異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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真説 異世界人こと俺氏の憂鬱
第九十一話


 

 

これは俺の気分の問題になってしまうが、まずは平和的な話から始めたいと思う。

ほら、よく言うじゃあないか。

営業先で仕事の話を最初から切り出す奴がどこに居る?

世間話の一つや二つは何も考えずに反射的に対応、いやこちらから仕掛けに行かなければならないのだ。

良いニュースと悪いニュースは上手く組み合わせてこそ相手の心に響くものと言えよう。

別に俺が誰かの心に働きかける必要があるかと言われればそれまでだが。

とにかく振れ幅が大きいからこそ、俺はこの年を"激動"の一年と後に振り返るのだ。

そんなもんさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四月の末、ようやくゴールデンウィークに突入して二日目にそれは開催された。

鶴屋さんがただ友達だと言う縁だけで俺たちSOS団を招待したヤエザクラ大会だ。

彼女の自宅については今更言うまでもない。

とにかくオーラこそ全然出さない物のお金持ちでありお嬢様だ。

いつの時代に建てられた屋敷なのか、外から見たら武家屋敷でしかない。

壮大な日本庭園と外界を分断するかのように高い堀が張り巡らされている。

入口である大きな門から実際に鶴屋さんが住んでいる家に相当する場所まではかなりの距離がある。

敷地内の話なんだぜ、信じられるかよ。

来客もいいとこな俺たちは先導する鶴屋さんの後を追う。

手荷物は多いので、無駄な物とかは一旦彼女の家に預かってもらう必要がある。

朝っぱらから夕方まで飲んだり食ったりし続けるわけじゃあない……多分。

平和であり、晴れやかな日中。時刻は朝九時を回っている。

とにかくドナドナ気分ではないものの、それでも俺は痛感するね。

 

 

「オレは自分がイナカ者だとは思いたくないけど、この光景ばかりは慣れないよ。生まれが違う」

 

「そんな事言ったら私は宇宙人よ?」

 

「関係ない。だって朝倉さんは朝倉さんなんだよ」

 

「もう、何を言ってるのよ……」

 

そうは言うが、彼女の方だって俺が言いたい事は理解してくれている。

去年の五月であるあの日から今日まで、俺にとって朝倉さんは一人の女の子でしかない。

そしてゆくゆくは女性として付き合い続ける事になってしま、なっていくのだろう。

危ない危ない。……別に任意だからな。強制じゃあない。

下手な事は考えない方が今後のためになるよ。

しかし、いくら俺が平和ボケをしようと未来の関係性における決定的なワードは未だお互いに発してなどいない。

要するに、"血痕"……いや"結婚"だ。前者だとナイフに刺されるみたいだろ。俺が。

冗談はさておき、何でそんな事を口にしていないのかと言えば時期尚早だ、なんて安い言い訳をしたいわけではない。

 

――倒さなければいけないからな。

"アナザーワン"がさっさと帰って来てくれれば今すぐにでも俺は仕掛けに行きたいぐらいだ。

宣戦布告をするまでもない。一瞬の内にケリをつけてやるさ。

自律進化なんて下らない野望のために振り回されるのは御免なんだ。

俺も、朝倉さんも、あいつも。

待っていろよ。

お前を消すための作戦は、詩織が俺に教えてくれたんだからな。

黙らせてやるさ。

 

 

「どうしたの? 急に怖い顔しちゃって」

 

「悪い。いつも通りくだらない考え事をしていた。でも俺の眼つきの悪さに関しては許してほしい」

 

「いつも気にしているけど、それで損した事でもあったのかしら」

 

「これはごく個人的な話になっちゃうんだけど、オレの兄貴がそれはそれはお利口そうな優しい顔でね。弟であるオレがこんなんなのが解せないのさ」

 

「自信を持たな過ぎるのも考え物ね」

 

ならば俺は何に自信を持てばいいのだろうか。

全日本朝倉涼子検定なる資格試験があれば一級をストレート合格出来るであろう事ぐらいしか自信がないぞ。

そして兄貴も兄貴だ。

パリストンや古泉みたいな営業スマイルが得意な野郎。

俺にもその才能を分けてほしかったね。

 

 

「はーい、到着っ。あたしん家だよー」

 

鶴屋さんの言葉通り、ようやく家屋まで辿り着いた。

これで家の中も広いんだから俺は感覚がマヒしてしまいそうになる。

俺の"異次元マンション"なんか現在新しく出入口を設置出来なくなってしまっている欠陥住宅だぞ。

一番広い101号室――朝倉さんの部屋と直通しているだだっ広いだけの部屋――でさえこの家屋の四分の一の広さがあるかどうかだ。

多分ないのだろうな。

未来の俺よ、部屋の中身なんて改装出来なくていいから鶴屋さんの家に対抗できるぐらいのものを造れるようになってくれよ。

 

 

「みんな。準備は大丈夫なんでしょうね!」

 

鶴屋さんの案内により和室――映画撮影でも使用した部屋だ――に通されるや否や涼宮さんが声を張り上げた。

準備とは何なのかと言われたらそれは準備以外の何物でもなく、要するに俺たちは余興として各自一発芸披露を披露するわけだ。

 

 

 

――思い返すは四月半ばの新年度第二回SOS団ミーティングの話になる。

文芸部室に集まっているメンバは七人。

新入団員などいなかったのだ。

ヤスミは姿を消し、佐倉さんに関する出来事はなかった事にされた。

これでいいのさ。

 

 

「サプライズイベントとは言ってもだな、現実的に考えなきゃならんだろう」

 

もっともらしい事をあの場で発言しそうなのは本気を出す時の俺以外ならばキョンぐらいしか居なかった。

言うまでもなく普段は従順なヒツジでしかない俺は彼のように主人に噛み付こうとはしないのだ。

時と場合によっては俺だってそうするが、こんな一難去った後の状況だ。また一難を呼び込む必要なんてないだろ。

波風を立てるのはあちらさんのお仕事だ。

俺は淡々と敗戦処理だけやっていればいいのさ。

涼宮さんはホワイトボードに書き込むのに使用した黒い水性ペンをキョンに突きつけ。

 

 

「何よ。あんたにいい案があるってわけ?」

 

「無難にかくし芸大会とかその辺でいいんじゃないか。段取りだってあるだろ。一二週間で俺たちに用意出来る事なんてタカが知れてる」

 

「はぁ? 一週間あれば本の一冊は作れるのよ。実際作ったし。とにかく、あんたはやる気を見せなさい。あたしたちの積み上げてきた一年間を忘れたの?」

 

「申し訳ないがやる気だけで世界は盛り上がらないと思うぞ。局地的にはなるかもしれんが、お前はそんな小規模で満足しないだろ。ここは大人しく身の丈相応の事をして、次に活かせばいいじゃないか」

 

「……みんなはどう思うかしら?」

 

そのみんなと言うのは間違いなくキョン以外の団員全員なのだろうな。

駆けつけ三杯のお茶も飲まずにまだ見ぬお花見に思いを馳せるのはいい事だ。

今更祈りとは心の所作であり、なんて話を持ち出すつもりはないが、俺は祈らずにいられないね。

この問題が平和的に解決してくれる事を。

 

 

「いいんじゃないでしょうか」

 

ここぞと言う時に目立つのが副団長だと言わんばかりに古泉は声を上げた。

ちらっと俺を見ないでくれよ。気色悪いな。

 

 

「彼の仰る事も一理あります。各々の自助努力に任せてしまうのは一見すると投げやりなスタンスかも知れませんが、お互いに何をするかもわからない状態の方が仕掛け人である僕たちも楽しめるかと思われますよ」

 

「ふーん」

 

「提案したからには、彼はさぞ素晴らしい芸を披露してくれる事でしょう」

 

俺にはトナカイ姿で犬のように床を這いずり回っていたクリスマスパーティ時のキョンしか思い出せない。

この場を丸く収めようとしてくれた彼にはそれこそ申し訳ないが、言い出しっぺの法則である。

仮にも主人公なんだからお前もそろそろ修行でもしたらいい。鉈を片手に。

 

 

『じゃあ俺、今から熊を狩りに行きますんで』

 

とでも言って夕方までに熊の手を持って帰ってくればこれ以上の無いかくし芸になると思う。

何せ熊を討伐した実績が目に見える形で出て来るのだ。隠していないかくし芸だ。

俺そんな事のために山に行きたくないからな。切実に。

戦闘力だって低下してるし。

いずれにせよ期待されるのは悪い事ではないだろう。

恨むのなら佐々木さんではなく涼宮さんを選んだ自分を恨め。

あっちを選んでいれば今頃お前はいちゃいちゃ出来たと思うぞ。

佐々木さんはクールに見えて実は寂しがり屋っぽいタイプだ。

まあ、キョンは選んだところでこのざまなので成果があるかは怪しい。

俺なら間違いなく三択目の朝倉涼子をセレクトするがね。

 

 

「……」

 

「かくし芸大会ですかぁ。うーん。あたし、何をすればいいんでしょう?」

 

「らせん階段、カブト虫、廃墟の街、イチジクのタルト……」

 

涼宮さんを除く女子三人は何を考えているのだろうか。

そして朝倉さん、あなたは何を呟いているんですか?

何時の間に"天国へ行く方法"を研究していたんだ。

コンビニ本を読み続けたせいでとうとう壊れてしまったのか。

なんて事だ。

団長殿は「しょうがないわね」と前置きしてから。

 

 

「古泉くんに免じて、特別に下っ端であるあんたの意見を採用してあげる。たまにはご褒美くらいあげないとね」

 

「ご褒美だと? 冗談きついな。俺の意見を向こう一年間は取り入れてくれるぐらいしてようやく妥当だ」

 

「あたしは自分に嘘はつかないの。今回あんたが見せてくれるの芸の質はどうでもいいわ。どうせお手玉二個が限界だろうし」

 

「三個は出来るぞ」

 

何の自慢にもならないと思う。

市販されているお手玉なんて大体五個で一組だ。

それが基本なのだ。

ホワイトボードに『スペシャルショー』と追記した涼宮さんは。

 

 

「いい!? やるからには最低限のものは見せなきゃダメよ。あたしは心が広いから許せるけど、鶴屋さんの身内の方々に失礼だから」

 

それはいいんだけどさ。

『スペシャルイベント』の下にそれを書くのはどうなんだろうか。

彼女はどこまでもスペシャリストを目指しているのか。

今のままでも充分だと思うんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なんて事を回想していると、早速家屋から出る事に。

いくら鶴屋一族の方々が温かい目の持ち主だとしても何の前触れ前置きも無しに芸をおっ始められては困ってしまう。

顔合わせや、適当に語り合って宴もたけなわになってからようやく披露するべきだ。

ついこの間に行われたソメイヨシノの花見大会とは違い、GW中もあり鶴屋さんの親戚だって集まっていらっしゃるのだ。

つくづく場違いではあるが、これも何かの縁だと思わなければやっていられない。

広々とした敷地内を横断するように移動し続ける事二三分。

遠目からでもわかった、桜の木が自生しており、その近くには人が大勢座っている。

俺たちの居場所をどうにかして作らないといけない。

鶴屋さんと彼女の両親祖父母ぐらいしか俺たちは顔を知らないのだ。

仲介してもらう必要があるなんて、ビジネスの世界か。

 

 

「お待たせっ! こちらがあたしの麗しき友人たちさっ!」

 

鶴屋さんのそのフリがどれだけの重圧なのかは考えたくもなかった。

俺が見てきた中で一番デカいのではないかと思われたブルーシートの上に座る人々が俺たちを見上げている。

そのブルーシートだって何枚も庭に敷かれているらしく、俺たち七人のスペース確保がわけない状態。

うっ、呼吸を乱してはならん。システマの教えだ。そうだ。これが俺の日常……。

 

 

「……おい! 黎じゃないか!」

 

おっさんどもの集まりにしては比較的若々しい声が聴こえた気がする。

そしてそれは俺の名前を呼んだわけだ。

何より俺はその声の持ち主に少しばかり心当たりがあった。

まさか、な……。

 

 

「お前が来るなんてな、聞いてなかったぞ!」

 

どうやらこちらに歩み寄って来ているらしい。

ええい、近寄るでない。

その光景を不思議に思ったキョンは。

 

 

「明智。誰だあのリーマン姿のお方は。お前の知り合いなのか」

 

知り合いも何もあるか。

あってたまるか。

やがて俺の前に立ったそいつは俺より二センチばかり身長が低いくせに俺の肩をばしばし叩きながら。

 

 

「久しぶりだな。いつの間にお前に友達なんか出来てたんだ?」

 

うるせえよ。

俺を何だと思っているのかこの人は。

 

 

「久しぶりも何も、そっちが勝手に飛び回っているだけじゃあないのか」

 

「仕事の都合だからしょうがないだろ。こんなに呑気出来るのは久しぶりでな。今日一日ぐらいだ」

 

「一つだけオレの質問に答えてくれないか。なんであんたがここに居るんだ?」

 

「俺の相方は知っているはずだ。あそこに座ってる」

 

そう言ってその男が指差す先にはまさに大和撫子といった感じの和風美人さん。

ベージュ色のワンピースをお召しになられているその女性はこちらの様子に気づいて一礼した。

髪は黒色に少し金色が混じった茶色がかったライトミディ。

この野郎の奥さんである。

 

 

「知らなかったみたいだから言っておくが、相方は鶴屋家とは親戚関係なんだ」

 

「……嘘だろ」

 

「マジだ」

 

俺にどうしろってんだ。

用意してきた一発芸は男らしく"かわら割り"だぞ。

他の方々はさておき、こいつには馬鹿にされそうだ。

十枚を手刀で――当然強化はするが――やるんだぞ?

素人にしては上出来だとおもうが、この男なら楽々やってのけてしまうだろうよ。

俺とそいつは他の団員にじろじろ見られている。

 

 

「あんたの奥さんがお嬢様なのは知ってたさ……。だからってこの状況、驚かずにいられるか」

 

「驚きなのはこっちだ。お前はいつの間に鶴屋家と交流を深めていた?」

 

「彼女から説明があっただろ。友達付き合いだけだ」

 

世間は狭いと言うが、いくらなんでも狭すぎる。

押し潰されてしまいかねない。

 

 

「なるほど……」

 

どこか納得している古泉。

他の女子連中とキョンはだんまりだ。

無理もない。

こんなわざとらしい笑顔をする奴、俺なら嫌いになってしまう。

あんたの方がまさしくピエロだ。

 

 

「……久しぶりだ。兄貴」

 

「あのな、名前で呼ばないなら"お兄ちゃん"と呼びなさいといつも言っているだろう」

 

「ふざけんな。折るぞ」

 

「俺の骨を一本持ってくつもりか? 言っておくが高いぞ。それに、お前には十年早いな。まだまだ若い」

 

お前だって今年で二十五かどうかの若造ではないか。

しかしながら十年どころか何年かければ俺は彼に勝てるのかはわからない。

兄貴はサイヤ人みたいなパフォーマンスを平気でしやがる。

俺にもそのスペックを分けてほしい。

どうせならアスリートになれよ。

俺の兄貴という単語に反応したのは涼宮さんだった。

物珍しいさを感じさせながら。

 

 

「明智くんのお兄さんなの? こんな休みの日にスーツ着るなんて変わってるのね」

 

「仕事柄、私はいつでも対応する必要がありますので」

 

何を営業マンぶっているんだ。

あんたには悪いが、兄貴は朝倉さんに見せたくない奴の代表格だった。

"吐き気を催す邪悪ってのはきっとこいつの事を言うからだ。

今からでもどうにか退散出来ないだろうか。

俺と彼女の逃走経路を確保するにはやはり異次元マンションぐらい必要になるだろう。

そして肝心な時にそれに頼れないのもいつも通りだった。

 

 

「……それで? こんなに美人なお嬢さんたちが勢ぞろいなんだ。まさか誰とも付き合っていないなんて言うのか、黎は」

 

「オレたちはそういう集まりじゃあないんだ。変な漫画に影響されすぎだ」

 

何よりあんたの奥さんや鶴屋さんこそが正真正銘の"お嬢さん"だ。

美しさを讃えたいのであれば少しは考えてから発言してくれ。

もう面倒なので帰っていいよ、お前。

しかし兄貴の言葉を変に解釈してしまったのか朝倉さんは。

 

 

「私が明智君とお付き合いさせてもらっている、朝倉涼子と申します」

 

おい。

火に油じゃあ済まない発言だぞ。

俺は嘘も本当の事も言わずにこの場を流すつもりだったんだ。

どうして現場に血が流れなきゃいけないんだ。

驚いた様子も見せずに兄貴は。

 

 

「これまたビックリ、たまげたぞ。黎、お前は魔法使いだったのか?」

 

「オレに魔法が使えるならあんたの口を黙らせる呪文をいの一番に唱えている」

 

「うちの相方に負けず劣らず。いや、この場に居る女性全員がそうだろうな。比較しようものならば万死に値するだろう」

 

「……とりあえず、自己紹介ぐらいしろよ」

 

名乗りは大切だ。

名を明かす事は対話における最初の一歩。

そして、名前を明かす事で心の扉の鍵を開けるのだ。

あとは開きに行くだけ。

軽く咳払いをした兄貴は、そのビジネスショートヘアを際立たせるようにかしこまってから。

 

 

「初めまして、弟がいつもお世話になっているみたいだ。私の名前は明智明。職業は……君たちには多分、一生関係のない仕事だ」

 

やけに胡散臭い態度だ。

上っ面、見せ掛けだけのビジネススタイル。

俺はそれを知っているんだからな。

 

 

「今後とも黎をよろしく頼むよ」

 

よかったよ。

あんたとよろしくする必要がなさそうで。

どうもこうもあったもんじゃない。

世界は狭いのだから。

 

 


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