異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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主人公になれなかった男

 

 

次の瞬間には俺は実体を取り戻した。

いや、実体なのかどうかも定かではない。

辺りを見回すと前に見た事がある場所。

ここは東中のグラウンド……。

しかも、佐々木さんの閉鎖空間の中のようにセピアカラー。

空は太陽ではなく不気味な光に照らされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが宇宙だって……?」

 

いや、どう見ても地球だろ。

俺はどこへ飛ばされたんだよ。

これは喜緑さんの罠なのだろうか。

とりあえずここから動こう、と思い校門を目指そうとすると――。

 

 

――パチパチパチパチ

 

それは、乾いた音だった。

実体が本当にあるのかどうか怪しい状態の俺でもその音が拍手だと理解できる。

ゆっくりと、俺の背後にある校舎の方を振り向く。

 

 

『予想した通りだ。君ならば来ると思っていた。90、いや、100%と言っても過言ではない確立でな』

 

理解が出来そうにないね。

緑の厚手なロングコートを羽織り、髑髏のバラクラバで覆った顔にはサングラス。

コートと同じ緑色のシルクハットを被り、手にはレザーの手袋。

聞き覚えのある不鮮明な声。

嘘、だろ。

 

 

「お前が何で……どうして……?」

 

これが喜緑さん、いや情報統合思念体の仕業じゃないなら誰の仕業だ。

ジェイ。……詩織がそこに立っていた。

 

 

『詩織? 佐藤詩織のことかね。ふむ……驚かすには充分だったようだな、この変装も』

 

そしてそいつは本来の姿を俺に見せた。

コートを脱いだ中からは白衣、バラクラバを脱ぐと白髪。

一度、あった事がある奴だ。

宮野とか名乗った男。

この東中のグラウンドでよくわからない事に巻き込まれた時に出会った。

 

 

「あんた、何者だ……?」

 

「今度こそ。ようやく真実を語ろうではないか」

 

「おい、何者なんだと訊いている!」

 

「落ち着きたまえ」

 

落ち着いていられるか。

何故お前がその恰好をしていた。

それは佐藤が俺相手に変装していた時の恰好だ。

俺をあざ笑うかのようにそいつは確かに言い放った。

 

 

「私が"ジェイ"だ」

 

「……何、だって……?」

 

「キミは見落としていたのだよ。佐藤詩織が説明した"ボス"それが私こと、宮野秀策だ……否、かつてそう呼ばれていた男だな」

 

馬鹿な。

詩織はそんな事説明してくれなかったぞ。

確かに組織がどうこう言っていた気がするが、俺は出任せだとばかり思っていた。

意味が分からない。

 

 

「オレを混乱させるのがあんたの仕事か? 情報統合思念体に頼まれたのかよ」

 

「私が佐藤詩織の意識に干渉していただけの話だ。そして、私の目的は大したことではない」

 

「……言ってみろよ」

 

「キミは閉鎖空間と涼宮ハルヒの関連性について考えた事はあるかね?」

 

唐突に、そんな事を言い始めた。

それがこの場所に関係する内容なのだろうか。

何より情報統合思念体に俺はアクセスしたんじゃなかったのか。

理解出来ない。

冷たく、吐き捨てるように俺は答える。

 

 

「涼宮さんのイライラを発散させるためのシステムだろ……」

 

「不正解だ。あれは、そこまで慈悲深いものではない」

 

「そりゃあそうだろうよ。世界を壊しかねないんだから」

 

「いかにも。だからこそ涼宮ハルヒは神と称されるのに相応しいのだよ! 願望を実現する能力だと? そんなものはオマケでしかない。実現可能な出来事の過程を吹き飛ばすだけならば、超能力でもいいのだからな!」

 

何を言っているんだ。

涼宮さんが起こした出来事は実現可能とかの次元ではない。

俺を呼んだのだってまさに次元の壁を越えた。

それがオマケでしかないだと?

 

 

「だったら閉鎖空間が何だって言いたいんだ」

 

「時に、キミは世界がどういうものか考えた事があるかね?」

 

「具体的に言え」

 

「世界の果てに何があるのか……地平線の向こうには何があるのか。過去の偉人はそれを探究し、結果を残した。私もそうだ。もっとも、私は真相をつきとめたとしても公表したいわけではない。私個人が満足出来ればそれでいいのだよ」

 

「とんだ独善者だな」

 

話の論点をどこに持って行きたいのかがまるでわからない。

見えてこない。

確かにこいつはジェイのようだ。

雰囲気が、敗北者のそれだ。

 

 

「時は満ちた。今こそ言おうではないか」

 

やがて、この空間は急変した。

一瞬の内に黒の世界へ変化する。

涼宮さんの閉鎖空間。

一体何が起きているんだ。

ジェイは高笑いをはじめ、やがて全てを突きつけるかのように黒い空へ向かって手を伸ばした。

 

 

「――神は、神の世界は実在する!」

 

「……は…」

 

「閉鎖空間とは、世界の再構築へのプロセスに他ならない! それを神の所業と呼ばずして何と呼べばいいのか!」

 

「涼宮さんは神だって言いたいのか」

 

「違ぁう! 不正解だ! 閉鎖空間はつまり、神の世界にもっとも近い場所なのだよ!」

 

「……狂ってやがる」

 

話がまるで噛み合わない。

イカれている、こいつが白目じゃないのが不思議なくらいだ。

超人がどうとか言っておいて、最後は神に押し付けるのかよ。

天国のニーチェ大先生が大激怒するぞ。

 

 

「この場所が何故閉鎖空間を模しているか、キミにはわかるかね!? わからないのならば教えてあげよう! 情報統合思念体の目的は、器となる事だったのだよ」

 

「器、だと」

 

「涼宮ハルヒの全てを受け継ぐための器。情報統合思念体はキミたち人類に失望し、ゆくゆくは自らの手で進化を成し遂げるつもりだった。頂点へと向かって!」

 

「頂点だとか神だとか、抽象的すぎる。死にたくないだけなら勝手に延命してろよ」

 

「無から有は生まれないのだよ。それが出来るのは"外の世界"の住人だけだ」

 

「外? どこの世界だよ」

 

「これが最後の真相だ。我々が住むような世界は全て、創られたものなのだよ! 神と言う名のクリエイターによってな! 何もかも、与えられたオブジェクトに過ぎない!」

 

おい。

それが真実ならどうなる。

俺は創られた存在?

そこまではまだ認めてやっていいさ。

だけど、その定義の神なんて馬鹿馬鹿しくて認められない。

ここはお話の世界だ、とでも言いたいのかお前は。

 

 

「現実も虚構も同じだ。それを担う者がそこには存在する。そして、それを生み出した者もな」

 

「意味が解らん。すると、情報統合思念体の自律進化ってのは無限のエネルギーを求めてたって事なのか? 無から有を生み出す力を求めていたと? それが何だって言うんだ」

 

「質問は一回……だが、質問内容は同じ意味だな。答えはイエスだ。そして最後の質問の答えは単純だ」

 

「……何だよ……?」

 

「朝倉涼子は、急進派だ。そして彼女の目的は情報統合思念体の目的でもあった」

 

急行かつ強硬な変革か?

だけどそれは勇み足だった。

俺がどうにかしなければそのまま彼女は踏み外し、死んでしまっていただろう。

何より情報統合思念体がそうであれば長門さんだって同じはずだ。

涼宮さんに刺激を与えてでも観測を進めていくべきだ。

そんな事なんて無かった……。

いや、一度だけあったな。

 

 

「朝倉さんに擬態した急進派の宇宙人か」

 

「私にとっては彼女の存在こそが始まりのアルファであったが……それは後でいい。本質は目的についてだ」

 

「だから、変革だろ」

 

「てんで駄目だな。赤点まっしぐらだぞ。キミは彼女から聞いていないのか? 彼女の、生きる意味を」

 

「……"探究心"、か」

 

「そうだ。奇しくも私も同じ行動原理で出来ていてね。だから行動していた」

 

涼宮ハルヒに対する探究心なのか何なのか、そんな事などどうでもいい。

ただ一つ俺が言えそうなのはそのおかげで迷惑している連中が居るって事だけだ。

肝心の涼宮さんが大人しくなってくれているんだ。

そこを悪い方向に刺激させたくはない。

自分でも自分の恐ろしさに気付いていないんだ。

まだまだ彼女は子供なんだよ。

これでも俺は精神年齢三十歳が近いんだ。

正しい道に導くのが、大人の役割だろうが。

そのためだけに俺は来たんだよ。

この、世界に。

 

 

「あんたがオレの邪魔をするってんなら――」

 

もう一度俺は"ブレイド"を具現化した。

した、つもりだったが今度はさっきと形が違った。

良く切れそうな、短いナイフ。

ちょうど朝倉さんが扱うそれが青一色ならこんな感じなのだろう。

錠を、穿つ。

まさに鍵の役割だ。

 

 

「――あんたの正義を受け止めた上で、切り捨ててやるよ」

 

「ほう……それがキミの覚悟かね?」

 

「いいや。選択さ」

 

覚悟も何もあるか。

当然の如く対抗するだけだ。

自分の世界を守れるのは自分だけなんだよ。

戦ってるのは俺だけじゃないんだ。

俺である必要は無い。

 

 

「これからあんたが相対するのはただの人間さ。ハンターでも、念能力者でも、異世界人でもない。ちょっぴり速く動けるだけの、ナイフを持った、ただの男だ。暴漢に襲われたとでも思うんだな」

 

「……私はただでは倒れないぞ」

 

「オレが死んでも次が来る。そういうふうに出来ているんだろ」

 

「いかにも。その通りだ」

 

兄貴が言っていた。

自分の代用はいくらでもある。

だけど、後を任せるのと後を押し付けるのは別だ。

そして俺はそのどちらをするつもりもない。

 

 

「――来たまえ。弟子に付き合うのも悪くはないからな」

 

「オレはあんたの弟子じゃねえよ」

 

「なら、私と戦う前に一つだけ知ってもらおうか」

 

「いいや。知りたくないね」

 

ジェイとの距離、10メートル前後。

次の瞬間には、俺が立っていた場所を何かが通過した。

この世界自体が暗いからわかりにくい細く鋭い棘のようなもの。

右方向に跳んで躱していくも、一撃二撃では済まない。

何本も存在していてそれら全てがジェイの方向から俺に向かって襲い掛かる。

いつぞやのゾンビ吹き飛ばしはこれだったのだろうか。

 

 

「中々どうして素早しっこいな!」

 

そう言ってジェイが指を振るうと何本もの物体が俺を包み込まんと飛来してくる。

まるで触手だ。

上下左右から七、八本は勢いよく飛んできた。

 

 

「っちぃ!」

 

左手のブレイドを一閃させると切り裂く事が出来た。

強度は特別硬いわけではないらしい。

残りも一瞬の内に切断していく。

 

 

「どうした、その程度かよ」

 

「ふむ。いい位置だな」

 

「何?」

 

「持続時間は残り十数秒だが、これで詰みだ」

 

そう言って再び俺を貫こうと鋭い触手が俺に接近してくる。

切れるのなら問題なく切断してやろう。

と、思って左手を動かそうとするが、動かない。

否。首から下の身体全てが動かない。

いつの間にか俺の足は黒光りしている円の中に入っていた。

 

 

「キミの立っている場所は私が暫く前に設置した法円が描かれている。逃げられまい」

 

金縛りと違ってレジスト出来ないのかよ。

挙句の果てにここでは"思念化"も出来そうにない。

彼の言葉が聴こえるのと、俺の身体に触手が刺さったのは同時だった。

オーラの防御も関係なしに刺さっていく。

貫通こそしなかったが、四肢に激痛が走る。

出血がない。だが、何かを奪われたかのような感覚。

睨む俺に対してジェイは。

 

 

「言い忘れていたが、我々はここでは異物。招かれざる客なのだよ」

 

「……ん、だと」

 

「情報統合思念体。その中枢ではないが、確かに彼らの中だ。我々はデータでしかない。キミが味わっているのは容量を削られた事による痛みだろう。安心したまえ、死ねば消えるだけだ」

 

「誰が、死ぬって」

 

「私の予定ではないな」

 

勘違い野郎が。

今のはスリップダメージの範疇だよ。

すぐにコカしてやる。

 

 

「落ち着きたまえ。話を少し聞いてから全てを判断するのだな」

 

「戯言だろ」

 

「私が何故、ここに居るのか。それはつまり涼宮ハルヒのせいだ」

 

「馬鹿言え」

 

「正確には私は涼宮ハルヒの能力を利用した長門有希に"消失"させられた存在なのだ」

 

消失?

それはつまり原作の話か。

お前みたいな奴が住んでいるような世界なのか。

基本だとか、その手の話はどうでもいい。

俺が帰るべき場所は一つだけだ。

 

 

「ふむ。私に帰る場所はない。何故ならば、私は切り捨てられた世界の住人だからなのだよ。消失の一件が解決して世界は再構成された。私も再構成されただろうな。だが、それは別の私だ。消された私は私として世界の限りなく外に近い場所を彷徨う事しか出来ないのだから」

 

「……お前」

 

「私にもあったさ、守りたいものがな。キミと同じだよ。しかしその機会は永遠に失われた」

 

わかってしまった。

彼は本当に敗北した存在なのだと。

ただ巻き込まれただけの存在だ。

俺と同じ。

いっそ、消えてしまった方が楽だろうに。

 

 

「キミが来なければ良かったのだ。浅野くんよ」

 

俺の何処に責任があるのかは知らない。

単なる言いがかりだ。

でも、事実としては存在する。

 

 

「オレはイレギュラー。そういう事でしょう……?」

 

「正解だな」

 

どこまで世界を歪めていたんだ。

涼宮さんは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動き出す時が来た。

終わりに向けて。

いつの間にかセピアカラーに戻っていた世界。

違う、ここが本物の閉鎖空間なのさ。

何も無い。何も生まれそうにない情報統合思念体の中。

自律進化をすれば別なのかもしれない。

俺には関係ない世界だ。

 

 

「――周防が居なければ詰んでいたところだ。ここまで来られなかった」

 

「私に感謝したまえ」

 

「ふっ。そういう風に仕組んだのはあんたの方だ。神にでもなったつもりか?」

 

「違うな。私は復讐がしたいのではない。全てを終わらせればそれでいい……。私にも情報統合思念体にもそれは無理だ。しかし、涼宮ハルヒの力は格別だ」

 

最初から本気でかかってこなかったのはどういうつもりなんだよ。

子どもの遊びだ。

ごっこ遊びだ。

何歳かは知らないが中二病なら一人でやっててくれ。

ジェイは右手を差し出すような形で。

 

 

「そこで、キミに提案がある。どうかね。私と協力すれば世界の全てが手に入るぞ? 何一つ困らない。涼宮ハルヒに悩む必要もない。世界は常に歪みなく安定している。永遠に、キミの愛する朝倉涼子と生きられるだろう」

 

「……」

 

「今すぐに、返事を聞かせてもらおうか」

 

随分と魅力的な提案だな。

とうとう主人公すら飛び越して俺は神になれるってわけか。

涼宮さんの観測が終れば、直ぐにでもその能力を我が物とすべく情報統合思念体は決断を下すだろう。

情報統合思念体が知りたいのは彼女の能力の過程だ。

涼宮ハルヒによってナニカが改変された、という結果が全てではない。

過程を重んじる邪悪な存在と、結果を求め続けてきた俺。

皮肉じみた巡り合わせさ。

 

――それもいいかもしれない。

何も倒すだけが決着じゃないだろ。

話し合いで解決出来るならばそれに越した事はない。

いつまでも、朝倉さんと、幸せにか。

 

 

「悪くないね」

 

「だろう?」

 

そうだな。

悪くないさ。

武装解除して今すぐあんたの所まで歩み寄ってもいい。

だけど。

 

 

「時に、あんたは……約束をした事があるかい?」

 

「ふむ……意味のない行為だな」

 

「オレはある」

 

だけどな。

悪くないって理由だけでそれを選ぶほど俺は安い男じゃない。

どこにも行かないってヤツではない。

ずっともっと前に、一番最初に約束したんだよ。

 

 

「悪くないけど、ノー。絶対にノーだ」

 

「……どうしてかね」

 

「どうもこうもある。オレは朝倉さんと一緒に死ぬと約束したんだからな!」

 

死ぬ時は死ぬ。

それでいい。

 

 

「だが、今日じゃあねえよ」

 

「そうか。残念だ」

 

するとジェイが空中で指を振るうと黒く発光する魔法陣のようなものが描かれていった。

そしてそこから無数の触手が飛び出してくる。

数は測定不能。とにかくいっぱい。

本気なのかわからないがさっきよりはヤバそうだ。

 

 

――ボクが代わろうか? ここじゃあ君は不利だけど。

 

いいや結構。

正面突破なら得意なんだよ。

突っ切って、ぶちのめそう。

 

 

「……ぐっ、ぎぃ」

 

ナイフ状のブレイドで切り裂きながら進んでいく。

俺の進行と同時に身体の末端がじわじわ抉られていく。

痛いな。

正直生きてて味わう痛みなのかよ。

地獄の痛みってこんなんじゃないのか。

だが死んだ覚えなんてない。

帰るアテも必要ない。

なるようになる。

俺が朝倉さんを最初に助けた時だって、ほぼほぼノープランだった。

出たとこ勝負だった。

舞台に出てしまう羽目になった。

それでも、出て来ない奴よりはマシなんだよ。

 

 

「ジェイ!」

 

「……なるほど。全ては結果と言う事か」

 

はぁ、はぁ、と息を切らしてジェイと対峙する俺。

文字通りに手の届く範囲。

あいつが何かするよりも早く、俺は彼を切り裂けるだろう。

今までの人生の中で一番長く感じた約10メートルだ。

 

 

「満身創痍。右腕はもはや原型を留めていない。足は抉られ、肩やわき腹だってそうだ。私には耐えられない想像を絶する痛みだろう。……だのに、キミは何故立っていられる?」

 

「………さあ…ね……」

 

「ならば一つだけ教えてくれないだろうか」

 

すっ、と俺は左腕を掲げる。

振り下ろせばジェイの身体を切る事が出来る。

 

 

「私は、どうすればよかったのか……キミにはそれがわかるのだろうか……」

 

知らないよ。

あんたが決める事だ。

そして俺は、彼の身体を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪魔者はこれで消えたのだろうか。

とにかく俺がどうこうすべき相手は情報統合思念体だ。

俺にどうしろって。

 

 

「オレもあんたも、似てるかもしれないが別人なのさ」

 

「……」

 

俺は殺さない。

佐藤詩織を殺した記憶を持っている限り、誰も殺さない。

ナイフも俺もとんだなまくらだよ。

"意識"を切る、だなんて馬鹿げてる。

どこの侍だっつの。

目の前で横たわる宮野だかジェイだかが情けなく思えてくるね。

 

 

「とにかく、このグラウンド以外に行ける場所を探そうか……」

 

「その必要はありませんよ」

 

いつの間にか、そいつは俺の後ろに立っていた。

北高の制服。

ショートヘアでニコちゃんマークの髪留め。

久しぶりの再会、パートツーかよ。

 

 

「……渡橋さん」

 

「久しぶりですね。明智先輩は」

 

「どうして君がここに?」

 

「先輩ならやってくれると思ってました。信じていました」

 

嬉しそうな笑顔だった。

でも、どこか別れ際の朝倉さんの表情と似ているように見えるのは何故だ。

何故なんだろう。

ヤスミはジェイの姿を見て。

 

 

「宮野さんがここに常駐していたおかげで、あたしの干渉を妨害し続けていたんですよ。情報統合思念体をどうにかしようとしても、彼のせいでそれが出来なかったんです」

 

「……もしかして、オレがここに来たのはジェイを倒すためだったって?」

 

「簡単に言えばそうなりますね」

 

なん、だよ、それ。

説明しろよ最初から最後を。

俺もグラウンドの地べたに倒れそうになる。

支える脚がズタボロなんだ。

ブレイドを霧散させ、残った左手でどうにか地面に手をつく。

そのまましゃがみ込む。

暫く休憩だ。

 

 

「なあ、渡橋さん」

 

「はい?」

 

「ジェイが言っていた事は本当なのか」

 

「……涼宮ハルヒの願望が歪んでいたのは事実です」

 

「彼には帰る世界がないらしい。どうにかならないのか」

 

「あたしを責めないんですか? あたしは涼宮ハルヒの能力そのものと言ってもいい存在なんですよ」

 

そんな事はどうでもいい。

至極些末な問題でしかないじゃないか。

俺が居て、みんなが居る。

それだけでいいじゃないか。

いつか終わるとしても、それを受け入れればいいじゃないか。

未来は裏切るかもしれないけど過去は裏切らない。

俺にいたってはこれ以上何も裏切りたくないんだ。

 

 

「オレのせいで、あの宇宙人が異世界へ飛ばされた。その先がジェイの居た世界だったんだろ?」

 

「明智先輩がそれをしていなくても結果は変わりません。世界が一つ、涼宮ハルヒのためだけに切り捨てられる運命にありました」

 

「わからないな」

 

何故ジェイは俺を助けようとしたんだ。

詩織の影響もあったとは思う。

だけど、じゃあ行動原理が意味不明だ。

意味なんてあるのか。

俺を倒したところで何かが上手く行く保証はどこにもない。

既に負けた人間の悪あがきにしては他にやり方があったはずだ。

その結果、また負けたんだから。

涼宮ハルヒに消された男は涼宮ハルヒの刺客によって、二度刺された。

 

 

「いや、考えるだけ無駄なのかも知れない」

 

こんな事は後で考えればいい。

自分なりの生き方を選択しつつある朝比奈さん。

俺なんかより数段頭が切れる古泉。

たまにはいい事言ってくれるキョン。

事実を分析するだけなら最強と呼べる長門さん。

いつも、くだらない俺の話を聞いてくれる朝倉さん。

他にもいっぱいいる。

みんな仲間だ。

みんなで一緒に考えればいい。

そして、涼宮さんともいつか話し合いたい。

全部を打ち明けたい。

遠くない先の話になるさ。

今日じゃないだけでね。

 

 

「……君もオレの話を聞くかい?」

 

「ううん。今日は、お別れを言いに来たんですよ」

 

どうせそんな事だろうと思ったさ。

俺がそんな事をさせるとでも思っているのか。

いい加減に――。

 

 

「だめだめ。まだ明智さんは動けないでしょ」

 

俺の声だ。

でも、俺が喋ったわけじゃあない。

口が勝手に動いた。

お前の仕業か、アナザーワン。

 

 

「ボクが責任をもって処理するよ。宮野秀策も、情報統合思念体も。だからボクともここでお別れ」

 

何を言ってる。

俺はあと何回疑問を抱けばいいんだよ。

やっと帰ってきて、お前はまたどこかに行くつもりなのか?

お前が居なかったら俺はここまで来れなかったんだぞ。

"臆病者の隠れ家"だって操れなかっただろう。

つまり、朝倉さんへの対抗手段が一つ減っていたわけだ。

ただの身体強化だけで勝てる相手じゃない。

知らなかっただけでお前はずっと俺を支えて来てくれたんだろうが。

何が責任をもってだ。

お前一人にやらせるわけない。

 

 

「明智さんにはさっさと帰ってもらうけど、いいよね」

 

「はい。お願いします」

 

「……って事だから」

 

ふざけんな。

俺にも全て付き合わさせろ。

百歩譲ってお前ら二人が事後処理をしたとして、俺と別れる必要がどこにあるんだ。

意味がわからないし笑えない。

渡橋ヤスミは俺を安心させたいのか。

 

 

「宮野さんは帰します。再構築された彼と統合させておきますから、明智先輩は何も心配しなくていいですよ」

 

そういう問題じゃねえ。

しっかり説明しろ。

徹頭徹尾、俺を納得させてくれ。

 

 

「じゃ、そろそろ始めるよ」

 

俺の口が勝手にそう言ったと同時に、いつぞや味わった身体が消えていく感覚を覚えた。

このまま戻されるのか。俺は。

 

 

「涼宮ハルヒの能力はまだ完全に消えません。でも、いつかはそれも必要なくなるんですよ」

 

「ボクは元の場所に帰るだけさ。こっちがホームだからね。ま、情報統合思念体の方は任せておいて」

 

独善者どもが。

俺は待っているからな。

絶対に、忘れないからな。

 

 

「――お前らも、さっさと帰って来いよ!」

 

最後の一瞬でその一言だけを俺は口に出来た気がした。

次の瞬間、俺の身体は何かに引き寄せられていく。

 

 

 

――下だ。

そういやここは宇宙のどこかだっけ。

よくわからないけど、とにかく強い力で俺は引きずられていく。

暗黒空間が見られるのは気のせいか?

宇宙キターとかそういう類なのか?

とにかく、俺は地球に向かって落ちている最中らしい。

……困ったものだね。

 

 


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