異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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いつかの約束

 

 

もし俺が何でも出来るような超人じみた奴だったら苦労しないんだろうさ。

涼宮さんがそうであるように俺も一人で背負うには意味不明かつ無駄に大きな能力を押し付けられた。

……何で俺にした。

俺より精神力が強い奴なんて捨てても捨てきれないぐらい世界には存在するじゃないか。

古泉はたびたび自分は特別な存在ではないのだと否定していた。

俺もただ宝くじを当ててしまっただけなのさ。

でなけりゃあ貧乏くじだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はたして幸か不幸か、都合が良いのか悪いのか。

この二年生時の七月七日こと七夕は生憎と土曜日であった。

流石のイベント好きな涼宮さんもわざわざ土曜日に呼びつけてまで今年も七夕をやろうとはしなかった。

いや、自分でも気づいていたのだろう。

去年の自分の荒唐無稽な願い事など叶うはずはないのだと。

あるいは願う事に頼るのをやめつつあるのだろう。

 

 

「朝倉さん」

 

「なあに」

 

「こんな時になって色々わかる事があるなんて思いもしなかった」

 

特別な何をするでもなかった。

日中はただ彼女の家にお邪魔して、いつも通りに過ごしていた。

今は午後五時。指定した時間までは四時間もある。

移動込みで考えてもあっと言う間だろう。

俺はこの期に及んでまだ悩む要素が存在していた。

はっきり言うと俺は情報統合思念体をただで済ませようとは何一つ考えていない。

救えだなんて言われても俺は神でも救世主でもないんだぜ。

全てを救うなんて無理だ。

やる前から投げ出しているわけじゃない。

やってから救う範囲を広げろっつう話だよ。

ソファ座っている俺の左横に座る朝倉さんは。

 

 

「明智君。"色々"ってのは何も考えていないのと一緒なのよ?」

 

「なるほど、勉強になった……」

 

かつて俺の視界は、俺の世界はモノクロだった。

涼宮さんの閉鎖空間と似たようなもんさ。

だけど彼女と俺は違う。

なんか、もう、どれとかじゃないだろ。

人間と人間の差は絶対的なんだよ。

上とか下とか考えるなって。

そのてめえだって頂点じゃない限り差をつけられているはずなんだから。

涼宮さんだって真の頂点ではないだろ。

きっと俺たちが知らないだけで世界には似たような連中が居るかもしれない。

情報統合思念体でも知らない事があるんだぜ?

世界はマジで大きいんだって。

どこまでも遠くへ行こうとする人間の精神がある限りそうなんだよ。

色々、でお茶を濁すのも許してくれないかな。

 

 

「オレたちは最初から最後までこういう役割を続けるんだ」

 

「涼宮さんによって歪められた世界の修正作業かしら」

 

「いいや、それにはやがて終わりが来る。無限じゃあない」

 

「だったら何?」

 

「宇宙人未来人異世界人超能力者として、遊び続ける事さ。死ぬまで」

 

なあ、やっとわかったんだぜ。

古泉が言っていた"いい傾向"ってのがどういう事か。

どうもこうもあった。

その傾向ってのは涼宮さんが人間的に成長しているって意味合いだけではない。

人間の願いは100%純粋なものにはならない。

機械じゃあないんだから、無理無理。

涼宮さんの願望が歪んでいるのも当然の事だった。

そうさ。いい傾向ってのは結局、涼宮さんが自分の歪みを自分で矯正していく傾向。

谷口の言った通りだったんだ。

自分が欲しいものは自分の手で勝ち取る、だろ?

三年間願い続けた涼宮さんは四年目の今年とうとう願う事を捨てようとしている。

おまじないは呪いだ。

呪いってのは解かれなきゃいけないのさ。

眠れる森の美女がそうだったんだ。

だから俺も。

 

 

「何もかも上手く行く保証はないわ」

 

「わかってる」

 

「喜緑江美里をはじめとする他の端末が黙っているかしら」

 

「わかってるさ」

 

「……あなたが、帰って来れる保証はないのよ…?」

 

それもわかってるよ。

無茶苦茶な作戦だけど"アナザーワン"が言うには実行可能だって言うんだからしょうがない。

いくら何でも俺が宇宙に飛び出すなんて芸当は不可能で、仮にロケットを飛ばしたところで奴がどこに居るかがわからない。

人間が到達できるような距離じゃないのは確かだ。

だからこそ俺たちには切り札が残されている。

ジョン・スミス? 涼宮ハルヒの願望を実現する能力?

そんなものは必要ない。

勝利の方程式は揃う。

これから、もうすぐ。

 

 

「帰って来るさ」

 

「嘘ついたら……ナイフ千本だから……」

 

「朝倉さん相手に今まで嘘をついた覚えはないよ」

 

「本当の事を言わなかった事なら何度もある」

 

「今回はそれ、無しで」

 

「……晩御飯の用意、してくる」

 

そう言って彼女は無言で立ち上がるとキッチンの方へ姿を消してしまう。

やれやれって奴だ。

美味しかったはずの朝倉さんの料理だってその味を思い出せないんだから。

俺も俺で自覚しているさ。

どうなるかもわからない事ぐらいは。

どうもこうもないさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりあっと言う間だった。

午後八時四五分には既にメンバが出揃っていた。

夜の駅前公園の一角。外灯の下で集まる俺たち。

来なくてもいいのに来たキョン、古泉、周防、そして。

 

 

「わざわざすみません。中河さん」

 

「おお、久しぶりだな明智さん。いや、俺の事など気にしなくて大丈夫だ」

 

そのお方は以前見た時よりもアメフト部員らしくがっしりしているようにも見えた。

キョンの旧友でスポーツ刈りの彼。

彼の協力が無ければこのプランを取れるはずもない。

全てはこの時の為に。

最初から最後まで仕組まれていた。

俺はちょこんと制服姿で突っ立っている周防の方を向くと。

 

 

「中河さんにかけたプロテクトを解除してやってくれ」

 

「――了解――」

 

こくんと頷きそう言うと、中河氏の前までやって来て。

 

 

「……少し、しゃがんでもらえるかしら……。わたしがあなたの頭に触れる必要がある……」

 

「わかった」

 

周防の身長は低くないが中河氏は古泉と同じくらい身長が高い。

流石に手を伸ばしても届く高さではないだろう。

中河氏は地べたにあぐらをかくと、すぐに周防の右手が彼の坊主頭に触れた。

そして何かを呟いたかと思えば手を放した。

仕事が早い。

 

 

「――完了――」

 

「お疲れさん」

 

この一件が終ったら何か奢ってやってもいいよ。

ある意味君のおかげなんだからさ。

中河氏はこちらを見て、正確には俺の隣の朝倉さんを見て。

 

 

「なるほど……本来なら彼女はもっと強く輝いて見えるはずだが、光はうっすらとしている」

 

「最低限のパスしか私には残されていないのよ。今回はそれで充分でしょうけど」

 

彼の能力。

中河氏は宇宙人を通して情報統合思念体にアクセス出来る能力を持っている。

原作で長門さんは情報統合思念体に個人が接続するには脳のメモリが少なすぎる、弊害が顕在すると説明していた。

だから彼の能力を削除したと。

そんなわけあるか。

だったら長門さんをはじめとする宇宙人が彼に近寄らなきゃいいだけだ。

考えなくてもわかるだろ。

わざわざその能力を消しにかかると言う事は、不都合があるという事。

誰にとってだ?

情報統合思念体にとってだ。

 

 

「オレとしてもみんなと話したい事はあるんだけど、さっさと終わらせないとね」

 

「明智……」

 

「キョン。大丈夫だって。今日が七月七日である以上、何でもアリなのはお前がよくわかってるだろ?」

 

「はっ……そうかもな」

 

そこは言い切ってほしかったね。

主人公様の後押しがあればそれこそ無敵だ。

少しはお前の補正も分けてくれって話さ。

すると古泉がこちらに近づいて。

 

 

「明智さん。例の物はここに」

 

彼の右手には手帳が握られていた。

そう、浅野が佐乃として何かをそこに書いたらしき手帳。

あれには確かに俺の能力に関係した要素が書かれているんだろうさ。

でも。

 

 

「それ、さっさと処分しちまっていいよ。焼けば安全でしょ」

 

「いいんですか?」

 

「オレには必要ない。そこに書かれているのは間違いなく負の感情だ」

 

見なくても予想はつくさ。

喜緑さんや佐藤が俺に対して口うるさく言っていた内容。

つまり、"否定"に関して書かれているんだろ。

そんなもの必要ないんだ。

俺はこの世界を受け入れたんだ。

あいつだって自分の世界で生きていけるさ。

今日で終わりにしよう。

今日、この時をもって俺は本当に過去を捨てよう。

おつりを彼女に返さなくては。

キョンの方を向いて。

 

 

「オレは"どうもこうもない"っての、今日でやめるよ」

 

「……そうか」

 

キョンだって佐々木さんの口癖を封印するんだろ。

俺もいつまでも引きずるわけにはいかない。

言葉遊びじゃないけどな、皇帝が否定してどうすんだよ。

肯定しろって。

自分を振りかざすのはただの暴力だ。

妥協が嫌なら協力しよう。

俺はどっちでも平気さ。もう。

 

 

「じゃあ早速――」

 

始めようと言おうとしたその時。

ま、ただで行かせてくれるとは思っていなかったさ。

人影が二つほど、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。

徐々に顔が明らかになっていく。

北高指定のセーラー服。

その二人組はこちらに向かって笑顔で。

 

 

「みなさんお揃いのようですね」

 

「……」

 

まったく、やっぱり君はそっち側につくのか。

宇宙人の喜緑江美里さんと。

 

 

「長門さん」

 

「……」

 

眼鏡越しの彼女の眼光が、いつになく冷やかに見えた。

夜だからって七月はそこまで冷え込まないのに。

さて、どうするつもりなのかな。

 

――勝負は一瞬だった。

喜緑さんが垂らしていた両手をゆっくり上げていく、警戒するまでもない。

何故ならば彼女はいわゆるホールドアップの体勢になっていた。

油断は出来ないが、一応の降参のポーズらしい。

 

 

「人数的に不利ですから」

 

「……そう」

 

嘘だ。

こちらの戦力など俺を入れたとしても朝倉さんと周防で三人だ。

残る三人のキョンと古泉と中河氏は普通の人間だ。

俺が彼らの防御のために後衛に回ったとしても喜緑さんと長門さんの戦闘力ならどうなるかわからない。

朝倉さんと周防を評価していないわけではないさ。

勝負に出ても、あちらに勝算は充分にあるからこそ油断ならない。

そんな事はこちら側の全員が承知している。

 

 

「喜緑さん、あなたは何をしに来たんですか? オレたちの妨害ならいくらでもチャンスはあったはずだ」

 

当然そうならないように直ぐに動ける用意はしていた。

周防と『機関』の連中にも中河氏を気にするように伝えてあった。

今日、アナザーワンが俺のところに帰って来るまで。

いくらでもチャンスはあった。

そんな彼女はどこか投げやりな感じで。

 

 

「わたしは穏健派ですよ? 無駄な争いは避けたいんです」

 

「だったら尚更だ。ここに来るのに争いをする以外の目的があるんですかね。オレは交渉に応じませんよ」

 

「いいえ、わたしと長門さんはお願いをしに来ました」

 

「……」

 

ふっ。"願い"だって?

いくら七夕だからって相手を間違えてないか。

俺はひこぼしじゃない。

願いなど不要だ。

 

 

「そちらの中河さんの能力を利用して、情報統合思念体にアクセスする作戦でしょう?」

 

「……」

 

「明智さんが」

 

そこまでわかっているなら邪魔をしない理由がわからないな。

そう、俺がやる作戦は単純なものだ。

俺が中河さんの能力を伝って情報統合思念体に接触する。

普通の状態なら不可能だろうさ。

でも、俺は情報統合思念体と同じ次元にまで行くことが出来る。

"思念化"は、そういう技だ。

俺と言う情報をウィルスとして送り込むのさ。

データベースを破壊しに行く。

ただ、それだけのシンプルな作戦だ。

 

――帰るアテはない。

 

 

「ええ。そうですよ。オレ一人がやるにしては荷が重い気がしますが、何とかしますよ」

 

「でしたら、わたしを使ってください」

 

「……はい?」

 

「朝倉涼子よりもわたしの方が情報統合思念体に関する権限が上です。確実ですよ?」

 

何を言い出すんだ。

キョンはたまらず俺に向かって。

 

 

「罠だ。俺は喜緑さんを悪い奴だとは思いたくないが怪しすぎる」

 

「僕も同感ですね。何をされるかわかったものではありませんよ」

 

「――」

 

「わたしを信用出来ませんか?」

 

……そうかい。

そういう事なら。

 

 

「お言葉に甘えさせてもらいましょうか」

 

「明智!」

 

「キョン。お前は知らないかもしれないけどな、オレは喜緑さんと約束みたいなものをしたのさ。文化祭で、またバンドをやりましょうって」

 

言葉は信用出来ない。

裏があるかもしれない、だなんて考えてしまうのさ。

だけど、約束は未来志向だ。

信頼してからはじめて成立する。

 

 

「オレは喜緑さんを信頼します」

 

「ありがとうございます」

 

でも、本当にどうしてわざわざ敵につくような真似をするんだ。

彼女は朝倉さんと違って忠実なはずだ。

長門さんは思う所があるかもしれないが喜緑さんまで、何故。

 

 

「明智さんはわたしたちのためになるような事をしてくれるはずです。自律進化は、人類にとっても恩恵があることですから」

 

なるほど。

これでようやく約束が成立したわけだ。

 

 

 

――じゃ、本当に後は行くだけだ。

 

 

「中河さん、お願いします」

 

「ああ。それにしてもこの二人の輝きは確かに凄いな……神々しい……。だが、何処か不安定にも見える」

 

この二人ってのは長門さんと喜緑さんの二人だろう。

かつては情報統合思念体の発する膨大な情報量に魅せられていた彼だが、今は違うらしい。

周防のおかげだろうか。とにかく俺は行かなくっちゃあならない。

俺の左手には久しぶりに具現化した"ブレイド"。

実は形が変化するらしいが俺はやり方を知らない。

俺に出来るのは念能力もどきぐらい。

それでいいだろ。ハンターにも憧れてたのさ、俺は。

涼宮さんとゴンは似ている。

主人公の周りには自然と人が集まってくれる。

俺はどうだ?

辺りを見渡すと、確かに居るじゃないか。

ただ、申し訳ないが未来人の出番はまたの機会にお願いした。

ともすれば戦闘になりかねない状況。

キョンが来たのだってギリギリのラインなんだから。

 

 

「だからオレも、行ってくるよ。……じゃあ、また後で」

 

すっと中河氏に右手を差し出す。

何とも言えない表情で彼はそれに応じてくれた。

本当にここから消えようとしたその瞬間。

 

 

「――明智君!」

 

やだな。

俺を困らせないでほしいな。

いつも君に迷惑をかけた俺だからこそ、わがままを言いたくなるんだ。

朝倉さんの今にも泣き出しそうな切ない表情はもういい。

見たくない。

今はいいけど、笑顔で俺の帰りを迎えてほしいんだ。

ねえ、駄目なのかな。

 

 

「駄目じゃ……ないわよ……」

 

よかった。

後悔せずに済みそうだ。

 

 

「……馬鹿。さっさと帰って来なさい」

 

約束したじゃないか。

俺はどこにも行かないと。

 

 

「オレは、ここにいるんだからさ」

 

嘘みたいに空が輝いて見えた。

流れ星も何もない。

ただの夜空だ。

黒いはずだ。

でも、夜明けってのはそういうもんだろ。

これも気持ちの問題なんだよ。

 

 

――そうして、俺は消えた。

まるで宙に浮く感覚とともに空高くどこまでも飛ばされて行く。

時間にしては一秒もなかっただろうさ。

俺にはそれがやたら長く感じた。

終わらせに行くんじゃない。

決着をつけに行くだけだから。

ありがとう。楽しかったよ。

 

 

 


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