異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第八十三話

 

 

彼女の登場に反応できたのは僕ぐらいか。

いいや、空気を読んでくれたとでも言うべきかな。

彼女に言いたいことがある奴なんかこの場のほぼ全員がそうだろう。

だけど明智黎ほどじゃあない。

頃合いなのさ。

 

 

「substitution(選手交代)だよ」

 

元々交代してもらったのは僕の方なんだけどね――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふぅ。

顔を天井に向けて、数秒。

それから俺は周囲を見渡した。

 

 

「……それで? 何の話」

 

私は帰って来た、とか言っても良かったけどな。

俺が戻って来たということはつまり。

 

 

「ああ、オレと話の途中だったのか。悪いね」

 

「……浅野君」

 

「もういいだろ。だいたいわかった」

 

どうしても過去をやり直したいんだろ?

"生きる"とか"死ぬ"とか。

誰が"味方"で誰が"敵"だなんてどうでもいいのさ。

"友人"が俺だなんて事も、君にとってはどうだっていいに違いない。

これは俺の……いいや。

 

 

「僕の仕事だ。昔出し損ねたレポートを、ようやく提出する時が来たのさ」

 

俺がこの世界でするべき事などわからない。

何が"真実"で何が"虚構"だなんてどうでもいい。

例えば明日死ぬと宣告されたとして、受け入れて諦める人間が居るのか?

病気でそうなって、心、精神は折れてしまうかもしれない。

でもな、投げ出すのは本当の最後の最後でいいじゃあないか。

 

――白血病で他界した祖父さんはそうだった。

死後、彼が闘病中につけていた日記を俺は見た。

闘志、希望、渇望、ありとあらゆる正の感情がぶつけられていた。

途中から字さえまともに書けなくなったのだろう。

俺には解読する事さえ困難だった。

彼の闘病生活を支えてきた祖母にはその内容が理解出来たらしく、教えてもらった。

だけど、彼が死ぬ前日に書いた最後の一ページ。

目に飛び込んで来た一枚画に対して俺は間違いなく戦慄した。

 

 

『私を殺してください』

 

ぐにゃぐにゃした字だったが、俺にも読めた。

泣きながら祖母は俺に。

 

 

「最近は、本当に生きるのが辛そうだった」

 

何より弱っていく祖父さんを見るのが彼女は耐えられなかったと言う。

俺だって孫として出来る事なんか特別あったわけがない。

だけど、心の支えにはなれたはずだ。

ついぞ俺は彼に対して勇気が出て来る言葉の一つもかけてやらなかった。

その事実と結果に後悔はしなかった。

人の死なんて慣れていた。

だが、俺がお見舞いに行くだけでも続けていれば、何かが変わっていたのかもしれない。

本当に一人より二人の方が良いのであれば、そうかもしれない。

一時退院を除外して通算二年と少しの闘病生活。

 

 

「あなたは僕と違う。立派なお方でした」

 

葬儀に集まった身内は生前の彼を褒めちぎっていた。

お通夜とは往々にしてそういうものであるが、俺にはその光景が印象的だった。

最後に安らかに逝けたわけがない。

祖父さんは来るし身悶えるうちに呼吸が停止していったのだ。

最後には心が折れたのだろう。

だが、それまでの過程を知っている人が一人でも居るのなら彼の闘いは無駄ではない。

俺は知っている。

彼女が死んでから、一年ほど後の出来事だった。

 

 

 

――だから、死の覚悟なんて必要ない。

 

 

「朝倉さん」

 

彼女の方を向き、この場に居る全員に対して言うかのように俺は言う。

俺がこの世界に持ち込んだ因縁だ。

俺が払拭しないでどうするよ。

残念だけど、誰であろうとこの瞬間だけは立ち入って欲しくない。

裁かれるのは俺の精神だ。

 

 

「オレはこれから彼女と二人だけで少しの間、話をしてくる」

 

場所は"異次元マンション"の一室でもいいだろう。

だが、フェアじゃあない。

校舎の外にも共用スペースなどいくらでもある。

北高もこういった部分に関してだけは用意がいいんだよ。

朝倉さんは。

 

 

「……わかった。でも、必ず戻って来ると約束して」

 

「その必要はないさ」

 

今更君と俺が何かを約束する必要はない。

既に交わしている約束を忘れない限りは。

朝倉さんだって知ってて敢えて今、言ったのさ。

俺の言葉に対して、彼女は頷いてくれた。

忘れないさ。

俺が忘れようとしたからこんな事になったんだからな。

 

 

「各自解散。……してもらってもいいけど、全員で腰を据えて話をした方がいいんじゃあないかな」

 

「明智さんの仰る通りですよ。このメンバーが一堂に会す事は滅多にありません。何せ、今までには無かった事ですから。幸いな事に、ここには人数分の椅子だって置いてあります。いかがでしょうか?」

 

それに、SOS団の元マスコットこと朝比奈さん(大)だって居る。

この世界の物質概念がどうなってるかは甚だ不明だがお茶が淹れられるのであれば出してもらった方が良い。

彼女の腕前が錆びついていない事を期待すればいいさ。

時間があれば俺だって口にしたいものだね。

じゃ。

 

 

「行こうか……詩織」

 

「……ええ」

 

決着でも何でもない。

やはり答え合わせでしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北高学食の外壁に設置されている自動販売機。

紙コップに注がれるタイプの奴だ。

 

 

「どういう原理なのか? 電源があって運転しているらしい。何か奢るけど」

 

「じゃあ、ココアをお願い」

 

「あいよ」

 

俺の財布には自然と小銭が増えてしまう。

千円札からどうしても使ってしまうくせに俺は五千円札を使いたがらない。

昔からの変な癖だ。

人体に影響があるのではと怪しくも思えてしまう液体が注がれたそれを受け取ると俺と彼女はテラスへ向かった。

切歯されている丸テーブルに紙コップを置き、椅子に座りご対面となった。

そういや、ここで五人集まって入団試験だ何だの語らいをしたな。

つい数日前の話だ。

 

 

「……君はどっちでも良かったんだ」

 

涼宮さんと俺のどっちでも良かった。

俺が来なければ間違いなく藤原の強硬手段に便乗するつもりだったのだろう。

だが、それは叶わなかった。

俺たちのせいで。

どこか清々しい顔で彼女、俺の友人こと佐藤詩織は。

 

 

「私は信じていた。あなたが来ることを」

 

「オレ一人の成果じゃあないさ」

 

浅野と呼ばれた野郎に何が出来るのか。

俺は何もしてこなかったのだから、それさえもわからないんだ。

 

 

「もし、君が全部やり直そうと言うのなら……悪いけどオレは謝らない」

 

一度やり直したってそもそも何かが変わるのだろうか。

俺は大馬鹿だからな。

下手をすれば同じことの繰り返しになるかもしれない。

そして、君は何より。

 

 

「個人として存在していないんだろ。亡霊のように彷徨っていたわけだ、世界を」

 

「……フフ」

 

「君はオレと同じ、前世の主人格から弾かれた存在だ」

 

「よくわかったわね。あなたはどうしてそれに気付けたのかしら?」

 

後輩のおかげもあるさ。

彼女のおかげで俺は違和感が気のせいではない事に気付けた。

だけど、俺がその違和感を感じたきっかけ。

 

 

「君も忘れてしまっているからだ。オレの事を"皇帝"と名付けたのは君じゃないか」

 

「……えっ…?」

 

「それがいつの間にか広まったからオレがそう呼ばれてたのさ」

 

無茶苦茶やってたと思うよ。

生徒会長リコール運動とかもそうだ。

よくわからない人脈を君は持っていた。

俯いた彼女は下を眺めながら。

 

 

「……私がどうなろうと構わない。だけど、最後には元の世界の浅野君も死んでしまう。望まぬ形で」

 

「それが、オレの居た世界での話って事か。佐乃が言ってたサイバーテロ云々は本当に知らないけど」

 

「精神分裂。あなたの精神は浅野君の善。彼の奥底に封印されていた優しさなのよ」

 

優しさだけで何かが変わるって?

朝倉さんにも言われたけど、やっぱり俺は――。

 

 

「――オレは自分に甘くて他人に厳しいさ。何も変わっちゃあいない」

 

「いいえ、あなたは変わった。自分や周りと向き合えるようになった。広い視野で広い世界を見渡せるようになった」

 

「なら、君は変わっちゃいないな。振り回されたのはオレだけではない。佐乃の方もだ」

 

「これも運命。だったら私はそれを利用する」

 

君は既に死んでいる。

元の世界の俺もやがて死ぬ。

今の俺とまるで無関係な存在だ、と切り捨てるのは簡単だ。

涼宮さんの方に手を出そうとやっつけてしまえばいい。

だけどさ。

 

 

「結構大変だったね。自己精神の再構築ってのは。海馬社長だってマインドクラッシュされてから立ち直るまでにかなり時間がかかっていただろ。オレは一日かかってないからね?」

 

当然ながらこれも俺だけの力ではない。

アナザーワンであり、この世界の明智黎のおかげでもある。

そして、朝倉さん。

 

 

「他人を負かすってのはそんなに難しい事じゃあない。もっとも"難しい事"は過去の"自分を乗り越える事"……らしいよ」

 

「フフフ……どこの漫画家の台詞かしら、それ」

 

「乗り越えなきゃ見えないんだろ。オレは自分の後悔を払拭したい。過去を清算したい。君と彼を救う事が、せめてもの罪滅ぼしだ」

 

俺は居なくていい。

そこに心残りが無いかと言えば、嘘になる。

普通に文句を言い合って、普通に生きていく。

宇宙人未来人超能力者なんて必要ない。

異世界人についてなんか言うまでもない。

みんな居ないのさ。

全部、嘘だったんだ。

そこに俺は居ない。

 

 

「……君の事が好きだった。多分、初恋だよ」

 

「浅野君の周りで、私の他に女子が居た覚えはないけど」

 

「ほら、何て名前だったっけ。君の友達の一人にいただろ。名前は思い出せないけど……オレと同じ放送局員だった女子が」

 

やたら因縁をふっかけられたような覚えがある。

ともすれば罵倒されたりだとか。

俺が自分勝手なのが悪かったんだろうけど。

 

 

「違う。あの子も私と同じよ」

 

「何が同じだって?」

 

「浅野君が好きだった。今、どうしてるかは知らないけど。そして私は今でも好きよ」

 

「……ふっ。とんだ腐れ野郎だったな」

 

彼女が放送局に入ったのもそのためだって言いたいのか。

やたらと絡まれた気がするが、俺は相手にしていなかった。

君のことだってそうだ。

もしかすると俺は"女の敵"だったのかもしれない。

いや、むしろ俺の味方は少なかったのさ。

 

 

「取引と行こう。オレが要求する要素も、君が求める要素も似て非なるものな筈だ。あの世界の出来事にオレが干渉するのはタダでいい」

 

無かったことになんて出来ない。

俺の能力が"大嘘憑き"なら話が早かったんだけどな。

でも、俺の力の正体はそれと同じだ。

次元の壁を超える事が出来る。

 

 

「君は一つ勘違いしている」

 

「あら……?」

 

「オレに否定だとか、何かを変えるだとか、そんな能力は存在しない」

 

「いいえ。じゃないと説明できない。あなたがこの世界の正史を乱している結果について」

 

そんな訳ないだろ。

運命も因果も宿命も因縁も、気の持ちようだ。

神なんて居ない。

俺が神を認めない限りそいつは死んでいる。

世界の修正力?

馬鹿馬鹿しい。

じゃあ世界に対して言ってやるよ。

人間、なめんじゃあねえ。

 

 

「オレは自分の力の正体に気付いた」

 

アナザーワンのおかげさ。

彼の情報操作で、切り裂かれ血まみれになった制服の腕部分とかも修復されていた。

朝倉さんのセーラー服についてもそうだろう。

だけどそれは、俺が持つ能力とは別物。

俺の役割が"スペアキー"だとして、鍵とは似て非なる能力。

 

 

「オレの能力は、"切る能力"」

 

切断。

正確に言えば切ったものを操る能力。

刃物を使う必要は無い。

そして。

 

 

「エネルギーについては君も知っているはずだ。確かに生命エネルギーの"オーラ"じゃない」

 

「そうね。確かに、説明はつく。あなたが行使してきた"力"なら、空間を操る事も可能。そこに存在していれば何でも、ね」

 

「そこも勘違いしないでくれ。何でも出来るわけじゃあない」

 

本当に、あってはならない力だ。

封印した方がいいに決まっている。

後、もう少しだけでいいから頼らせてくれ。

決着をつけたら。

 

 

「"存在するために必要な力"……俺はそれを使い、それに干渉する」

 

これが次元の壁を越えれるエネルギーの三種類目。

"重力"は性質として、超自然的にそれを可能とする。

"無限"は到達する事が出来ないエネルギー。

それを再現出来るのは、無限への追求を行った"回転"の技術のみ。

しかしこの世界には存在しない技術だ。

 

 

「万物には"そこ"に存在するために必要な、見えないエネルギーが常に働いている」

 

某作品に出て来る"直死の魔眼"。

あの能力はオブジェクトの"死"に干渉して、それを絶つ事で"殺す"能力。

物質が存在し続ける過程を切る事で存在を殺している。

存在するために必要な力に干渉しているわけだ。

 

 

「オレのは違う。オレは、自分のその力を使っている」

 

「……やがて死に至るはずの能力」

 

「そうなっていない今のところの理由は二つ。平行世界の移動というのは、涼宮さんによって与えられた能力。一人の人間が持つには大きすぎる力だ」

 

「あなたには覚醒してもらう必要があった」

 

俺にはそこまで必要じゃなかったさ。

自分のために使うような能力なんかじゃない。

ここ以外のどこにも俺は行くつもりはない。

そう、約束したから。

 

 

「結局は君のため、いや、オレの罪滅ぼしのためだけに使うようなもんさ」

 

「あなたがこの世界に来られたのは、力をあげた涼宮ハルヒのおかげなのに?」

 

「涼宮さんはチャンスをくれただけさ。ビッグチャンスだ。その能力のついでとして、膨大なエネルギーがオレに与えられたって訳らしい」

 

アナザーワンはそれを知っていた。

身体強化もエネルギー行使の応用でしかない。

俺が強い存在なのだと世界を誤魔化していただけなのだ。

オーラだったらそれはそれで恐ろしいけど。

俺は紙コップに注がれたアイスコーヒーを一口。

それをテーブルに置くと。

 

 

「オレの要求は一つ。オレが持つ能力、最後の構成要素についてだ」

 

そんなもの無くていいんだけど、俺じゃなくて彼がうるさい。

交代の瀬戸際に散々言われたからね。

必ず取り戻せと。

何の必要があるんだか。

だいたい俺は彼のように能力の九割さえ引き出せそうにない。

多分、この空間にも俺なら入れなかったに違いない。

 

 

「オレが、佐乃がそれを持っているんじゃあ――」

 

俺がそう言おうとしたまさにその時だった。

後ろから、ドス黒い瘴気が迫るような。

負の感情をぶつけられた、そんな感覚がした。

そして。

 

 

「……驚いたぞ、明智黎。お前が生きてここに来るなんて思わなかった」

 

振り返った先には北高の制服。

グリーンのブレザーを着用した天然パーマの男。

鋭い眼光だが、理性は感じさせない。

獲物を前にして飢えた獣。

 

 

「佐藤、話が違うんじゃあないのか? 涼宮ハルヒが持つ力。それこそが解答のはずだ」

 

間違いなくそいつは壊れていた。

α世界から見た、β世界の俺とそっくりだ。

人間が発せられる雰囲気ではない。

後天的な怪物。

 

 

「明智黎。タダで帰れると思うなよ」

 

……さて、平和的に解決できるかどうか。

それが問題だ。

 

 


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