異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第八十八話

 

しかし、この中で私服姿じゃない長門さんを見ていると何とも言えない気分になる。

彼女らしいと言えばその通りで安心も出来るのだが、では卒業したらどうするのだろうか。

一生セーラー服というのも潔くはあるが流石にそれはどうかと思う。

もしそうなったなら朝倉さんに何とかしてもらおう。

古泉だって意味があるのかわからない気合の入りようの私服なんだから。

女子はやっぱりオシャレじゃあないとな。

だが俺は今日に限って適当な服装だった。

デートじゃあるまい。構わんさ。

シャツとズボンがあればいいんだよ、それで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間通りにキョンの家へやって来た俺たち。

インターホンを押すのは当然古泉の仕事だった。

程なくしてガチャリと開かれたドアの向こうにはキョンとその妹。

シャミセンも彼女に両脇を抱えられて微妙な表情でこちらを見つめていた。

猫缶で良ければ買って来てやるよ。

 

 

「おう。上がっていいぞ」

 

お邪魔するような気分ではないが、そこは社交辞令というもの。

長門さんでさえ一言「失礼する」と言っているのだ。

俺が倣わなくて彼女に偉そうな事など言えるわけがなかろう。

やかてするっと妹さんの手から抜け出したシャミセンは玄関で靴を脱がんとする俺たちの足元にやって来て。

 

 

「ゴロゴロゴロ……」

 

と喉を鳴らしながら頭を擦り付けて廻っている。

俺と古泉より宇宙人二人に対してそうする時間の割合が長かったのは何なんだろう。

中身がおっさんだからなのか、それとも彼の中に封印されて潜んでいる情報生命素子とやらの影響か。

因みに俺と比較しても古泉の方が短かった。

すりすり、の二回動作で終了である。哀れ也。

妹さんは太陽のような笑みで。

 

 

「いらっしゃーい」

 

とシャミセンの後ろを付け回すかのように俺たちの足元をうろちょろしている。

これではいつまで経とうが上がれそうにない。

やむなく彼女はキョンに台所へ追いやられて、どうにか靴脱ぎを完了した。

シャミもキョンの部屋に連れて行くことにしたさ。

猫は可愛いし何より猫が聴いてどうもこうもなるような話ではない。

彼なら例外ではあるが今やその鳴りを潜めているからいいんだよ。

 

 

「うにゃーん」

 

「ははは。可愛い奴め」

 

俺は話を始めるよりもシャミと戯れる事に夢中になっていた。

げに恐ろしきは人類などではない。

 

――猫の魔力、恐るべし。

学習机の椅子に座るキョンは呆れた様子で床に座る俺を見ていた。

宇宙人二人も床だというのに古泉だけは偉そうにキョンのベッドを占領している。

そんなに長脚を自慢したいのか?

古泉は異世界人宇宙人を気にせず口を開いた。

 

 

「さて。何をどうお話しすべきでしょうか」

 

「今回の一件に関係ありそうな事は全部頼む」

 

「承知しました。しかしながら、まずは僕の方からあなたに伺いたいお話がありましてね」

 

「何だ……?」

 

「あの後あなたと涼宮さんは何処へ消えてしまったのか。いえ、涼宮さんの方はすぐに居場所がわかりましたが……」

 

そうだな。

俺もシャミの猫目を見つめながら回想するとしよう。

先週金曜日の話の続きを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古泉の言葉に従って校舎を後にする俺たち。

キョンの代わりにこの場を持たせろと言われても、俺には難しいぞ。

その割にこいつら全員が俺を中心人物の一人だと過大評価するので俺は困り果てている。

 

――老後はやはり海外がいい。

セントクリストファー・ネイビスだよ。

公用語は英語だから何とかなる方だろうさ。

朝倉さんなら絶対話せるよね、とか思っていると世界は急変した。

突如として灰色の輝きがこの空間から失われたのだ。

後に残るのはセピア調のクリーム色な空模様だけ。

まさか。

 

 

「涼宮さんの霊圧が……消えた……?」

 

「それが何を指しているのか僕にはわかりかねますが、確かに彼女は現在この閉鎖空間内におられないようです」

 

どうせキョンが何かやらかしたんだろ。

今この閉鎖空間は佐々木さんだけの世界だ。

原作一巻は大筋しか覚えてないけど、アニメの最後の方で「フロイト先生が大爆発だっぜ」みたいな事言ってなかったか?

どうせ今回も夢オチだよ。夢オチでゴリ押せば行けるって。

自宅にでも飛ばされたに決まってる。

校門付近まで歩くと、古泉は。

 

 

「僕はこの空間において他の方々と同じ単なる異物でしかありません。佐々木さんの閉鎖空間に関しましては管轄外ですので」

 

古泉は彼女の方を向いた。

そんな感じだったのかよ、お前らは。

 

 

「ですから"橘さん"。お願いします」

 

「……はい!」

 

思い起こせば古泉一樹の口から「橘さん」と彼女の事を呼んだのは初耳だった。

いつも、橘京子とか彼女だとか呼んでいた気がするね。

これを機に仲良くするといいさ。せっかく同盟的関係に落ち着いたんだから。

そしてそのまま校門の外へ歩けばいいとだけ言われた俺たちは、難なく外の世界へ出られた。

 

 

 

――現実世界。

時間にして午後十七時四十七分だった。

古泉は携帯電話を取り出し、何処かへ連絡――恐らく『機関』の誰か――をかけている。

そんな様子を尻目に朝比奈さん(大)は軽く一礼をして。

 

 

「わたしも考えを改める必要があるのかもしれません」

 

「それは自分の立場についてですか? それとも、未来についてですか?」

 

「両方かな。アナザーワンさんには驚かされちゃったけど、明智さんは明智さん。誰の味方でもありませんでしたね」

 

勝手に居なくなった上にあいつは何をやらかしたのだろうか。

他の連中はどうでもいいけど、俺に迷惑だけはかけないでくれよ。

だって、俺は俺の正義の味方をするんだから。

 

 

「誰とかなんて考えちゃいませんって」

 

「うふっ。今回も安心しましたよ」

 

屈託のないその笑顔は、紛れもなく朝比奈みくるそのお方なのだと俺に感じさせる。

藤原は一抜けさせろと言わんばかりの態度で。

 

 

「また来る。あんたらとはこれからも付き合わざるを得ないんだろ。これは規定事項にはなかった事だ。完全勝利とは言えないが、僕の敗北ではない」

 

「未来を変えられたとでも言いたいんか?」

 

「お前のせいだと言いたいのさ。明智黎」

 

「いつも何かあったらオレのせいだな。"スペアキー"は厄除けなのか?」

 

詩織と喜緑さんの言いがかりもそうだよ。

俺が朝倉さんを助けただけで目くじらを立ててきた。

何だよ、自分に従ったまでじゃないか。

ここは世界なんだぜ。

……現実見ろよ。

運命とか因果とか、あるわけないんだからさ。

配られた地図を眺める作業をするのは本の中だけだ。

お前だってそう考えているんだろ。飢えた未来人よ。

 

 

「そうさ。だから、また来ると言った。……そして姉さん。あなたをあっち側から取り戻してみせます」

 

「あなたにそれが出来るんですか……?」

 

「出来る、出来てみせる。その為に僕はやって来た。だから僕はあなたに触れない。あなたを助け出す、その時までは」

 

藤原はそう言い残して坂道を下って行った。

はたして朝比奈さんはどういった思いで彼の言葉を聞いていたのだろうか。

彼の発言は真実なのか。朝比奈さんの弟が彼なのか。

いつかそれもわかることだ。

そう、焦るなって。

 

 

「これから先の事なんて、未来人にもわからないのさ」

 

「そうみたい。困っちゃうなあ……」

 

「言ってる割には楽しそうな顔ですね?」

 

ともすれば、真剣な表情になった彼女。

橘京子は電話中の古泉をじろじろ見ているし、周防と朝倉さんはぼけーっと突っ立っている。

宇宙人は未来人に用は無いらしい。

……って、長門さんがいつの間にか居ないじゃないか。

確かに一緒に出てきたはずだ。置いてけぼりではない。

帰ったのか? 曲がりなりにも病み上がりの一仕事だったからね。

後でお見舞いと行くさ。

そんな緩い中でシリアスムードただ一人の朝比奈さんは。

 

 

「これから先は、何も起きませんよ」

 

「平和が続くって事ですか」

 

「いいえ。これから少し先の未来で起こる事はどんな結末を迎えようと、決して記録に残る事はありません」

 

そういう意味か。

ええ。わかってますとも。

役割だとか以前に、俺もサーカスの劇団員になってしまったのだ。

あるいは涼宮ハルヒ劇場の役者さ。

そのどちらも全部アドリブ何だからどうもこうもない。

いつも通りに、出たとこ勝負なんだよ。

 

 

「わたしたちは宇宙人、未来人、異世界人、超能力者。決して表の世界で知られる事はない裏の世界の住人。今のわたしにとって、今回の結末は敗北でしかありません」

 

「その美貌で自分との戦いを未だ続けていらっしゃるんですか? 朝比奈さんと結婚するお方は幸せ者ですね」

 

心なしか彼女の表情が一瞬強張った気がしたのは気のせいだろうか。

未来に住む人が相手な上は、その野郎が来ない限りは俺も見る事がないだろうけど。

俺が彼女の婚期を気にする必要もないさ。

 

 

「とにかく、わたしはこの結末から逃げません。だって希望的に捉えられなくもないんですよ?」

 

「それが朝比奈さんのの選択ですか」

 

「はい。わたしの世界を護るための、ちっぽけな戦いです」

 

じゃあ、わたしもも失礼しますね。と言って彼女も消えてしまった。

藤原が下って行った道のりとは逆方向で、未だ緩やかな登り坂が続くが関係ないだろう。

どこか適当な場所で未来に帰るのさ。

 

 

「周防はどうだ?」

 

「――」

 

「君も君だけの戦いをしたんじゃあないのか」

 

「――さあ」

 

わからないと言わんばかりの様子。

どこ吹く風なのはいいけど、長い髪が吹き荒れていくだけだ。

そういや。

 

 

「α世界に周防は居なかったんだろ? この世界がどうなってるかよくわかんないけど、谷口の方はどうするよ」

 

そっちが未だ乗り気なら是非とも乗ってやってくれ。

ショックを受けて引きずっていたとはいえ、付き纏うなんて事はしなかったんだ。

清々しい奴だよ。

周防は顔色一つ変えずに。

 

 

「――愚問」

 

「ハッキリ言っとけよ。口に出す方が良い事だってあるんだぜ」

 

「今まで通り……彼を観察する……」

 

「余計なお世話かもしれないけど、オレも安心出来たよ」

 

「猫の飼育を要請する」

 

「……誰に?」

 

「任務に必要だと考えてもらうのもいいけれど……彼に直接頼むのも、悪くないわね……」

 

そうかいそうかい。

俺の敵にならない限りは、俺は君たちの味方になるさ。

谷口を猫好きになるように洗脳しといてやるよ。

とにかく、やるべき事を誰かに決められる必要はないんだからな。

何より。

 

 

「動物好きに、悪い奴はいないのさ」

 

「――」

 

「これからは必要な時にだけ出しゃばってくれよ、イントルーダー」

 

「――相変わらずに口が達者なのね。彼と、そっくりよ……」

 

別れの言葉もロクに言わずに、周防九曜も下り坂を歩き始めた。

後に残されたのは比較的会話の通じる人種であった。

ダブル超能力者と、俺と朝倉さん。

こんな取り合わせもあるんだから世の中不思議だよな。

あいつらだって好きでいがみ合っていたのかと訊かれると多分違うはずだ。

だってさ、そう考えた方が面白いでしょ。

 

 

「春だな。こんな時間でも気持ちがいいや」

 

「橘京子とは話さなくていいの?」

 

「オレから言う事は何もないでしょ。あっちから話があるなら聞くけどね」

 

「そう」

 

ふと後ろを振り返る。

いつも見ている、見飽きたぐらいの校舎だった。

だけど、それもいつかは見慣れなくなってしまう。

このまま行けば後一年とちょっとでそうなる。

すると朝倉さんは、淡々と。

 

 

「明智君は、あれで良かった?」

 

「……佐藤の事かな」

 

「何となくだけどわかっちゃう。……元の世界の友人について。彼女なんでしょ?」

 

「そうさ。オレの親友だった」

 

「あなたも戻りたかったんじゃない? その世界に」

 

そんな無理した笑顔を見せるくらいなら、言わなくてもいいのに。

君は本当に優しい人だ。

ただ甘いだけの俺とは違う。

俺は涼宮さんよりも先に、君の方に憧れたのさ。

 

 

「朝倉さん。勘違いしなくていいよ。オレが決めた事だ。自分がそれを引き止めてしまった、だなんて思わなくていい」

 

「それは私と約束したから? それとも私に感情が芽生えたから?」

 

「どっちでもないよ。選んですらいなかったんだから。朝倉さんが居るからという一択だよね」

 

「ふふっ。ありがとう。……それはそうとね。何だか私、負担から解放されたおかげか前よりパワーアップした気分なのよ」

 

はい?

一度死にかけた末の成果ですかそれは。

宇宙人だとは言ってもその世界観はマズい。

ゴンさんでも太刀打ち出来ない連中ばかりだぞ、Z戦士は。

こんな話の繰り返しの結果で朝倉さん(大)は強くなったのだろうか。

愛がどうこう言ってたけど、俺は関係ないんじゃないの。

 

 

「背中合わせで戦う日が来るだろうかね」

 

「出来れば隣り合って戦う方が私はいいかな」

 

「でも、戦わないのが一番さ。平和を守るのはオレの仕事じゃあない」

 

俺がするのは自分を押し付ける事だけさ。

治安維持はケーサツに任せる。税金だ税金。

いつも通りにいつも通りな事を思い浮かべる。

ただそこには、もう、何かを知りたいといった気持ちは消失していた。

充分だ。

充分やったさ。

 

 

「涼宮さんは無事、自宅にいらっしゃたそうです」

 

携帯を仕舞い古泉はそう語りかけて来た。

何時の間にお前は俺の方へと接近していたんだ。

 

 

「そろそろ応援がやって来る頃合いです。お二方が見ていて面白い光景とは思えませんよ。どうぞ、お帰りなさる事をお勧めしますが」

 

お前さんは何をおっ始めるつもりなんだ?

 

 

「それはそれは長くて面倒な裏方仕事ですよ。我々のね」

 

あいよ。

興味はあったが、俺と朝倉さんはそれに従った。

敵対組織の一員の橘京子がその場に居て無事なものなのか。

俺にはわからないけど、古泉はそんなに薄情な奴ではない。

御し易い部類の女性ではあれど、なかなかどうして芯の通った女性さ。

本当に、穏やかな気分だった。

俺たち二人も坂道を下っていく事に。

 

 

「この番号も、結局必要なかったな」

 

「そうみたいね」

 

携帯電話に映るは、佐藤が俺に伝えた番号。

一度きりとか何とか言って、頼る必要なんてなかったんだよ。

俺は俺さ。

 

 

 

――ただ、何となく魔が差した。

通話のボタンを俺は押してしまったんだ。

可笑しいよな。

通じる訳が、ないのにな。

 

 

「…………」

 

数コールの内に、彼女は応じてくれた。

これ以上の驚愕なんてないさ。

なあ、嘘だろ?

だけど本当だった。

間違いなんかじゃあなかった。 

 

 

「すみません。間違い電話でした。オレの声が誰かに似ていたとしても、それは他人の空似です」

 

魂消たよ。

天が許す偶然も、こうも連続で続けば案外必然なのかもな。

たまには俺も主張を変えるのさ。

何なら春のせいにしてやる。

 

 

「もう二度とこの番号は通じませんから。ええ、お気になさらず。それでは……」

 

さようなら。

僕の、唯一無二の親友。

 

 

「佐藤詩織さん」

 

 

 


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