異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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第67話

 

 

喜緑さんが俺に何を言いたいのかよくわからないような話をした翌日。

今日は火曜日。爽やかな朝であった。

自宅を出て数歩、昨日の事をぼんやりと考える。

考えて何かが思いつくはずもないんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから朝倉さんの方に携帯電話で連絡を入れたわけだが、やはり彼女も初耳だったらしい。

俺だってそうだ、間違いなく原作には"アナザーワン"なんて存在が居なかった上に。

 

 

「なんでこのタイミングでわざわざオレに話したんだろう」

 

朝倉さんは『さあね』としか言ってくれなかった。

心当たりがない以上はしょうがないけど。

俺の能力については"臆病者の隠れ家"時代から情報統合思念体は知っているはずだ。

空間に作用する能力。実際に俺は無から有を生み出しているのかは怪しいが。

その俺について知っている情報統合思念体が俺を値踏みした上で今があるわけなんだけど……。

 

 

「もしかして、情報統合思念体は最初からオレについて何か知っていたのか……?」

 

『本当にそう思っているの?』

 

だとしたら喜緑さんよりも前線の、最前線に立つ長門さんやほぼほぼそれに近い朝倉さんへ俺についての情報を与えない理由は何だ。

もちろん、この疑問が現実ではなくただの疑念で終わる可能性の方が高い。

そうかもしれない、でも。

 

 

「そうじゃあないかもしれない」

 

『明智君は間違いなく人間よ』

 

「別にオレがそのアナザーワンだなんて言ってないさ。だけど、オレの能力について何か関係しているかもしれない」

 

『……はぁ…』

 

朝倉さんは電話越しに溜息をついた。

その表情が想像できてしまう俺は末期だな。

やがて朝倉さんはぽつりと。

 

 

『いつもそうね』

 

「……何の話?」

 

『あなたはいつも何かを追い求めている。ここではない何処かを見ている……そんな感じよ』

 

俺の兄貴は旅人と自称する程度には放浪癖があるけど、俺は何も探求してはいない。

ましてや朝倉さんのように探究しようだなんて。

ここで俺が「いつも見ているのは朝倉さんだよ」だなんて言おうものなら、今後の俺の扱いがどうなるか。

お互いに顔は見えないが、そんな空気じゃない事ぐらいはわかる。

 

 

「どうやらオレもトラブルメーカーの気質があるらしい」

 

まるで俺は探偵、いいや、小説の主人公さながらだよ。

謎や事件……あっちからご丁寧にやって来るんだ。

俺は別に頼んでないのに、迷惑なデリバリーサービスさ。

 

 

『そうでしょうね。私も退屈しないもの』

 

「ならいいけどさ」

 

朝倉さんだってわかってるだろ?

約束したんだから、何をとは今更言わないさ。

だけど謎は謎だ。しかも、俺についての謎がある。

 

 

「確か……"自分"という概念は四種類あるらしい」

 

何かの本で読んだ話だ。

小説ではない。

 

 

「相手が見てくれる外向きの自分、自分しか知らない内向きの自分、自分さえ知らない相手から見た意外な自分」

 

そして最後の一つ。

 

 

「誰も知らない、自分」

 

この四つに心理が分断されるとかなんとか。

俺は深く考えなかったけど、今ならよくわかる。

最初にこれを考えた人物は天才だ。

 

 

「オレは"最後の自分"を知らない。でも、別にそれで構わない」

 

『そうかしら?』

 

「そうさ」

 

俺が確かにここに居る。

その証明は他のみんながしてくれる。

なら、それで構わない。

アイデンティティーを考えるだけストレスなのだから。

 

 

「もしかしなくてもこれから先だってオレは朝倉さんに迷惑をかけてしまうんだろう」

 

『ふふっ。お互い様よ』

 

「朝倉さんがオレに迷惑をかけた事なんてあったかな?」

 

強いて言えばかつての『付き合って』発言くらいか。

ありがた迷惑だったよ。第一に意味がわからなかったし。

他のクラスの野郎連中が言われたら間違いなく快諾するだろうに。

俺はあくまで抵抗したからね。折れたけど。

だけど、やっぱりいい思い出さ……決して迷惑ではない。

 

 

「明日もお弁当を楽しみにしている」

 

『これ以上私は腕によりをかけれないわよ』

 

「朝倉さんが作る料理は世界一さ」

 

『どうしたしまして』

 

そしてお休みのあいさつをした後、彼女との通話は終わった。

アナザーワンだか第三の爆弾だか知らないけど、俺が知らないものは知らない。

友人を自称する異世界人の佐藤だってそうだ。

俺の"異次元マンション"と似ている"結果"がその宇宙人の能力でも期待できたとしよう。

だけども現実にそれは観測する事が出来なかったんだろ。

何故ならその宇宙人は誕生しなかったのだから、似ているのかすらもわからない。

まさに夢物語だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、こんな話について悩むのは些末な問題かもしれない。

俺はこの日の朝から妙な感覚を覚えていた。

 

――それもそのはずだ。

佐々木さんの取り巻き連中は思わせぶりに俺たちに姿を見せた。

いかにも挑戦的な登場だったね。だが、出て来ただけで表立った行動は皆無。

きっと橘京子は谷口とコンビになればいいお笑いが出来るに違いない。

お茶の間も新しいコメディアンを求めている頃合いだろうさ。

土曜に連中と遭遇して、現在は火曜日だ。

確かにあちらとて即座に行動するわけもない。

これで日曜日に接触があったならせっかちどころの話ではなかった。

言った通りに、朝倉さんと楽しい楽しいデートに行きましたとも。

平和ボケするつもりはないけれどこれが平和って言えるのだろうか?

朝倉さんは朝一でお弁当作りに勤しんでいる。

よって長い長い北高への坂道を一人で進んでいた。

通学路など変わり映えしないが、一年生らしき生徒がちらほら見受けられるのは時間の経過を感じてしまう。

それにしても。

 

 

「珍しく朝早いな、二人とも」

 

俺の少し先にキョンと古泉が並んで歩いていたのを発見したので近づいて声をかける。

キョンが朝早いのも珍しいが、古泉を登校中に見たのは初めてな気がするよ。

そもそも俺はこいつの家がどこにあるのか知らないし。

 

 

「お早うございます。今日もいい天気ですね」

 

「お前さんはさておき、キョンは何やら釈然としない顔をしているな」

 

「それ、古泉にも言われたんだが」

 

だったら他の人が見てもそう思うんじゃあないか。

涼宮さんはキョンに関してだけは察しがいいし。

 

 

「何だよそれ……」

 

そんな主人公に対して古泉は今日も余裕の表情だった。

いつもそうだけど、今日は特にそう見える。

一年女子に対してイケメンアピールでもしているのか?

 

 

「実は最近多発していた閉鎖空間の発生が止んだのです。意図して表情を作っているつもりはありませんが、こう見えて僕としても安堵しているのですよ」

 

「そういやそんな事言ってたね」

 

「結局、ハルヒの考えを100%理解するなんて事は不可能だろうよ」

 

「我々『機関』とて人間の集まりにすぎません。今までのも全て傾向と対策ですよ」

 

人生は確かに勉強の連続だが、勉強ほど甘くはない。

傾向と対策を実践しようにも当然限度がある。

古泉がどこまで『機関』に深く関わっているかは不明だが、どこまでこいつらは先を予想して行動しているんだ?

ひょっとして、予知能力者とかも居るのだろうか。

 

 

「そのような方が居ればどれだけありがたいでしょうね」

 

「言っといてなんだけど、オレは予知だとか未来の話は信用しないから」

 

「お前が運命を嫌うのは勝手さ。だが明智、朝比奈さんたち未来人には規定事項があるじゃないか」

 

キョン、それを本気で言っているのか?

本当に未来が先に決まっているとでも?

なら未来は地続きではないと言う朝比奈さんの言葉は嘘になる。

そして何より――。

 

 

「自作自演でしょ。最後には未来人が関与しているわけだし」

 

原作での出来事もほぼほぼそんな感じであった。

あの7月7日しかり。

俺がそんな事を知っているなど知らないキョンは微妙な表情で。

 

 

「暴論だな」

 

「いずれにせよ僕としても好き勝手はされたくありませんね。規定事項の証明はさておき、それを免罪符にするなど言語道断ですよ」

 

「やっぱり当面の問題はあれかな」

 

昨日押し寄せてきた一年生だ。

彼らの特異性は別として、最終判断は団長が下す。

仮に俺が熱意ある女子生徒の佐倉さんを推薦したとしても彼女がNOと言えば絶対にNO。

大体入団テストと言っても何をするのかは俺たちでさえ知らされていないんだ。

 

 

「涼宮さんはその奇抜さだけが際立ってしまいがちですが実際はとても複雑な精神構造をしている。なんせ彼女自身ですら能力をコントロールしていないのですから、我々にそれが可能なはずもありません」

 

「せっかく来てくれた手前こうは言いたくないが新入生たちも気の毒だね。何もハルヒのおもちゃになるために入学したわけではないだろうに」

 

残念だけど俺はそのおもちゃになるために北高へ来たような所はある。

自分の意思だとは思いたいけど、実際はどうかがわからない。

無意識のうちに涼宮さんの方へ誘発されていた可能性を否定できないからだ。

古泉の転校の方がよくわかんないけど。

 

 

「新入りは今日決まるのかな」

 

「さあな。あいつが新しいおもちゃをすんなり手放すとは思えないが」

 

「キョンさ、お前にとっての涼宮さんはどんな扱いなんだ?」

 

「どうもこうもねえよ」

 

はぐらかしやがって。

確かに涼宮さんが今日一日で全てを決めるとは思えない。

少なくとも数日はかかるだろう。本格的に入社試験じみているな。

やがてキョンは「賭けでもするか」と前置きして。

 

 

「俺は今日も部室に来る人数は六人と見た。このペースで半減してくれれば金曜日には誰も来なくなるからな」

 

「おや、妥当な数字ですね。では僕は五人以下といきましょう」

 

もっと一年生に期待してやりなよ。

トラブルメーカーが増えるのは俺も嫌だけど。

こういうのは縁起がいい方がいいのさ。

 

 

「じゃあオレの予想は七人かな。ラッキーナンバーセブンさ。ギャンブルは苦手だけどね」

 

そんな話をしながら校門をくぐり、下駄箱の前までやって来た。

古泉は九組なので必然的に別れる事になるが最後に。

 

 

「各勢力の動きには気を付けて下さい。今のところは何の動きも見られませんが、異世界人はどうなのかわかりません」

 

「お前さんからは待ちの姿勢でいいって聞いたけど?」

 

「油断は禁物という意味ですよ。佐々木さん絡みで言えば未来人の目的も不明だ。我々より、あなたたちの方がそれを先に知るかもしれませんね」

 

「俺は異世界人にも未来人にもこれ以上増えてほしくないんだが」

 

俺もキョンと同感だった。

そして古泉は「では放課後に」と言い残して九組の上履きがある方へと消えていく。

油断なんかしていたら命がいくらあっても足りない。

俺の命はたったの一つしかないんだから。

 

 

「……ふっ。それはあっちも同じかな」

 

誰にも殺されてほしくないという俺の思い。

何故そう思うのか、俺にも何故かはわからない。

真底に眠っているはずの根拠はどこにもなかった。

ただ、強くそう思っているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の授業中に異変でも起きてくれれば涼宮さんは新入部員どころでは済まなかっただろう。

手っ取り早いのはUFOがグラウンドに落ちてくるとかその辺だ。

ついでにグレイが出てきた日にはSOS団もその勢いに乗じて宇宙進出するかもしれない。

当然だけどそんな出来事は起こらなかった。

強いて言うとすれば、数学の時間に小テストが実施された。

その小テスト自体は俺にとって異変でも事件でもなかったさ。

もっともキョンと谷口にとってはそうも行かないだろう。

しかし、小テストが終わりキョンの方を見ると、谷口のように生気が抜けた表情ではなかった。

むしろ「やれやれ一仕事終えたぜ」と言わんばかりの達成感すら感じられる。

結果はまだ知らないけど、どうやらキョンは勉強したらしい。

……違う、キョンが自主的に勉強したはずがないのだ。

必然的に誰かが教えた事になる。

普段の授業で賄えるのなら、定期考査はボロボロにならないだろう。

ましてや職員室の数学教師の元へ出向き、自主的に勉強を教えてもらっているわけがない。

 

――俺の疑問は放課後に解消された。

帰りのHRが終わり、教室掃除が開始されると同時に涼宮さんがキョンを呼びつけたのだ。

教卓に陣取って何かを話し合っている。教卓の上には、世界史の教科書が。

思い起こせば昨日は二人とも部室に来るのが遅かった。

つまり涼宮さんが今日の小テスト対策授業でもキョンにしてあげたのだろう。

マンツーマンだ、いいじゃあないか。

 

 

「……やっぱり馬は怖いな。馬に蹴られたくはない」

 

「私も明智君に教えてほしいわね」

 

「朝倉さんの方がオレより頭いいでしょ」

 

二年五組を後にして、廊下を歩く。

部室棟の文芸部室までは五分とかからないだろう。

朝倉さんは呆れた表情で。

 

 

「わかってないわね。あなたに教えてもらうからいいんじゃない」

 

「そうなの? オレは教師に向いているのか?」

 

俺が教師になった日には教育の概念を壊しにいきたいものだね。

そもそも親の教育からしてよろしくない家庭だって存在する。

全部が全部"教育"のせいにはしたくないけど、残念ながら結果論だ。

そうだな……俺が教師になったらまず授業が成立しないな。

間違いなくどうでもいい話をしてしまうタイプだ。

黒板に何かを書いてしまうと雑談に脱線してしまいそう。

世界史がそれだけ好きなのもあるけど学力向上に繋がる話をするかは別問題だよ。

 

 

「……馬鹿ね。そうじゃないわよ」

 

どうやら俺は教師の適性の他に、人を呆れさせる適性も高いらしい。

でも、IT業界は俺よりとんでもない連中ばかりだったよ?

よく言えば個性的だけど、人格者かどうかはまたまた別問題だ。

決して開発業務だけが全ての世界ではない。

クライアントもそうだけど、自分の会社だけで全てを行える会社なんて日本でもごく僅か。

その企業とは、即ち正真正銘の"大企業"である。

俺はそんな所に縁はなかった。

 

 

「明智君はキョン君に勉強を教える涼宮さんを見て、あの二人だから邪魔できないなって思ったわけじゃない」

 

「そりゃそうだよ」

 

「私もあなたが相手なら、涼宮さんと同じ気持ちになれるって事」

 

……なるほどね。

そいつは嬉しい話だ。

きっと俺が誤解答する度に恐ろしい罰ゲームが待ち受けているのだ。

消しゴムや石鹸を食べさせられるのは初級編だ。

上級ともなれば無数のナイフが間違いなく飛んで来る。

俺はそれを回避出来ないように重力負荷で縛り付けられるという流れ。

うん、楽しすぎて想像しただけで涙が出るよ。

 

 

「当のキョンは相変わらずの様子さ。今日の朝だって涼宮さんの事を言われると、はぐらかしていた」

 

割とブーメラン発言なのは見逃してほしい。

かくいう俺も惰性だけで朝倉さんと付き合っていた――朝倉さんの方からもういいと言ってくれれば解決だった――わけで。

その期間にクラスの女子から度々質問されたさ。

『明智君は朝倉さんのどこが好きなの?』ってお決まりの台詞をな。

それに対して俺はどう答えたか?

『朝倉さんが、オレを好きになってくれたところかな』だなんて返していた。

心無い発言ではあったものの、今となってはそれが真実だ。

全てが正義だ。

 

 

「朝倉さんに俺が世界史の授業をするかはまた今度として、あまり二人が遅れちゃ一年生がかわいそうだね」

 

本当にどうなるのかが、わからない。

俺が知らない話に突入しているのだから。

それでも不安はなかった。

アドリブで生きるのには慣れているし、俺の左側には彼女が居てくれるからだ。

これだけで自分が主人公に思えるぐらいのいい気分になれるんだ。

 

ーー男の世界ってのは単純らしい。

 

 

 

 


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