異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第69話

 

部室を閉め出されてから予定の三十分より十分ほど遅くして部室に戻った。

俺は蓋を捻っていないぺットボトル二本を戦利品として携えている。

炭酸飲料だったら直ぐに飲まざるを得なかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝比奈さんはやかんをコンピ研から回収したわけだが、入団希望者がお茶を飲むことは今日も叶わなかった。

何故ならば。

 

 

「一年生? とっくに帰したわよ。テストは終わったんだし、用は無いでしょ」

 

まるでSOS団の方から用済みだと言わんばかりにそう言い放つ涼宮さん。

ううむ、朝比奈さんのお茶は団員の特権――鶴屋さんをはじめとするお客さんには出すのだけど――か。

せっかく入れた水をそのまま流してしまうのもどうなのか。

そんなわけで朝比奈さんは早速気持ちを切り替えてやかんを火にかけ始めた。

キョンと涼宮さんは本日初だが、こっちは本日二杯目である。

美味しいから構わないけど。戦利品のジュースは鞄にしまったさ。

さて、一息入れてからパイプ椅子は戻すとしようか。

用はないでしょ、の発言に呆れたキョンは。

 

 

「それで? 入団試験の二次とやらで何をどうするつもりなんだ」

 

「まず合否には関わらず明日も来るように言っておいたわ。やる気がある人は残るでしょ」

 

実際に受ける側の人間になれば多分わかる。

結構やる気をドレインされるような空間と試験内容だ。昨日はただの説法だ。

そんな輩はいないと思うが、もしSOS団の女子陣目当てという不届き者のメンタルでは耐えられない。

谷口が一週間もつかどうかといった感じだ。

俺なら昨日は耐えれても今日で投げたくなる。

朝倉さんを助ける前の命知らずな俺なら別だけどね。

今の俺はマイナスじゃない。

 

 

「合否ってな、その内容は俺たちも見れないんだろ。お前一人でどう決めるのか、それを教えてほしいんだが」

 

「まさか。こんな問題だけで団員を即決するわけないじゃない」

 

彼女の言葉からはわざとそうしてやらないといった意味合いすら感じられた。

佐倉さんの熱意が本物であれば耐えてくれるだろう谷口に勝てるだろう。

俺はあくまで知らぬ存ぜぬのスタンスでいきたい。

少年少女にはあくまで大志を抱き続けていただきたいのだ。

確かに涼宮さんは直接合否に関わらないと言っていたけど、おもちゃにされる一年生は気の毒だ。

これが谷口が言っていた"涼宮毒"である。

 

 

「別に何が正しいなんてのはあんたたちが見てもわからない問題よ。ようは面白い解答があればいいなって程度のもんなの」

 

「お前の思いつきに俺たち団員が付き合うのはわかるが、関係者ですらない一年生にそれをやらせるとはな」

 

「あたしだってしっかり考えてるわよ」

 

涼宮さんが言うには試験を受ける事自体が試験らしい。

……あれ? なんかハンター試験に通じるものがあるな。

しかしあっちは会場に行くまでが既に試験という無茶苦茶な出来だ。

それに比べれば文芸部室まで足を運べば受験できるだけまだありがたい、のか。

 

 

「忍耐力を見てるの。現に昨日居た全員が今日も来たわけじゃなかったでしょ。自ずと絞り込まれていくってわけ」

 

「もしかしてお前から選抜しようだとかは考えてないのか?」

 

「優劣がわからない以上はそうするしかないわね。死ぬ気にならなくてもこんなの余裕じゃない」

 

むしろ貴重な青春時代の開幕をSOS団に浪費するという事実だけで死にたくなる人は出てくるかもしれない。

他の部活を見たり、友人を作ったりだとか、そっち方面に努力した方がいいのは間違いないぞ。

ついぞ前世の高校時代は灰色だったが、何も平成19年度北高入学生のみなさんがそんな目に遭わなくてもいい。

入団出来たらいい事もあるかもしれないけどさ。俺は彼女が出来たわけで。

……ん? あまりSOS団関係ないかも。

 

 

「あんたはせっかく無条件で入団出来たんだからありがたく思いなさいよ」

 

「俺はSOS団に入団試験があった事自体を今年に入ってからようやく知った」

 

「ぼけーっとしてちゃ駄目よ。この試験を最後までクリアする人材はとても優秀な人間に決まってるから、今のキョンなら直ぐに追い越されちゃうわね」

 

何がどう追い越されるのか、それはわからない。

その優秀な人材とやらが幽囚の身になる事だけはわかる。

他のみんなに関しては言及されていないけどそれはいいんだろうか。

貢献度で言えば俺は基本的に表立って貢献していない。

ミヨキチさん――本名は吉村 美代子と言いキョンの妹の親友らしい。つまり小学生なのだがとても発育が凄いのだと言う――の話ぐらいだ。

機関誌に掲載したキョンの恋愛小説とやらはそのミヨキチさんと映画を観に行ったという壁ドンもの。

その監修をしてあげた事と去年の夏合宿の演出、後はコンピ研部長氏にありがたく思われている事だろうか。

キョンよりは大きく貢献しているが、他のメンバの方が優れているさ。

宇宙人二人組は本物の魔女ぐらいのインチキが出来るし、古泉は何かと自分からアテにされに行っている。

朝比奈さんはそこに居るだけで弄られる優遇っぷり。

 

――やれやれさ、俺も追い越されかねないな。

古泉は黙ってUNOをシャッフルしたかと思えば俺とキョンにも配り始めた。

二人UNOは本当に不毛だが、せめて四人からにしてほしいね。

女子を誘おうにも朝比奈さんに命令が可能なのは涼宮さんだけ。

その彼女はペーパーテストの解答をまるでサファリパークにでも居るかのような気分で眺めている。

勿論だけど俺だってその内容が気になるさ。

異世界人と書いた一年生の人数だったり、佐倉さんがどんな解答をしているかだったり。

残る宇宙人二人は読書。

朝倉さんは【よくわかる魔界地獄の住人大百科】で長門さんは【百戦百勝】である。

どうやらやはり俺には宇宙的センスがわからない。

特に朝倉さん。そろそろ君が仕入れる本に関して俺は検閲をかけるべきだと思ってきたんだよ。

何だよ魔界って……ふざけるな、と言ったら口から雷が出るような世界か?

 

 

「明日は何人来るのかな」

 

「さあな。俺は今日と同じ人数だと思いたくない」

 

配られた手札を見ながら俺の呟きに反応するキョン。

俺も自分のを見てみるが、ワイルドがない冷遇っぷりだ。

 

 

「……どうなることやら」

 

団員が増えようと増えまいと、こんな日常が一番なのには変わりない。

これにも終わりが来るってことぐらいはわかってる。

涼宮さんだって無茶しないだろうさ。

いや、もしそんな時が来たら彼女を夢から覚ます必要があるのさ。

俺がこっちの世界へ飛ばされてから約四年。

それでもまだ覚えているさ、アニメでも見た印象的なシーンだからな。

"sleeping beauty"……白雪姫、だろ。

その時はまた、お前に任せる。

俺には無い役割さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして入団試験のペーパーテストが行われたその翌日、水曜日だ。

四月にしてはやけに飛ばしすぎな勢いで陽が照りつけている。

これも全て科学技術進歩の弊害なのだろうか。

だからといってこんな田舎にまでそのシワ寄せが来る事も無いだろうに。

汗こそかかないが、恨み言の一つでも言いたくなるね。

 

 

「朝倉さんにはそんな気候変化なんてまるで関係ないのかな」

 

「正直言えばそうね」

 

では冬に来ていたコートやらセーターやらは何だったのだろうか。

周防に至っては万年制服だとしか思えない。

谷口は彼女の私服姿を見た事があるのだろうか?

 

 

「私は女子よ?」

 

「その女子でファッションだとか気にしない人種を少なくともオレは二人知っているから訊いたんだよ」

 

「明智君は私にもずっと制服姿でいてほしいの?」

 

そんな事はない。

かく言う俺もファッションセンスに自信があるわけではない。

しかしながら朝倉さんを制服姿だけに止めておくなんてのは馬鹿にすら値しない行為だろう。

万死に値する。

 

 

「朝倉さんが何を着てもいいからって同じ服だけなのはオレだって少し残念な気分になるさ」

 

言外に長門さんと周防を残念と言っているが、これも仕方のない事だ。

そういや喜緑さんはどうなんだろうな。

彼女だって北高指定のセーラー服以外を着る機会があるとは思えない。

見えない所で彼女が特別任務でもしていたら違うんだろうけど。

 

 

「でしょ? サービス精神よ。それに、私だって興味あるもの」

 

「御洒落にかい」

 

「ええ」

 

周防が絶対に言わないであろう台詞だ。

つくづく幸せ者だね、俺は。

古泉の台詞じゃあないけどいつまでも続けばいいさ。

終わる時は一緒なのだから。

それにしても。

 

 

「……平和すぎるのかな」

 

度々そう感じてしまう。

何だか俺は、本当に"決着"がつく日がやって来るのかさえ疑問に思えてきた。

涼宮さんは新入り候補達を弄り倒している。

やられる方はさておき、彼女が上機嫌なのはわかる。

朝比奈さんはこれが自然体だと言わんばかりのメイド姿で奉仕してくれている。

規定事項だとか、そんな裏事情を最近はすっかり感じさせない。

古泉はついこの前まで久々の閉鎖空間発生に苦労していた。

だけど今では余裕の表情を見せている。閉鎖空間も止んだらしい。

肝心の涼宮さんがあの様子では、ストレスも何もあるわけないさ。

長門さんこそ安心だ、いつでも平常運転さ。

そして、俺と朝倉さんは毎日呑気な生活をしている。

去年の十二月以来駆け足な日々が続いたんだ、ここいらで小休止しても大丈夫だろう。

 

 

――大切なのは必要な時に問題なく動ける対応力なんだ。

"システマ"の戦闘術においては、痛みや恐怖すら日常。

平常心でもってそれを受け入れる。

佐々木さんの取り巻きがやって来ても撃退すればいいのさ。

油断してなけりゃ大丈夫だ、今までそうして来たんだからよ。

俺には何かを変える、なんて立派な事は出来ない。

でも、そのきっかけを与える事は出来る。誰にでも出来る。

朝倉さんが感情を理解してくれたのは、彼女自身が持つ探究心故の賜物さ。

俺が彼女にした事は一つだけ。

朝倉涼子が殺されるという理不尽を願い下げただけだ。

正義は俺で、みんなが生きればいい。

彼女だけが先んじて殺される理由なんて、どんな世界を旅しても存在しないのさ。

この前の土曜にその話については充分したさ。

だから。

 

 

「もういいよ、オレの負けで」

 

「何の話?」

 

「先週言ってたでしょ。先に惚れたのはオレの方だって」

 

するともう直ぐで校門前だと言うのに、朝倉さんは坂上りを中断。

ニヤニヤした顔でこっちを見つめてきた。

何だか周りの生徒の視線を感じるぞ。

朝から何やってんだろうな、彼女と少し距離を開けて見つめ合っている。

安っぽいラブコメだ。

 

 

「……ああ、わかったよ、認めてやるさ。オレは最初から君が好きだ」

 

「ふふっ」

 

「だからオレは朝倉さんの要求を断らなかった。これでソリューションといきたい」

 

IT用語としての"ソリューション"ではない。

本来の意味である"解放"という事だ。

ありがたい事にこのまま行けば人生の墓場とも揶揄される結婚を彼女とするらしい。

死因なんて朝倉さんと一緒に死ねれば何でもいいけど後悔だけはしたくない。

俺はあのまま前の世界で生きていたら、後悔せずに逝けただろうか?

何か心残りはあっただろうか?

……思いつかないって事は、無いんだろうな。

だけどそれは、こっちの世界で後悔なく死ぬ事とは全くの別物。

スタートラインに立てなかった。

学生時代は違ったが、やがて俺は世界に対して妥協するようになっていた。

バッドルーザーから一転してグッドルーザーさ。

 

 

「さ、今日も最高に素晴らしく時間を浪費する一日の始まりだ」

 

朝倉さんはそれが嫌で独断専行したんだろ?

昔の俺だって、そんな日常が嫌いだった。

妥協するのが嫌だった。

俺が救ったのは朝倉さんの他にもう一人居たんだ。

死にかけていた俺の精神だ。

もっとも、完全復活したのなんてそれからかなり後の話になるけど。

"臆病者"で在る事を棄てたんだからいいじゃないか。

 

――上履きを履き終え、廊下を並んで歩く。

教室はクラスメートが居る手間そこまで彼女と話さない。

何を今更かと思うだろう。

なら自分で実践すればいいさ。

嘘か本当か俺は知らないけど、この年頃の女子はお喋りが好きらしい。

その相手が好きな人なら尚更そうだと言う。

俺は自分よりお喋りな奴を快くは思わないけど、朝倉さんは例外さ。

普段、教室で彼女とあまり話をしないのもそういう事だ。

日常の中の例外にこそ楽しさがある。

 

 

「昔も私は嫌だったわよ。今だって情報統合思念体は自律進化の可能性を求めている」

 

「現状で何が駄目なんだ? 生死の概念なんてあるのかな」

 

「あるわよ」

 

意外だね。

時間概念が存在しないなら不死だとか無敵だとか思うのに。

……いや、無敵ではないか。

原作の消失世界では改変と同時に消されてたみたいだから。

つまり。

 

 

「削除ね。不可能に近いけど」

 

その実行時間だけで何年が経過するのやら。

情報統合思念体そのものに接触なんて俺には不可能だし。

それでも。

 

 

「"絶対"じゃあないさ。無駄な時間ってのは万人に例外なく訪れるんだ」

 

きっと情報統合思念体が自律進化すれば、そんな概念さえ超越するのだろう。

今でさえよくわからないのだ。涼宮さん以上の存在になるかもしれない。

勝手にすればいいさ。俺たちに迷惑をかけないなら、だけど。

 

 

「私は独断専行なんかより、あなたと居る方を選んだのよ。時間を浪費する日常……それでいいじゃない」

 

爽やかな声と笑顔でそう言ってくれた。

か、かわいすぎる……。

二年五組の教室手前で朝倉さんを抱きしめに行かなかったのは俺の自制心のおかげだ。

精神的超人とかどうでもいいよ。

俺は死ぬまで彼女の笑顔に対する耐性を上げられそうにない。

古泉? あいつは不快係数が二段階上昇するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日のお昼時、野郎四人でSOS団入団試験について語られた。

俺とキョンがしなくてもいい説明を谷口と国木田にしてあげたのである。

谷口が気にしている女子については「いないよ」と嘘を言っておいた。

お前はしっかり冷血宇宙動物を飼い慣らしておくんだ。

それが俺たちの平和に繋がるんだよ。

 

 

「しっかし、七人だと? 今年の一年はどうなってやがる。東中出身者なら間違いなく涼宮の伝説を知ってるはずなのによ」

 

谷口がそう言うのも当然だ。

実際に来られたこっちが一番そう思っているんだ。

いつまで入団試験は続くんだ?

"無期限"なのか……まさか"無限"なのか……?

心配する俺をよそにキョンは。

 

 

「ハルヒは気まぐれもいいとこだ、そのうち飽きるさ。それぐらい入団希望の一年は普通そうな連中ばかりだからな」

 

彼が言うように、佐倉さんをはじめとする一年生たちはどう見ても普通だった。

いや、何故か女子に関してのルックスに関してだけは普通じゃなく高かったが。

だから谷口には馬鹿正直に教えてやるわけがないのだ。

 

 

「ふーん。案外今日中に決まるかもね」

 

と、国木田は適当な事を言う。

この時俺はそんなにすんなに終わってくれるはずがない、と考えていた。

 

――結論から言うと俺のそんな考えは裏切られた。

ありふれた一日であったはずの水曜日に入団試験は終了したのだ。

その上、まさかの二人も合格してくれた。

 

 

 


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