いつ魔王とやらを倒しに行けばいいのか……?
なんて事を真剣に考え始めたのはあろう事か宴会が三日目に突入してからの話となる。
俺たちが三日間他に何をしていたのかと訊かれると居酒屋と宿屋への往復、宿屋で寝る。
以上だ。
異常かどうかで言えばもう考えるだけ無駄な話になる。
とにかく宇宙人二人が言うには。
「シュミレーション」
「この世界の何処かに居る魔王を倒せばお終いね」
順当に行けばそういう事になるだろう。
問題は言うまでもなく俺たちがそこに向かっての努力を何一つ行っていないという一点に尽きる。
最初の街をまだ拠点にするのはいいとしよう。
雑魚狩りによるレべリングをしていないのはそもそも街を出ていないから出来るわけがない。
いや、街を出なくてもやれる事はあるはずなのだ。
魔王に関する情報収集だとか、有用なアイテムや装備を整えたりだとか。
何もしていないんだよ。
「いつまでこれが続くんだ」
「店に出禁食らわない限り、もしくは涼宮さんが宴会に飽きない限り。かな」
「やってられん」
最早キョンはやれやれすら言えなくなっていた。
今後の心配をしているのは俺とこいつぐらいなものだろう。
「ちょっと! みくるちゃん、料理はまだかしら! 足んなくなってきたから早くしてちょうだい!」
「ひゃい! すいませぇん」
朝比奈さんはこの店の従業員でもないのにウェイトレスと化していた。
ついこの前まで身に着けていた黒い魔女装束はどこへやら。
暴飲暴食を絶えず続ける俺たちや他のお客さんのために奔走している。
涼宮さんは魔王よりも先にこの国を潰しかねない。
古泉は堅琴を奏でてこの世界の女性NPCの瞳と心を奪い去っていた。
長門さんは今日も今日とてエネルギーを蓄え続けているし、朝倉さんはナイフ投げを披露している。
彼女の投げるナイフはベンズナイフではなくいつものアーミーナイフなのだが……。
「投げナイフでやらないのかな……?」
「こっちの方が扱い慣れてるもの」
調子に乗り出したのか朝倉さんは目隠しして、標的として並べられている果物にナイフを命中させていく。
ナイフの扱いに慣れている、だなんて平気で言える女子高生がこの世にどれだけ居るんだ?
俺が出逢った中では朝倉さんただ一人だけだね。
これが俺と彼女の二人旅であれば朝になると宿屋の主人にかわれていたに違いない。
流石にこんな状況でそんな事まで実践する程俺も命知らずではなかった。
宿屋の寝起きに見る天井にもやがて見慣れてしまうのだろうか。
一週間以内にケリがつきそうになかったら俺もどうにかしようではないか。
最悪の場合はジョン・スミスを使うしかない。
と、思っていると居酒屋の扉を軋ませて、ようやく進展が訪れた。
「おお……これは……何たることだ…。まだこのような場所で道草を食っておるとは……」
白の紳士服を身にまとった中年のおっさん。
頭にはシルクハット、口元にはダンディズムな髭。
間違いない。
俺はたまらず彼の前に出向き、土下座する。
「お願いします!」
「何じゃ……?」
「オレに教えて下さい、"波紋"の使い方を! どんな苦しみにも耐えます! どんな試練も克服します!」
「ハモン……? 勉強を教えようにも何の話かわからんのう。そしてわしは君に用はない。さっさとそこをどけい」
いかにも仙道の使い手のような恰好だったのだが、違ったらしい。
何なんだよ。急に席を立った俺に対してキョンは物凄い顔をしていた。
勘違いしちゃって悪かったな。俺も水の上に立って歩きたかったんだよ。
おっさんはてくてくと奥の方へ進んでいき、ついには涼宮さんの所まで進んで行った。
と言うか彼の恰好も中々時代にマッチしてないよな?
「あら。あんたもあたしと勝負したいの? アームレスリング対決。参加料は金貨一枚であたしに勝てれば十倍にして返してあげる。……女だからってなめない方がいいわよ。あたしに勝った人は今まで誰も――」
「とっくの昔に魔王城への長旅を開始しているかと思いきや……度し難いのう。勇者ハルヒコとその仲間たちよ、闇の時代が訪れてはならぬ。この世に光をもたらすのじゃ。魔王を倒すのが使命」
「……はあ? 何よあんた。やけに偉そうな態度だけど王の使い?」
「違う。わしは森の賢人じゃよ。魔王を倒すための情報を与え、進むべき道を示すのがわしの役目」
森とは無縁そうな格好ではないか。
演奏を止めた古泉はにやにやした表情でその様子を見ていた。
しかし彼はあれか。
ゼルダで言う所のフクロウポジションなのだろうか。
こんな人にでもすがらなければならないまでに俺たちは勇者一行をしていない。
好き勝手している俺たちの方こそが魔王なのかもしれない。
「これから次の目的地を教える。はようわしについて参れ」
「別にあんたについて行ってもいいけど、そんなに焦る必要あんの?」
「勇者ハルヒコは既に魔王と戦う運命にある。魔王を倒さねばならん。さもないと死ぬ。君たちも、全ての人も……その時は近い」
「はいはい、わかったわよ。さっさと行けばいいんでしょ。ま、ここの国の男どもはあたしに勝てない軟弱者ばかり。ちょうど退屈してたところね」
退屈してた原因さえ自分で作っていたのだが、その辺は気にしないらしい。
とにかく本当にようやくだ。
いつまでかかるかもわからないが年単位だけは勘弁してくれ。
涼宮さんはその場から立ち上がると。
「それじゃ、みんな行くわよ!」
「よし。まずは第一関門である洞窟のガーディアンドラゴンの所にある鍵を手に入れる所から――」
「何言ってるの? さっさと城へと案内しなさい。魔王の所。知ってるんでしょ?」
「確かに知っておるが、魔王の城の門を開けるには鍵がじゃな――」
なるほど、第一関門と言うからにはやっかいな仕掛けの数々が俺たちの行く手を阻むのだろう。
しち面倒ではあるがRPGとは結局の所はお使いでしかない。
ガーディアンドラゴンがどれだけ強いのか。
そこら辺の魔物など一撃で仕留められるライオンハートの敵ではないだろう。
何て思っていると長門さんが食事を止め、おっさんと涼宮さんの近くへ向かう。
そして彼女は握っていた右手を開き。
「……これ」
「有希。何なのそれ」
「"さいごのカギ"」
「な、なんと………信じられぬ……」
幾ら盗賊でピッキング技術に長けていようと、それは無いだろ長門さん。
さいごのカギとは文字通りこれがあれば終わりだと言わんばかりの性能の鍵である。
ようはこの世にある全ての鍵の代わりになるのだ。
ぐにゃぐにゃした飴細工のような形を普段はしている。
しかし特殊な金属で出来ているらしく、それを穴に挿せば必要とされる鍵の形に変化するらしい。
魔王城の門とて、さいごのカギには敵わないだろう。
鍵だけで開けられるものなら何でも開けられるからな。
「じゃが……ううむ……」
他の関門の心配をしているのだろうか。
とにかくことらは魔王に関する情報を必要としているのだ。
素直に教えてくれないものなのか。
俺はそろそろ家に帰りたくなって来た。
「今の君たちが行っても……何も出来ずにやられるだけじゃぞ…?」
「へえ。あたしも軽く見られたもんね」
「……」
「大丈夫よ。明日が来るより前にやっつけるんだから」
そうさ。
このおっさんがどんな立ち位置かは不明だが、そうなのさ。
彼女はやると言ったら飽きるまではやる。
勝負事なら最悪だ。相手が泣いても容赦せずに叩き続けていく。
それが勇者ハルヒコ。
「さあて、どんな城かしらね……。乗っ取るのも悪くないわ」
訂正。
やっぱり魔王だった。
――そんなこんなで、やって来た。
魔王城。
もしかしなくても俺たちは全てを振り切っていた。
行くべき場所も行かず、キーアイテムも入手せず、レベルの概念があるかは怪しいが戦闘経験はナシ。
最初の街を出てそのまま森の賢人の案内を受けるがまま、最終地点に立っている。
遠くには暗雲立ち込める、いかにもな魔王城。
余裕だな。
「どうしてお前はそんなに余裕そうなんだ。俺は足が竦みそうだ」
「ふっ。戦士なのにか?」
「本能が接近を拒んでいる。帰ろう」
するとキョンは戦闘で城を睨み付けている涼宮さんの方へ近づき。
「なあ、どうすんだよ。このまま突っ込んで行っても教会のお世話になり続けるだけだ。日を改めよう」
「いいえ。今日行くわ」
「……作戦は?」
「正面堂々、全軍突撃よ」
「勝算はあるのか」
「あたしの見立てでは九十五割であたしたちが勝つわね」
95%ではないらしい。
キョンにも魔王にも気の毒だが仕方ない。
覚悟決めろよ。
「やれんのか」
「やるわ」
既に森の賢人のおっさんは居ない。
ここから先は俺たちだけで行けという事か。
涼宮さんは勇者っぽいデザインの剣を構えて。
「まずは魔法使いのみくるちゃんが攻撃を仕掛けて。とりこぼしは他の皆でやるから」
「は、はいっ!」
「……」
「この空間で超能力が使えればよかったのですが。足手まといにはならないように心がけますよ」
「魔物の肉ねえ。ゲテモノは美味って相場が決まってるけど、魔王城に居るのはどうなのかしら?」
知らないよ朝倉さん。
俺は食べたくないからね。
朝倉さんが作ったとしても流石に遠慮する。
とにかく行かなくてはならない。
最初で最後の戦場へ。
「行くわよ! あたしたちの邪魔をするものは皆殺しなんだから!」
――どうもこうもあるか。
朝比奈さんはここに来てアルテマとかミナデインとかで城中の魔物という魔物を葬り去っていた。
運良く逃れられたドラゴンゾンビやら機械兵やらも残りのメンバーに仕留められていく。
置物なのはキョンと古泉ぐらいだった。
吟遊詩人らしい古泉はさておき、戦士のお前が戦わなくて誰が戦士なんだ。
「剣を振ろうにも俺の速さじゃ当たらん。何よりお前らが始末してくれるからこっちは楽でありがたいね」
主人公の風上にも置けない男だった。
そしてようやく。
「ついにこの部屋に魔王が居るのね……。長い冒険だった、本当に色々あったわね」
「嘘つけ」
扉にしてはやけに大きい扉だった。
魔王城の最上階。
正確な階数など数えちゃいないが七、八階じゃあきかないだろう。
とにかくそいつを倒せば終わりなんだろ?
じゃあ話は早い。
「朝倉さん」
「どうしたの?」
「オレを半殺しにしてくれ」
何言ってるんだこいつ、と言わんばかりの表情だった。
仕方ないでしょ。
俺が本気を出すにはHPが三割を下回らないといけないんだから。
他に方法は存在するがそれには魔法の"オーラ"が必要となる。
そんな呪文唱えられる人はこの中に居ない。
とにかく、俺が本気を出せば間違いなく魔王なんて瞬殺出来るからさ。
「怒らないでよ?」
朝倉さんがそう言ってから暫くの間一方的に彼女に殴られ続ける彼氏という奇妙な光景が繰り広げられた。
別に"赤い涙石"の指輪を付けているわけでもないのに俺が窮鼠状態になる必要がどこにあるのか?
それはFF8における特殊技の発動条件を達成するためであった。
「ぐ、……よし。……オレは、大丈夫だ……」
「明智……マゾだとは思ってたが、何もこんな時にやるのかね……」
うるせえ。
キョンも大概なマゾヒストだろ。
そんな事を声に出す余裕さえ今の俺には無い。
アバラの五、六本も折れているだろう。
ちくしょう。必要、経費だ。
「涼宮さん」
「ん。明智くん、顔色悪そうだけど大丈夫なの?」
「ここは、オレに任せてくれ……」
と宣言してライオンハートを背中に担ぐ。
デカデカとした扉をみんなが押して開けるとそこには。
「ほう。来たか」
黒い刺々しい鎧を着込んだ青い肌の亜人。
魔王というか魔人みたいな野郎だった。
「ククク……どうだ? 我と手を組まぬか――」
「どうもこうもねえよ」
お決まりの世界の半分をくれてやろう的台詞を切り捨て。
俺はガンブレードの刀身を垂直に構える。
――"連続剣"
一瞬の内に魔王へと接近し、下から振り上げて一閃。
右上から左下へ一閃、手を引いて刃を一突き、その刃を返して左上へと一閃。
下した刃を相手に当てず、少しジャンプして打ち上げるように一閃二閃三閃四閃。
思い切り飛び上がり、ジャンプ切りで計八回の斬撃。
「ぐぅっ。やるではないか……なら次は我の奥義を……」
何勘違いしているんだ。
まだ俺の特殊技は終了していない。
少しバックステップした後、斜めに構えたライオンハートの刀身が力強く輝いた。
――"エンドオブハート"
「ちょっ。ええ!? こっちのターンは……」
悪いね。
確かにフィニッシュブローが入るかどうかは不確定だけど。
「……やれやれだぜ」
こっちには涼宮さんが居るのさ。
なあ、キョンよ。
「ば、馬鹿なっ!」
再び高速で接近すると、今度は振り上げた一閃で相手の身体を打ち上げる。
何故か周囲が暗転し、どこまでも敵も俺も上昇し続ける。
そのまま上へ浮きながら切り続けていく。
二十三回目の斬撃を放ち終えると、最後に刃がかつてないほどに光り輝く。
そして下からすれ違いざまに巨大な一閃――。
「悪かったね」
ビッグバンのような爆発演出を最後に俺は床に着地。
魔王の姿は既に消えてなくなっていた。
そして特殊技を放つ間だけ何故か元気になっていた俺の身体も再び元気を失う。
と、とにかくこれで終わりだ。
涼宮さんも自分の手柄じゃないのに満足そうだった。
キョンはいつも通りに眼頭を押さえ、古泉は勝利のファンファーレのつもりらしい演奏を琴で奏でる。
朝比奈さんは消え去った魔王に対して同情的なのか少し悲しげな様子。
長門さんは無表情、朝倉さんはあくびをしている。
とにかくこれで――。
「――任務、完了だよ」
その瞬間俺の視界は暗転した――。
――知っている天井だ。
どうやら俺は寝ていたようで、即ち今は朝である。
「夢オチってかい」
普段夢を見ていない俺からすれば不思議な感覚。
だけど戻って来れた。
ここは間違いなく俺の部屋なのだから、現実世界だ。
……うん?
「オレはまだ寝ぼけているのか……?」
俺の視界の下半分近く。
薄緑色のテキストボックスのようなものが映っている。
そしてその中に、現在進行形で俺の思考や言葉が打ち込まれていく。
何事だ。
俺がそう思うや否や直ぐに電話がかかってきた。
「古泉!」
『お早うございます。どうやら明智さんの方にも異変が見られたようですね』
「これはどういう事なんだ」
『僕の憶測でしかありませんが、我々は未だゲームの中の世界なのでしょう』
「何だって……?」
ゲーム、ゲームだと。
RPGならいいさ。
だけどな、ここはいつも通りの日常にしか見えない。
部屋に置いている物だって全部俺が置いた物だ。
心当たりのない本なんて一冊もないんだが。
『カレンダーを見ましたか? 今日の日付を確認して下さい』
パソコンを起ち上げるのは手間だ。
携帯画面の端っこを睨み付ける。
四月の……。
「始業式の日、じゃあないか……」
『僕の記憶が正しければ間違いなく我々はとっくのとうに二年生へと進学しています。おかげさまで色々な事件にも巻き込まれましたが』
去年からそうだったろ。
じゃなくて。
「ならこの緑色の奴は何だ」
『やった事などありませんので詳しい説明は出来ませんが、おそらくゲームのそれですよ』
「ゲームゲームって。何のゲームだよ――」
俺が電話越しの煮え切らない野郎に文句を言っていると。
突然部屋のドアがノックされた。
それを開けると母さんが。
「ちょっと黎! もう涼子ちゃんが来てるのよ! あんたはいつまで待たせてんの」
「……はあ?」
「いいからさっさと行きなさい」
と、俺は古泉との電話に付き合う間もなく制服に着替えて、朝食すら口にせずに家から追い出された。
あっと言う間の出来事だった。
これが真の"ポルナレフ状態"らしい。
何があったのかも何をされたのかもわからねえ。
わからなかったが、この世界がどういうゲームの世界なのか。
「明智君。おはよっ!」
やけに爽やかな笑顔で俺を待ち続けてくれていたらしい朝倉さん。
彼女自体はいつも通りに美しかった。
だけど、問題はそんな事ではない。
「……は……?」
「何、どうかしたの?」
呆然自失の俺に対して不思議そうにこちらの顔色を窺う朝倉さん。
彼女が登場してから、俺の視界の右上にはゲージバー的なものが表示された。
そこには。
「親愛度、1000%……だって……?」
そうかい涼宮さんよ。
君はそのつもりなのか。
俺までそれに巻き込まれちまったのか。
一言だけ天に向かって叫ばせてくれないかな。
キョンもそう思うだろ?
「フロイト先生も爆笑だっぜ!」
――どうやらここは恋愛アドベンチャーゲームの世界らしい。