異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第74話

 

 

正直言うと喜緑さんに出て来てもらった方がよっぽどわかりやすかった。

しかし、その可能性を否定していたわけではない。

俺も何だかんだで古泉の発言を判断材料の一つにしている。

古泉はヤスミンについて何らかの心当たりがあるのだと言う。

佐倉さんについては何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が力も持たない役割もない一般人だったとして他に選択肢は何が考えられる?

紛れもないシロか、そうでなければキョンのような本物のイレギュラー。

イレギュラーだったが、本物じゃあなかった。

俺と同じさ。

結局クロで、偽物だったのだから。

 

 

 

――宇宙人の巣窟である分譲マンション前を後にしてから数分。

奇しくもそこは、かつて俺が朝倉さん(大)に襲撃を受けたポイントとそう違わなかった。

 

 

「……奇遇だね。君の家はこの近くなのかな」

 

弱ったな。

まさか君がそんな眼をする、なんて思わなかったさ。

古泉ほどではないが何かを抱えているらしい。

今までの何処か人見知りな感じは演技だったのだろうか。

まるで、君は俺を待っていたみたいだ。

 

 

「佐倉さん」

 

「先輩にお話ししておきたい事があります」

 

話だけで済むならありがたいね。

これで襲い掛かられた日には新入りが入団初日にして退団なんて事にもなりかねない。

そして俺は誰も殺したくはなかった。

 

 

「駅前に公園がある。そこでいいかい?」

 

「はいっ」

 

俺の帰路とは少し逸れてしまうが誤差の範囲内だ。

佐倉詩織というこの後輩。

彼女の秘めた実力など一見しただけでは予想さえ出来ない。

どういう理屈か知らないけど鋼の心臓の持ち主だという事ぐらいだ。

体力的には只者ではないという訳である。

そんな人を相手に手の内を一つでも見せる訳がない。

"異次元マンション"について知っている情報統合思念体、喜緑さんは別だ。

 

――放課後デートでも何でもない。

公園に着くまでの数分間は会話など存在しなかった。

万一を考えてやや間隔を空けて並列歩行。

某スナイパーではないが後ろに立たれるのだけは穏やかじゃない。

それに、彼女が立つのは俺の右側。

朝倉さんのように左側には立たせないさ。

 

 

「……それで、何かSOS団について申し開きがあるのかな。だったらオレより涼宮さんにした方が良い」

 

ベンチに座る制服姿の佐倉さんを見下ろす形で俺は突っ立っていた。

"構え"は不要。必要なのは対応力。

例え急襲されようと、必要最低限の動作で相手を打ち崩す。

物騒な心持の俺に対して佐倉さんは息を吸い込むと、口を開いた。

 

 

「本日お話ししたいのは、SOS団についてではありません」

 

「……北高が合わなかったとか?」

 

「高校生活についてではないです。もっと、ごく、個人的な話になります」

 

俺はこの雰囲気を持つ女性を一人知っていた。

去年の春に、俺に対して未来人である事実を打ち明けた時の朝比奈みくる。

その時の彼女に佐倉詩織はそっくりだった。

 

 

「この世界についてと、わたしの前世について。そして――」

 

誰をどう信頼するかなんてのは自分の意思で決める必要がある。

だからこそ俺は見極めなければならなかった。

真実なのかどうかではない。信じられるのかどうかを。

 

 

「――明智先輩について、ですっ」

 

「オレ……?」

 

俺についてもそうだけど、気になるワードが後二つもありやがる。

"世界"と、"前世"……。

ともすれば誰かさんがいつも考えているような内容だ。

他ならない俺自身だ。

 

 

「先週の土曜日の事です」

 

やがて彼女は語り始めた。

一般人が聞いて信じられるとは思えないような、話。

 

 

「わたしはこの世界が創作物の世界である事を知りました」

 

「……」

 

「突然としてっ、誰かの記憶がわたしの中に流れ込んで来たんです」

 

それが、先週の土曜日だって?

俺たちSOS団がいつも通り成果を得られなかった市内散策。

唯一得られた成果なんて、佐々木さんの交友関係の悪さについてぐらい。

キョンだって心のどこかでは彼女を心配しているだろう。

 

――だけど、確かにこの日が分岐点であった。

 

 

「驚きました。ここはその人が、わたしが好きだったお話の世界だったんです」

 

質問攻めは最後でいい。

単に相手の話に突っ込むのと、質問は違う。

成果を得られてこそ効果的な攻撃と言えるのだ。

 

 

「【涼宮ハルヒの憂鬱】……という題名の、軽文学。アニメ化も、されていました」

 

「……へぇ、涼宮さんの名前がタイトルなのか」

 

「でもっ、そんな話や本がこの世界にあるわけがありません。ここは、その記憶の持ち主にとって異世界だからです」

 

やれやれさね。

決定的な一言がついに彼女の口から飛び出てしまった。

"異世界"。

この事実に直面出来た時期は関係ない。

俺と似たようなケースであるのは確かだ。

もっとも、自分を自分として別に認識している点では異なる。

佐倉詩織と俺は何がどう違うんだ……?

 

 

「わたしには、異世界人の記憶があるんですっ」

 

「……ふーん」

 

俺の話については不明だけど、俺も俺で黙っている訳にはいかない。

有無を言わさず後の先を突かせてもらおう。

 

 

「面白いね。詩織さんはそういうキャラで売り出そうって事でいいのかな。電波キャラもSOS団にはそろそろ必要だったみたいだ」

 

わざわざ名前で呼ぶように言われたからな。

佐倉さんに対する呼び方は"君"もしくは"詩織さん"にしている。

後者は馴れ馴れしいからあまり使いたくないけど。

間違いなくSOS団の電波受信アンテナは涼宮ハルヒだ。

彼女の思いつきなど総じて電波的に他ならない。

何かをしたいと心の中で思ったのなら、その時既に行動は完了している。

やられた方はたまったものではない。

 

 

「君は、"面白い小説"というものはどうすれば書けるか知っているかな?」

 

とある変態的な漫画家が言うに、面白いマンガを描くにはリアリティが必要らしい。

昔の俺もそれを知らず知らずの内に実践していた。

クモの味まで確かめようとは思わなかったけど、色んな専門書を漁ったり。

時間があれば遠くへ出かけて物見遊山。

ベースを弾いていたのも、自分の創作に何か役立つと考えての事だ。

リアリティ=面白さの精神がある限り、作家にとって無駄な事象など存在しない。

最強だ。

だけど俺は――。

 

 

「――先輩にもわからない。ですよね」

 

佐倉さんは、まるで俺を知っていたかのようにそう言った。

こんな世界で俺は持論を熱く語るなんて事はそうなかったのに。

頭を右手でかきながら。

 

 

「えへへっ。前に聞いた事あるんですよ」

 

「偉そうに語って、わからないだなんて言える人がオレ以外に居たなんてね」

 

「違います。それは、明智先輩から……」

 

何だって?

もしかして俺が思い出せない要素は前世についてではなく、この世界の俺についてもなのか。

全部を全部記憶がクリアーならこんなに不便じゃあないんだけどな。

最近では脳内HDDの大半が朝倉さんに関する情報で占有されつつある。

情報というか、まあ、情熱といいますか。

こんな台詞は後輩のしかも女の子相手に言いたい台詞ではない。

 

 

「前に、オレとどこかで会った事があるのか?」

 

最早死語だ。

一巡して口説き文句として認知されていない。

悪手としか言いようのない俺の一手に対して彼女は。

 

 

「いえっ。夢の中で先輩にそっくりな人と、わたしが話していました。流れ込んで来た記憶の中にもその人が居ます」

 

「……まるで魔法少女だな」

 

"夢の中で逢った、ような……"という事だ。

こちらはそんな覚えがないので"それはとっても嬉しいなって"思えないのが残念だね。

だけど、この不思議な感覚はそれと無関係ではないかもしれなかった。

俺は昨日見た夢に従って道を歩く事さえ出来ない。

覚えていない、わからない、知らない。

否定ばかりじゃつまらないよな。

言いたいことは本当に漠然とした話だけだったらしく。

 

 

「それだけです。本当に、何となく先輩に知ってほしかった。SOS団に入りたくなったのもわたしじゃない人の記憶が流れ込んできたのが切っ掛けなんです」

 

信じてもらえませんよねっ、と彼女は付け足した。

……質問しようにも何をどう訊けばいいのかね。

俺と同じだね、などととは間違っても言えなかった。

彼女は俺とそ俺のそっくりな人物が同じである可能性を信じてはいないようだ。

当然だが、俺も本当にそれが俺の前世と同じだとは思っていない。

ならば俺が訊ねるべきは。

 

 

「……オレのそっくりさんについての話って何か無いのかな?」

 

引き出させる事。

それが今の俺の武器。

しかし俺の質問に対して、佐倉さんはどこか思いつめた様子だった。

答えたいけど下手な事は言えない。

断言できるのはこの子は隠し事が苦手すぎるタイプだという事だ。

逆にあざとさを演出しているかもしれないけど。

だったら怖いね。

 

 

「その人とわたしは、友達……でした」

 

「"友達"だって?」

 

それは変てこな覆面をしたカルト宗教ではないだろう。

ごく普通の対人関係における友人を指している。

だけど、俺はそんな相手なんて一人しか居なかったはずだ。

その相手の事さえまるで覚えてはいないんだ。

ともすれば俺とその"そっくりさん"は本当にただ似ているだけという事になる。

平行世界論をどこまで信用していいのかは怪しいけど。

 

 

「わかった。オレからは君の内申を上げるように涼宮さんに進言しておくよ」

 

俺にそんな権力はないけれど、それとなくキョンや古泉に言ってもらえばそれでいい。

だけど最後に確認させてくれないか。

 

 

「君も二次試験に受けたペーパーテストは覚えているよね。あそこに宇宙人未来人異世界人超能力者について書かれていたと思うけど、あれ、涼宮さんがそういう人種が好きだから書いているのさ」

 

だから。

 

 

「もし君の話が本当だったとしたら、詩織さんは異世界人になるのかな?」

 

俺が"異世界屋"と定義されるべきかはわからない。

もしかすると佐倉さんの方こそ、涼宮ハルヒによって呼ばれた存在なのかもしれない。

自分の役割さえ理解していないイレギュラー。

誕生さえ出来なかった、任務すら与えられなかった"アナザーワン"とやらに近い物が確かにあった。

困った顔で佐倉さんは。

 

 

「それは、定義にもよりますっ。"異世界モノ"だなんて言っても色々なパターンがあるじゃないですか」

 

それもそうだ。

ならば後輩の会話につきあうぐらいはしてあげよう。

俺だって放送局時代に、先輩を振り回してしまったからな。

"因果"応報さ。

 

 

「例えば異世界へと元の身体のまま移動した。これが一番わかりやすい」

 

「はいっ。自分にとってもその世界の人にとっても異世界人です」

 

「トリッパーのパターンとしては憑依だってある。もっとも、それがどんな身体の持ち主であろうと、それは自分にとって別人だ」

 

俺だってどうかはわからない。

何が起きたのかを知る術は過去にあるはずだ。

だけどその術は封印されているらしい。

時空にある大きな断層とやらのせいで四年前より先に戻れないんだろ?

タイムスリップだってそうだ。

 

 

「もしタイムトラベラーが過去の世界を変えてしまったのなら、それはもう異世界さ」

 

某ゲームの"世界線"の概念がまさにそうだ。

時間はパラパラ漫画のようなものであるというデカルト的連続的考えとは別物だけど。

異世界人なんて曖昧なんだ。

今居る世界がただ一つの世界かどうかなんて、わからないんだから。

人間は全能でも全知でもないのさ。

神とか言われている涼宮さんだってそうだろ?

彼女が全知全能ならば出来レースでも何でもない。

ただの茶番だ。

 

 

「いい時間だ。引き上げよう」

 

家まで送ろうかと、つい言ってしまったが彼女はそれをやんわり拒否した。

ここらの治安は良い方だ。

むしろ悪くしているのは俺たちSOS団の方である。

公園を出るとどうやら佐倉さんと俺の進行方向はそのまま左右に分断されるらしかった。

今すぐさようならという事か。

……ふっ。最後にもう一つだけ。

 

 

「詩織さん」

 

「……何ですかっ?」

 

変化に気付きながらそれを無視するなんてどうなんだろうな。

まして、それが女子相手ならデリカシーを見せてやるべきだ。

何事かと身構えている彼女に対して俺は。

 

 

「眼鏡をしてないほうが可愛いと思うよ」

 

あいつも眼鏡属性ないし。

彼女の反応を待たずして「また明日」と言いながら俺は逃げるように帰宅した。

フラグが立つかも知れないなと後悔しつつある。

でも、一度ぐらい言いたかったんだよあれ。

日曜のデートの時に朝倉さんに言わなかったのかって?

おいおい、朝倉さんは何をしようと可愛いんだよ。

何年後か知らないけれど朝倉さん(大)はとても美人だった。

正直たまらないと思う方が先なはずなんだけど、可愛さは欠けてしまっていた。

残念系美人だ。

イケメンだけど残念な古泉ほどではないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SOS団は素晴らしい。

週休二日(休日出勤有)、基本定時上がり、残業手当どころか給料がゼロ、命の保証もナシ。

決して女子生徒の質につられて足を運んでいいような世界ではない。

それを本能的に察知しているからこそ一般生徒はまず部室へやって来ないのだ。

間違いなくブラック企業への耐性は上昇するね。

ホウ・レン・ソウの精神を社会に出る前から養う事も出来る。

 

 

『俺も概ね同意見だ』

 

とはキョンの返答だった。

佐倉さんの身辺調査について古泉は。

 

 

『何やら複雑な事情なのは間違いありませんね。ですが、やはり明智さんの管轄でした』

 

「無茶を言わないでくれ」

 

『異世界での出来事を持ち出されてしまっては我々と言えど、どうしようもありません』

 

どうにもこうにも使えない連中だな。

そんな事を言ってしまえば森さんや新川さんに失礼だけど。

うん、朝倉さんには是非とも森さんのような大人になってほしい。

俺が思うに最近彼女が読んでいるコンビニの500円本、あれが原因だよ。

そうとわかっていても俺は朝倉さんの趣味を否定したくない。

だから彼女に訊いた。

 

 

「あれって何が面白いの?」

 

一番長く通話するであろう朝倉さんは最後に回す事になった。

優先順位だけで言えば間違いなく古泉が最後だ。

朝倉さんは『そうね……』と考えている様子を窺わせて。

 

 

『意味不明なところね。真実性の欠片もない』

 

「オレも昔【絵でわかる相対性理論】ってのを買ったことがあるけど、無茶苦茶だったね」

 

前提知識が無い人が読んだら絶対勘違いする。

朝比奈さんら未来人が言うところの時空とアインシュタインの時空はきっと別物だ。

"時空"とは単なる器ではなく、エネルギーでもあるらしい。

正直、意味が解らない。

原作ではTPDD使用の弊害で歪みが生じるとか言われていた気がする。

だけどアインシュタインが言うにはそもそも空間は歪んでいるらしい。

Plane(平面)を破壊しようがしまいが、関係ないのではなかろうか?

 

 

『その辺の説明はしないわよ』

 

「聞きたくはないけど理由くらいは教えてほしい」

 

『万が一、よ』

 

悪用する気もないけどさ。

多分、情報統合思念体も許可していないはずだし。

でも俺は最終的に朝倉さん(大)を過去へ転送させられるまでに成長するらしい。

時空間について未来の俺は自分なりの理論を持っているのだろうか?

それともただ能力だけが独り歩きしているのか。

どっちにしても。

 

 

「もし佐倉詩織が敵なら、容赦はしない」

 

『意外ね』

 

「公私混同はしない主義だよ」

 

ただし朝倉さんに関しては例外だ。

好きなものにはどうしても甘くなってしまう。

優しさだけでは愛は成立しないんだろうよ。

どうもこうもないくらいに、俺もデレデレしてしまっている。

戦いの空気が好きじゃないのもあるけど。

 

――ただ、仮定は仮定に過ぎない。

それが決定されるのはもう少しだけ後の話になる。

やはり最大の謎は、何故朝倉さんが原作で死ぬ必要があったのか……なんだよ。

人気が出たからわざわざ再登場させたわけじゃあない。

佐倉詩織と佐藤。

この世界で出逢えた、愛する人、朝倉涼子。

俺なりの残酷な結論が出る日も同時に迫っていた。

 

 


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