異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第76話

 

 

俺が"結果論"に対して最終的にどのような判断を下すのか。

それはさておき、今回を結果論で語るのなら俺は流石に気付くべきだった。

覚えていないにしろもう少し踏み込んだ結論を出せなかったのが馬鹿だ。

直球すぎるだろ。

"分裂"だぞ? じゃあ何が分裂するのか、って話だ。

まさか俺"だけ"とはいかないだろうさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に言うと、朝倉さんに関してもだ。

朝倉さん"らしさ"だと言う割に俺は理解しちゃいなかった。

俺が彼女を想うのと同じ、あるいはそれ以上だった。

幸せすぎるのか、不幸な事に俺はそこまでは考えていない。

結果として俺の生涯において――不可抗力、いや、抗えよとは思ったけど――最大最悪の失敗を生んだ……。

 

――まるで口裏を合わせたかのような"流れ"だった。

涼宮さんが同性をイジるのはわかる。

原作で度々そんなシーンは見たし、実際に目の前でそんな事もある。

こと朝倉さんに関してはライバル関係みないな空気ではあるけど仲はいいはずだよ。

何を話しているのかの全てなんて知らないけど。

しかしまさか朝比奈さんが新入団員二人を、それも"メロメロ"という勢いで気に入るとは。

二人をペットか何かだと勘違いしているようにも思われた。

古泉は一人チェスに興じながら。

 

 

「僕の見た限りでは、あれは彼女らの人徳が成せる業。と言ったところでしょう」

 

「そりゃあオレたち野郎を懐柔する方が楽に違いないからね」

 

二人が魅了の魔術なんて使えたとしても俺は既に……というふざけた話は問題外だ。

今日の問題はヤスミンの呼び出しについてと、その呼び出した張本人が部室に居ないという二点。

朝比奈さんが言うには小動物のような可愛い眼で早退アンド欠席を伝えたらしい。

ヤスミンについてもっと言うなら。

 

 

「実はね、"渡橋泰水"なんて名前の女子生徒は北高に存在しないのよ」

 

「何……だって……?」

 

ヤスミンが何かしたのか。

そう思えるぐらいに手早く切り上げられた部活動。

おかげさまで朝倉さんの住む分譲マンションと北高を往復して、どうにか午後六時に間に合うかなといった感じである。

そして、うんとかすんとか言っていたら朝倉さんが下校中にそんな事を言い出した。

男の仕事の8割は決断だけど、その大部分にしばしば女性が関連するのは解説するまでもなかろう。

俺が朝倉さんを助けたあの日から、俺の仕事には朝倉さんに振り回されるの項目が追加された。

10割の壁を突破されたのだ。

可愛い顔していつも俺の精神を酷使させ、最後は彼女が癒していく。

自作自演みたいな朝倉式サイクルが確かにあった。

で。

 

 

「存在しないって何だ……偽名って事かな」

 

「似たようなものね」

 

「まさかそっちから出題されるとは思わなかったね。オレが朝倉さん自体を"どうもこうもない"だなんて思うはずがない。解答する前から正答が出ない事を自覚できる事ほど理不尽は、ないね」

 

「本来の出題者は私じゃないけど」

 

ならばその誰かさんは間違いなくヤスミンなのだろう。

名を詐称してSOS団に潜入。

どう考えてもスパイ活動のそれだ。

独断専行を企てた朝倉さんだってスパイじみていたとは言えるけど。

インポッシブルだったというわけだ。

 

 

「一応確認しておきたいけど、それは結構ヤバめな話に繋がりそう?」

 

「どうでしょうね。あなたに関係するとは思えない」

 

「だったら教えてくれませんかね」

 

「その必要は無いわ。……と、判断したのよ。私と長門さんは」

 

少なくともヤスミンについて裏があることを宇宙人も理解していたわけだ。

ならば俺が語っていた情報とは一体何だったんだ。

誰の為の報告連絡相談なのさ。グレちゃうよ俺。

 

 

「佐倉詩織については私たちでも何一つ掴めなかった」

 

「嘘はついてないってわけだ」

 

「ふふっ。ごめんね?」

 

「いいよ、別に」

 

物事の片面だけを見るのはやめるべきだ。

某大統領だって言っている。

……彼の場合は自分を正当化するためだけに言っていたが。

朝倉さんを責める気はないけど後出しジャンケンはよろしくないのも事実。

人間は最低限持てる情報等判断材料の全てを駆使して客観的な広い視野であるべきだ。

しかしながらその視野を広げようにも知らない要素があれば、それはもう"世界"ではない。

単なる"視界"だ。

 

 

「本当、"異世界人"って曖昧だよな。オレがそうなんだから多分間違いないよ」

 

「明智君はその曖昧さが好きなんでしょ?」

 

「嫌いじゃないさ。一昔前までは」

 

俺は二元論が嫌いだった。

今もそうだけど、前世での俺は白と黒がもう嫌いだった。

世界の基準のプラスマイナスが嫌いだったんだから。

曖昧さと中間点はどちらも同じ性質がある。

だけど俺はそんな第三の選択肢ではない、自分が納得できる言わば第四の選択肢を求めていた。

二元論だのに、その倍もあったら無茶苦茶だよな?

本気で信じてたのさ。

サンタクロースも、完璧な世界も。

 

 

「今は嫌いだ。オレの精神テンションは前世のそれに戻りつつある」

 

「"皇帝"かしら」

 

「かもね」

 

ただの勘違いで済めば中二病だ。

そこで終わらなかったらそいつは本物だよ。

俺は残念な事に本物の人種だった。

 

 

「社会不適合者のオレがよく働けたな……と、たまに思う」

 

「あなたでそうなら社会の大半がそうなっちゃうわよ」

 

「やっぱり教育に問題があるのかもよ」

 

「明智先生には小学校教師は絶対無理ね」

 

「"絶対"は認めたくないけどオレも自信がなくなっちゃうね。ちびっ子どもに悪影響しか与えそうにないよ、オレ」

 

世の中"勧善懲悪"の理想的二元論では廻ってくれない。

何故なら勝者が善であり、敗者が悪だ。

歴史的にもそれは証明され続けているのさ。

俺はいつか、そんな事を誰かに語っていた気がする。

 

 

「つまり、あなたたち人類は闘争が好きって事」

 

「人間は常に何かを傷つけないと生きていけない。不便さ」

 

でも。

 

 

「そろそろ"あなたたち"って表現がオレは気に入らなくなってきたよ」

 

「何が不満かしら」

 

「ふっ、オレが保証するよ。朝倉さんだって人類さ」

 

「……」

 

すると彼女は朝と同様にそっぽを向いてしまった。

俺の発言が逆に気に入らなかったなら少々ショックだが謝ろう。

と、思って彼女の顔が向いている方に回り込む。

今度は自分の顔を両手で隠した。

俺を視界に入れる価値すらないんですか。

泣きますよ? メンタル強くないんで、俺。

当の彼女は消え入りかねない声で。

 

 

「ひ、卑怯よ……」

 

「……何が」

 

「私は明智君を見ていていつも楽しいけれど、たまに不意打ちをするから困るわ……」

 

そのトーンで何となくわかった。

彼女が顔を隠していたのは恥じらいに起因していたらしい。

それでも何故そうしているのかは謎だけど。

俺の話を聞くだけ恥ずかしくなってくるのか。

言動に気を付けたいとは思うけど、こういう風に人格形成されちゃったからね。

しょうがないね。

 

 

「馬鹿ね。あなたは急にカッコいい事を言うから困るの」

 

「……オレが…?」

 

「私も人類だ、なんて――」

 

俺にとっては当たり前の認識だった。

朝倉さんは人間社会に充分対応出来ている。

心がある。機械にはない。

だけど、やっぱり立場までは消えてくれない。

宇宙人、バックアップ、情報統合思念体……俺はそれが気に入らなかった。

俺も立派な鈍感系主人公の部類なのか?

それとも空気で察するという日本特有の会話方式が嫌いなのだろうか。

彼女の最後の一言でようやく理解できた。

 

 

「――嬉しくなっちゃうじゃない」

 

朝比奈さんが新入生二人を相手にしてていかにも可愛いと思っているのは俺でもわかった。

今度は俺がそう思う番らしい。ここからは、俺のターンだ。

 

 

「朝倉さん、何度も言うけど大好きだ!」

 

「ち、ちょっと」

 

一点の曇りもないその笑顔を見て俺は思わず彼女を抱きしめてしまった。

ベアハッグではない。優しく、そっと包むように。

……お前、路上でイチャつくような時間があるのか、だって?

あろうがなかろうが別にいいんだよ。優先順位だ。

"異次元マンション"使えば一発で文芸部室へ到着なんだから。

彼女が拒否しないのなら俺だってつけあがってしまう。

俺は異世界を語る前に人間で、男なのさ。

 

 

「オレだってそう言われたらお世辞でも嬉しくなるさ」

 

「私たちはお似合いかしら?」

 

「だと、いいんだけどね……」

 

成算が立つかどうかなんてわからないさ。

そんな話をしたら、朝倉さんを助けた俺自身を否定してしまう。

どっかの惑星の博愛主義者が言うには『未来への切符はいつも白紙』だそうだ。

 

――ここは現実だぜ。

俺が現実から逃げていたのは去年までの話だ。

知っている話だから無関係で大丈夫、だとか考えていた"ミステリックサイン"。

それから自分の考えで行動し、結果を出せた"エンドレスエイト"。

極め付けと言えば再三言うように"涼宮ハルヒの消失"だ。

コンピ研部長氏失踪はともかく、他はタイトル詐欺もいいとこだろ?

ループした瞬間に終了、消失したのは朝倉涼子。

ここは物語なんて甘い世界ではなく、残酷な、現実の世界。

エンドテロップなんてものはそもそも存在しないのさ。

 

 

「たちが悪いよ。オレはあの話を知らなかったら朝倉さんを助けられなかったわけだけど、なまじ物語として知っているだけに余計な事を考えてしまう」

 

「だったら知ってて正解だったのよ。私はそう信じたい。私を助けたあなたを、ね」

 

「オレは正しいと思ったからやったんだ。後悔はないさ……」

 

こんな世界とはいえ、俺は自分の信じられる道を歩いていたい。

なんて、ね。

 

 

「勝手に抱き着いてあれだけど、そろそろ放すよ」

 

「……もう少しだけお願い」

 

「承知致しましたとも、お嬢さん」

 

俺の"役割"が何なのか。

何であれ関係ないさ。

昔々に俺が考えたシナリオそっくりなんだよ。

俺が主人公の影かなんてのはどうでもいい。

別の世界の俺ならきっと、そんな事さえ気にしないはずだ。

自分が主人公だと信じているはずだ。

俺もそろそろそれにあやかるべきなんだ。

世界の頂点だとか、中心だとかどうでもいい。

 

――俺にとってのヒロインが居てくれればそれで満足だ。

野郎はかくも、惚れた女性のために強くある生き物らしい。

元々が弱いからこそ強くなるのだ。

人間社会の根源は獲得社会だったのさ。

いつか棄てる時が来る。

だけど、朝倉涼子だけは一番最後だ。

俺の命と同じに棄ててしまおう。

そうすれば後悔せずに済むのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駄目だ、隙あらば俺は直ぐに朝倉さんといちゃついてしまう。

平和を免罪符にするのも真の平和主義者さんに申し訳ない。

急いで引き返そうにも徒歩ならやっぱり間に合わないじゃないか。

と、いうわけで予想通りに。

 

 

「――こにゃにゃちわーっす」

 

放課後、部活終わりの文芸部。

団長席付近の床下から俺はひょっこり顔を出す。

俺の結構呑気した挨拶と同時に、二人は俺に気付いたらしい。

だって『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン』が通用するとは思えない。

この二人なら知っていそうだけど。

でも前世では死語だったよ。

どっちかと言えば『呼ばれて飛び出てジェノサイダー』の方だったね。

突然の俺の登場で少し驚いた後に呆れた表情をしたキョンは。

 

 

「……最近ではお前のそれを見ちゃいなかったからな。失念しつつあった」

 

「遅刻スレスレだけど、今が午後六時ジャストだ。遅刻ではないのさ」

 

全身を"出口"から出すと文芸部入口付近に立っているキョンの方へ歩いていく。

すれ違いざまにヤスミンは。

 

 

「流石は明智先輩です。いきなり無茶してますけど、きっと先輩も来てくれると信じてました」

 

「……驚かないの?」

 

「信じていたいから、これでいいんです」

 

何だそれは。俺について何か知っているのか?

それとも【スターウォーズ】の話なのか。

信じていただの何だのと言えば"シスの復讐"クライマックスだ。

どうでもいいけど俺はあの映画を五回ぐらい劇場で見た。

いや、見させられた覚えがあるな。

三回目からは役者や監督をはじめとする映画制作サイドに申し訳ない事に寝ていた。

だって長いから仕方ないよ。

グリーヴァス将軍が好きだったな。

そんな事を思い出しながらキョンの横に立つ。

いや。

 

 

「……座れよ、座ってろよ」

 

「そんな雰囲気じゃなかったんでな。それに俺も来たばかりだ」

 

用があるのは間違いなくヤスミンの方でしょうよ。

そして俺たち二人を指定するからには、二人揃ってからなんだろうな。

キョンはお待たせしたなと言わんばかりに。

 

 

「で、俺と明智に何の用だ。それぞれ別件なら時間や日を改めればいい。どういった話を聞かされるんだ」

 

ぶっきらぼうな言い方だった。

信用も信頼もしていないといった様子だ。

彼がそう振る舞うのも当然ではあった、

何故、長門さんでも朝比奈さんでも古泉でもなく俺なのだろうか。

最低限の自衛能力ぐらいは持ち合わせているんだ。

狙うなら各個撃破がセオリーでは?

二人という条件がこちらにとって好都合なのかどうかも疑わしい。

ヤスミン、君がそう言うのなら。

 

 

「オレに君を信じさせてくれ」

 

どんな話でも構わないさ。

正直に伝えようという、その誠意や思いが俺に伝わるならそれでいい。

俺にとってヤスミンの評価は未だゼロ。

そこに"信"が加わればプラスになる。

佐藤の話より、喜緑江美里より、佐倉詩織よりも俺を納得させられるか。

君にそれが出来るのか?

渡橋泰水。

すると彼女は。

 

 

「明智先輩――」

 

俺の方にその身体ごと向けて。

 

 

「――すいませんでした!」

 

急に謝り始めたではないか。

それはそれは見事な角度の礼であった。

45°はあるに違いない。

とても深々と頭を下げている。

土下座と見紛う雰囲気だ。

やがてゆっくり面を上げると。

 

 

「……あたしはもっと早くから謝っておかないといけませんでしたね」

 

「待ってよ。急に何の話かわからないんだけど」

 

キョンは訝しむように俺とヤスミンの間で目線を交互させている。

俺に心当たりは一切ないんだ。

間違っても手なんか出していないって。

大きい声で言いたくないけど朝倉さんだけだって。

ヤスミン。

謝罪が君の話の結論なのかは知らないけど、過程から俺は知りたいんだよ。

キョンはやれやれといった感じで溜息を吐いて。

 

 

「俺が居る必要のある話なのか?」

 

「はい。先輩にも追って説明しますよ」

 

やはり別件じゃあないのか?

何故、このタイミングなんだろうか。

 

 

「明智先輩にはこちらの手違いで迷惑をかけてしまいましたから……」

 

「"手違い"ね」

 

そろそろ一つの謎について結論を述べておこうか。

ヤスミンは真剣な眼差しで俺とキョンを見つめると。

 

 

「これから何が起こるのかはあたしにも解りません」

 

「何だと? ……佐々木絡みか」

 

「でも、もうすぐ解るはずです――」

 

そしてこう言ったのさ。

 

 

「――まずは明智先輩についてお話しします」

 

結論から言おう。

俺をこの世界に呼んだのは、やっぱり涼宮ハルヒだった。

 

 


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