった。
だから本当にさらっと言わせてもらおう。
――涼宮さんが、こっちの事情を知ってしまった。
じゃあそういう事なんで……。
などと言って責任いや説明逃れをしようものならばなんかもう俺の今までを否定してしまうような感じがする。
そういうのは三年生になるよりもずっと前に卒業したんだ。
よって事の顛末、というほどではないが事のあらましぐらいを話そう。
俺は前もってこうなるだろうというのを予想していた。
何についてかと言えば朝比奈さんに関してである。
未来人がどうして既定事項の順守に奔走していたのか……。
流石の俺もここまでは予想出来なかった。
「僕は涼宮ハルヒによって狂わされた未来からやって来た」
確か11月のSOS団自主制作映画第二弾放映――つまり文化祭――が終わった頃合いだったはずだ。
そこに関しては古泉と橘京子による組織の小競り合いなのかよくわからないのかのゴタゴタが一段落したのも同時期だった。
立て続けに面倒事が二つもクリアされたんだぞ。
少しは休ませてくれてもいいだろうにそれを許されなかったから激動だね。
絶えず動けって事らしい。
で、今の台詞は何なのかと言うと未来人こと藤原の発言だ。
――回想するは11月某土曜日の昼間。
急きょ古泉から呼び出しを受けた先は市民会館の会議室。
つい数か月前に俺が宇宙人軍団相手に意味があるのか怪しいスピーチをした所と同じだ。
そこの会館の一番大きな会議室を無駄に『機関』が貸切。
涼宮さんを除くSOS団と橘周防藤原の三名による会合が行われた。
邪魔が入らないようにか警備は厳重らしく、宇宙人や機関の人員が市民会館の付近に配置されていたらしい。
会議室前にも警備員が立っていたよ。
多丸圭一氏と新川さんの両名がそれとわかる制服を着用していた。
新川さんの執事服以外の服装は珍しい。
他に適任者はいなかったんですかね。
そうですな、と前置きしてから新川さんは。
「ここまで辿り着ける命知らずはそういませんでしょうな。あなたがたと顔見知りの私どもがここに配置されるのが適任と判断されたまででございます」
どんなセキュリティなんだろうか。
宇宙人も居るって事は喜緑さんも関係してるんだろうさ。
本当に怖いな。彼女と戦う宇宙戦争はごめんだ。
やっぱ女の子の笑顔は凶器だね。
あの人もいつも笑ってる、あるいは嗤ってるから。
古泉は既に会議室らしく超能力者を除いたSOS団異端者四人とキョンで待ち合わせてから行動した。
いつも通り、駅前集合さ。
で、圭一氏によって開けられた会議室のドアの先には。
「どうもすみませんね。ご足労をおかけ致しまして申し訳ございません」
無駄にだだっ広い部屋の中央にコの字型に並べられた長テーブル。
コの字座席の中で唯一縦に配置された長テーブルの真ん中の席。
そこに壁を背にする形で古泉一樹が着席していた。
加えて、会議室内に居たのは彼だけではない。
「先日は大変お世話になっちゃいました」
「――」
「……ふん」
コの字の座席の下部分の長テーブルには古泉から近い順に橘、周防、藤原の三名が座っている。
俺たちが一番最後という事らしい。
何故コの字配置にしたんだろうと思いながら俺たちは上部分のテーブルに座っていく。
古泉に近い順で左から朝倉さん、俺、長門さん、キョン、朝比奈さんが座った。
席の間隔をわざわざ近くしているのは俺と朝倉さんぐらいなもので、他の全員は一席分くらい間を空けている。
それどころか古泉に関しては一人でぽつんと座っている形だ。
何がしたいんだよこいつは。
「本日みなさんにお越し頂いたのは他でもありません。我々の今後について語り合う場をご用意いたしました」
無駄に広いので声こそ反響しないが俺たち以外に音を発生させる存在などいない。
普通の声のボリュームで問題なかった。
しかしながら流石に長門さんと周防はあれだ。
なんて思っているとスーツ姿の森さん――やっぱり女性の礼服は最高だでぇー―がやって来た。
彼女は一礼すると宇宙人二人の前に卓上スタンドとマイクを置いた。
配慮なのだろう。
でも段取りの悪さが浮き彫りになってないか。
座席なんか指定してくれてもよかったのに。
……見ろ。
あのストーカー女こと橘なんて古泉の隣に座らなかったのが不思議なくらいだ。
最近思うに彼女はアホというかメルヘンチックな感じなのかもしれない。
この前の騒動だって半分以上彼女のせいだからな。
映画撮影のシーズンと被せたのは何なんだよ?
大変お世話だとかってレベルじゃあないぞ。
古泉の発言に対してキョンは。
「……今後だ? いったい何の今後について語り合おうって」
「あなたにはいい迷惑かと存じますが、宇宙人未来人超能力者。このいずれも組織体系と言うものが背後にございまして」
「なら俺はどうでもいいんじゃないか」
「とんでもないことです。我々は涼宮さんに着目しているという一点において共通した立場にありますから」
「ハルヒにとってもそろそろいい迷惑だと思うがね」
「はい。だからこそこうして一堂に会する必要がありました」
組織がどうこう言われても俺はずっとフリーランスだぜ。
涼宮さんといい異世界人に対する扱いをもう少し格上げしてはくれないだろうか。
宇宙人に関して言えば情報統合思念体を乗っ取った喜緑さんが頭取だ。
俺は彼女に何かされたとして百倍返しする自信は無い。
幸い現在彼女が他の端末をどうこうする様子などは見られず、もっぱら一人相談センターと化しているらしい。
いい気味だ、なんて思っていると後でどうなることやら。
「当面の問題としては朝比奈さんでしょう」
……そうだわな。
後半年もせずに彼女は卒業してしまう。
涼宮さんもそこでゴネたりはしないだろう。
でも。
「……あたしは高校を卒業したら、任務は終わりなんです。未来に帰る必要があります」
「そのようですね。涼宮さんも卒業程度で特別騒ぎ立てはしないでしょう。しかしながら、朝比奈さんと音信不通だなんて事になってしまえばどうなる事やら」
「悪いが古泉。そうなれば俺もハルヒに加担するぜ。百歩譲って未来に帰るのを認めたとしても、音信不通は駄目だ。二度と朝比奈さんに会えないなんてのは認めたくない」
「それは……許可が……下りるかどうかによるんです…」
誰もが理解している。
ほいほい許可なんて下りるはずがないと。
彼女がこの時代に残る必要性があるならばそもそも俺たちと同級生であればよかった。
涼宮さんにそう望まれたから?
どじっ娘萌え系な先輩が欲しかったから?
そいつはちょっと違うんじゃなかろうか。
全ては最初からこのために朝比奈さんは上級生として役割を与えられた。
涼宮ハルヒに対する答えを出すために。
否が応でも俺たちを動かせるためだけに。
――ああ、ちくしょう。
動きたくないけど動くしかない。
俺の今までの二年間の大半がこんな感じだった。
あんたならどうするんだ?
俺はあんたの方が主人公に相応しいと思うんだがな。
兄貴。
「……実にくだらないな」
と、藤原が今にも泣きだしそうな朝比奈さんをばっさり切り捨てた。
実の姉らしい人に対してその態度か。
本当は何歳差なのだろう。
「朝比奈みくるの役割は未来を確定させる事に終始している。平和な未来。だが、僕に言わせれば嘘の平和だ」
「――」
「やっと決断を下す時が来たようだな。僕の未来か、朝比奈みくるの未来か」
未来は現在から地続きではない。
それが事実ならこいつの未来と朝比奈さんの未来が存在する事になる。
でも、その未来は結局"点"でしかない。
"線"の体裁を成していても糸が解れるかのようにまた未来も分岐していく。
ともすれば線は断絶してしまう。
「僕は涼宮ハルヒによって狂わされた未来からやって来た」
どういうことかな。
それ。
「どうもこうもないのだろう。全て結果だ。あんたたちは去年の七月七日を覚えていないのか?」
「……」
「僕たち未来人に責任をなすりつけたいのは理解してやらなくもないが、自分たちの、過去人の業の深さを少しは反省するべきだ」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
キョンに同意だ。
だが、俺には察しがついた。
古泉にも察しがついただろう。
もしかしたらここの全員が藤原の言いたい事を理解しているのかもしれない。
それでも誰かが問い詰める必要があった。
真実を。
「涼宮ハルヒの願い。十六年後への願いだ」
なあ、ヤスミ。
涼宮さんの願望は歪んでいたんだろ?
君も彼女みたいに説明不足なきらいがあるよ。
アルタイルに向けた『世界があたしを中心に回るようにせよ』だ。
きっと世界征服どころで止まらない。
――"支配"。
彼女は本物の神になってしまうかもしれない。
何もかもを歪ませるどころか曲げてしまう、折ってしまう、壊してしまう。
涼宮ハルヒが暑いと思えば涼しくなる。
涼宮ハルヒがまだ起きたくないと思う限り世界は夜のままかもしれない。
涼宮ハルヒが欲しいと思えば何でも手に入る。
富、名声、力、だけではない。
人の心さえも支配してしまう。
全ての基本は涼宮ハルヒになってしまう。
そんな時代から藤原はやって来たんだ。
「どうしてそうなったのか? 教えてやろう。あんたたちのせいだ」
「何だと……?」
「あんたたちは涼宮ハルヒに対して何もしなかった。あろうことか事態を静観した。朝比奈みくるとの離別に関してはお茶を濁した」
信じたくないね。
いくら動きたくないとはいえ本当に動かなかったらただのクズだ。
俺は馬鹿だけど、大馬鹿だけど、やる時だけはやると決めた。
かっこいい所ぐらいは見せなきゃいけないのさ。
「その結果として、朝比奈みくると永遠の別れを拒んだ涼宮ハルヒは未来を変えた。朝比奈みくるが帰らなくてもいいように自身の能力を発達させていった」
「未来人にとっては涼宮さんの観測が出来ればよかったとでも?」
「それもあるだろう、超能力者。だが僕たちは違う。涼宮ハルヒの能力をどの勢力よりも恐れている」
「だとしたら、朝比奈さんを涼宮さんから引き離す行為は逆効果なのではありませんか?」
「いつだって未来が期待通りの結果となるかはわからない。既定事項も規定事項もその程度のものだ。禁則など、不文律ではないのだからな」
すぐに理解したさ。
こいつもあの、ジェイと同じなんだ。
可能性という名の闇に葬られた世界の住人。
上手く行かなかった場合の未来からやって来た。
切り捨てられた存在。
彼にとって、姉との別れとはそういう事だったんだ。
過去から永遠に戻らない。
それが彼の言う姉さんを失ったという事。
涼宮さんが世界を支配するようになったのは彼にとって些末な問題でしかないのだろう。
藤原にとって朝比奈さんとの別れがいつの出来事だったのかは知らない。
だが、彼の帰る未来に姉が居ないのは確かだ。
どうしてこんな事になるのかって?
俺が散々言い続けてきたことじゃないか。
絶対、なんて、存在しない。
「期待外れの場合は記録されない。分岐した他の可能性にとって僕の可能性は必要とされない。朝比奈みくるが僕を知らないのはそのための措置だ。全てが終わればそこには僕じゃない僕が彼女の帰りを喜ぶだろう」
「お前……」
「鍵の役割も案外大したことはないんだろう。僕にとって君が結果を出さなかった以上はそうとしか思えない。そこの朝比奈みくるにとっては別だが」
「……藤原、さん」
「朝比奈みくる。僕の名前を思い出す必要はない。ただ、僕だって未来を変えたい。あんたたちが散々好き勝手やって来たんだ。僕にも権利をよこしやがれ!」
なあ、涼宮さん。
君が望んだのは随分歪んだ未来像じゃないか?
俺が望むなら精々ネコ型ロボットが楽しく可笑しくやってるような世界観だぜ。
ただ朝比奈さんを君が納得いく形で未来に帰すだけじゃ駄目なんだ。
可能性が残り続ける限り藤原のような存在は生じてしまう。
いや、朝比奈さんの未来に分岐する事で不幸になる存在だって居るだろうさ。
――知るかよ。
いや知らねえよ。
まして、知りたくもない。
どうしても助けてほしいのならまず出てこいって話だ。
この藤原のように。
俺は何でもできる超人じゃない。
手の届く範囲でお節介を焼く程度だ。
全部救えだとか、無理だって。
俺の知らない所で不幸に遭うならそいつはご愁傷様だね。
だけど、それで納得は出来るだろ?
理不尽だとしてもそれしかなかったのなら納得は出来るはずだ。
この藤原は違う。
未来は分岐するだとか無茶苦茶な理論のせいで自分が味わえない明るい世界を見せつけられた。
ジェイだってそうだ。
絶対は存在しない。
納得が出来ない。
なら。
「……ふっ」
否定ばっかしてるんじゃない。
俺たちを誰だと思ってやがる。
自然に笑いが込み上げてくる。
「ふははっ、ふはははははは!」
気が付けば俺につられて何人かが笑顔になる。
笑っていないのは対面に座る橘と藤原と朝比奈さんぐらいだ。
本当にしけたツラして何をうじうじ言っているんだよ。
おい。
「古泉!」
「何でしょう」
「今の話をどこまで真面目に聴けたよ?」
「僕たちが事態を静観した……といった辺りまででしょうか」
「ふはっ。早すぎだって。開催者の態度だとは思えないね」
「正直、いつ突っ込みを入れようかと思案していたところですよ」
橘藤原朝比奈さんに俺は何だこいつら、みたいな目で見られている。
おいおい君たちだってこっち側の人間だろ?
あの周防も、長門さんも口元を緩めているのに。
笑えよ。
笑えって。
俺たちは楽しく遊ぶためだけに集められたんだぜ。
笑顔が一番楽しいだろうが。
「オレが言うのもなんだけどね、任せておきなよ。藤原にはこの前借りを返されたからそれのお返しをしなくちゃあならない」
朝比奈さんをこの時代に繋ぎ止めようだとは思わないさ。
だけどたまに会うぐらいならいいでしょ。
涼宮さんはイベントが大好きなんだから、その時ぐらいは付き合って欲しいね。
それには俺一人じゃ無理だ。
SOS団全員の力が必要だ。
団長こと涼宮ハルヒの力がね。
「絶対に、納得の行く未来にしてみせよう」
絶対なんて存在しない。
じゃあそれを見つけるのがSOS団だろ。
何のための市内探索だと思えばそういう事だ。
予行演習だったのさ。
「では、反対意見がある方は挙手をお願いします」
古泉がそう呼びかけるが誰の手も上がらない。
当然だろうよ。
しかし。
「『機関』はこれでいいのか?」
未来を収束させるには涼宮さんに全てを打ち明ける事になる。
彼女には自分の能力を自覚してもらった上で正しい道を自分で選択できるようになってもらう。
それを導く役目はキョンに任せておけば安心だろうさ。
情報統合思念体は消えた今、宇宙人は組織として文句を言えない。
喜緑さんはよくわからないが……気にしない事にしておく。
未来人なんて上の人間がこの場に居ないんだから知った事か。
橘の組織はもう組織とは呼べない。
そもそもが涼宮さんに感心のない連中だから構わないでしょ。
だが、古泉たちは?
「それに天蓋領域もだよ」
「――」
「今こそ本物の協力関係を結ぶ時じゃあないのかな」
やがて古泉は白々しく。
「構いませんよ。中には不満に感じる方もおられるかもしれませんが、それは我々の役割に反しています。我々は涼宮さんのためだけに集まった存在だ。この決断が彼女のためになる……僕はそう信じていますので」
よく言うよ。
お前さんがリーダーなんだろ。
そしてこのままでは無駄になるかと思われたマイクだったが、周防は口を開いた。
『――どうぞ』
「それは周防個人の意見なのか? それとも上の指示か?」
『――時間は不可逆ではない―――これは分岐選択の一つ……』
「君も構わないって事か」
だとしたらもう全部終わったも同然だ。
あるいはこれから始めなくてはならない。
朝倉さんは。
「呆れたわね。本当にあなたは甘いんだから」
自覚はあるさ。
でも、そういう君だって悪くないと思うでしょ。
にやにやしてるんだから。
――思い立ったが吉日。
ならばその日以降は全て凶日らしい。
それが嘘か誠かはさておき翌日こと日曜日には暴露する事になってしまった。
流石に段階的にではあるし、教えない事もある。
昨日と同じ会議室に集められたSOS団全員と、佐々木さん一派。
急な呼び出しにも関わらず応じてくれた佐々木さんには本当に申し訳ないと思う。
俺が思ったところでしょうがないんだけどさ。
で、本当に長ったらしい説明をなるべくわかりやすく始めた。
異世界人云々の騒動についてはほぼほぼカット。
いや、知らなくていいからね。
「……と、いうわけだ」
この日の司会はキョンだ。
涼宮さんは終始無言であった。
朝九時から集まり、何時間も経過した。
午後十五時に差し掛かろうとしている。
陽が暮れていないだけ俺たちの努力を感じてほしいね。
お昼休憩もロクに入れなかった。
森さんと新川さんが飲み物を用意してくれたりトイレ休憩なんかはあったが、まだお昼ご飯は食べていない。
当然ながら古泉は昼食を提案したものの。
「いい」
涼宮さんによるその一言により今の時間まで強行軍となってしまったのだ。
信憑性を高めるために披露できる範囲の事は披露した。
宇宙人による物理法則を無視した――コップを宙に浮かせたり、涼宮さんが飲んでいたアイスコーヒーをコーラに変えたり――パフォーマンス。
俺は"異次元マンション"の入口出口を使って会議室の端から端までワープしてみせた。
アナザーワンが消えたのに何故か能力はしっかり使えている。
つまりあいつは手ぶらで出て行ったのだろうか。
よくわからないが、涼宮さんはどうにか理解しようとしてくれた。
「涼宮さん。信じられないかもしれないけれど事実らしい」
比較的常識人ポジションの佐々木さんにまでそう言われたのだ。
ともすれば丸く収まるにはどうしたらいいか……。
俺に訊かないでよ。
そこら辺はキョンに全部任せた。
ああ、丸投げだ。
一年経とうが何だろうが。
「オレは主人公じゃあない」
けど、そう勘違いするくらいなら構わないでしょ。
そろそろいい夢を見なきゃ。
今までロクに夢を見た事がないんだから。
人の夢は儚いだって?
確かに俺たちの三年間は儚かった。
なんだかんだ、一瞬だった。
だけどいつでも思い出せる。
俺の中から消す事だけは絶対に出来ない。
馬鹿は死ぬまで治らない。
「……最後の、『どうもこうもない』さ」
涼宮さんは席から立ち上がり、長机をバンと叩いた。
俺がいつかやった台ドンを彷彿とさせてくれる。
やがて意を決したように。
「あたしにはまだいまいち信じられないけど……とにかく、あたしからみくるちゃんを取り上げようだなんて百年経とうが千年経とうが許されないわ!」
「いや、帰ってもらう必要はあるからな」
「あんたに言われなくてもわかってるわよ。とにかく直訴しに行く必要があるみたいね」
「……」
「何年先かわからないけど、あたしの名を忘れてる連中が居るなんて。未来の学校はどこの教科書で勉強してるのよ」
「おやおや」
「相手は何人かしらね? ま、どうせあたしたちが勝つんだけど」
「涼宮さぁん……」
「安心しなさい。みくるちゃんも、その弟くんも。SOS団の手にかかればどんな事件もまるっと解決してあげる!」
「明智君から貰ったナイフの出番みたいね」
朝倉さん、"ベンズナイフ"を物騒な事に使わないでよ。
あくまで護身用というか威嚇のための物なんだから。
俺にはもう必要ない。
左手を見ると、別のナイフが握られている。
やっとわかったのさ。
俺の能力は、進むべき道を切り拓くためにあるのだと。
だから。
俺はこれからも呼ぶだろう。
こいつの事を"ブレイド"と。
刃物は狩人の相棒なんだ。
「さ、あんたたちも付いて来るのよ?」
「――」
「未来へ飛ばす道具、あるんでしょ」
「定員オーバーだ。それにTPDDは使えば使うほど時空に穴が生じてしまう欠陥品だ」
「知らないわよ。あたしが大丈夫って思えばそれで大丈夫なんだから」
「涼宮さん、あまり悪用しないで欲しいんですけど」
「へーきへーき。何とかなるから心配しなくていいわよ、京子ちゃん」
「くっくっ。いや、実に愉快だよ」
俺は笑っていいのか笑わないべきなのか悩ましいところですよ佐々木さん。
おい、キョン。
これが最後でいいから頼むわ。
「しょうがねえな……」
「涼宮さんは腹が減ってても戦をするらしいよ」
俺の名前は明智黎。
これは、十七歳の秋の時の話。
「……やれやれ」
――この世界の不思議。
珍獣、怪獣、財宝、秘宝、魔境、秘境。
“未知”という言葉が放つ魔力。
その力に魅せられた、すごい奴等がいる。
人は俺たちを"ハンター"とも呼ぶ。
なんてね……。
じゃ、三年生の最後の話をしようか?
あれは本当に最後に相応しい大騒動だったね。
何せインターネットが全部使えなく――